襲撃
二日目の午前中、俺達は森を通る前に開けた草原で早めに昼食を取っていた。ここからソラリス王国の国境貿易都市までそう遠くない、何事もなければ日付が変わる前に入国できるだろう。
それはあくまで何事もなければって話だが。
情報によれば襲撃者は王国の近辺地帯、主に南と西で活動している。もしこの馬車が目を付けられていたら今日確実に襲われるだろう。
そして目の前の森が最初の怪しいところだ。貿易路だから幅が広く走りやすいが森の中だと両側が緩斜面になっているので急いで転向して逃げることは難しい。襲撃を仕掛けるのにうってつけなのだ。
「兎シチュー美味いな」
「お前さんが狩ってくれたおかげさ。じゃないと干し肉で料理を作っていたところだったわい」
「本当っすね。ウィリアムさんの弓の腕前、やばかったっす。動いてる馬車から200メートル以上先の兎二匹を射抜くとは」
それは馬車から遠く離れるわけにはいかないので、ちょうど見かけた兎を狩っただけ。そして俺達は兎がいた場所、つまりここで馬車を止めて調理場を設置した。
「でも美味しく料理してくれるのはお二人ですよ」
シェフとコックが褒めてくれたが、彼らがいなきゃこんな美味しいシチューは食べられなかった。
「お前さんは謙虚だな」
「本当っすよ。最初は食事の時すらずっと仮面被っててちょっと怖いなぁと思ってたっすけど実は優しい人っすねぇ」
「まあ、これは小さい頃魔法を受けた後遺症で、目が光や魔力に敏感になったので」
「そうっすか。それは大変っすね」
俺は適当な言い訳をした。仮面を用意したのは暗躍勢力に身バレしないためだから同行者の彼らに顔を見せても構わないが、慎重に越したことはない。
兎シチュを平らげてちょうど腹八分目になった。
サムエル爺さんの料理は本当に美味しかった。だけど、やっぱりエレナの料理が恋しいかな。家庭的で優しい味がするし、俺の反応を伺いつつ味を調整していくから俺自身より俺の好みを把握している……。
……。
なんとなくお守りを取り出して見つめる。
そういえばエレナって人見知りだからリリアとうまくやっているのかな……。でもまあ、リリアは処世術が上手だから大丈夫だろう。
「ほっほ、お前さんはやっぱり彼女のことを気に掛けているのだな」
顔を上げるとサムエル爺さんがニヤニヤしながら俺を見ていた。
「い、いや、それほどでは……」
「彼女ってどんな感じなのかい?可愛い?」
これは明らかにからかっている……!
とはいえ、相手は親切な老人だし、少し話に付き合ってあげよう。
「そうですね……。彼女は健気な努力家で、行動力のある女性です。笑っている時は可愛いし、ピンク色の髪は花みたいにきれいで眺めていると心が安らぎます」
思わずスラスラ喋ってしまった。他の特徴は伏せておいたから問題ないはずだが。
「ほっほう、どうやらあの娘は片思いせずに済みそうでよかったな。……いや待てよ、今ピンク色の髪と言ったな?」
「はい、そうですが」
一瞬気になる単語が耳に入った気がするが、老人はもっと興味深いことを口にしたので関心を引かれた。
「純雪の祝福を受けているユトリテリア人がなぜ異国に……」
「純雪の……祝福?」
その単語はエレナから聞いていなかった。ここで言う祝福は彼女が母から引き継いだ赤紫色の目のこととは違うだろう。
「ああ、それは我が国の民俗学を齧らないと分からないことだからねえ。分かりやすく言えばもしテレサが生まれた時、聖霊の祝福を受けていたらピンク色の髪になっていただろう」
なるほど、特定の色じゃなくて薄い髪色全般という訳か。
「つまり髪の色が白に近ければ近いほど祝福が強いってことですか」
「その通り、そしてユトリテリアでは年を重ねて髪色が白くなったのも聖霊の祝福と言われているのさ」
危険だらけの時代だと髪が白くなるまで生き延びるのは難しいからそういう伝説は納得のいくものだ。
「お前さんの髪は生まれつきだろう?もしお前さんが我が国で生まれていたら聖人候補になっていたかもしれないな」
「ま、まあ……」
「はははっ、冗談はさておき話を戻すが、ピンク色の髪を持つ人は大抵由緒ある家で生まれたのだ。王族の傍系、貴族、聖人の子孫など、落ちこぼれた家系はあっても異国に行くのは不可解でな。ユトリテリアでは丁重に扱われるはずだから」
その話を聞いた俺は心が痛む。エレナがどれほど不公平な扱いを受けていたかはっきり分かったから。
そして俺は徐に口を開いて彼の疑問を解消した。
「彼女は……、祝福を打ち消す呪いを持っていますから」
それを耳にしたサムエル爺さんは目を見開いてきょとんとした。そして視線をテレサの目に移した。どうやら言葉の意味が分かったようだ。
「そう……なんだ。彼女は上手くやっているかい?」
「はい、暑さ以外は順調に慣れていますね」
「それは良かった」
彼は安堵な表情を見せた。
俺もエレナのこともっと知ったような気分で何だか収穫があったと嬉しく思う。
それからしばらく休憩したあと、調理場を片付けて再出発することになった。
「ソムリエさん、ちょっといいですか」
「はい?何の事だろう」
「キャビン内部の操作パネル見ましたか。いざという時に内部からロックするなどの操作を任せたいと思います」
「それなら大丈夫。もうやり方分かっている。だって私はソムリエをやっているから」
忘れるところだったけど彼女は技術者だから、機械や魔道具の操作は俺より慣れているだろう。
「それとこれを。護身用に持ってください」
強化氷の投げ剣一つを渡した。
同行者の皆と話して怪しい者はいないと判断したが念のためだ。
「ほう、これはこれは……。ありがたく持っておくわ。ありがとう、護衛さん」
皆がキャビンに戻り、俺が御者の席に登った後、ちょうど『影』からの連絡が来た。ストームホークの影が馬車を覆った次の瞬間、細い筒が足元に転がっている。俺はそれを拾って、中身を読む。
『森の中で飼育員がニワトリ6羽を連れています。ニワトリを食べたら飼育員に飼い方を聞きたいと思います』
やはり森の中に待ち伏せがいるのか。監視者が1人に雑魚6人、後者は雇われた盗賊の類だろうから情報を聞き出すならその監視者だろう。
方針が決まったので用心しつつ進もう。
◆
馬車が森に踏み入れて、俺は鉄馬を中速以下に切り替えた。地形の問題で道は整備されたものの紆余曲折なので早く走れない。制御できなくなって横転や対向馬車とぶつかる危険性があるから。
このような大事な交易路、ソラリス王国の管轄内なら王立工兵隊を派遣して真っすぐな道を作っていただろうが、この森を管轄する国はそのような余裕はないらしい。
しかし回り道は時間短縮にならないか、或いは危険な魔物が出没するエリアを通ることになる。だからソラリス王国に行く人達は、盗賊の目撃情報が上がってなければこの森の交易路を選ばない理由がない。
敵もそれが分かっていてこの森を待ち伏せ地点にしたのだろう。
そして森に入ってから40分くらい過ぎた頃、俺達はすでに馬車3両とすれ違った。静謐で穏やかな森、事前に情報を掴んでいなければこの長閑な雰囲気に呑まれていたのだろう。
だが森は一時の平和の終わりを迎えようとする。
出口はすぐ目の前だ。普通なら速度上げて森から出ていくが俺は速度を維持したまま進む。出口が見えたからって警戒を緩めてしまうのは経験の浅い人がよく犯すミスなのだ。
そして出口まであと200メートルの時だった。前方に巨大な丸い岩が道の横から転がって道を塞いでいる。
俺は操作インタフェースで鉄馬を緊急停止して、キャビンのロックをかけて防御障壁を起動した。
「状況発生です。皆さんは慌てず中で待っているように」
乗客に指示を出した後、前後両側から6人が出てきて俺達を包囲した。森は魔力が濃いから薄っすらとしか感じないが、あともう一人が離れているところに成り行きを見守っている。
「こいつが例の馬車か。いかにも要人が乗ってそうな感じだな」
「お!可愛い子が乗ってるぜ。久しぶりに楽しめそう、ひひひっ」
「二十代の女がターゲットのようだけど、他の奴らは勝手にすればいい」
「ババアに興味ねぇしなあ、別にいいぜ」
「んじゃターゲットとその女の子以外全員ぶっ殺そうか?」
リーダー格とその手下が俺を無視して会話が盛り上がっている。俺のことは眼中にないようだ。
しかし会話の内容は……、盗賊のクズ共が、本当に性根が腐っている。
「そんじゃさっさと済ませようぜ。どうやら護衛は間抜けなBランク冒険者一人だけだ。6人を相手に勝てっこない」
「魔法で探ってみたけどこいつから大した力を感じないねぇ」
正面は長剣と槍、両側は連弩と弓。そして後ろは短剣と魔法使い。こいつらが無駄話している間に俺はすでに状況を把握して戦略を立てていた。
「あの……、金品なら差し上げますから我らを見逃してくれますか」
「はっ!命乞いでもするのか。冒険者らしい」
俺は御者の席から降りて、両手を上げながら前に数歩進んだ。これで射線を確保できて戦闘準備を整えた。
正直十人だろうが雑魚相手なら余裕に勝てるけど、この任務は複数回戦闘になる見込みだから常に優位を確保し、消耗を最低限にする心掛けが大事だ。
「残念だがオマエを生かす義理はねえ、報酬のために死んでもらう……ぜ?」
リーダー格の槍使いは喋り終わる前に首を刎ねられ、その首を切った魔力を纏っている剣が手下の心臓を後ろから貫いた。そして次の瞬間両側に射手が倒れて絶命している。
「な、何が起こった!?」
あいつらが会話に気を取られている内に、俺は身体強化して両側の敵に強化氷の投げ剣を投げ、長剣を持って正面の敵に突撃したのだ。
その結果、一瞬で敵4人を討った。
「リ、リーダーがやられたぞ」
司令塔を失ったことで後方にいる二人は混乱に陥っている。
「くそっ!援護してくれ。魔法でぶっ殺してやる」
「おおい、あれをどうしろと!?」
「とにかく接近させるな!」
魔法使いが魔力を練り始めて、もう一人が前衛を務める。
俺はすぐ敵を貫いたままの長剣を手放して弓に持ち替えた。そして矢を番えて放つ。
「くっそたれ、これを――、がはっ……、……」
三つの矢が次々と喉、頭と心臓に突き刺さって、魔法使いが倒れたが、奴が死ぬ直前魔法を放ってきた。
しかし大した強さじゃなかったので魔法障壁であっさり防いだ。
「そんな……、まじかよこんなバケモノ、どう考えてもBランク冒険者じゃねぇだろっ!くそくそくそ!」
残りの一人が武器を捨てて反対方向に逃げていく。
簡単な仕事のはずが、一瞬で地獄絵図に変わって彼が錯乱状態に陥った。それでも逃げ足だけは早いし、馬車を利用して射線を遮るずる賢さは健在のようだ。
俺は浮遊魔法を発動し、地面を蹴って空中に浮かぶ。視界を難なく確保できた。
狙いを定めて必殺の一矢を放つ。
魔力を纏った矢が稲妻のごとく飛んでいき、最後の盗賊の体を切り裂いた。
そして俺はすぐさま体を捻って、逃げているもう一人を狙った。
放たれた雷光が木々を薙ぎ払って森の奥に消えていき、数秒後大きい悲鳴が森を木霊した。
監視していたやつの足を狙っていたから致命傷にはならないはずだ。
「余計なお世話かもしれないが、これで無事『飼育員』を確保できるだろう」
戦後の処理として使えそうなものを回収して、魔法で掘った穴に死体を放り込む。
「ん?この紙切れは」
リーダー格の盗賊から指示書らしきものを見つけた。その内容は……。
――『任務ついでに、錬金術師を見つけたら確保するように。命が惜しければシルバーランク以下のみ狙え』
「やはり錬金術師も狙われている」
その次はいくつの模様が描かれていて、見覚えのあるものもあった。
「錬金術師のブローチの模様か。エレナが付けていたブローチの模様もある……!」
最後には短い一文が書いてある。『任務が終わり次第、狩場を太陽の都に移る』と。
すべてを理解した俺はついに怒りの炎を抑えきれず、最後の亡骸を力任せに穴に放り込んだ。
そして白い炎の柱が立ち上がり、奴らが存在していた証拠を塵に変えた後、魔法で穴を埋め戻した。まるで盗賊など存在しなかったかのように森は再び静謐に戻った。
「皆さん、大丈夫ですか」
「はい、おかげさまで」
「テレサも大丈夫、お兄ちゃんがいれば安心だから!」
一番心配なのはこの襲撃がテレサに心理的に悪影響を与えるかどうかだったが、どうやら彼女は大丈夫のようだ。
「それでは出発しましょうか」
◆
森での襲撃の直後、『影』から無事監視していた人を確保したとの連絡来ていた。
数時間後、長い橋を渡ろうとする前に俺はまた待ち伏せの通知を受けた。
暗号文を解読すると待ち構えているのは魔導士一人に弓手一人、そして近接武器を使う戦士が二人とのこと。そして魔導士の資格は不明だが他の三人全員は犯罪に手を染めて除名されたマスターランクだと。
かなり危ない状況だ。敵がここまで戦力を投入したとは想定しなかった。
全員が近接武器なら1対4でも何とか渡り合えるが魔導士や弓手による連携と援護は厄介だ。何としても先に潰さないと勝ち目はないかもしれない……。
「……」
思わず裏ポケットからお守りを取り出し、花の香りが鼻腔に漂ってくる。出発前夜、とある女性の柔らかさ、暖かさ、そして安らぐ匂いに包まれた記憶が呼び起された。
自分の思いがけない行動で落ち着いて平常心に戻った。
そして俺はベルトに括り付けられた魔導銃を触れて確認した。
「ありがとう、エレナ」
…………
……
俺達は全長50メートルほどの橋を渡っていく。
橋を渡り切ったら地形の都合ですぐ転向して戻るのが難しいから川の向こうが主要な襲撃ポイントだと想定されていた。
案の定、橋を渡り切ると4人組が見えた。木にもたれかかっていたり、地面に座っていたりして、特に戦闘態勢ではなかったようだが俺達の馬車を見かけると寄ってきた。
まだ敵意はないようで俺は彼らに手を振ってみた。
「おいお前、遅いぞ。ずっと連絡がこないから隊長に報告するところだった」
後方から斜陽のせいか彼はこちらの顔を良く見えないようだ。彼らは迎えに来るかのように道端から道の真ん中に出てきて立ちはだかる。
俺は馬車を止めて席から降りる。
「ん?どなたでしょうか?」
このやりとりで何とか自然に馬車から降りたが、まだ先手を打つ余裕はない。
「お前は……。いや、すまない。どうやら人違いのようだ」
そう言いつつ長剣を持つ戦士が他の人に目を配り、無言で戦闘態勢に入った。
彼の後ろに数人がこっそり話し合っていた。
「情報通りならあいつの徒党がこいつ相手にしくじったとは思えんが、運悪く外れたか」
「その通りのようですな。この男に探知魔法を使ってみましたが、然程魔力を持っていないようです。馬車に傷がありませんしおそらく丁度あいつの待ち伏せを回避したかと」
読唇術やギリギリ聞こえる単語でなんとか理解できたが、どうやらこのマントの探知妨害でうまく誤魔化せたようだ。
「一つ確認したいが、お前らは森を通らなかったか」
「いえ、森に盗賊の目撃情報が上がっていたので回り道をしたんです」
彼らの憶測に合わせて嘘をついてみた。
「チッ、使えないやつめ」
「あの……、話が終わりましたら道を退いてもらえますか。急いでますんで」
魔導士が無言で魔法を発動し、周りに防御用のトラップ魔法を設置し始める。そして他の三人も武器を構えた。
魔導士は用心深そうでおそらく戦闘中的確な指示を出すのだろう。他の三人だって歴戦の戦士なので、厳しい戦いになりそうだ。
「そいつは無理なご相談だ。その馬車に乗っている女に用があるんでな」
「それは……」
「無駄話をやめない?こいつBランク冒険者だろう。さっさと始末しようぜ」
話をしている間に魔導士が大量なトラップを設置した。これで準備が整えたな。
「ってことらしい。すまないがここで死んでもらおう」
「光よ!」
俺は前の敵から入手した煙玉をばら撒いて魔法で起爆した。同時に魔導士が設置したトラップに向けて魔法をぶち込んで、盛大な爆発を起こした。
「けほっ、無駄な抵抗を!」
「待て、あいつが消えた!?」
「おい、位置を特定できるか」
「今は無理です。魔法の爆発で周りの魔力濃度が高すぎます」
敵の力さえ利用する。傭兵をやっていた時の心得だ。
まずは煙で視界を妨げて、四散する魔力で探知を妨害する。このマントのステルス機能を使うために……!
氷の投げ剣が戦士の二人の喉に目がけて飛んでいったが、あっさり武器で打ち落とされた。
「右か!」
今のは注意を逸らすための念動魔法による攻撃だった。
彼らが一瞬右に気を取られている間、俺は正面から飛び越える。
この魔導士がトラップを設置する癖は把握した。正面は守られていて対応しやすいからまず両翼から設置し、正面の上方は最後にしていた。
魔導士の後ろに着地した俺は彼の背中を魔力の纏った長剣で突き刺さる。
高密度な魔力と共に剣先が魔法障壁を破り、補強された肉体を切り裂いていく。そして命の源を貫通し、剣先が彼の胸から飛び出した。
左手で魔導士の口を塞いでいたが、歴戦の戦士なら魔力同士のぶつかりで生じる微々たる衝撃波を感じ取れないはずもない。右にいた弓手は驚愕な顔でこちらに振り返った。周りの魔力が霧散した今もう半端なステルス機能を使う意味がなくなった。
俺は魔導士の体を盾にし、左手で魔導銃を取り出して狙いを定めた。
それを見て弓手は弓を構えるのをやめ、回避に専念する。
この銃のスペックからして、マスターランクの実力を持つ相手に、二発当てれば確実に無力化させるはずだが、動きを誘導させることも含めれば三、四発は使うだろう。
そう思って俺は魔導銃に魔力を込めて引き金を引いた。
しかし妙なことが起きた。
次の瞬間、弓手が回避する暇もなく頭に風穴があいていた。そして彼方後ろに大きい爆発がした。
魔導銃がスペック以上の性能を発揮した。銃弾の速度、貫通性能、威力、すべてが銃弾に込められていた魔力では考えられないものだった。銃弾はエレナの魔力を込めていたし、俺はあくまで起動するための魔力しか与えてなかったが……。魔力の共鳴?まさか同調の影響がここでも……!?
あまりにも衝撃的な出来事で俺は場違いの事を考えてしまった。
そのせいで想定していた動きより大分遅れて、今の爆発でこちらに気づいた二人に銃口を向ける時はすでに遅かった。
魔導銃が何かに巻かれては勢いよく引っ張られ、馬車の方に高々と飛んで行った。
あれが長剣と思っていたが蛇腹剣だった。見た目で分からなかったから相当いい作りだ。
「ちくしょう、二人がやられたぞ」
「小賢しいやつめ。妙な道具や魔導銃を頼るなんて武徳の欠片もないか」
武徳とか4対1で良く言う。
「どこかの貴族の小僧が冒険者ごっこしてるに違いない。そのための仮面だろうな」
「もう魔導銃を使えないしこっちのもんだ。半殺しにして身代金のネタにしようぜ」
魔導銃のインパクトで彼らは俺の実力を低く評価しているようだ。口答えする必要はない、剣を交えればすぐ分かるだろう。
魔導士の亡骸から剣を抜き、俺は構えた。
相手も真剣な面持ちになって待ち構える。
そして、どちらからともなく一瞬で間合いを詰めた。
俺の最初の一撃を受け止めるのはもう一人の長剣使いだ。先程の盗賊とは違い、今の相手はこちらのスピードについてこられる。
幾度も剣がぶつかり合うが、まだ戦闘始まったばっかりだから敵の隙を見つけていない。
「前言撤回だ。こいつがやるぞ。気を抜けるな」
「了解だぜ」
蛇腹剣使いは少し離れているところから蛇腹剣や魔法による中距離攻撃で連携攻撃してくる。
俺は常に立ち回りで挟み撃ちを受けないように位置を調整し、蛇腹剣使いが左に回ってきたら火球の魔法で牽制して攻撃してくる方向を制限する。どうしても蛇腹剣の攻撃を回避できない時は投げ剣で攻撃を逸らす。長剣が絡まられると危ないからだ。
お互い身体強化して超高速で戦っているから、7分も経っていない戦闘がとても長く感じる。
「チッ、こいつ隙がなさすぎる。アレを使うから気を付けろ」
「ああ!」
アレとは……?
長剣使いの猛攻が続くが、近接戦闘中あまり魔法を織り込まないのと彼の剣技からしてマスターランクから除名される前はかなり下位だっただろう。向こうは想像以上に戦闘が長引いて焦り始めたようだ。
「今だ」
長剣使いが雷の魔法を撃ってきて牽制しながら大きく後ろに下がった。もう一人が何やら範囲攻撃を使ってくるだろうと踏まえて、また彼に距離を詰めて巻き込もうとするが、蛇腹剣の攻撃で止められた。
「食らえっ!」
無数の小さな爆弾が俺の周りで爆発した。そして毒々しい煙が辺りを充満する。
「けほけほっ、お前さ、まさか全部使った?」
「けほっ、こいつはやばい。確実にやらないとこっちがやられちまうぜ。お前だって分かるだろ」
「ちげぇねぇ……」
「そんなことより早く解毒薬飲もうぜ。少し吸っちまっただろ」
息を止めたが、どうやらこの毒は皮膚接触でも効くように精製された。そしてこの力が抜けていく感覚は覚えがある。間違いない、魔蠍毒だ。
俺は長剣で体を支えながら言った。
「霊体毒……。武徳と言いながら、結局姑息な手段を使ったんじゃないか」
「はあ?こいつが何をしようが俺と関係ないぞ。俺は正々堂々と戦ったからな」
「屁理屈を……!」
二人は解毒薬を飲みながら、俺が完全に魔蠍毒に影響されるのを待っていた。
そして長剣使いが瓶を投げ捨てて、剣を持ってゆっくりとこちらに近づいてくる。
俺は歯を食いしばって――
「……っ!」
――予め口に入れておいたカプセルを噛み砕く。
すると優れた錬金術師が作った特効解毒剤が口の中に広がっていき、直ちに力が戻ってきた。
「お前の負けだ。恨むなら自分の甘さを恨め。世の中はそう甘くないぞ」
彼が長剣を高々と挙げる。蛇腹剣使いは解毒薬の瓶を手にしてただ見ているだけだ。もう俺を追い詰めたと思っているだろう。
人間は勝利を確信した時が最も油断しやすい。
今の彼らのように。
「世界の残酷さを思い知れ!」
俺は左手で後ろ腰から短剣を取り、振り下ろされる剣を受け流した。
「なっ!?」
立て直す暇を与えず、すぐさま長剣で鋭い攻撃を繰り出す。
体勢を崩された彼は回避が間に合わないから防御を選んだ。それを見て俺は振り下ろす剣を収納し、鈍器のカンを召喚した。
鈍い音と衝撃の後、彼の長剣が地面にめり込んだ。
「っ!?」
彼は剣から手を離して地面を蹴って距離を取ろうとしたが、そんなことを許すわけがない。俺はすぐ長剣に切り替えて――
――首を狙って横に一閃。
剣ではギリギリ数ミリ足りなかったけど、剣先の凝縮された魔力の刃はちゃんと届いたのだ。
「がはっ……はっ……」
気管が斬られて、長剣使いは予備の短剣を取ろうとした手で喉を抑えて苦しむ。
トドメ刺すべく、彼の胸に剣を差し込んだ。
「……」
次の瞬間蛇腹剣が長剣の柄を絡んできたので、俺は一旦それを手放した。
すべてが短い間で起きていたから油断していた彼が反応できる頃はもう遅かった。
「くそ!何なんだよてめぇは!こんな化け物知らないぞ……」
「彼の言葉を借りるなら……。世の中はそう甘くないとのことだ。いつどんな強敵が出てくるか分からない世界だからな」
話している途中に襲ってくる蛇腹剣を短剣であっさり弾いた。
「てめぇは何者だ!?」
話しかけてくるのは隙を作るためだとはっきり分かった。今度はカンを召喚してそれを受け止めて、長々と伸びた蛇腹剣に巻かれた。
「武器召喚……。こんな仕事で厄介な技を使うやつに遭遇するとは……」
一瞬だけカンを収納して再召喚する。
彼はだらりと地に落ちた蛇腹剣を剣形態に戻して襲ってくる。どうやら俺が収納魔法を使えば鞭形態は意味をなさないと理解した。
「これ以上遅れたくない。もう終わりにしよう」
重たい鈍器でその剣を弾いて、襲ってくる魔法を回避する。
奴が距離を取って体勢を立て直そうとすると投げ剣や魔法で攻撃し、また間合いを詰めて鈍器と短剣による猛攻を加える。
激しい戦闘の末、満身創痍の蛇腹剣使いが倒れている。
「てめぇ……その強さは……どうやって……」
体質や天賦のおかげじゃないと言ったら嘘になるが、それ以上に俺を突き動かす理念はある。
「守るために強くなろうとしただけだ」
「……」
彼が逝く前にちゃんと俺の答えを聞いたかどうかは分からない。もしかするとその答えは俺の自己満足だけかもしれない。
一つだけ分かったのは、静寂が戦闘の終わりを告げたことなのだった。
◆
再出発した俺は御者席で敵から回収した蛇腹剣をじっくり観察している。
この武器はやはり作りがいい。剣形態ではぴったりで普通の剣としか見えないし、ワイヤーは魔力で半虚体になると伸縮性があって、鞭形態の蛇腹剣を意のままに自在に操ることが出来る。
そして鞭系の武器の特性は、一方通行の魔力伝導だ。敵の武器や手足に巻いたら直接魔法攻撃を与えることができる。だから先程の戦闘でそのような隙を与えなかった。
武器の作りを考えるとふと魔導銃のことを思い出した。エレナが作ってくれたこの武器は大変助かっていた。もしこれがなければ俺は回復用霊薬1本くらい消耗してしまっていただろう。
実は最初に後衛の二人を潰した時点でもう勝ったと同然だが、油断は禁物だからな。
「ねえ、護衛さん。その魔導銃どこで手に入れたの?」
考え事をしているとソムリエさんに声を掛けられた。
「これは知り合いの錬金術師に作ってもらったものです」
「その長剣、マントと仮面も?」
「そうですが」
「へえ、やっぱりどれもクオリティが高いね」
見るだけで分かるのか。やはり彼女も……。
「よく分かりますね」
「私はソムリエだから」
……あのフレーズ便利だな。
「ちょっと魔導銃を見せてくれない?」
「いいですよ」
彼女は魔導銃を受け取って、じっくり観察する。満遍なく触ったり、弾倉を外して弾を取り出したりした。
「やっぱりあの威力は不可解だね」
怖いもの知らずなのか、それとも好奇心が勝ったのか、彼女は戦闘を見ていたようだ。
「あれは、おそらく魔力の共鳴によるものだったかもしれません」
「魔力の共鳴……?」
ジル達からもらった情報によると、同調同士はお互いの能力を高められるらしい。ただしこんな間接的な形でも可能なのは想定しなかった。
「弾丸に魔力を込めた人とは同調同士ですので」
「どどどど同調!?」
顔を赤くして慌てるソムリエ。
「ソムリエさんが考えているようなことはしていません」
「なななんのことでしょ」
最初はクールな女性だと思っていたが意外と純情かもしれない。
「ど、同調についてもっと説明してくれる?わ、わたしはあまり詳しくないから。もちろんやり方じゃなくて効果よ!」
探究心と知識欲は共通なのだなと感心した。
「いいよ、それは――……っ!」
「ん?どうした?」
「ごめん、ちょっと古傷が」
「す、すまない。気分が良くなったらまた話しましょ」
「ああ……」
背中の古傷が疼く。
久しぶりの凶兆だ……、死が近い時の。
『影』の定期連絡が来たら向こうに知らせないと、例えが勘だったとしても。
……
定期連絡が来てもおかしくない頃、俺の胸騒ぎが止まらない。
そしてついに魔獣のスーちゃんが現れたが、酷く負傷していて、徐々に高度が落ちてきている。
「護衛さん、あのストームホークは!?」
「大丈夫。あれは協力者にテイムされた魔獣です」
俺は馬車を止めて、前に出てスーちゃんを受け止める。
連絡文は血まみれの『早く逃げて』の短文しか書かれていない。想定外の状況が発生した……。『影』の彼女たちが危ない。
しかし魔獣のスーちゃんは主人を助けたい意志があるようで、虚弱でありながらも主人のいるであろう方向に俺を引っ張る。
「待って、まずは大人しく治療魔法を受け入れろ。お前が途中で倒れたら誰がお前のマスターのところに連れていってくれる?」
テイムされた魔獣は賢い。俺の偽りのない言葉を聞いて大人しくなってくれた。
治療魔法で傷を治した後、俺はスーちゃんに体力を温存するように指示した。『影』は先行していたがルートからあまり離れていないはずだ。
「道路を沿って進むから彼女達の居場所に近づく前は屋根上で大人しくするように」
……
そして全速力で進んで10分後、スーちゃんの案内もあって道端に負傷して倒れているC12を見つけた。
「騎士様……逃げて……、『イカルス』の尖兵が現れたと……『影』に知らせて……」
…………
……
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