一人一人にそれぞれの物語がある
出発した翌日の夕方。俺はとある国の交易都市の宿場までやって来た。中に入って目当ての人物を探し、すぐにバー席にそれらしき人物を見つけた。
「美しいレディ、時の河に流れる無数の砂に、君より輝かしい存在はないでしょう。こうして会えたのは私の僥倖だね。よかったら一緒に飲まないかい?」
「それって……、旧トゥインスター神話を使った口説き文句なの?ふふっ、貴方は博識でロマンティックね。気に入った。でも……その仮面を外して顔を見せてくれない?」
手筈通りに声を掛けたが、反応を見るに人間違えていなかった。この女性が『影』のエージェントなのだ。
「私の顔……か。昔に大きな怪我をして、見ていい気分になるものではないし、あまり人に見せたくないんだ」
「じゃあ、あたし一人になら大丈夫よね?貴方のこともっと知りたいの」
「まあ、二人きりなら……」
女性は体をこちらに押し付けて耳元で極めて小さい声で囁いた。
「ヴィルヘルム様、予定通り詳細は部屋で」
そして彼女は離れて店主に酒を頼んだ。
「あたしはカミール。貴方は?」
「ウィリアムだ」
「じゃウィリアムさん。お望み通り一緒に飲みましょう。どちらかが酔いつぶれるまで、ね?」
それから俺は目の前の女性の気を引きたがり、酒場にいる全員に酒を奢ったりして羽目を外した冒険者を演じた。
「ウィリアムさんすごい。高いお酒をこんなにいっぱい飲めるなんて初めてだわ」
「はははっ!最近Bランク冒険者になって稼げるようになったからね。今回もたまたま報酬のいい任務を拾えたし運がついている。気にせずもっと飲めばいい」
言われる通りカミールが遠慮なく酒を喉に通して、程なくして酔いつぶれた……ように見えた。
「あたしの負けだよ。あら……、力が入らなくて部屋に戻れないじゃない。ねぇ、責任を持って……部屋まで運んで?そして……、仮面の下も、服の下も全部見せてほしいの」
「仕方がないなあ。店主、今夜は彼女の部屋に泊まるんだがこれは私の分の宿泊代だ。釣り銭は結構だから対応してくれないか」
店主が目を輝かせて『いいのか』と言わんばかりの顔を見せた。
「へへ、ありがとうございます。ご随意にどうぞ。あとはその、壁が薄いんでなるべく声を抑えていただければ」
「ご忠告、ありがとう」
俺はカミールを抱き上げて、注目を集める中で二階に上がった。
「あはは、ヴィルヘルム様にお姫様抱っこされて役得です!後でみんなに自慢しとこうと」
部屋に入るなりカミールと名乗った『影』のエージェントが防音の魔道具を起動してそう言い放った。
「自慢するほどなのか……それ」
「もちろんですよ。あのヴィルヘルム様と一緒に仕事したくて自薦したエージェントが多くて大変でしたよ。こうして選ばれた以上土産話を持ち帰らないと」
「お、おお……」
ルナエの間でそう評価されているのは意外で恥ずかしくて返事に困った。
「ということで現状報告ですが、敵勢力はまだ護衛対象の正体を掴んでいません。ただし王都ソルスター直行の馬車に目を付けているのは確かでしょう」
「そうだろうな」
「なので、分かりやすいように最新型の鉄馬とキャビンが用意されました。これで確実に狙われるでしょう」
カミールに馬車の資料を渡された。休憩の必要がない鉄馬なら早くて二日で王都まで着くだろうが余裕をもって三日に設定されている。しかもこの馬車の性能がかなりいい。鉄馬は魔力変換効率が高いしスピードが速い。キャビンの作りは頑丈で自前の防御機能が備わっている。
「それとステルス機能に……立体映像操作インタフェース?」
「普通の鉄馬は速度制御のみですから直感で把握できますが、この馬車は防御を固めることや、緊急離脱用のステルス機能がありますので状態確認できるように用意されたと聞きました。立体映像にしたのはおそらく設計者の趣味かと」
王宮が信頼している錬金術師って真っ先にイサベルのことを思い出した。確か彼女は視覚や映像の専門家のはず。
「なるほど……。そういえば御者は?」
「怪我をして休養にこの国の実家に戻りました……という設定です」
「襲われる際キャビンの外の人は守り切れないかもしれんし俺がやるのは妥当だな」
それに御者をキャビンの中に避難させる瞬間を狙われるリスクは無視できない。
「ヴィルヘルム様に負担をかけますが大丈夫でしょうか」
「ああ、魔力のことなら心配いらない。というか君たちはそれを把握済みだろう?」
レアな組み合わせだが特に秘密にするような体質じゃないし。
「そうですけど……あたしで良ければ労ってあげますよ?」
そう言ってカミールが上の服を脱いで下着を見せた。
「いや、明日から任務だしそういう気分じゃない」
「あら残念、やっぱりあたしじゃ灰色の騎士様を落とせる魅力がないようですね」
「そういう訳じゃないんだが……」
顔は普通にきれいだし、健康な体形で手足が引き締まっている。それに胸は控えめで形がいい。魅力がない訳じゃない。
「胸を見ている視線がバレバレですよ」
「え、本当か。そんなに分かりやすかったのか」
「エージェント以前に女性としてその類の視線には敏感です。と言うよりその慌てっぷり、普段から誰かを見ていたんですね」
正直に答えるとそれは図星だった。俺はバレていないと思ってよくエレナの胸を見ていた……。仕方がないじゃないか俺だって男だから!
もしかしてエレナも視線に気づいていた!?今まで何も言ってこないから分からん……。
「その子っておっぱい大きい?」
カミールは興味津々に近付いてきた。
「まあなあ……」
「やっぱり」
誤魔化そうと適当に答えたが彼女は肯定と捉えた。
エレナは……、身長はカミールより低いのに彼女より胸が大きいよね。
そして話題のせいか最近腕を組まれる時のことを思い出した。薄い寝間着越しに伝わってくる温もり、柔らかい感触、そして柔らかくない部分の感触も……。
「ふん~大きい方が好みなんですか」
カミールの声で我に返ったけど彼女の視線を追っていると血液が体の一部に集まっているのが分かって、俺は慌てて背中を向ける。
「どうせ聞かせる必要がありますし、本気にしてついでに楽にしてあげましょうか?」
部屋の外からいくつの気配を感じる。物好きな連中が何かを期待しているようだ。羽目を外した冒険者を演じる必要はあるがさすがにそこまでするのは……。
「魅力的な提案だがやっぱりやめておこう」
「恋人を大切に思っているんですね。分かりました」
「いえ、そういう関係じゃ……」
「大切に思っている部分は否定しないんですね」
カミールは悪戯っぽく笑った。
「それはまあ……か弱い女の子を守りたい的な?」
「じゃあたしも?」
この任務に指名されたエージェントはか弱い女の子な訳ないが……。
「ああ、君が危険に遭ったら守ってあげよう」
「ふふ、言葉だけでも嬉しいですよ」
彼女は『影』として自分よりも任務を優先しなければならないが、俺は元騎士としてどうしても見殺しにする言動は出来ない。
お互い、任務が上手く行くと祈ろう。
「そうでした。防音を切る前に言っておきますね。今回の任務に参加しているエージェントはあたしC11及び妹のC12です。よろしくね」
「よろしく、C11」
それは彼女の『影』としてのアイデンティティ。心なしかカミールと呼ばれる時よりも嬉しそうだった。
それからカミールは防音の魔道具を切り、隣でベッドを軋ませながら嬌声を上げ始めた。それにつれてドアの向こうに気配も増えていく。
宿屋のベッドってよく軋むなと俺は思った。
◆
翌朝、計画通りに『影』の彼女は俺が起きる前に抜け出した。俺は差し込まれる朝の光に照らされながらゆっくりと体を起こし、両手で顔を叩いた。
「はぁ……、喘ぎ声のせいかエロい夢見てた」
またエレナと体を重ねる夢を見てしまった。欲望に負けて同調の力で無力化させて無理矢理するってシチュエーションだったが、夢の中で彼女はまったく嫌がる素振りを見せなかった。
だからこそ尚更罪悪感を覚えた。
「気が緩んでしまったのかな」
一緒にいる時は気を付けていたのに、離れていると油断したかもしれない。
これからは任務だ。ずっと考えても仕方がないので支度して部屋から出ていく。
「店主、昨日の女の子見なかった?」
「朝早くから宿屋から出ていきましたよ。どうされましたか」
「あ、いえ。どうやら財布を盗まれてて」
それを聞いた何人かがこっそりと俺を間抜けと嘲笑った。
計画通り一芝居打った。視線は感じるが俺を監視しているやつがいるかどうかまったく分からない。
「それは災難でしたね。そういったことは珍しくないんですけど……」
「仕方ない。がっぽり稼げる仕事が待っているんで金はすぐ戻ってくるさ。それじゃ」
「行ってらっしゃいませ。またのご利用お待ちしております」
宿屋から出て集合地点に向かった。
馬車の周りにすでに人が集まっている。老人に子供、青年や中年女性がいて、そして一人の長身の女性がいた。その長身の女性こそは今回の護衛対象なのだ。
「初めまして、此度に護衛と御者を担当するウィリアムです。よろしくお願いします」
俺は挨拶し、身分を証明するために依頼書を彼らに見せた。
「一人とはいえBランク冒険者なら安心できるな。来てくれてありがとうよ、兄ちゃん」
貿易路周辺の魔物掃討依頼はよく出されるもので実は割と安全なのだ。最近盗賊もあまり出ていないし貿易路護衛任務の適正ランクはDからCくらいになっている。
それから俺達は簡単な自己紹介を済ませて出発したのだった。孫連れのシェフに若いコックと給仕、そして自称ソムリエの護衛対象。これから全員を無事王都まで届けるのが俺の仕事だ。
手筈通りエージェントの姉妹が先行して偵察してくれている。定期的に連絡がくるらしい。
ルナエの情報からして、この三日間襲われる可能性が高いのはソラリス王国に近い地域、つまり二日目が肝心だろう。とはいえ、それ以外の時間は油断するつもりはない。
俺達の馬車が交易路を進み、無事夜を迎えて休憩時間になった。昼と同じようにシェフのサムエルが調理道具を広げて簡易調理場を用意し、皆に料理を作ってくれた。
「やっぱり美味いな」
「お爺ちゃんの料理はすごいでしょ。えへへ」
シェフの孫娘であるテレサは得意げに言った。
「ああ、また食べたくなるくらいだ」
「やった!お爺ちゃん聞いた?お兄ちゃんが褒めてくれた」
「はは、テレサったらまるで自分のことのように喜んでくれる」
心和む光景を眺めながらふと家にいるエレナのことを思い出して、裏ポケットからお守りを取り出した。
乾燥した花びらの香りが漂ってきて、あの夜の彼女の乱れた鼓動を鮮明に思い出す。
「おや、お前さんもしかしてユトリテリア人の妻か恋人をお持ちかな?」
「え?いや、私は未婚だし恋人もいないんですが、どうしてそのような質問を?」
シェフの突然すぎる質問に不意を突かれて狼狽えそうになった。
「そのお守りから雪中烈華の匂いがするんでね。もしかしたらと思ってしまったよ」
匂いだけでその花だと分かるとは……。と言うことは彼がユトリテリア人だったのか。
「確かにユトリテリア出身の――」
そこまで言いかけて俺は一瞬言葉が詰まった。俺と彼女の関係は?友達だと言える?それとも単純に契約の関係?
結局適切なものが分からず無難な表現にした。
「――ユトリテリア出身の知り合いがいて、これは彼女からもらったものですけど、このお守りって恋人や夫婦の間で贈るような物なんですか」
「まあまあ、家族にも贈るようになったし、長い間伝統が変わってしまってもおかしくないわい。少なくともお相手からは家族同然と思われる可能性が高いかね」
家族同然か……。確信ではないが、エレナの経歴を考えると拠り所を求めてそう思ってくれている可能性はある。
「あの、よかったらユトリテリアのお守りについて教えてくれますか。ちょっと気になりますんで」
このお守りにどんな歴史があるのか、どんな意味を持つのかが気になった。
「もちろん。むしろ小国である母国の文化に関心を持ってくれるのは嬉しいもんだ。そうだな、お守りの話をするならまずは雪中烈華からするかね」
シェフの爺さんが雪中烈華と言う花について語り出した。
雪中烈華はユトリテリアに生息する花で耐寒耐熱、冬になると炎で雪を溶かして水を得る習性がある。他の植物と競い合う必要がないから冬の土から栄養を独占し、冬の雪原や雪山で咲き誇る。花びらは乾燥させると香辛料になるし、根っこは薬効成分があるため、ユトリテリア人には愛される花なのだ。花言葉は様々あるが、強い生命力からの『健康』と『不屈』、そして生態からの『独占欲』、花びらを入れたお守りにまつわる逸話で生まれた『永遠の愛』がある。
「雪中烈華の花びらをお守りに入れる発想どうやって生まれたか疑問に思うかもしれないが、実はその花はもう一つ特性があるんでね。並大抵な魔物や獣はその匂いを嫌うんだ。だから大昔ですでに魔物避けよして使われていた。そしてユトリテリア固有種の犬はその匂いを追跡できるように調教されていて、暴風雪で遭難した人を探し出してくれる」
「なるほど、実用性から始まったんですか」
伝統や慣習って信仰によるものと思いきや、実際は生活的なものがもっと多い。
「実用性と言えば、私の小さい頃、雪原や雪山で遭難したらまず雪中烈華を見つけて、水を確保して花びらを食べて体温を維持しようと教わったねぇ」
「話を聞く限りありがたい花ですね」
「ええ、伝説によると雪中烈華は人々が雪の中で遭難しないように、純雪の天使が植えたとか。とにかく縁起がいい花なんだよ」
純雪の天使ってエレナがおまじないを唱えた時言っていたな。そんな伝説もあったのか。
「それで、雪中烈華のお守りが伝統として定着したのは第一次魔境戦争の後だったな」
魔境戦争、世界中魔境化現象が起こって魔界からの侵略者が現れた事件。その悪影響として旧時代の下水道システムや施設遺跡などの地下空間が魔物の棲みつくダンジョンと化したのだ。
「言い伝えによれば、あの当時のユトリテリア女性は愛する人が戦地へ赴く前に雪中烈華と自分の髪の入れたお守りを贈った。そしてなんとお守りを貰った者たちの生存率が8割以上、しかも戦後ほとんどが夫婦円満な生活を送っていたらしい」
「だから『永遠の愛』って花言葉を持つようになったんですね」
「ええ、その通り、今や家族にも贈るようになったけど」
そこで俺は一つの疑問が浮かんだ。
「そういえばお守りを贈る際、おまじないとかありますか」
「あるねぇ。純雪の天使の導きと守りを乞う祈祷文を唱えるとか」
「……それで、夫婦で贈る時と家族に贈る時の違いは?」
その質問を口にした瞬間、なぜか心臓がうるさくなり始めた。
「確か……、夫婦の場合はお互いのことを忘れまいとその夜に体を重ねる慣習がありますね」
「そうか……」
なるほど、つまりエレナがやったあれはそういう意味じゃないのだな。まあ、せいぜい家族同然と思ってくれているだけで――
「お爺ちゃん、体をかさねるってどういう意味?」
食後うたた寝していたテレサが突然その無邪気な疑問をサムエル爺さんに投げたのだ。
「あっ、あー、それはね。抱き合ったり心音を聞かせたりすることだよ」
「なるほど!」
……。
なるほど……?
疑問が晴れたと思ったらまた謎が深まった。エレナが幼い頃誤魔化されて意味を知らないままそれをやったかもしれないし、そもそも伝承を詳しく知らないで母君の真似をしただけかもしれない。彼女がどのつもりでやったのかますます分からなくなってきた……。
よく考えたら、俺は何故そのことが気になるのだ?
答えを見つけないまま、俺は別のことに気を取られた。
テレサの容姿は赤い髪と琥珀色の両目。普通なら気にするほどではないが……。
「サムエル爺さん、この子の目の色って……、ユトリテリアで大丈夫だった?」
黄色い目はその国では差別対象になる。優れた家系のエレナでさえ例外ではない。
それにその年で孫を連れて遠路はるばる他の国に行く理由ってそうそうないはず。
「ははは……、まさか母国の恥ずかしいところまで知られていたとは」
「無神経な発言ですみません」
「気にするなって」
サムエルが一呼吸を置いて説明し始めた。
「実はこの子はカズミ人だからユトリテリアで生活したことがないんだ」
「そうなんですか?」
「ええ、息子はカズミ人と結婚するためにあの国に移住したんだ。彼女は黄玉の一族だったから私最初は酷く反対したけど、息子はどうしても聞いてくれなくて……。結局結婚式にも顔を出さなかった」
サムエルの表情が一気に陰った。
「7年前、娘が生まれたって息子からの手紙が来て、孫に会ってほしいと懇願されて、仕方がなくカズミまで足を運んだのだ。最初は気が進まなかったけどテレサと何回か会った後、私の価値観は変わった。人は生まれながらの罪はないって」
人の思考や価値観は環境によって大きく左右されると聞いた。彼はまさにそうだろう。
「残念ながら息子の妻は数年前重病で亡くなり、息子は昨年仕事の事故で命を落とした。私はそれが後悔で仕方がない……。あの娘の病気は金がかかるけど不治の病じゃない。手遅れになる前にちゃんと治療すればよかった。そしたら息子も危険な仕事に就かなくて済む。すべては私が頑固だったせいだ……。もっと早く良好な関係を築いていたら息子は私に助けを求めていたかもしれない……」
サムエルはわなわなと肩を震わせた。俺はかけるべき言葉を見つけられなくて、ただ彼の肩に手を置いて励ましてみた。
「ありがとうよ。優しい若者」
落ち着いたサムエルは慈しむ眼差しを寝てしまったテレサに向けて、彼女の頭を優しく撫でた。
「テレサと相談したけど、この子はどうしても一緒に暮らしたくて。しかしカズミの移民審査は厳しいから……」
テレサのためにサムエルは最初からユトリテリアで暮らす選択肢を捨てたようだな。
「だからソラリス王国の魔境開拓計画に参加したって訳ですか」
「その通り、あの国は気候が良くて過ごしやすい、何より差別はないと聞いている。私はもう一人でこの歳だからどうでもいいけど、テレサには良い生活を送ってほしい。手持ちの貯金と計画の支援金あれば王都ソルスターの学校に通わせられるはずだ」
時々彼の表情から後悔の色が見える。半分は孫娘の未来のためにやっているのに違いないがもう半分はおそらく贖罪したい気持ちだろう。俺はその気持ちに共感できる……。
「それは良いと思います。きっとテレサも新しい生活を気に入っているはずです」
貴族のスポンサーがいれば優秀な学校に入れるはず。俺はスポンサーに成れるけど今は正体を隠しているから言い出せない。任務が終わったらキャシーに彼らの住所を確認しよう。
しばらく彼とソラリス王国について雑談していた。そして就寝時間になり、皆が温度調節されているキャビンの中に戻った。
鉄馬のタンクの魔力が随分減ったので今は補充させている。運転中直接魔力を注いでそのまま動力に変換してもいいけど、いざという時に備えて自身の消耗を抑えたい。
タンクの補充を終えて、馬車からちょっと離れたところに移動した。溶け始めた強化氷の投げ剣を捨てて新しいのを作る。すると後ろから近づいてくる気配を感じた。
「まだ寝ないですか。ソムリエの姉さん」
彼女は名乗っていないで自分のことをソムリエと呼ばせている。
「ええ、ちょっとウィリアムさんに聞きたいことがあって」
「何でしょう」
「もし、護衛対象である私を救うか、他の人を救うかという選択に迫られたら、貴方はどう選ぶ?」
ソムリエが無表情でそれを聞いてきたが、俺を試しているのは見え見えだ。
とはいえ満足させる答えを出す義務はないし俺は自分の信念を貫き通すのみだ。
「それはもちろん全力を尽くして両方を救う」
「……」
彼女はすぐ無言で身を翻したが、口元が緩んだのを俺は見逃さなかった。
「欲張りな答えだったね。それではおやすみなさい。護衛さん」
俺を試す理由は分からないが、俺の答えに不満を見せなかった。
強化氷の投げ剣を作り終えた頃に、ちょうど定期連絡が来た。エージェントにテイムされたストームホークが飛んできて、俺は魔獣が咥えている筒から文を取り出した。
「『万里無片雲』、つまりこの一帯は脅威なしだな。ありがとう、さあ、マスターのところに戻っておいて」
魔獣を解放したけど俺の頭上で一周飛び回ってすぐまた着地した。そしてその後ろに一人の人影が現れた。
警戒しようとしたが、その気配は知っているものとよく似ているのですぐ警戒をやめた。
「君はC11……、いや、彼女の妹C12か」
「わぁ!初対面で分かるんだ。やっぱりヴィルヘルム様はすごい」
「なんとなくだけどね」
彼女らは双子であることをC11から聞いていなかった。顔はそっくりだけど魔力の特徴はちょっと違う。
「それじゃ自己紹介しましょう!私はC12、此度にヴィルヘルム様の任務をサポートする『影』の一人で魔獣テイマー。この子はスーちゃん。短い間だけどよろしくね」
ストームホークだからスーちゃんなのか……。
「ああ、よろしく。ところで定期連絡はスーちゃんで済むのになぜわざわざ顔を出しに?」
「それはもちろんヴィルヘルム様が仮眠取れるように見張り番をしに来たよ!……というのは建前で実は一度会ってみたいだけ。だって姉さんだけ直接会えるのはずるいじゃん」
……これって双子特有の対抗心ってやつか?
「まあ、いいけど……。じゃ仮眠を取る前に少し雑談に付き合ってもらうか」
「本当?やった!」
それからちょっとだけ話をしていたが、彼女の話術のおかげか張り詰めた神経を和らげることができた。そして見張り番がいるおかげで安心して仮眠を取れた。
こうして色んな人と交流することで俺は改めて思ったのだ。任務には目標があるけど、関係する人々は皆それぞれの人生がある。目的のために大事なものを見失ってはいけないと。
そしてその固めた信念は後に俺の決断に影響することにもなる……。
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