万全を期して、元騎士は出立す

「エレナ、晩御飯はビーフ・バーガンディを作りたいと思うんだが……。って、寝ちゃってる」


 午後五時、エレナの様子を見に工房に来たが、彼女は寝落ちしていた。


 それは無理もない、彼女はこの数日ずっと頑張っていたから。しかも今日はギリギリマントの材料が届いて、明日に間に合うように急いで作成に取り掛かっていた。


「これが製作途中のマントか……」


 作業台の上には沢山の糸巻きが置かれていて、二種類の糸が製作中のマントと繋がっている。一つはよく高級服に使われる魔力伝導性能のいい合成繊維、もう一つはエレナ特製のものだ。


 フォレストストーカーの革と金属で作られた合成繊維……。それはとても想像つかなかった。


「んんっ……」


 椅子で寝ているエレナが少し呻いた。


 どうやら魔力を使いすぎたせいで寝てしまっているらしいけど、もう以前のように倒れるまで酷使することはない。彼女は適切なタイミングで休息を取るようになった。


「今日は特に消耗が酷いだろう。錬金術で糸を作った後も織機のような念動魔法を駆使していたし」


 舞い踊るような糸は壮観だった。俺からすれば高度な制御技術だけど彼女によると、糸をグループに分けて一斉に念動魔法で操ればそこまで難しくはない、グループの中でズレが発生する時だけ修正行動すればいいのだと……。


 俺はあんな繊細な魔法が苦手なんだよな。


「うぅぅ……」

「やっぱり辛そう」


 エレナの体を抱えてソファーまで運び、ふかふかな枕を置いてから寝かせた。


 そして彼女の手を握り、早く気持ちが静まるように魔力を送り込む。すると無意識にぎゅっと手を握り返してくれた。


「どうせ晩御飯の後また無茶をしそうだし。今の内補充してあげないとな」


 出発は明日の夜だけど、エレナの焦る気持ちは理解できる。ギリギリ間に合うよりは、早めに終わらせたいものだよな。


「すー……、むにゃ」

「寝息が穏やかになったな」


 その顔を見ているとこちらまで和んでしまう。


「可愛い……」


 初めて会った日から可愛いと思うけど、最近はますます気持ちが抑えられないというかなんというか……。毎日起きた後と寝る前、水族館で撮ったあの写真でエレナの可愛さを再認識するのが原因かな。


 つんつん。


 思わずほっぺをつついてみた。……柔らかい。


 時折愛おしさこみ上げてくることに、特に深く考えていなかったけど……、騎士団の野良猫をつい可愛がってしまうのと似ているものかもしれない。先日だって、写真を撮った後もアシカと遊ぶのに夢中になったし。もしかして俺は可愛いものに目がない?


「はむっ……」

「ちょっ!」


 考え事をしているとエレナがいきなり頬をつついていた指を咥えて、魔力を吸い始めた。


「ちゅ……ずるっ……」


 雷に打たれるような、快感とも言える感覚に襲われた。


 指を引っ込めたくても力が入らない。同調者同士はお互いの弱点を知り尽くす……。エレナが無意識に俺の動きを制限している以上耐えるしかないと思うが、握っている手にさらに魔力を送り込むのを試してみた。


「パフェ、違う……むにゃ」


 すると十数秒ぐらいで解放してくれた。魔力が補充されて満足したらしい。


「食べ物の夢でも見てたのか」


 それにしても無意識にやるのは厄介だよな……。心臓に悪い。


 ハンカチで指を拭きながら俺はそう思った。


「……今起こったこと、秘密にしとこう」


 エレナがどう反応するか分からないし変に落ち込んだら慰めるのは大変そうだ。


「ご飯出来たら、また呼びに来るよ」


 暫し彼女の寝顔を眺めたら、俺は厨房に戻ったのだった。


 ……

 …


 晩飯後、俺は居間で夜遅くまで魔導の本を読んでいた。乱暴な大規模攻撃魔法こそできるが、繊細な制御を要する上級魔法は苦手だ。例えば単純に広範囲攻撃なら魔力さえ足りればいいけど、指定複数ターゲット追尾する攻撃は上手く行かない。


 まあ、こうして本を読んでいても短時間で上達はしないがな。これはあくまで彼女を待っているだけで……。


「あ、ヴィル。まだ起きてたんですね」


 居間にエレナが入ってきた。


 晩飯の時ずっとうじうじしていて何か言いたげのようだった。だからこうして彼女が話しかけてくるのを待っていたわけ。


「ん?眠れないのか」

「いえ、ただこれを渡したくて……」


 俺の前にやって来て、きれいな布で作られた小さな袋を差し出した。


「前に言ってたお守りかな。……ん?エレナお前、いつ髪を切った?」


 余談だが、エレナは随分前から前髪が目を隠さないような長さにして、髪飾りはただの飾りになった。


 でも今は晩御飯の時より数ミリ短くなった気がする。


「え!?分かったんですか」

「まあ、何となく」

「じ、実はですね。ユトリテリアのおまじないとしてお守りに私の髪を入れたんです……。ですから渡すかどうかずっと悩んでいて……。も、もし気持ち悪いとか思ったら受け取らなくていいですよ」


 そういえばお守りを作るためにユトリテリアの花びらを購入したっけ。つまりこれはユトリテリアの伝統的なお守りということか。


「気持ち悪いとかとんでもない。俺のことを案じて作ってくれたんだろ?」

「はい……」

「ならばありがたく貰っておくよ」


 それを聞いて思い悩んでいたエレナの顔がほころんだ。


「ありがとうございます!」

「なんでそっちが礼を言うんだ……」


 そして何かを思い出すかのように彼女がまたもじもじし始めた。


「あっ、残りのおまじないもしなきゃ……」

「まだあるの?」

「実はおまじないはそれだけじゃないです。もしよければそれもしましょうか……?」

「ま、せっかくのお守りだから俺だって効き目がある方がありがたい。じゃお願いするか」

「はい」


 俺の了承を得たエレナは立ったまま俺の頭を抱きしめた。この体勢だとちょうど顔が彼女の胸に埋もれて……。


 柔らかい……。そしていい匂い。


 何故?と考えるよりも先にその感想が浮かんだ。


「どうです?私の心音、聞けますか」

「いや、この向きだとちょっと……」


 緊張しすぎたか、彼女はぎゅっと目を閉じていてどうなっているか把握していない。


「あ、あわわわ……」


 彼女は慌てて俺を一旦解放し、改めて耳を胸に当てさせた。


「聞こえた。早鐘打っているね」

「~~~っ!からかわないでください~!」

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」


 エレナは深呼吸をして自分を落ち着かせた。


「ふぅ……じゃ始めますね」


 心拍数が高いまま彼女は透き通る声でおまじないを唱え始めた。


「貴方はどうかこの温もりと鼓動を覚えて、純雪の天使の導きで私のもとに戻ってください」


 それは……、ユトリテリアの雪にまつわる伝説か。


「大いなる純雪の天使よ、どうか彼の旅を見守り給え、無事に帰ってくれるように導き給え……」


 俺達はしばらく心地よい静寂に包まれた。


「次はヴィルの心音を聞かせてくれますか」

「ああ、もちろん」


 そして交代したのだが、何をすればいいか分からない。


「えっと、何をすればいい?ユトリテリアのおまじないは分からないんだが」

「ヴィルは何もしなくてもいいです。おまじないは終わったんですから」

「え?じゃ今のは?」

「私だけ恥ずかしい思いするのは不公平と思って……。ふふ、ヴィルもドキドキしていますね。私だけじゃないと分かってホッとしました」


 実は随分前から心臓がバクバクしていた。おそらくいきなり頭を抱きしめられた時からずっと……。


「それはノーコメント……」

「ふふ~♪」


 狼狽える俺を見てエレナは上機嫌で笑った。


 彼女が満足して離れるまでじっとしていた。どちらも言葉を発さずにただお互いの存在を感じるだけ。


 もうこれ以上言葉にする必要はあるまい。気持ちは十分伝わったから。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 離れてからもエレナの感触がまだ残っている。


 任務中でもこの感触を思い出して、どんなことがあっても必死に頑張るだろう。ひょっとしておまじないの効果はもう出ているかもしれない。


 心臓はまだうるさい。きっと今夜はなかなか寝付かないだろう。出発は明日の早朝じゃなくて夜でよかった。



「じゃん~出来上がりました」

「これが探知魔法を妨害するマントか」


 午前中、俺は工房に呼ばれたが、どうやら例の物が完成した。


「はい、探知魔法を妨害するのはその一つの機能で、もう一つは光の進路を操って視覚的に見えにくいステルス機能です。ですが、現状私の技量ではその二つの機能同時に使えるものを作れませんし、ステルス機能は膨大な魔力反応が発生しますので使い道が限られます」

「それでもすごいよ。まさかおまけが付いてるとは」


 フォレストストーカーの能力を同時発動できないのは残念だけど、それでもステルス機能は戦術的に使い道があるはず。


「機能をテストしてみましょう」

「分かった」


 使い方を教えてもらって早速マントの機能を試した。


「ステルス機能は問題なし。でもやっぱり近ければ分かるんですね」

「まあ、なくても今回の任務に支障はないだろう」

「それもそうですね。では探知妨害機能を」


 エレナは探知用計器でマントを着用した俺を測る。


「念のため確認しますが、ヴィルは武器を収納してますよね」

「予定通り一つだけ収納したけど、どうした?」

「まったく問題ありません。今のヴィルの魔力反応は人並みの冒険者くらいですよ。大成功です!」


 人並みの冒険者なら、警戒されずに済むだろう。それはよかった。


「そしてこれは仮面です。特殊透光材で作られて外から中身が見えませんが、ヴィルの視界はちゃんと確保されます」


 見た目は黒い仮面だが、つけてみると視界がまったく妨げられない、感触がなければ仮面をつけていることすら分からないほどだ。


「これはいいな。全然戦いの邪魔にならない」


 仮面を外して改めて重さを感じてみるとこれは思ったより軽い。本当に素晴らしい物なのだ。


「ありがとう。任務が上手く行けそうな気がするよ」

「待ってください。まだありますよ」

「ん?」


 エレナは工房で何かを探している。マントと仮面以外に解毒薬を作ってもらったけどそれは数日前ポーチに入れてあるはず。


 しばらくして彼女はそれらを持ってきた。


「まずはこれを、緊急時に躊躇わずに使ってください」

「これは……魔導銃か」

「はい、威力と貫通性能に特化したので耐久性はありません。ちょうどすべての弾、つまり8発を撃ち終える頃にはバレルが使い物にならないでしょう」


 耐久性を引き換えに威力を重視した魔導銃か。強敵への切り札になるかもしれない。


「特製合金弾にはすでに私の魔力を込めてあるのでそのまま使えます」

「エレナの魔力を?言ってくれれば俺がやるのに」


 俺の魔力は余りあまるし。


「でも……、そうした方が私がヴィルの力になれてる気がして……」


 まったく、健気な考え方だな。


「ありがとう。切り札として使うよ」


 そして彼女は俺に一振りの長剣を差し出した。


「これは?」

「特別依頼の試供品ですが、品質と性能は保証します。ヴィルが使ってるものより劣らないはずです」

「え?依頼の試供品って、納期は大丈夫なのか」

「それに関しては大丈夫です。納品期限はヴィルが帰ってくる予定の後ですから」


 言外に俺が時間通りに帰って来ないと納品できないということか……。彼女のためにも頑張らないと。


「いい出来だな。魔力伝導性能も優れてる」

「魔力調和コアで魔力を円滑に伝導することはもちろん、増幅することもできますよ」

「はは、こいつはすごいな。特別依頼の優勝を取れるかもしれないぞ」

「えへへ、ありがとうございます。……でも今はやっぱりヴィルに役に立てるかどうかだけが気になりますね」


 自信なさげに小さな声で言ったエレナ。


「もちろん役に立つさ」

「本当?」

「エレナが作ってくれた装備が心強いよ。これは社交辞令じゃない、戦場に立つ者としての感想だ。だから、ちゃんと自信を持て」

「……、うん!」


 ありのままの思いを伝えると、彼女はにこやかな笑顔を見せてくれた。


「そういえば、この数日ドタバタだったから、リリア用の客室まだ掃除してないよね」

「あ、言われてみればそうでした。リリアさんが来る前に済ませておかなきゃ」

「俺も手伝おう。二人でやった方が早いし」


 そして俺達は昼飯後、リリアが使う客室をきれいに掃除した。エレナは複数の掃除ロボットを使ってみたけどあれらは上手く統率取れなくて単体よりも効率悪かった。彼女は悔しそうでありながら挑戦すべき課題を見つけてどこかウキウキだった。


 晩飯後、出発前にリリアが約束通り来てくれた。


「こんばんは、ヴィル」

「こんばんは、来てくれてありがとう。もう少し早かったら一緒に晩飯食べられるのによ」

「仕事でいろいろあって……。でも、後で奢ってくれると嬉しいな」

「ああ、あの時改めて三人で食事しよう」


 エレナが俺の後ろでそわそわしている。やはり人見知りだよな。


「自己紹介しよう。私はリリア、ヴィルの友で冒険者ギルドのギルドマスター補佐をやっている。この数日エレナさんをお守りする役目を任された」

「は、はい。わ、私はエレナと申します。ヴィルと契約している錬金術師です。よろしくお願いします。どうか気楽に呼んでください」

「それでは……エレナちゃんは如何だろう」

「リリア、彼女はこう見えても俺より年上だぞ」

「え、本当なのか。失礼した」


 俺は頷いて見せたけどさすがのリリアも驚きを禁じ得なかった。


「わ、私はそれで大丈夫です」

「では私のことも気楽に呼んでほしい」

「はい、り、リリア」


 二人は少しの間雑談を興じて、すぐに共通の話題を見つけた。


「エレナちゃんも弓術に興味があるの?」

「はい、最近は錬金術の仕事が忙しくて練習が疎かになりましたけど……」

「私も腕は治ったけど何年も弓やっていなかったから腕が鈍ったよな。あ、いや、これ新しく生えた腕だから鈍るというよりは鍛えてないか……」

「せっかくですから、よかったら一緒に練習しましょうか。ヴィルが騎士団から借りてくれた練習用の的があります」

「それは是非!」


 弓の話になるとリリアは生き生きしている。エレナの方は……、リリアに競争意識を持っているような、持っていないようなよく分からないのだ。でも弓のことはリリアがきっかけになったのは確かだろう。


 居間でしばらくくつろいだが、いよいよ出発の時が来た。


「ちゃんと解毒薬を持ちました?」

「ポーチにある。購入した回復用霊薬と非常食も入ってる」

「魔導銃は?」

「持ってる。それに長剣、弓、短剣、収納中の鈍器も確認済。仮面は屋敷を出たらつける」

「マントの機能も大丈夫そうですね」


 エレナはまるで騎士団にいた頃出動する前のマルクみたいに念入り確認をしてきた。


「お守りはちゃんと裏ポケットに入れてあるよ」

「そ、それはリリアの前で言わないでください~っ!」


 リリアは小首をかしげてよく分からないと言った顔をした。詳細を知らない彼女はエレナがどうして恥ずかしがるか理解できないだろう。


「じゃ俺はそろそろ」

「あ!忘れ物したのは私の方でした。もうちょっと待ってくれますか」

「まだ時間に余裕はあるからいいよ」


 彼女は何を取りに行くかと思ったら全く予想外のことに――


「えい」


 エレナがいきなり抱きついてきた……!


「おい、何を……?リリアの前だぞ」

「おや?私の前じゃないならよかったのかい」

「ちょ、お前もからかうな」


 最近スキンシップがどんどんエスカレートしてきた気がするけどさすがに知り合いの前だと戸惑うと言うか恥ずかしい……。


「い、いえ。これはちゃんと理由があります」


 そう言ってエレナは目を閉じたけど同調のおかげで俺はすぐに理解した。


 彼女は俺に何を教えようとしている。


「これは……新しい魔法?」


 とんでもなく複雑な構築式。とても俺の頭で考え付くものじゃない。


「錬金術の技術を応用した魔法です。試してみてください」

「分かった。でもあの……、その前に放してくれないか。ちょっと動きにくいというか」

「いえ、そのまま使ってみてください。これも必要なことです」


 まあ、彼女がそう言うなら必要だろう。


 言われた通り新しい魔法を発動した。すると手のひらに湿気が濃縮し、氷のナイフが現れた。


「氷のナイフか」

「そのようだな。でもヴィルなら普通に作れるはずでは?それほど難しい魔法ではないし」

「だがこれはちょっと違う気がする」

「はい、私が説明しましょう。これは魔法で顕現した氷じゃなくて、空気の水分を凝縮させて作られた強化氷です。常温でも完全に溶けるのに一日かかりますし、込められる魔力量が普通の氷より多いです」


 そこまで説明してくれると俺もどう応用するかすぐに分かった。


「なるほど、予め作っておけば戦闘中に投げ剣として使えそうだな」


 魔法は維持するのに魔力を使い続けなければならないが錬金術は違うのだ。


「その通りです。ヴィルの魔力回復が早いので役に立つものを考案しました」


 最初はマントと仮面、そして解毒薬しか頼まなかったのに結局いろいろを用意してくれた。リリアの前じゃなかったら自分を抑えきれずにそんな健気なエレナを抱きしめてしまっていたかもしれない。


「それじゃ次のステップに進みますね」


 エレナは同じ魔法を発動した。彼女が作った氷のナイフは俺のと違い、粗くなくて滑らかで、まるで水晶のように半透明に透けている。そして刃がより鋭く見える。


「これが本来の効果ですが、私達の個体差で違いが出ちゃいますね。今構築式を調整します」


 すっかり忘れていたけど、魔法は直接伝授する場合個体差によって微妙に効果が変わる。大抵の魔法は問題にならない程度らしいけど、今感じたように錬金術は複雑で細かいし、ステップが多いから誤差が重ねて結果が大きく掛け離れてしまう。


 抱きついたままなのは同調の力でそれをなんとか調整するためか。


「……」


 新しい情報が流れ込んでくる……。先ほどよりもなぜか馴染みのある感じがする魔法だ。


「もう一回試してください」

「分かった。……、これはどうだ?」


 新しく作った強化氷のナイフは、完璧じゃないがよりエレナの方に近づいたと思う。


「上出来ですね。品質も性能も先程より良くなりました」

「エレナのおかげだよ」

「えへへ、ありがとうございます」


 そんな俺達のやり取りをリリアは微笑みながら見守っていた。


 しまった、リリアがいることを忘れていた。


「コホン!そろそろ出発しなければならんだが」

「……うん」


 俺の言葉を聞いて数秒後、名残惜しくもようやく解放してくれた。今更思ったけど、忘れたのはもしかしたら言い訳だったかもしれない。


「エレナのことは頼んだぞ。リリア」

「ああ、任せてくれ」


 身を翻して屋敷から出ようとした時――


「待って」


 エレナが俺を呼び止めた。


「ん?まだ何か?」

「あの……、行ってらっしゃい」


 思わずきょとんとした。遠出する時こうやって見送ってもらうのはなかなか新鮮な経験だから、ついやるべきことを忘れてしまった。


「んにゃっ」


 落ち着かせるように頭を撫でて、俺は言うべき言葉を口にした。


「行ってくる」


 エレナが笑顔になったのを確認してから俺は屋敷から出たのだった。



 夜に紛れて王都から出て、目立たないように主要道路を避けて全力で突き進む。鉄馬どころか軍用の自動車よりも早く走るが、無駄に回復が早い魔力のおかげで少し休憩を挟めば持久力は問題ないのだ。


 そして夜明け前にソラリス王国の国境を越えた。


 それから道中は魔物などいくつのエンカウンターはあったが、無事夕方に目的地の宿屋に辿り着いた。


「さてと、任務開始だ」

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