ルナエと秘密任務の依頼

「技術者拉致事件?この国で人身売買は禁止されてるはず」


 騎士団に呼びだされ、王国が対応しきれない事件を聞いた俺は驚きを隠せない。王国の成り立ちが理由で奴隷制度がないし人身売買、特に亜人の売買は厳重に禁止されている。重罪なのでそういう目的で人を攫うのはまずない。


 となると国境で人を攫って他の国で売る隣国ベースの犯罪組織か。それならあり得なくはない。


「……その話は長くなるから、まずは座ってくれ。紅茶はいつものでいい?」

「ああ」


 執務室の真ん中へ移動してソファに腰を下ろそうとする時、薄っすらと人の気配を察知した。


「マルク、彼女に出てもらえないだろうか。居ると分かってるのに見えないのは落ち着かない」


 彼は頷き、ハンドサインで出てくれと示した。


「だからヴィル相手に無駄だと言ったよな」


 視界隅っこの靄からフードを目深に被った女性が出てきて、俺に深くお辞儀した。


「すみませんでした。可能であればお邪魔しないように待機しようと思っておりました故。どうやら私はまだ修行が足りないようです」

「はは、君はヴィルの実力を甘く見ていたな。彼の感覚は相当なものだぞ」

「決してそのつもりは……」

「自分で言うのもなんだが、かなり幼い頃から感覚を鍛えられてきたからこの通りだ。あまり気にしないでくれ」


 彼女は再び頭を下げて詫びた。俺を試すような真似をして申し訳なさを感じたようで。


「で、『影』のエージェントがなぜここに?」


 王妃直属の諜報機関ルナエ、ソラリス王国の威光が届かないところで隠密行動に長ける彼女らが活動するので『影』という通称になっている。


「騎士団の『掃除』をしてもらったんだ。この執務室がその最後」

「はい、報告いたします。騎士団に異常なし、怪しい物は見つかりませんでした」

「ご苦労だった。盗聴道具はないけど内通者がいるってことか」


 マルクが淹れてくれた紅茶を啜り、喉を潤しておく。


 ルナエのエージェントまでいると、事件の重大さが俺の想像を超えている。マルクの言った通りこの話は長くなりそうだ。


「まずはどこから話そうか……」


 マルクは考えながら指で眉間を押している。これは疲れた時の癖だ。


「王国は今とあるプロジェクトのために国内外から技術者を集めています」

「その情報をヴィルに明かして良いものだったのか」

「はい、王妃陛下の許可を得ております」


 悩んでいるマルクを見ると『影』のエージェントが助け舟を出した。


 非公開のプロジェクト……。魔境開拓のために技術者を招き入れると思っていたがどうやら違うようだ。


「そんな事情あったのか。えっと、君のことはどう呼べば?」

「そうですね……しばらくキャシーとお呼びください」


 たった今偽名を考えたな。当たり前だけどエージェントの彼女らは本名を名乗ることはないし俺にコードネームを教える義務もない。


「私が説明するよりも彼女の方が適役だろう。元々この依頼の連絡係だし」


 マルクは椅子に深く腰を掛けてくつろいで貴重な休憩を取っている。


「では続きまして、プロジェクト最初のフェーズは国外から百人くらいを迎え入れる予定だが、移送途中襲撃される事件が7件発生しました」

「7件も?」

「はい、しかもどれも中核技術者を狙った襲撃でした」


 襲撃率の高さもそうだが、どれも中核技術者を狙ったとはピンポイントすぎる。


「護衛は……当てられていたはずだよね」

「情けないことに我々が事前に情報を掴んでいないせいで護衛はいつも通りの規模でした。しかも敵は護衛の編成を把握していたようでかなりの被害が出ていました」

「騎士隊は重傷者が出たくらいで済んだけど王国軍の方は全滅したグループがあるようだ」


 マルクがそこで補足した。


 内通者がいて、待ち伏せとはいえ王国軍の小隊を圧倒出来る戦力。黒幕は国内勢力の可能性が高い。


「その結果、9人が攫われました。その後騎士団長様が即応部隊を率いて6人の救出に成功しましたが3人は行方不明のままになったのです」

「拉致した理由は?身代金目的か」


 キャシーは頭を横に振った。


「未だに身代金要求する書状一切届いていませんのでその可能性は低そうです」

「不明瞭な点はまだ多そうだな」

「はい、しかし事件と各記録を分析して内通者についていくつか分かります。まず地脈通信の連絡内容が漏らされたと判明したから、魔法管理局に内通者がいるのは確実です」


 地脈通信は魔法管理局の管轄だからその疑いは妥当だろう。


「そして護衛の編成を漏洩したのは騎士団の者です」

「なんだと!?」

「ヴィル、落ち着いて、ちゃんと報告を読んだからそれに関しては私も同意見だ」


 飛び上がりそうになった俺をマルクが宥める。


「お前だって薄々勘付いただろう?平民だろうが貴族だろうが個人の栄耀や利益のために騎士になった人達が多々居ることに。目標があってモチベーションが高いのは大いに結構だけど道を踏み外しやすいタイプなのだ」

「それは否定できない……ごめん、話の腰を折ってしまって」

「いいえ、お構いなく。それでその内通者ですが、おそらく第一大隊の第一中隊にいると考えられます」

「それって団長が連れ出した中隊……」

「騎士団から引き離すためだ」


 その言い方だと簡単に手を出せない相手のようだ。


「もしかして貴族の令息か」


 第一大隊の第一中隊はそういうプライドの塊が多く存在する。貴族達がよく自分の子供をその中隊に送り込んで家の名声を稼がせるからだ。


 第一中隊に転属された当初、嫌味や嫌がらせしてくる同期がいたな。功績ない平民の癖に第一に居るとか。その後情報が解禁されて、デルタ隊での戦績を認められ褒賞を頂いたら彼らがだんまりになったけど。


「ご明察です。誰かまでは特定していませんが……。南部貴族共はいつまでも飼い馴らされなくて本当に困るものです」

「キャシーさん、本音が……」


 ルナエの諜報活動で俺が知らない情報をたくさん知っている彼女がどうやら南部貴族に思うところがあるようだ。


 本音というより、思考を誘導するためにわざとやったかもしれない。


「ということは、今回の黒幕は南部貴族の勢力か」

「その可能性もありますね」


 ……そう主張したのは私じゃないと言わんばかりの言い方なのだな。


 ソラリス王国建国した当初王国に忠誠を誓った重臣の家系とは違い、南部貴族は併合された領土の領主達の子孫だ。


 あれは確か300年ほど前だっけ、神聖クレイリア王国が領土の正当性を主張し、ソラリス王国に侵攻して戦争になった話。ソラリス王国は大戦後に建国されたからこういういざこざが王国史上では珍しくない。


結局ソラリス王国はそれを押し返し、クレイリアの王都まで進軍した。最後は神聖クレイリア王国が白旗をあげ、ソラリス王国に領土を割譲することで戦争を終息させた。


 余談だけど、その翌年領土を割譲したことがきっかけになってクレイリア王家が二つに割れて内乱が起きた。結果、割譲は無効だと主張するノースクレイリアとこれ以上ソラリス王国を刺激すべきじゃないと主張するサウスクレイリアに分かれた。


 併合された土地のことだが、民を不安させないためにほぼ領主を変えなかった。最初の内領土が豊かになってそれを実感していた領主はある程度忠誠心を示していたが、何百年も過ぎたら彼らの子孫はどうだろう。果たしてくだらないことを企んでいないのだろうか。


 キャシーが言っていたいつまでも飼い馴らされないことはつまり、彼らの忠誠心は期待出来ないのだな。


「これで王家が慎重になる理由も分かっていただけましたでしょう」

「ああ」

「ですからこの任務はごく一部の人にしか任せられないのです」

「一つ聞いていいか」

「何でしょうか」


 任務に関係ないことだろうけど、どうしても気になることが……。


「拉致された技術者に錬金術師がいたか」

「錬金術師と名乗る者は少ないですが専門技術者ですからほぼ全員シルバーランクの資格を取っております」

「なるほど……」


 それもそうか。生産職は錬金術師を目指さなくても資格だけ取ったりするとエレナが言っていたし。


 ……。


 エレナの顔が浮かぶと内なる炎が燃えるように落ち着かなくなる。


「……っ!?」

「ヴィル!」

「あ、はい」


 マルクに呼ばれて勢いよく顔をあげると怯えているキャシーが視界に入った。


「怒るのはいいけどそうやって殺気を放ってはいけないって昔から言ってたじゃないか」

「ご、ごめんなさい。キャシーさん」

「いえ。お構いなく」


 そういえば昔よくそのせいでお説教を受けていたな。


「はは、そういうヴィル久しぶりに見たからつい。しかしそこまで怒って本当にどう……、あぁ、そうか」


 ……マルクに見透かされたようだ。


「ともかく、任務の内容だが、ヴィルにやってもらいたいのは護衛任務だ。キャシー、続きを」

「はい。王国は攫われた技術者の代わりを新しくスカウトし、凄腕の技術者一人が応募してくれました。その人を直接王都まで、ルナエのエージェントに送り届けてほしいのです」

「この任務は何日かかる?」

「そうですね……。魔法管理局に内通者がいる以上転移施設は使ってはならないから、一週間後に出発して四、五日くらいはかかると思います」


 今の話を聞いてあまりエレナを一人にしたくないからなるべく早く済ませよう。帰りはどうしようもないが行きは全力で移動しよう。


「分かった。この任務を謹んでお受けする」

「では、この小包を。任務の詳細や襲撃の記録などの資料が入っているので熟読したら燃やしてください。ここで言えるのは、護衛任務が最優先事項で手加減は要りません。ですが、敵一人くらい生かしたら助かります。こちらが確保して尋問を行います」

「なるほど、『影』も同行するのか」


 キャシーが頷いた。彼女らは真正面から戦うのは不得意だが影からサポートしてくれるらしい。


「そしてもう一つ、この護衛任務は冒険者ギルドの依頼に偽装するからギルドマスターに会ってこの手紙を渡してください。彼が手配をしてくれます」

「分かった。元々これから行く予定……って、そろそろ約束の時間だ。他に注意すべき点がなければもう行きたいんだが」


 時計を見たらもう予想以上時間かかってしまった。あまりエレナを待たせたくないから他に要件がないなら退散させてもらおう。


「口頭で伝える内容は以上です。他は資料をご覧ください」

「それじゃ俺はこれで」

「はい、王国は貴方様のご活躍を期待しております。どうかお気をつけてください」

「ヴィル、気を付けてくれ」


 深く頭を下げてお辞儀するキャシーと軽く手を振るマルクに別れの挨拶をして、騎士団を後にした。


「早くカールと話を付けてエレナと昼飯食べたいな」


 そう考えながら俺は冒険者ギルドに向かって行ったのだった。

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