建国祭事件篇

立夏、祭典の準備と不穏な動き

 エレナが上級錬金術の授業を受けてから時間が経ち、初夏が訪れた。得難い先生に出会えて勉強も順調に進んでいるとはいえ、急いてはことを仕損ずるので依頼をこなしつつ新しく習得した技術をしっかり磨いていく方針を取っている。


 そしてイサベルは新しいことを教えなくてもたまにエレナの練習の成果を見に来て、晩飯を食べてから帰ることになっている。


「晩御飯をご馳走してくれてありがとう。今日もエレナちゃんの手料理とヴィルヘルムさんの紅茶をいただけて嬉しいわ」


 半分はご飯を食べにくるのが目的だが。実はこの前、イサベルが一人暮らしで仕事が忙しいから晩御飯どうしているのかと聞いたら、いつも外食や簡単なおやつで済ませているらしいから俺とエレナがたまにうちで食べないかと提案したのだ。


「エレナちゃんの家庭料理本当に美味しいね。でもいいの?ただでいただいて」

「大丈夫です。イサベルさんは大事な先生なので!」

「あら、そうやって大事な人の胃袋を掴んでいるのね」

「そそそれは……あぅぅ」


 歓談に興じるエレナとイサベルを横目に、ちょうど晩飯前に届いた封筒に視線を落とした。表面には騎士団の印が押されていて、騎士団からの手紙だと分かる。


「こんなおいしい料理を作れてエレナちゃんはきっと良いお嫁さんになれるわ」

「か、からかわないでくださいイサベルさん。私なんか……」

「ねえ~、ヴィルヘルムさんはどう思う?」

「そうだな。エレナはきっと賢妻になると思う」


 何の手紙だろう。建国祭関連の招待状にしては早すぎるが。


「~~~っ!ヴィルまで!」

「ん?変なこと言った?」

「クリスティーナ様の言う通りなのね。ヴィルヘルムさん……」

「???」


 いけない。レディーと同席しているのに、手紙に気を取られる場合じゃない。


 俺は素早く手紙を裏ポケットにしまっておいた。


「はぁ~、エレナちゃんのご飯がしばらくお預けになると思うと気が滅入るわ」

「やっぱり建国祭準備でこれから忙しいのか」


 春が終わる前から繁忙期と言っていたな。依頼も増えていったようだし。


「それはもう。王宮での仕事予定みっしり埋まっちゃって」

「毎年忙しいんですか。建国祭は」

「もちろん活気付く時期だけど今年は特別に忙しいのよ」

「あ、侵略者を撃退したお祝いも兼ねてですね」

「それもあるけど、もっと特別なことが……んん~言えない。それは楽しみに取っておいて」


 それはジルとクリスティーナの婚約発表だろうな。イサベルは秘密保持を徹底しているからそれをエレナに教えられない。


「分かりました。楽しみにしています!」


 俺も空気を読んでエレナに教えないでおこう。


「というわけで、わたしはしばらく来れないからエレナちゃんはギルドの依頼に専念してね。たくさん届いているから頑張ってもらわないと」

「うん、任せてください」


 仕事の量はまた授業がなかった頃に戻りそうだな。エレナが無理しないかちゃんと気を配らないと。


 ……


 夜、自室に戻った俺は手紙を確認したが、手紙の差出人はマルクで内容は極めて簡単な物だった。


相談したいことがあるから明後日騎士団に来てほしいと。


「手紙に要件が書かれていない。マルクがここまで慎重になるとは、ただならぬことかもしれん……」


 王宮からの提案、俺に頼むかもしれない秘密行動。前にエレナと一緒に騎士団を訪れた時マルクが言及したことだ。おそらくそれだろうな。


「建国祭のこの時期に何か事件でも発生したのか」


 どの道騎士団に行ってみれば分かることか。



「素材依頼を出しに?」


 手紙を受け取ってから二日後の朝、俺は騎士団に用事があるとエレナに伝えたら、彼女もまた冒険者ギルドに行く予定があると言っていた。


「はい、ギルドに特別依頼が届きまして、シルバーランク錬金術師が武器の試供品を納品して、選ばれた人に正式発注が来るそうです。どうやら騎士団の武器更新だとか」

「あぁ、確かにパレードの時最新の装備にした方が栄えるな」

「パレードもありますね」

「あれは建国祭の恒例で毎年欠かさないイベントなんだ」


 騎士団は国の実力の象徴、パレードに出さないわけがない。同じ理由で魔導士団もパレードに参加している。


「ヴィル?なんだか浮かない顔してます」

「いや、ちょっと昔のことを思い出して。俺、注目を浴びるのは苦手なんだよな」

「わぁ、ヴィルも参加していたんですね。見たかったです。きっとかっこいいに違いありません」

「やめてくれよ。あれはもう恥ずかしくてかなわなかった」


 しかしエレナがこんなにはしゃいでいるのに冷や水を浴びせるわけにはいかない。


「はぁ、その時の写真が残っているからあとで見せるよ。もし動画見たいなら今度国立公共図書館に記録を探しに行こう」

「いいのですか?やった~」


 恥ずかしいけど彼女が楽しんでくれたらいいか。


「それで話を戻すけど、わざわざ冒険者に依頼を出すまで入手したい素材があるのか」

「はい、みんながオリジナルレシピを使いますので、私も自分なりに考えて作ろうと思います。そのためにちょっとレアな素材が必要なんです」

「なるほどな。じゃ今日は一緒に外で昼飯食べるか」


 ということで一緒に出掛ける運びとなった。


「活気に溢れてますね。あちこちで屋台の設置がされてます」

「そっか屋台の設置作業は今日からか」


 貴族街から商業区の大通りに出るとエレナがその感想を零した。


まだ朝なのにもう昼みたいに活発になっている。夏の祭りに向けて準備する人々はウキウキしていて街は朗らかな雰囲気に包まれている。


「他の国から来た観光客も増えたようですね」


 エレナが俯いて、心なしかどこか不安そうな顔がした。


「目線が気になる?」

「はい、やっぱりこの目はちょっと目立っちゃいますよね。他の国の人がどう思うんでしょうか」

「きれいだからもっと自信を持ちなよ」


 ポンと軽く頭を撫でると彼女は笑顔を見せてくれた。


「う、うん。ヴィルのおかげでちょっとずつ自信が持てるようになってきた気がします。えへへ」


 コンプレックスはなかなか消えないものだ。時間に任せてゆっくりポジティブな思い出で上書きするしかないか。


「そろそろですね。私まず錬金術師ギルドに行きますので後ほど冒険者ギルドで合流しましょう」

「ああ、分かった」


 エレナと別れて俺は一人で騎士団に向かう。


 門番のライリーと挨拶して、執務室に向かおうと思ったらちょうど本館正門でマルクに遭遇した。


「ヴィル、来てくれたんだ」

「おはようマルク。そんな呼び出し方だなんてよっぽどの事態だと思うけど」


 彼の顔はかなり疲れているようだ。何かの事件のせいで心労が絶えないだろう。


「相変わらずきな臭いことに鋭いな。その通りだ。今はちょっと手を焼いていることがあってな。詳細は執務室で話そう」


 マルクは急ぎ足で歩き出した。


「正直に言うと、引退した騎士に任務を頼むなんて私としては到底賛同できないが、この時期に動ける人が少ない上に、王宮が信頼を寄せている人と絞りこむと……ねえ」


 通りすがる人がいないのにマルクは小さい声で言った。考えたくないが今までの情報を総合すると今回の事件は国内部の人が関与しているようだ。そして騎士団でも油断を許されない場所に……。


 俺は大丈夫だと言わんばっかりに微笑んで見せると何も言わずに黙ったままついていった。


 マルクのおかげで今の俺が居る。こんなに疲弊している彼はさすがに見過ごせないのだ。全部肩代わりするのは無理だが少し負担を減らせるならこの任務を喜んで受けて立とう。


執務室に入って扉が閉まってもなかなか切り出せないマルク。


仕方がなく俺は先に沈黙を破った。


「それで?最近なんかやばい事件あった?」


 マルクはようやく落ち着いたかのように溜息を吐いてから言った。


「……技術者拉致事件だ」


 ……

 …

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