騎士団訪問と思わぬ収穫
「白シャツにベージュのベスト、今日はこれにしよう。そういえばそろそろ半袖の季節か」
朝食前、今日はエレナと一緒に外出するので俺はクローゼットの前に立って服を選んでいた。選ぶと言っても持っている服の色は簡素なものばっかりだからとりあえず色が重複しないように気を付けるだけ。
「あれ?なんかシャツが1枚足りないような……」
所持している服の枚数が少ないので1枚欠けていることにすぐ気づく。
「洗濯物はすべて取り込んだはずだけどもしかして風でどっかに飛んで行ったかな」
ドンドン。
シャツの行方を考えているとドアの向こうからノック音がした。
「ヴィル、もう起きてますか」
「もう起きてるよ」
今日は外出の約束があるから寝坊か確認しに来たのかな。
ドアを開けるとそこに立っているエレナがシャツ一枚を持っている。
彼女はシャツを着ないしそれは明らかにオーバーサイズだ。どう見ても、紛れもなく俺のシャツである。
「すみません、こちらの服にヴィルの服が紛れ込んだみたいです。今お返しします」
それを受け取るとつい思ったことを零してしまった。
「あれ、これ、エレナが間違えて着てた?」
「どどどどうして分かったんですか!?冷めるまで放置したはずなのに……!」
顔が真っ赤になってこちらの視線を避けるエレナ。
「ほら、内側に魔力の痕跡なようなものが残ってる」
「うぅ、こんな恥ずかしいことがバレるなんてこれも同調の副作用のせいですぅ」
言われてみれば、痕跡が服の内側についているとか細かいことは探知道具ないと普通分からないはず。
「寝ぼけて間違えて着たんだろう?そんなに恥ずかしがる必要もないんだが」
「え?あっ、そ、そそそうでしゅ、寝ぼけてました!あはは……」
今のあれは噛んだな。
「じゃ、じゃ私朝ご飯を作ってきますね」
エレナはそう言い残して走っていった。
指摘された途端、彼女は顔がずっと赤いままなかなか視線を合わせてくれなかった。もしかして今のは黙っておいた方が正解だったかも。
「女の子って難しい」
朝そんなハプニングあったせいか、家を出るまで会話らしい会話がなかった。
「ヴィルは騎士を引退した後もよく騎士団に顔を出すんですか」
騎士団本部に向かう途中、そんな質問を投げられた。
「一番親しい人はそこにいるからね。それにたまに助っ人として訓練に参加する」
「そうなんですか。わ、私が一緒に行っても大丈夫でしょうか」
「もちろん、むしろ来てほしい」
今日エレナは錬金術師ギルドに用事があるけど俺は彼女を誘って午前中一緒に騎士団に行くことにした。当然ただで付き合わせるわけじゃなく、ちゃんと理由がある。
馬車から降りてしばらく歩くと騎士団本部に到着した。
「おはよう、ヴィル」
正門の検問所で見慣れた顔が出迎えてくれた。
「よ、ライリー。また来た」
「一人じゃないなんて珍しいね。隣にいるのはもしかして彼女さん?」
「違うって、この子は俺と契約した錬金術師だ」
「エ、エレナと申します。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀したエレナ。
流し目で確認したが、エレナが顔を赤くして俯いているようだ。からかわれて恥ずかしがるのもあるが、そもそも人見知りだよな。
「へぇ、どうやら賭け事はまだまだ続くだんな」
「賭け事?まさか」
「そうだぜ。ヴィルがいつになったら恋人出来るか今一番ヒットな賭け事だ。ちなみに一番オッズが高いのは一年以内結婚することだな」
あいつら……。
俺は無言になってげんなりした。
「ま、それはともかく、恋人じゃないならアルゲンタム男爵の従者として登録しておこう」
「なるほど、機転が利くね」
元騎士なら家族など連れて来られるがエレナは家族じゃないから貴族の身分を利用するほかない。
「これでもベテランだから」
ライリーは騎士団前世代屈指の実力者で、歳を取ったから一線を退いて門番をやっている。なぜそんなすごい人が門番と言うと、侵入者を防ぐ第一線だから。
「嬢ちゃんは後ろ腰に短剣二本、ヴィルは……相変わらず魔法でいろいろしまっているな」
彼は検査装置を確認しながら俺らの所持品を記録する。
「もう通っていいぞ」
「お疲れ様」
検問所を通って俺たちは練兵場に向かう。
「霊体までスキャンするなんてさすが騎士団のセキュリティですね。でも武器を預けなくてもいいんですか」
「貴族とその従者だし。こんなもんよ」
貴族は無駄に価値の高い武器持っていたりするからな。無くさなくても傷が出来たらクレームが入るしリスクや面倒事を避ける方が得策。だからよっぽど危ないものじゃない限り記録だけで済む。
「あれは魔駆動装甲なんですね」
「そのようだな」
立ち止まったエレナが指差している先は第一練兵場だった。どうやら王国軍に貸されていて今は重装歩兵の訓練を行っているようだ。剣戟の轟音が雷鳴のように響く。
彼女眉をひそめてそれを見つめている。
「どうした?やはり兵器が嫌いなのか」
「あ、いえ。ヴィルの話を聞いてから兵器に対して再認識しましたからもう昔ほど避けたいとは思いません。ただ実物の魔駆動装甲を見て『錬金術の禁忌』を思い出しちゃってぞっとしただけです」
「禁忌?魔駆動装甲じゃなく、それに類似するものだろうか」
運用コスト高いからなかなか見かけないけど魔駆動装甲は多くの国が保有しているはずだ。
「遺跡の自律兵器に遭遇したことがありますか。魔駆動装甲は二足歩行の自律兵器を基づいて発明されたのです」
「そうだったのか。遺跡の自律兵器はもちろんよく遭ってた。対侵入者の罠とか旧時代の兵器は大抵今の戦士に効かないが、あいつらだけは脅威だからよく覚えてる」
ちなみに聞いた話によるとトゥインスターの自律兵器は他の地域と一味違って格段に強い。
それと歴史学者が言うには、大戦前は人型自律兵器が主力になって戦車を淘汰したらしい。
しかし自律兵器が今どの戦場にも現れない。その理由は……。
「それが、自律兵器が『錬金術の禁忌』の一つなんです」
「禁忌か……。だから遺跡でしか見かけないんだな。ちなみに禁忌に触れたらどうなる?」
さすがに自律兵器を作る知識を持つだけで処罰対象にならないだろう。
「えっと、禁忌を利用して利益を得ることも、他人を害することもダメです。錬金術師協会による制裁が下されます。知識自体は禁じられませんが、流布や拡散して問題が起こった場合連帯責任が発生します」
「自分で使うのは駄目じゃないのか」
「その通りです。後は……自分を守るために禁忌を使うことも許されます。悪しき者から知識を守る行為と見なされますので。でも念入りに調査されるから自己防衛は出来る限り普通な手段がいいですね」
「ほう、ちゃんとしたルールだな。それならエレナも心配は要らないだろう」
錬金術師が迫害される時期があったからか、その歴史が繰り返さないためにこういうルールが定められている。
「心配と言うより……、錬金術は悪用すれば簡単に国々の均衡を崩せると、圧倒される気分になります」
「その気持ち、分からなくはない」
「ヴィルも?」
「ああ、強さを手に入れるのはつまり、他人の命が軽くなることだ。それを戦場で何度も体感してきたから、エレナの気持ちはなんとなく分かる」
力には責任が伴う。そして悪用しないのも責任の一つなのだろう。
錬金術の高みを目指すエレナは、いずれその責任がどんどん大きくなる。今の俺に出来ることはその小さな背中を押すだけだ。
「心優しいエレナは道を踏み外したりしないと俺は信じてる」
それを聞いて彼女は顔が緩んで微笑んだ。
「ヴィル、いつも励ましてくれてありがとうございます。私――うぷっ」
不意にエレナの後方、第一練兵場から甲高い音がして、凄まじい速度で何かが飛んできた。俺はすぐさま彼女を守るように胸に抱き寄せてその方向に向けて魔法障壁を展開する。
しかしそれがこちらに届くことなく、練兵場自前の魔法障壁にぶつかって地面に落ちた。
「大丈夫?」
「ぷはっ……。び、びっくりしました」
腕の中で俺を見上げるエレナ。どちらかと言うといきなり抱き寄せられて驚いたようだ。
気まずくなって俺はとっとと彼女を解放した。
「ごめん。驚かせて」
「いえ、守ってくれてありがとうございます」
事故を見に走ってきた数人の中一人が近づいてきた。
「女の子を守る姿格好良かったぜ、ヴィル」
「ローワンじゃないか。なんだ、安否を確認しに来たわけじゃないのか」
他の人は斬られた刃をじっくり見て記録しているが俺がよく知っている騎士ローワンがこちらにやってきた。
「その白い髪でお前だと分かった瞬間、大丈夫と確信したから。それにここの練兵場は誰かさんのおかげで何回も強化されたからね」
ジト目で俺を見つめるローワン。
「ヴィル、暴れん坊な一面もありましたね」
「ぶ、ぶははは。そうだよそうだよ。聞いてくれよお嬢さん。こいつは入隊試験の時練兵場の障壁を破って大騒ぎになってたぜ。俺も受験生だったからマジびびった。『うわ、こいつやべえ』って震え上がったわ」
エレナは興味津々聞いているが俺は気恥ずかしくて勘弁してほしいと思うばかりだ。
「んで、この可愛い子は?もしかしてヴィルの恋人?」
「ここここいびっ…!?」
「ライリーといいお前といい何でみんな揃ってそう聞いてきたんだ。違うって」
そう言って大袈裟な溜息をついて見せるとローワンはガッツポーズをした。
「よし、まだ賭けに負けてない」
「お前もかよ……ってそんなことより紹介しておこう。彼女はうちで働いている錬金術師だ」
「エレナと申します。よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀するエレナ。
「俺のことはローワンと呼んでくれ、今は第一大隊第二中隊隊長をやってる」
「中隊長……」
「こいつはこう見えても、頭脳が冴えて指揮能力が高いぞ」
「最も大きい理由はヴィルと一緒にデルタ隊で生き抜いた上で引退しなかったから買いかぶられているだけかもしれんが」
「デルタ隊?」
ローワンが視線で確認を取ってきた。別に過去を聞かれて困ることじゃないので頷いて見せた。
「即応部隊のことだ。俺とヴィルが入隊した時期が一番大変だったってさ。魔物の大群だの、ノースクレイリアとの小競り合いだの。隊の歴史で一番出動頻度が高かったらしいぜ」
「ヴィルがそんな部隊に入っていたんですか」
「まあなあ……」
「俺は若気の至りで入隊したけどこいつは最初からどんな死地が待ち構えているか分かっていた」
「その前は傭兵やってたからな」
「武を重んじるソラリス王国でさえその若さで傭兵は珍しい方だぜ……」
身寄りがなかったから稼ぐために傭兵になっただけ。普通な家庭に生まれる子供は傭兵になんぞならないだろう。
「まあ、話に戻るが、俺ら同期のデルタ隊は死んだか心に傷を負って引退したかのがほとんどだ。だからまだ騎士をやってる俺が中隊長にスカウトされたわけ」
「お前メンタル強いからな」
「それって褒めてる?褒めてるよな?」
その話を聞いたエレナは俺の袖を引っ張って心配そうな目で見上げてきた。
「ヴィル、頼りない私ですが、一応年上ですからいつでも相談に乗るよ?」
「いや、俺は別にそうじゃなくて」
「そうだそうだエレナちゃん癒してやれ。っておいこの子がヴィルより年上かよ。お前そういう趣味だったのか?」
ローワンが野次を飛ばしたら年のことに気づいて肩を組んで来て耳打ちする。
「何のことか分からないがとにかく違う」
ローワンが考えている趣味とやらは分からないがとりあえず否定した。肯定と捉えられたらやばいことになりそうだから。
「エレナちゃんは心配しなくていいぜ。ヴィルが引退したのは第一中隊に異動した後、デルタ隊の件とは無関係だ。それに、彼はまだ騎士やりたかったと思うし」
「そうなんですか」
「俺は自分の意思で引退したのだ。ローワン、個人的な事情に深入りするのは考え物だぞ」
「へいへい」
まだ騎士続きたかったのは本当だが、自分の意思で辞めたのも本音だ。ジル達のことは心の底から応援しているから、王家の事情のためと言うより彼らのために辞めたのだ。
それに俺だってこの選択のおかげでエレナと出会えたし。
なんとなしに彼女に目をやると、安堵した笑顔が目に留まった。もしかして俺の心に傷を負っているか気掛かりだったのかもしれない。
「それで?今日はどういった要件で?」
「マルクに会いに来た。ついでに借りたい物がある」
「大隊長なら団長の代わりに執務室で事務処理してるから今は忙しい」
「そっか。団長はまだあっちこっち飛び回ってるのか」
どうやら治安維持が思っていたより大変だ。
「現場は俺に任されてるから借りたい物と理由を教えてくれれば」
「分かった」
旧式や古い物でいいから遠隔操作出来る的が欲しいと、そしてその理由を教えた。
「同調の副作用ねえ……。そこまでなるのか」
「俺だって知らなかったぞ」
「というか……」
ローワンの顔を見てく良からぬことを考えているのは一瞬で分かった。
「エレナちゃん、同調は大丈夫だった?こいつ優しくしてあげた?」
どう考えても意味深な質問にエレナは――
「はい、最初こじ開けられるのが辛かったんですが、優しい思いが伝わってきて何とか耐えられました」
はにかみながらそう答えた。
それは霊体と魔力パス話だがエレナもエレナで誤解を招く言い方をしている!
「エレナ、もう少しマシな言い方ないか!?」
「?」
彼女は首を傾げてどのように誤解が生じたか分かっていないようだ……。
「わぉー」
ローワンは視線を一瞬エレナから俺に変えて、しかも獲物を凝視する野獣のような目で見つめてくる。
「何か言いたことは?」
俺は溜息を吐いて、誤解を解くために二元魔力のことを伏せながら彼女が魔法をうまく使えない体質がそもそも同調をした理由だと説明した。
「なんだ、てっきりそういう関係だとばかり……」
「同調も触れ合いだけでやったぞ」
どのように触れ合ったのは言わないけど。
「ヴィルよ、お兄さんがっかりしたぜ……」
「勝手にしろ」
「ふふ、お二人は仲がいいですね」
「じゃ俺はご要望のやつを取ってくる。その間、第二練兵場にいる後輩をしごいてやったらどうだ?」
「それがいいかも」
そう言ってローワンは備品倉庫に向かって行って、俺たちも第二練兵場に歩き出した。
「まさか私のために借り物をしに来たとは」
「ついでだついで」
「ふふ、ありがとうございます」
うん、その笑顔と感謝、素直に受け取ろう。
「ヴ・ィ・ル・せ・ん・ぱ・い!」
第二練兵場にたどり着いて間もなく、元気な女の子の声が近付いてきた。
「ヴィル先輩!お手合わせをお願いします!」
「セリカ、挨拶もせずにそれか!」
目の前の女の子はセリカ、期待の新星で向上心が高い。俺が現れると手合わせを頼んでくる。突っ走るところがあるからたまに心配になる。
「あ、ごめん!先輩おはようっす」
手合わせ……、手合わせか。
いいことを考え付いた!
「なあ、この子が代わりに対戦相手になるのはどうだ?」
「わ、わたし?」
エレナがびっくりして飛び上がりそうだった。
「その子もしかしてヴィル先輩の彼女?おいみんな~ ヴィル先輩ようやく彼女が出来たよ」
セリカは早とちりところか早くも誤った情報を拡散する!
彼女の声に引き寄せられて瞬く間に人が集まってきた。
「うわ、その子かわいくね?」
「おっぱいでっか」
「し!聞かれたらまずい。ヴィルヘルム先輩に殺されるぞ」
全部聞こえたんだがな!
後輩にそんな物騒な人物だと思われるのは心外だ。……でも、もし下心でエレナに近づくやつ居たら半殺しにするかもしれないが。
「はぁ、また誤解を解かなきゃ」
ちょうど集まったし皆に向けて俺が事業を始めたことを説明した。
「つまりエレナさんはヴィル先輩の専属錬金術師ってことですか」
「ま、そう解釈して大丈夫」
「しかも先輩から戦闘訓練を受けていると」
「ああ、彼女は素質があって成長が早い」
それを聞いて皆が騒ぎ出した。多分俺はそうそう誰かが才能があるとか言わないから。
セリカも思わず生唾を飲んで構える。
「じゃ……、エレナさん。お手合わせをお願いします」
「ヴィル、私でいいんですか」
「いいぞ。違う身長差の相手と戦えるいい機会じゃないか」
セリカの身長は俺とエレナの間にある。エレナにとっていい経験になるはずだ。
「それと、錬金術を使ってもいいですか」
錬金術で武器破壊するアレか……。
「剣一本までならいい。それ以上は駄目だぞ」
外野を見る感じ、きっと手合わせはセリカで終わらない。だから事前に念押しをした。訓練用の武器とはいえ、壊しすぎると彼らの訓練に支障が出る。
「分かりました」
エレナが訓練用の短剣二本を受け取って構えると、セリカ以外の人が一歩後退った。
「その構え、間違いなく先輩のものだぞ……」
「やばい」
彼らの反応からするに、気圧された……のかな。
「あなたも短剣二本を使うのですか。お互い、いい勉強になりそうですね」
「は、はい。お手柔らかにお願いします」
当の本人はまだ自信足りないようだけど。
「それじゃ、3、2、1、始め!」
開始の合図を送ってから、俺は二人の動きをじっくり観察する。
セリカはさすが期待の新星と言うべきか。騎士訓練生の中で一番いい動きをしている。ただせっかちなところがあって攻勢は凄まじいが守りに疎い。でもその攻勢を維持できれば勝てる。
エレナの方は、初めて俺と違う体格の相手に対処しきれていないが、それも最初の内だった。まさかこんなにも早く適応出来てセリカの攻勢を凌ぎ切るとは。しかし長期戦になると確実不利なのはエレナの方。後そのサプライズをどのタイミングで使うかで勝負が決まるだろう。
しばらく剣戟が続くと、そのタイミングが来たようだ。
「さ、さすがヴィル先輩の一番弟子。ここまで手強いとは……」
あ、これは焦ったな。セリカは一気に攻め込むつもりだ。
ちゃんと自分と相手の体力差を把握出来れば長期戦に持ち込む判断が出来たのに。まあ、セリカまだ訓練生だしこれから経験を積めばいい。
案の定、セリカは攻勢を強めた。それでエレナは押されるが落ち着いて対処している。というかどのように相手の勢いを利用出来るか試しているようだ。
「はああああ!」
来た。セリカは攻勢に押されていたエレナに猛烈な一撃を加えようとする。
しかしその刃がエレナの短剣に斬られて、セリカのバランスが崩れた。
セリカは残りの短剣で防衛体勢を取ろうとするがエレナはそれを阻止し、もう一本の短剣で彼女の喉に突きつけた。
「はい、そこまで」
息を呑んで成り行きを見守る他の訓練生が一斉に喝采した。
エレナがセリカに一礼をしたら駆け足でこちらに戻ってきた。
「そう落ち込むな、セリカ。もうちょっと状況を把握出来たら勝てたかもしれないぞ」
セリカがぼうっとこちらを見ている。
「あ、いいえ。そうじゃないです。ただ気になることがあって」
「剣が折れることだろ。それは錬――」
「ヴィルはそれよくやりますか。エレナさん、まるで猫みたい」
「ん?」
セリカの視線を追うと、その先には気持ちよく頭を撫でられるエレナだった。
しまった。あまりにもよく出来たから習慣でエレナを褒めていた。行動で……。
「あー、これは癖になるから、セリカも一回やってみれば分かってくれるはず」
「本当ですか!」
「えええええ!?」
「わぁ、かわいい。エレナちゃんと呼んでいい?」
「う、うん」
これでなんとか誤魔化した……はず!エレナもセリカと仲良くなれるし一石二鳥!
「それでエレナちゃん。今の技は何でしたの?」
「はい、あれは錬金術で――」
頭を撫でられながら説明するエレナの姿は面白くて愛らしい。
「ふえ、そんなことも出来るのですか。じゃヴィル先生、この時はどう対処すべきですか」
「ハンデとはいえ俺もエレナにあれで一本取られたからなあ。初見対処できないのは無理もない」
「まじか。ヴィルヘルムさんが……」
訓練生の誰かが呟いた。
「あれから考えて一応対処法を編み出した」
他の訓練生もこの話題に興味があるようで集まってきた。
「そうだな。まずは一人で行動するな。武器を壊される時は仲間を頼って援護してもらおう。特にセリカ、お前よく突っ走るからいざという時が孤立無援になりやすい。騎士は仲間を意識して集団行動するのが大事だ」
「先生の言う通りですね」
「次は、盾役で牽制し遠距離攻撃で対処しよう。剣は薄いから弱点作りやすいが、盾ならそれは難しくなる。時間を稼げるはずだ」
「はい、盾なら錬金術で壊すのに時間がかかります」
「とはいえ、錬金術師が戦う相手になることはまずないから今のはレアな事例研究にしておこう。重要なのは解じゃなくて解に至る過程。お前たちも日頃からいろんな状況を想定してみよう」
「ご指導ありがとうございました。ヴィル先生!」
「「「ご指導ありがとうございました。先輩!」」」
俺が言い終わったら皆一斉に礼を言ってくれた。
この騎士の卵たちには、強くなってどんな局面でも生き抜いてほしいものだ。
「あ、あの。私たちもお手合わせをお願いしていいでしょうか」
人だかりの中から若い男女数人が出てきて対戦を申し込んだ。
「エレナ、まだやりたい?」
「うん!」
彼女は力強く頷いた。
「それじゃ対戦したい人は手を挙げて――」
対戦が再開するとしばらくしたらローワンがやってきた。
「ほい、これは的とそのコントローラー。ほう、エレナちゃんやるな」
「錬金術でズルしたとはいえ、セリカに勝った」
「あのセリカに?」
「ついでに説教した。セリカはちょっと自分の能力を過信するところがあるから心配だった。これで少しは勉強になったかもしれん」
「ヴィル……本当にありがとう」
いきなりローワンが礼を言った。しかもその口調からして真心を込めたものだった。
「どうした突然」
「俺もずっとそれが気掛かりなんだ。そのような過信は戦場で命取りになるからな」
「ああ、デルタ隊でそれがよく分かった」
人員補充で新しく来た隊員が大口を叩いてその翌日命を落としたってこともあった。
「彼女はどうしても第一大隊に入りたそうだが、もしそうなったら俺の中隊に編入させたい」
「もしかして放っておけない?」
「ああ」
彼の視線はずっとセリカを追っている。
「その気持ち、何となく理解出来る」
何かに共感しているようだが、その何かは名状し難いものだった。
「そうか。もしかしたら賭け直さなければならないな」
「それってどういう――」
「ローワンさん!第一練兵場に来てもらえますか?」
「それじゃまた」
ローワンは逃げるかのように走って行った。彼はそういう風になることもあるのか……。
喋る相手がいなくなって俺はひたすらエレナの動きを観察する。後で改善点を言わなければならないからね。
「ヴィル、まだいるのか」
しばらくすると今度はマルクがやってきた。
「マルク。仕事もう終わった?」
「いや、ちょっと新鮮な空気を吸うに来ただけ」
「治安維持まだまだって感じ?」
「それどころか、悪化した地域もある。団長は第一中隊を率いてそれを対処しに行った」
治安が悪化するとは予想外だ。
「これは王宮からの提案だが、もしかするとヴィルを頼ることになるかもしれない」
「騎士じゃ出来ない秘密行動か」
「相変わらず察しがいいな。その時が来たらまた詳細を話そう。それよりも……」
マルクは第二練兵場に目をやる。
「そこにいるのはエレナ嬢か」
「はい」
「なるほど、彼女がヴィルをあそこまでさせた女の子か」
マルクが言っているのは盗まれたものを取り戻す時の事だろう。あの時ついでに犯罪組織一つを丸ごと潰したようだ。
「皆彼女と会ってすぐ俺の恋人だの彼女だのと言って、しかもこっそり俺をネタに賭け事をやってるのだぞ。ひどくない?」
「それについては私も知っている。ヴィルなら二年以内結婚するだろうと賭けた」
「マルクまで!?」
本当にショックだった……。
「親代わりとして、ヴィルに幸せになってほしいと常に思っている。もちろん結婚は唯一の方法じゃないが」
「マルクは結婚して幸せと思ってる?」
「もちろんだ、妻との生活は楽しかったが可愛い娘が生まれてからますます毎日が幸せだ」
それを語るマルクの目はとても嬉しくて優しい。今の生活とても気に入っているようだ。
「そうなんだね」
「あ、そうだ。エレナ嬢に関してちょっとした助言がある」
「それって?」
ふとマルクが話題を変えた。
「彼女は一人でこの国に来たってヴィルが言っていたな。孤独を感じないか気を配ってあげた方が良いと思う」
「だがエレナは意外と心が強いぞ」
「それでもだ。君ほど強い子でも私に泣きついたことがあるじゃないか」
「た、確かに。肝に銘じておく。助言をありがとう」
俺はマルクに頭を下げてお礼を言った。
エレナも俺と同じく一人でこの国に来た。俺が耐えられなかったあの感情は彼女が耐えられるかどうか……。ふとしたきっかけで孤独を感じてしまうかもしれないし、マルクの言う通りに気を配っておこう。
「休憩はここまでにして仕事に戻るか」
「ありがとう、マルク。また会おう」
別れの挨拶をして彼が騎士団本館の中に消えるまで見送った。
「ヴィル!ただいま」
「お帰り。どうだった?彼らとの模擬戦」
実は騎士訓練生の実力を把握しているから聞くまでもないが。
「とてもいい経験になりました!」
「これで自信がついたのだろう。エレナの実力は訓練生の中でセリカにしか負けないものだ」
彼女がこちらを見上げて、微笑んだ。
「私のためにわざわざ騎士団に的を借りに来て、しかも貴重な経験をさせてくれて、本当にありがとうございます」
「大したことじゃない。これで少しでもストレスが解消出来たらいいけど」
「私のわがままを聞いてそこまでしてくれて、うれしいです。えへへ」
なんだかその笑顔を見るだけで努力が報われたと感じる。
「今日はまだ終わってないぞ。まだ錬金術師ギルドに用事があるじゃないか」
「あ、その前にまずはご飯を食べないと。もう疲れてお腹ペコペコです」
「じゃ紅玉亭で美味しいもの食べよう」
俺たちは騎士団を後にし、紅玉亭に向かって行くのだった。
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