成長と壁

 成長に困難はつきもの。だけどこんなにもはやく壁にぶつかるとは思わなかった。


 事の発端はエレナに弓を教えていた時のことだった。


 彼女に短剣の戦闘技術を仕込ませ、二本の短剣を自在に操るように鍛え上げた後、いよいよ弓を教えることになった。


 エレナは俺が練習しているところを覗き見していたからか、弓の基礎はしっかりとしている。なので早くも実戦に使う技を教えていた。時間差着弾、牽制射撃などなどを。


「エレナの速射はまだ甘いんだな。知ってる?【セイント・オブ・ボウ】は無強化の状態0.6秒で3発撃てるぞ」

「うそ、すごすぎます……」

「まあ、強化で体が早くなっても慣れてないと出来ないからね。だから練習が大事だぞ。とは言ってもお前が銃を使うならそこまで気にしなくてもいいけど」

「それでもちゃんと頑張ります」


 エレナが魔導銃を作ってからそのまま銃の訓練を始めようと思っていたが、彼女は弓もちゃんと学びたいと言った。


 知識欲旺盛と言うか何と言うか。


 錬金術師は知識が多ければ多いほど、より良い物を作れるとこの前の依頼で分かったから、無駄ではないのは知っている。


「じゃ次は移動ターゲットの練習だ。最初から三次元機動するやつでやるか」

「最初から難しいですね」


 俺は的を杭から外し、念動魔法で操る。


「いいか、戦闘で飛び上がる敵は愚か者か厄介者かどちらかだ。愚か者は空中で止まった瞬間射抜かれるが、厄介者は浮遊魔法を使って三次元機動でこちらをかき乱すのだ。集団戦では陣営を崩される要因になるから飛行敵は最優先ターゲットだぞ」

「理に適いますね」

「機動力に特化した行雲流水派だと、空中と地面をまさに行雲と流水のように自在に移動して敵を翻弄する。まさに攪乱戦法の専門家だ。その門派の者はエリートの弓手すらお手上げくらい。その時は――」

「私分かります!特殊矢の出番ですね」

「やっぱり錬金術師なら知ってるか。その通り、厄介な飛行敵に対しては、マナブレードを生成し斬撃のように飛んでいく斬撃矢とか、ターゲットに近づくと爆発する近接爆発矢で対処した方が楽。だが今は練習だし普通の矢でやろう」


 そして射撃訓練が始まった。


 最初は的を簡単な軌道で動かし、十分当てられるようになったら徐々に複雑にしていく。


「う、ずるいです。止まったと思ったら撃った瞬間移動するなんて」

「相手を上回るずるさで対処すればいい。速射を使おう。一発目は当たらなくてもいいから相手の動きを誘発して二発目をしっかり当てるんだ」

「なるほど、こうですね!」


 コツを掴んだらエレナは目を見張るほど命中率が上がった。やがて誘導目的以外の矢が全部当たるようになった。


「ヴィル、もっと難易度を上げてください」

「いや、もう限界なんだが……」


 そう、これ以上難易度上げることは無理だった。


「でも、ヴィルの念動魔法のベクトルがまだ単純なものでした。方向か速度か片方だけしか変化していませんでした」

「え?それ分かるのか」


 エレナの言う通りだった。俺は念動魔法をそこまで細かく制御出来ていないから実戦で見た動きを完璧に再現するのは無理だ。彼女のために練習してみるか。


「あれ、言われてみれば……。なぜかヴィルの魔法を感覚で分かると言いますか……。それで的が次どのように動くか分かったかも」


 これはちょっと変なのだ。魔力の流れはある程度察知出来ても魔法の内容を感覚で分かるはずが……。


「ちょっと模擬戦やってみない?検証したいことがある」


 二人でしっかり身体強化して模擬戦をやってみたが、俺は尋常じゃない変化に気づいた。


 俺もエレナも魔法どころかお互いの動きを予知に近い精度で見抜いている。そのおかげでずっと膠着状態だった。


「エレナが言っていた感覚は把握した。確かに次がどのように動くか分かる」

「意識すればするほど、これが普通じゃないと思いますね」

「しかし困ったな。こんなじゃ稽古をつけるのは無理だろう」

「え!?まだ教えてほしいことたくさんありますのに」


 明らかに落胆するエレナ。


 確かに指導を受けていた時は楽しそうだったな。


「俺が魔法専門家の友達に聞いてみるよ。多分答えがあるはずだ。そして解決法も」

「分かりました……」


 これで弓の指導は一区切りついた。意外なことが発生したが、概ね教えたいものは教えた。しかしお互いの動きを把握している状態だと、勘と反応を鍛えられない。ひとまずは現状を把握して解決法を見つけよう。


 そのためにジル達に聞いてみたのだが。


『遂にヤったのか』『ヤったの?』


 事情を説明したら返事の冒頭はこれである。


『何を……?』


 察しはついたが恐る恐る確認する。


『セックスを』『セックスだわ』


 ……。


 やっぱりか。


『せめてもっといい言い方にしないか!合歓とか共寝とか』

『はは、すまない。こんな風に気軽に話せる相手はヴィルくらいしかいないんだから』


 ジルには息抜きが必要だし仕方がない……。それでも王族がそんなワード言うのは心臓に悪いけど!


『……別に構わないけど。というかどうやって二人で返事してる?』

『くっついたら出来た』


 またこんな夜中に二人で同じ寝室にいるなんて。いや、詮索するのは止そう。


『それで、エレナ様とヤったの?』

『まだやってないって!』

『その言い方だといずれやってしまいそう』


 クリスティーナからの鋭いツッコミで沈黙に陥った。俺だって本能に従えばとっくに……。


『女の子って案外そういうのを期待してるのよ。サインとかあったかもしれない』


 サインって何だろう。普段くっつくのはちゃんと理由があるし。そもそも最初直接誘ってきたからそれ以来のすべてが普通の交流に思えてくる。


 いやいやいや、思考を誘導されてはいかん。


『クリス、ヴィルを困らせるのはこのくらいにしておこう』

『ジルだってヴィル様に幸せになってほしいと思ってるくせに』


 この二人は相変わらずだなと苦笑した。俺を誰かとくっつけようとしているのは分かるがエレナを巻き込みたくない。


『で、二人がそのことに触れたのはやっぱり同調関連か』

『ご明察だわ。貴方と彼女に訪れた変化は同調度合の進行によるものよ』


 なんとなくそうだろうと思っていた。


『しかし聞いたことがないな。こんなこともあるなんて』

『王宮の蔵書に書いてあったわ。でもそのレベルに到達する人が少ないわね。夫婦がともに戦場に行くのが稀で、戦友が信頼し合ってもそれ以上の関係に発展することは少ない。だからあまり語られていないんじゃないかな』


 そもそも自分の弱点を晒しだすデメリットを考えれば同調する人が絶対的に少ないし。確かに事例が少なく語られていないだけかもしれない。


『じゃ……この現象は不可逆なのか?俺たちそれで少し困った事態になったけど』

『いえ、同調がさらに進行すれば自由に制御できるよ。私とジルが通った道だから保証するわ』


 それを聞いてほっとした。少なくとももう模擬戦でエレナを指導出来ない訳じゃない。


『じゃ今までのようにすればいいか。ありがとう二人とも!』

『待って、ヴィル』

『そうだわ。ヴィル様、もうちょっと時間を頂いても?』


 そこでジル達に呼び止められた。嫌な予感がする……。


『どうやって同調が進行させたの。興味があるわ』

『そうそう、そこが気になった』


 逃げられなかった。


『た、多分だけど、毎日くっついてるからなんじゃないかな。膝に乗せたりするとか』

『意外とやるな、ヴィル』

『ちゃんと理由があるんだぞ。エレナは魔力を消耗しすぎて倒れることがあったから毎日休憩時間を定めて魔力を提供してるんだ』

『それだわ』

『くっつくこと?』

『それもあるけど、魔力の供給だわ。それで更にお互いを受け入れてると思うの』


 なるほど、ただのスキンシップよりよっぽど納得できる解釈だ。


『でもやっぱり一番大きい理由は二人の相性がいいことかな』

『相性?』

『心を許し合い、お互いを受け入れる。これが基本だけどもちろん相性の影響が大きいわ』

『なるほど……』


 専門知識を持っていない俺は相槌を打つしかできない。それに頭で情報を整理する時間が要る。


『これはヴィルが知らないことだが、最近トゥインスター峡谷の遺跡から出土した古書に、同調は星に導かれた二人がすることだという記述があった』


 なるほど、古きトゥインスターにそういう言い伝えが……。


『だから偶然に出会ってすぐ同調を行ったヴィルとエレナ嬢の件は運命と言わざるを得ない』


 ん?話の流れがなんか変だぞ。


『私たちはヴィル様とエレナ様のことを応援してるから、結婚するなら呼んでくださいね』

『っておい!からかうな』

『頑張れ、ヴィル』


 という具合に、欲しい情報は手に入れたものの、二人にたっぷりからかわれた。


 相性か……。エレナに余計なことは言わないでおこう。



 数日後の休憩時間――


「はぁ」


 溜息を吐いてお菓子に手を伸ばそうとしない。エレナは元気がなくなっている。


 なんとか元気づけようとして俺は話題を振ってみた。


「ねえ、さっき作ったガラス瓶って何?中に芯が入ってるようだが」


 作業台に置いてあるガラス瓶に指を差して聞いた。中に円柱型のよく分からない素材で作られた芯が入っている。


「あっ、あれは魔力魔石両用薬材精錬器です」

「精錬器?」

「薬効成分を活性化して効果を引き出す器具で、ソラリス王国でよく生える高級薬草に使うように調整したものです。この道具あれば錬金術を使えない薬剤師も簡単に上級薬品を作れます」

「へえ、それはすごいな。どういう原理なんだろう」

「ヴィルは触媒について分かりますか」


 俺は首を横に振ると、エレナは頬に指をあて、頭を傾げてしばらく考える。その仕草はちょっと可愛い。


「そうですね……。くるみ割り器に例えましょうか。薬効成分はくるみで、触媒はくるみ割り器」

「おお、さっそく想像できた。殻を割れば実が出てきて、それが薬効成分の活性化ということだな」

「はい、触媒とは無数のくるみ割り器みたいなもので、魔力を通すと一斉に薬効成分の構造を変えて活性化させます。ちなみに今は説明しやすいようにくるみ割り器に例えましたが、二種類のものをくっつけて活性化する触媒もありますよ」

「それってステープラーで紙2枚を綴じるみたいな?」

「理解が早いですね。釘を使う場合は材料が3種類になりますから厳密に言えば釘なしステープラーで紙2枚を綴じるみたいなものです」


 一度触媒の原理を理解すると、別パターンも想像できるようになった。これも彼女の分かりやすい説明のおかげだ。


「エレナは説明が上手いな」

「えへへ、どうってことないです」


 声色で分かるが、ちょっとは元気を取り戻したようだな。


「でも精錬器って錬金術師の仕事を奪っちゃわないか」

「大丈夫です。まず錬金術師だけじゃすべての需要を満たせませんから。それに精錬器で供給を大きくすれば商品価格を抑えられて皆の生活を豊かにできます」


 全体利益を考えるエレナらしい優しい考えだな。


「それに人工触媒は劣化しますから定期的に変えないといけません。仕事がなくなる心配は要りませんよ」


 話題が途切れると彼女またぼんやりとしている。


 何か悩んでいるだろうか。やはり聞き出した方がいいかもしれない。


「せっかく美味しいチョコ買ってきたから食べて見なよ」


 俺はチョコを取ってエレナの口元まで持って行って、食べさせようとする。


「わわ、私自分で取りますから」

「いいから早く」


 有無を言わさず促されて、彼女は恥ずかしがりながらぱくっとチョコを食べた。


 チョコをじっくり味わったら顔が少し緩んだように見えた。


「わぁ、中身がとろけて、これはワイン入りチョコですね。とても美味しいです」

「はは、気に入ってくれて嬉しい」


 そしてエレナは座る向きを横に変えて俺を見つめる。


「もしかして、気を遣ってくれていますか」

「あからさますぎたか」

「だっていつもより優しいし今のがレアな行動でしたもん」


 言われてみれば確かに普段やっていないことをした。


「ありゃー……。バレたなら仕方がない。単刀直入に聞こう。今は何か悩みがある?」


 彼女は俯いて視線を地面に落とした。


「でも……」

「言いたくないことなら言わなくても大丈夫。俺は力になりたいだけだから」

「そうじゃなくて……。ただ、またあなたの優しさに甘えていいのかなって」


 おっかなびっくり不安を告げるエレナ。


「なんだ、そういうことなら別に気にしなくてもいいのに」

「歯止めが効かなくなっても?私、結構甘えん坊さんだとお母様が言っていました。ヴィルが面倒と思うほどかもしれませんよ?」


 それはおそらく頼れる人が母親しかいなかったのが原因だろう。しかし今は……。


 俺はもっと頼ってほしいと思っている。エレナがやせ我慢して心が壊れないか心配だから。


 だからやることは一つしかない。


「難しいことを考えないでどんどん甘えていいぞ」


 思いっきり甘やかすのだ。


 頭を撫でられてエレナは気持ちよさそうに目を閉じて口元を緩めた。


 初めて会った時はついついやってしまったものだが、彼女が喜ぶと知って今はもう自然なスキンシップになっている。


「じゃお言葉に甘えて……」


 彼女はそう言って頭をすりすりしてきた。


 これはさすがに想定外な行動でちょっとびっくりしたが、甘えていいと言った以上受け止めるしかない。


「あのね、最近物事が上手く行かなくて不安なのです」

「そうなの?仕事は順調なように見えるが」

「依頼自体は問題なくこなしています。でも、限界を感じちゃって」

「限界って?」

「例えば、錬金陣の制限とか、それを解決するには上級錬金術が必要ですが私まだそれが出来なくて」


 制限……。前に鞘を作る時スペースが足りなかったことを思い出した。


 それに、確か錬金陣一部のパーツは自作じゃなくて既製品で、それがエレナの魔力に合うように作られたものじゃない。しかも、彼女の二元魔力が判明された今、なおさらその特殊性に合う物が欲しいと思うだろう。


「上級錬金術を学ぼうと思う?」

「はい。ですが参考書とか値段が高くて……。今使っている錬金陣の材料費をまだヴィルに返せていませんのに」

「それなら全然気にしなくていいよ」

「でも……」

「上級錬金術を習得したらより稼げる依頼を受けられるだろう?先行投資と思えばいい。お前はゴールドランク錬金術師になる夢に専念しよう」

「ヴィル……。うん!ありがとうございます」


 これで彼女の悩みも解決されるだろう、とそう思ったけどエレナの顔はまだどこか釈然としない。他にも抱えている問題があるのだろうか。


「もしかしてまだ何か悩んでいる?」

「あっ、そ、それは……。はい、これはわがままと言うか……」

「いいよ、聞かせて」

「戦闘訓練出来なくてもどかしいです」

「それは一時的なものだと言わなかったっけ」


 その問題は時間が解決してくれると言ったけど、まさかもどかしさを感じていたなんて……。


「はい、だからわがままだと……。私、早く強くなりたくて」

「エレナは才能があるし成長が早い方だよな」

「リリアさんよりも?」


 ここでリリアの名前が出てくるとは思いもしなかった。全くもって予想外である。まさかと思うがエレナはリリアに競争意識を持っていたりする?


「もちろんお前はリリアよりも早い。彼女はショックから立ち直るまで時間がかかったからな。最初は積極的じゃなかった」

「どれほど時間かかりましたの?」

「6か月くらいかな」


 しばし考える素振りを見せた後、エレナは懇願するような目で俺を見つめる。


「私もっともっといろんな武器を教えてほしいです。弓が終わったらレイピアを教えてくれませんか」


 やはり謎の競争意識を持っている!職業が全然違うのにどうして!?


 あっ、そういえばリリアの話を聞いて立派になった彼女が羨ましいと言っていたよな。おそらく彼女に憧れてこっそり目標にしているのだろう。


「いいよ。でも同調のアレが解決されるまで戦闘訓練はお預けだな」

「うぅ……、やっぱりもどかしいです」


 俺は苦笑しながら頭を撫でてやって宥めるしかできなかった。この様子だとしばらく集中出来なさそうだな。そのもどかしさを解決するために何かいい案がないか思い巡らす。


 そして最後は何とか良さそうなアイデアを思い付いた。

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