天賦の才(後編)

 翌日の朝、俺たちまた庭に出ていた。今朝エレナに戦闘訓練の提案をしてみたが、あっさり今日の予定を空けてくれた。どうやら昨日の鞘を含めて手持ちの依頼はまだ全然余裕があるらしい。


「まずは確認したいが、エレナは弓や銃など遠隔武器を使ったことがあるな?」

「はい、その通りです」

「うんん、生憎銃は持ってないからひとまずは弓にしようか」

「やっぱり銃はイメージが悪いのでしょうか」

「それは……まあ」


 銃は武器の中で独特なポジションにある。構造と原理によって大まかに三種類に分けられている。その三つは火薬銃、魔導銃、魔法銃である。


 魔法銃は一番説明しやすい。簡単に言えば銃の形をした魔法杖なのだ。補助機構のおかげでターゲティングの構築を省けて攻撃魔法を発動できるので、連続で高速な攻撃できる。言わばエイムしたところに魔法の弾丸を飛ばす道具だ。


 火薬銃と魔導銃は実弾を使うもので発射方式は爆発で生じる圧力で弾を押し出すか、魔法で銃弾を加速して飛ばすかの違いだ。銃のイメージが悪い理由はこの二つにある。


 まず実弾の欠陥は戦場に出るような戦士に傷つけることができないことだ。だから実弾銃は『弱者をいじめる武器』と評されることがあるらしい。それに製造精度を問われて、細かいメンテナンスが必要だから大量運用が難しい。もっとも戦士に効かない武器を大量運用するところが西の帝国みたいに平民を鎮圧することくらいだけど。そのせいもあって銃のイメージが一気に悪化したな。


 とはいえ、前述の欠陥は一般論で、魔力を纏わせれば殺傷能力を向上できる。しかしそれは弾丸を鏃と同等な体積にするか、バレルと弾丸を特製な合金にするかじゃないと意味がない。


「うぅ……実は私たち錬金術師はよく銃を護身用武器として使います」


 しょんぼりして俯くエレナ。


 よく考えれば、錬金術師に銃はぴったりな武器かもしれない。優れた錬金術師なら同じ規格の弾丸を作り続けられるし、整備と修理も簡単にできる。それに特殊合金製の弾の供給も困らない。


「でもでも、錬金術師はなるべく争いを避けるから!だから――あっ」


「嫌いにならないよ」


 頭を撫でて落ち着かせる。彼女の言いかけた言葉は想像できた。


「前も言ったはずだ、武器とは笑顔を守る力にも、悲しみを生み出す凶器にもなれる。すべては使い手次第だ。優しいエレナなら大丈夫さ」


 俺は銃のイメージが悪いと言う事実を否定できないだけで、銃自体に思うところはない。


「そ、そうでしたね」

「話が逸れたな。本題に戻ろう。まずはこの弓矢で俺に当てて見ろ」


 俺は用意してある武器の中から弓矢を取って彼女に渡した。


「え、ええええええええ!?」

「武器に魔力を込めなければ大丈夫だ」


 お互いのことを同調で把握しているし、どの程度にすれば傷つけることができるか彼女も分かっているはずだ。


「一ついいですか」

「何だろう?」

「収納魔法を使ってみてもいいでしょうか」

「いいよ。今はもう問題ないはずだ。今後も好きなように使っていいぞ」


 エレナが握っていた矢が消えていく。


 なるほど、速射の技をやろうとするのだな。


「じゃ俺は距離を取る。開始の合図を待ってくれ」

「分かりました」


 加速して走れば5秒ほどの距離、これくらいがいいか。


 彼女に伝えていないけど、的となる俺が動かないとは限らないし、走っていかないとも言っていない。何より合図は――


「っ!?」


 俺は走り出した。


 驚愕な表情を見せた彼女は0.5秒ロスしてから合図を悟って初めて矢を放った。


 1秒間3発の矢が俺に目がけて飛んでくる。しかし矢は全部一定間隔で放たれて動きを牽制することなくすべて俺の体を狙っているものだ。だからちょっと体を捻れば避けられた。


 普段から俺の鍛錬を覗き見して、技はともかく実戦経験は盗めない。相手の動きに合わせてどの技使うべきか今の彼女はまだ判断できないだろう。


 残り1.5秒しかない距離で更に加速して一気に回り込む。


「え、消え――ぎゃあ!」


 俺は後ろからエレナの右手を掴んで高く挙げて、体を浮かせた。さすがにレディーを殴るなんて出来ないからチェックメイトは利き手と機動力を奪うことにした。


「ごめん、痛くさせた?」


 早速彼女を地面に下ろす。


「ううん、ちょっとびっくりしただけ。まさかこんなハードなテストだったとは……」


 言いつつエレナが両手で胸を抑える。動悸が激しくなるほどの戦闘体験だったならばこれから俺が伝えたいことも理解してくれるだろう。


「これで分かってくれるはずだ。ソラリス王国の弓兵が皆短剣も使いこなしている理由を」

「なるほど、たしかに……」


 俺は彼女に練習用の短剣を渡した。


「あれ、もしかして昨日作らせてもらった短剣は私が使うものですか。つまり最初からそのつもりなんですね」

「その通り。どんな武器をメインで使うだろうが、持ち歩きやすい短剣は学んでほしい」


 それを受け取り、まじまじと俺の顔を見つめるエレナ。


「なんだか教官モードのヴィルはいつもより厳しいですね」

「そりゃそうさ。教え子が生半可な技術を身に着けて戦場で散ったらこちらの寝覚めが悪くなるから」


 ふと、一緒に切磋琢磨していたいくつ戦友の顔が過った。死と隣り合わせる仕事だから仕方がないとはいえ、稀にこういう風に急に悲しくなる。


 エレナはそういう俺をきょとんと見つめて、そして黙考するようにちょっと目を伏せた。


 彼女が顔を上げ、また俺と視線が合った時、その双眸はやる気に満ち溢れていた。


「私いっぱい頑張るから、ヴィルがそんな悲しい顔をしなくて済むように強くなります!」


 そんな顔を見せてしまったのか……。いけない。


「ま、まあ……。武術を指導すると癖で厳しくなるだけで、別に戦場に送るわけじゃないからほどほどに頑張ってくれればいいよ」


 俺はフォローの言葉をかけたけどエレナの目は相変わらずやる気満々だ。


 その目から揺るがない意志を感じた。決めたら最後までやり遂げるという彼女の譲らない気持ち。


 応えるしかないか。


「じゃ、短剣の指導を始めようか」

「はい、よろしくお願いします!」


「短剣は受け流しと反撃が肝心だ。力が相手より弱い、もしくは得物が相手より軽い場合は力比べを避け、技で攻撃を逸らして隙を作った方が賢明だから。攻撃をあらぬ方向に逸らして敵のバランスを崩したり、得物を柔らかい地面にめり込ませたり、隙を作れたら反撃ができる」


 俺は武器から練習用の長剣を取った。


「模擬戦で教えた方が一番早い。寸止めはするが念のためにお前は防御を強化しといてくれ」

「了解です」


 間違ってもエレナの柔肌に傷つけたくない。


 彼女の霊体と魔力量からして、無意識防御でこの鋼鉄の長剣を防げるはずだ。しかし彼女は戦闘に慣れていないから、気が緩んで無意識防御を発動しない恐れがある。


「よし、まずはエッジパリィとフラットパリィの説明をしよう。言葉通り、それぞれ刃と平地で攻撃を受け流すことだ」

「ふむふむ」

「エッジパリィの特性は二つある。一つ目は力を加えやすいことだ。これで攻撃の軌道を変えることができる。ほら、こうやって刃を平地に押し付けて方向を変えて――」


 スローモーションで二つの剣で実演してみせる。


「二つ目はバウンド、刃と刃がぶつかる時食い込みが発生して動かなくなる。この場合は相手の勢いと止めてから角度を変え、バウンド解除して反撃に転じることができる。だが攻撃の衝撃を受ける必要あるしこちらの得物が短い場合反撃しにくいから短剣には不向きだ」


 エレナは真剣な目で聞いている。錬金術師育成学校でもこういう風に授業を受けていたのかな。とちょっと想像をした。


「フラットパリィは最小限の力で攻撃を滑らせて、比較的に受動的な受け流しだ。これはすぐできるからやってみようか。ゆっくりやるから斬り下ろしを受け流してみて」

「はい!」


 振り下ろされた剣は滑り、鍔に引っかかる。そして俺はちょっとだけ前に突く。


「うわぁ!」

「おっと、びっくりさせてすまない。この通り突かれることもあるからただそのまま受けるのではなく、頭上で受けるか、受けながら右へ払うようにすれば突き攻撃を封じれる。次は逆手持ちにして攻撃を受けてみて」


 今度剣は勢いよく滑り、地面に叩き込まれた。まあ、多少大袈裟な演出ではあるが、セオリーを教えるならこのくらいでちょうどいい。


「なるほど、持ち方で結果が変わりましたね」

「エッジパリィとフラットパリィは優劣がなく状況に応じて使われる。それは持ち方も同じだ。それらを基礎にし、変化を加えて使うのが本番だ。本物の戦いは理論じゃなくて経験で培った判断力が頼りになるからな」


 長々と説明して、俺は一息入れた。


「それじゃ、模擬戦と行こうか。俺は適度に腕力を強化するからまともに受けると腕が痺れるぞ」

「は、はい!頑張ります!」


 そして裏庭で金属のぶつかる音が響き始めた。


 ……。


 十五分後。


「は……はぁ……」

「大丈夫か?」


 エレナが短剣を落として左手で右腕を抑えている。


 失敗するたびに注意点を説明してあげたから実際そこまで剣を交わしてなかったけど、案の定彼女は上手く受け流すことが出来なくてすぐに疲労が蓄積してしまった。


「大丈夫。まだまだいけます」


 彼女の左手から白い光が溢れ出した。疲労回復の治癒魔法を使ったようだ。


「そこまで無理しなくていいぞ。時間はいくらでもあるから」

「いえ、この程度で音を上げたらいつまで経っても強くなれません」


 短剣を拾って構えたエレナ。


 やはり心が強いのだな。


「……分かった。満足するまで付き合おう」


 再び裏庭で剣のぶつかる音が鳴り響く。


 彼女が受け流しを成功させたら俺が攻撃パターンを変えて、ゆっくりと俺の経験を伝授する。


 そして一時間後……。


「はぁ……はぁ……」

「しばらく休め」


 木の陰に座って俺はエレナを膝に乗せている。いつものように魔力を供給する。


「無茶しすぎたよ。治癒魔法は消耗が大きいから」

「もう少しで……ふぅ……反撃できそうでしたのに」

「俺は逃げないから今はじっとしろ」


 彼女が深呼吸して息を整える。


「そういえば、抜刀術で剣に纏った魔力とか治癒魔法とか、エレナが使う魔法を白いイメージにしてるようだが、特別な理由とかあるのか」


 治癒魔法は温かいイメージがするからともかく。確かに白い炎が気に入っているよな。


「そ、それは……。ヴィルは氷魔法使いと炎魔法使いの話を聞いたことありますか」

「たしか、魔法の強さは使い手の意思にも影響されるって話だったな」


 古代の魔法は自然現象をベースに開発されて、さらにそれを属性に分けて相性という概念が築かれた。


 長い歳月が経過してある日、とある魔法使いがもう一人の魔法使いにチャレンジした。便利上皆は彼らを氷魔法使いと炎魔法使いと呼んでいる。チャレンジの内容は『炎魔法使いが氷魔法使いの作った氷を溶けられるのか』だった。氷の弱点が炎で、溶けられないはずがないと皆が思っていたが、結局炎魔法使いが氷魔法使いの氷を溶けられなかった。


 それから判明されたのは、氷魔法使いの魔力量が上だったことと、氷の弱点が炎と思い込んでいたから炎に弱かったことだった。つまり、思いで魔法の効果を左右できる。


 これがどうやって今の話に繋がると言うと――


「はい、私にとって白い光は力強くて、優しくて、夜道を照らしてくれる銀月の光のようで見てると安心します。で、ですので魔法の色を白にしました」


 現代魔法の見た目は使い手の信念を反映することが多い。傭兵で例えば、攻撃魔法はその傭兵を代表するものだから皆それぞれ思う最強のイメージを魔法の形に反映しているのだ。


 彼女が耳まで赤くなったのも、きっと他人に自分の信念を打ち明けたからだろう。


「そ、そうだったのか」


 思わず頬を掻く。


 俺も見た目が白っぽいから、その言葉が俺にも向けているじゃないかと勘違いしそうになった。


「あいたっ……」


 突然エレナが声を上げて痛みを我慢するように眉を顰めた。


「ちょっと腕を見せて」

「こ、これは……魔力が戻ったらすぐ治しますから。あっ」


 有無を言わず両手でその腕に触れる。


 これはかなり酷い疲労状態になっているな。動くだけで痛みを感じるだろう。


「はぁ、お前ってやつは。今治癒するからじっとして」

「ありがと……」


 今の話に影響されたのか思わず優しいものをイメージした。してしまった。


「あれ、金色の光」


 あ……。


「あー、これはほら、昔治癒魔法は光魔法と分類されて金色や白とか暖かいイメージが多いから」

「でも前は白でしたよね。少なくとも私に伝授した時までは」


 それを忘れるとは迂闊だった……。


「私は正直に言いましたのにヴィルだけが誤魔化すなんてひどいです」


 不満そうにむすっと頬を膨らませるエレナ。ちょっと可愛いと思ったけど今はそれじゃない!


「ごめん、俺が悪かった」

「じゃ正直に答えてください」


 逃げ道がなく俺は思ったことをそのまま伝えた。


「さっきの話に触発されて治癒魔法をかけた時つい優しいものを考えたのさ。日差しのように暖かく、すべてを包み込むような優しさを想像した。するとエレナの煌めく瞳が浮かんできた」


 事実を半分だけ伝えてもいいのに。誤魔化した後ろめたさのせいで全部言ってしまった。


「本当?私をからかっていませんよね?」


 それを聞いたエレナはすぐに顔を背けてそう言った。声色から感情を察せない。


「からかうためにこんな恥ずかしいこと言えるか!」

「へっ」

「へっ?」


 一向に顔を向けてくれないから表情を読めない。俺の馬鹿げた話を聞いて笑いを堪えている可能性が高いけど。


「何でもありません。模擬戦を再開しましょうか」

「ああ、分かった」


 勢いよく立ち上がってやる気満々な笑顔を見せてくれるエレナ。


 今のは何だったのだろう。もしかして俺の反応を面白がっていた?最初から?


 考えても答えを得られず、俺も立ち上がって模擬戦に戻った。


 しばらくすると……。


「いい感じだ。お前本当に飲み込みが早いな」

「これもヴィルのおかげです!」


 まさかこんな短時間で様になっているとは。


 攻撃を受けてもバランスを崩さないように重心に気を配り、適切に受け流す。


 問題はいまだに反撃に成功していないだけだ。


 それは俺のせいかもしれない。力の手加減は出来ても、バレないように隙を作ってやるのは無理だ。


 やはり彼女に頑張ってもらうしかない。


「エレナ、ちょっといいか」

「はい?」

「ここからはどんな手段使ってもいい、その短剣で俺に一本を取ったらお前の勝ちだ」

「どんな手段でも?そんなこといいんですか」

「ああ、技でも強化でも小細工でも己のすべてをだ」


 どちらか死ぬ戦いでは生き残るために己のすべてを使うのだと、物騒な話今は止めておこう。


「己のすべてを……」

「ちなみに俺は防御を強化しておくから遠慮も寸止めもしなくていいぞ」

「分かりました」


 俺たちは距離を取って武器を構えた。


「さあ、かかってこい!」

「はい!」


 それを合図にエレナが動き出した。


 彼女が真っすぐに俺に突っ込んでくるが、これはフェイントだ。俺が軽く横斬撃を繰り出した瞬間彼女が速度強化して右へ消えたので、すぐに剣をもどして右後ろからくる攻撃をブロックした。


 いい判断だ。機動力が早い場合ずっと相手の間合いにいるより外から一撃を加える方が安全。


「え、嘘!?今の攻撃が見えたんですか」

「いや、ただの経験さ」

「ヴィル、手ごわいです……」


 そしてまた幾度も攻防を繰り返した。彼女は時に避け、または俺の攻撃を利用して隙を作ろうとした。


 だが経験の差か、速度強化してもエレナの攻撃は単純で簡単に予測できた。


「どうすれば……あっ」

「何か考え付いたようだな」

「どんな手段でもいい、ですよね」

「ああ」


 俺は迎撃態勢を整える。どんな策略があるか楽しみになってきた。


 エレナは速度強化し、地面を蹴って突進してくる。その攻撃に対して俺は強く斜め下に斬撃を繰り出した。


 しかしその時妙なことが起きた。彼女は突進しながら短剣で斬撃を受け止めたが、手応えがなかった。衝撃がほぼなかったし、彼女の勢いも減らなかった。


 その違和感のせいで、危うく回避を忘れて斬られるところだった。


 彼女の猛攻は続く。それにつれて俺は手に握っている武器に感じる違和感が徐々に大きくなる。なんか重心が微妙に変になっているような。


 しかし今は他の事を気にする暇はない、エレナはまさに己のすべてを使って俺に一本を取ろうとしている。少しでも気を緩めたらやられる。


 勝利を譲ってもいい気がするが、そんな水を差すような真似はしたくない。俺もなんとなく今を楽しんでいる。


 そして攻勢がいよいよ弱まった瞬間俺は戦闘の主導権を取り戻すために剣を振り下ろした。


 回避に間に合わないエレナは短剣でそれを受け止めようとする。ならばさらに力を込めて短剣を叩き落とそう。


 しかし彼女が短剣を真横に構えて刃で迎撃するのを見て、俺は嫌な予感がした。


 だがすでに勢いは止められない。刃と刃はそのまま衝突して――


「なっ」


 鋼鉄の長剣が甲高い音がしてきれいに折れた。


 思わぬ事態に戸惑った俺は勢いのまま前のめりになり、大きな隙を見せてしまった。もちろんエレナはその隙を見逃さない。


「やああああ!」


 全身の力を絞ったエレナの突進攻撃。今の状態ではそれを避けられない!


 頭が混乱しているからつい本能が働いてしまった。これはただの模擬戦だということを忘れて……。


「あれ?」

「あっ……」


 俺は一瞬超加速して後ろに下がってしまって、エレナは空気に突進して体勢を崩した。


 バランスを取り戻そうと短剣を落として両手をパタパタさせるエレナ。


 彼女は体勢を整えずそのまま頭から俺の腹に突っ込んできて、俺は苦笑しながら抱き留める。


「うぐ」


 エレナは間抜けた声を上げた。


 そして力を使い切ったか糸が切れた人形のように脱力して全体重をこちらに預けてくる。多分最後の攻撃で力を使い切ったのだろう。


「うぅ、やっぱりダメでした」

「いや、今のは俺の負けだ」

「え?」

「最後は速度強化して避けたから俺がズルした」

「そうだったんですか」


 エレナは目を見張って驚いた。おそらく最後は我を忘れて気づかなかったのだろう。


「ああ、ハンデをつけたのに俺は珍しく追いつめられると感じて本能で本気出してしまった。だからこの勝負はエレナの勝ちだ。そうじゃないと俺面目が立たない」

「分かりました。やった!へへっ」

「にしても……」


 エレナを抱えたまま武器を回収して木の下に腰を下ろした。


「これは何の小細工だったんだろう」


 折れた長剣を彼女に見せる。


「錬金術です!」


 得意げに即答するエレナ。


「どんな手段を使ってもいいと言いましたので錬金術を使ってみました」

「つまり刃こぼれがいきなり消えたのも、重心がずれたのも?」

「はい、衝撃を軽減したい時は変形させて、食い込みが発生してほしくない時は窪みを埋めて一時強化しました。あと長剣が折れたのは剣を交える時少しずつウィークポイントを作ったからです!」


 物質を変える技術。まさか戦闘でこういう使い方があるとは……。


「ははは、参ったよ。武器破壊を狙うのはとてもいい発想だ」


 武器破壊は隙を作るところか相手によって戦闘能力を奪うことになるから。


「えへへ、褒められちゃった」


 腕の中でエレナが小さくガッツポーズした。


「あ!そうでした。あとで長剣を直さないと」

「あの状態から修復できるのか」


 剣は研げば細くなっていずれ使えなくなる消耗品だ。正直折れた物は捨ててもいいが。


「はい、錬金陣の補助がないと難しいですが折れても欠けても大抵は修復ですます」

「へえ、それはすごい。でもやっぱり出来ない場合もあるんだな」

「出来ないのは主に他の錬金術師の作品ですね。知らないオリジナル合金を使ったとか、独特で微細構造があるとか」


 そして会話が一旦途切れたが、相変わらずエレナはぐったりしている。しばらくするとまたこちらに話かけた。


「ヴィル、心臓がバクバクしている」

「ああ、さっきの模擬戦で久々に気分が高揚したよ。こんな感じ滅多にない」


 この体勢でちょうど俺の心音が聞こえるのかな?彼女は動悸のことを触れた。


「つまり私は数少ないヴィルにドキドキさせた人ですね」

「そうとも言えるね」


 なんだか妙な言い方だが……。なんだろうこのくすぐったい感じ。


「そろそろ昼飯食べるか。ん?エレナ?」

「すー……」


 眠っちゃっている!こんなに疲れるとはやはり無理しすぎたか。


 そういえば練習後に瞑想する大事さを伝え忘れたけど、彼女の資質ならしなくてもすぐ強くなれるだろうしまた今度にしようか。


「暖かくて気持ちいい」


 空を見上げて素直な感想を零し、体を伸ばした。


 春は終わりつつある。こんな天気が良くて気持ちいい日々を大切すべきだと、金色の太陽に優しく照らされながら思った。



 一週間後。


 あれからは錬金術の仕事に支障出ないように訓練スケジュール組んでいるが、やはりエレナの飲み込みが早い。短剣での戦闘技術はもうBランク冒険者に劣っていない。これでちゃんと自分を守れるようになっているのだろう。


 ちなみに納品した抜刀術用の鞘、評価は大いによかったらしくて、アルゲンタム工房の評判、つまり錬金術師エレナの評判が一気に上がった。


「ヴィル!これを見て!」


 朝食後俺がくつろいでいたところに、エレナが興奮気味に居間に駆け込んできた。


「それは?花?」

「覚えていますか。七鐘草」

「ああ、俺が魔境から持ち帰って温室に置いてるやつだろ」

「はい!花を咲かせることに成功しました!」


 エレナが持ってきた盆栽は、釣鐘のような白い花が二つ咲いた。


「魔力肥料が必要だっけ?それを使ったの?」

「いえ、何種類の魔力も必要ですので花を咲かせるのを後回しにするつもりでした」

「じゃどうやって……」

「私の魔力です!昨日閃きましたが、もしかしたら二元魔力で咲かせるじゃないかと」

「なら俺の魔力も加えたら三つ目を咲かせるんじゃないかな」

「あわわわだめです。違う人の魔力が混ぜたら花が萎えるかもしれません」


 盆栽を守るように隠すエレナ。その花を大事にしているような反応はなんだか微笑ましい。


「三つ目以降の花はどうするつもりだ?」

「えっと、私の魔力が干渉して、違う魔力特徴を作り出すとか」


 確かに、まだ干渉状態だった彼女は魔力特徴が不安定に変化していた。


「それならどの花がどの魔力で咲かせたか。マーキングしないと忘れそうだな」

「マーキング?」

「例えば色に染めるとか」

「でも白い花が可愛いのに」

「何も満遍なく染める必要がない。一部だけでいいさ」

「じゃヴィルはどんな色がいい?」

「そうだな……」


 俺は七鐘草と期待の眼差しを向けてくるエレナと相互に見る。


「まずは黄色いと赤紫がいいな。三つ目が出来たらピンクで」

「わ、わたしの色ですか!?ちょっと適当すぎません!?」

「はは、ばれたか」

「そんなのわかりやすい~~!!」


 と文句言いつつも、彼女は絵の具を取ってきて花に色を付け始めた。


 エレナと花を見て俺は不意に思った。この七鐘草は彼女の才能を表しているようで、七つの花まで咲かせた頃彼女はもう立派な錬金術師になっているだろう。そしてその暁には俺と彼女の契約も……。


 そう思った時、俺は得体の知れない感情に襲われた。頭に『契約終了』、『お別れ』という言葉が過って胸が締め付けられるような感じだった。


 何なんだこの気持ちは……?


 しかしそれは一瞬ですぐにどこかに霧散していった。


「ヴィル、出来ました!どうですか」


 白い花はまるで最初から色模様が入っているようにきれいに色を付けられた。エレナは芸術の才能もあるようだ。


「とても可愛くてきれいだ」


 だが俺は七鐘草の花よりも朗らかに咲いている笑顔に視線を奪われて、そのセリフはどちらに向けるものか分からなくなった。


「へへ、ありがとうございます」


 この穏やかな時間、ずっと続くといいな。

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