正当なスキンシップ

「エレナ、休みの時間だぞ」

「もうこんな時間。はいー!今の終わったら行きます」


 やれやれ、俺が言わないといつも休むことを忘れて仕事に没頭する。最初は魔力を使い果たしてへとへとになっていることもあった。


 もうちょっと時間かかるだろうと思い、トレイごとケトル、ティーセットとお菓子をテーブルに置く。


 ケトルは最近貴族向け新聞紙の広告で見かけた魔道具だ。水を沸かしてお茶を淹れるのに適した温度に保温するものだ。茶葉に応じて温度の微調整もできる。


 エレナの仕事が一段落つくのを待つとお湯が冷めることもあったのでこれを購入した。最初は魔力伝導のいい素材で作られたケトルを魔法で加熱したかったけど錬金術への干渉する可能性があるとエレナに怒られたので諦めた。代わりに魔石のエネルギーを使う魔道具にした。


「お待たせしました。わあ、紅茶の香りが漂ってきます」


 エレナが仕事を終えたのを確認すると、さっそく紅茶を淹れた。


 そして彼女はこちらに近づき、隣の椅子に……ではなくぴょこんと俺の膝に乗ってきた。


「癒しの時間~」


 頭と体をもたれかけてきながら気持ちよさそうにその言葉をこぼした。休息の大事さを分かってくれてよかったと思う。


「ヴィル、このお菓子おいしいです!どこで買いました?」


 エレナは目を輝かせてこちらを見上げてきた。その口元に少しチョコレートがついている。普段は礼儀作法ちゃんとしている子だけどこういう気が抜ける時もある。それはリラックス出来ている証拠でもあるので別に気にしない。だがちょっとからかいたくなった。


「興奮しすぎ。ほら、口元にチョコレートがついてるぞ」

「え、うそ。どこですか」


 彼女はあたふたして手鏡を探そうとするが、少なくとも手が届く範囲にはなかった。


「じっとしてて、拭いてやるから」


 言われた通りにじっとするエレナの口元をハンカチで拭いてあげた。


「うぅ……恥ずかしいです」

「で、お菓子のことだけど、これは高級商業区の大通りにある人気な菓子店で買ったものだ。予約しないと一時間ぐらい並ぶし完売も早い」


 まあ、俺はいつもちゃんと予約するから並ぶ羽目になることは滅多にない。困るのは新作が出る時くらいかな。


「その店は最高品質の食材を使ってるしパティシエの実力も超一流。だから値段が張っても凄く人気なんだ」


 俺の熱弁を聞いてエレナは数秒の沈黙を経てから言った。


「もしかしてヴィルって、甘い物が好き?」

「なっ、これはエレナのために買ったものだぞ。甘い物は——」

「素直に答えてくれるとお菓子のレシピをいくつ覚えておこうかな」


 彼女は悪戯っぽく微笑みながら俺の言葉を遮った。俺の本音はもうバレたようだ。


 ぐぬ、エレナの作ったお菓子……食べてみたい。


 彼女の腕前は俺なんかよりずっと優れて、料理は家庭的な味がして美味しい。最近ではレパートリーも増えつつある。そんなエレナのお菓子に興味ないはずがない。


「……甘い物は好きだな」


 俺は余計なことを言わず、素直に認めた。


「素直でよろしいです。今度はお菓子の本も買わないと。へへ、ヴィルもかわいい一面があるんですね」

「やっぱり男でスイーツが好きなのは変なのか」


 騎士団入ったばかりの頃もそれで子供扱いされていたことがあったっけ。


「そんなことないです。むしろ親近感が湧きます」

「そ、そうか」


 うん、やはり女の子の感性よく分からない。


「ところで最近依頼は順調?どんなものがある?」


 その気恥ずかしさを紛らわせるために俺は世間話を始めた。


「おかげさまで順調です。もう錬成はほとんど失敗しなくなりました。そうですね。相変わらず金属や木材など加工系依頼をこなしていますが、工事用爆薬の依頼が多くなってきた気がします。今日も爆薬の材料を作りました」

「工事用……、依頼主はもしかして王立工兵隊?」

「はい、どうして分かったんですか?」

「魔境開拓のことだ。もう準備フレーズの時期だと思うから」


 魔境への道のりは険しく紆余曲折なところもあるので、最短ルートを作るために土木工事は欠かせない。


「魔境……なるほど、ゲートを監視する基地のために物流を整える必要がありますものね。魔境で採れる資源を考えると人が集まって町が出来上がりそうですし」

「そんなことまで分かっちゃうのか」

「え、はい。実は錬金術師育成学校通った者なら誰もある程度魔境、ゲート、そして魔界のこと知っています。それらは錬金術師が解決すべき問題だと考えられてますから」

「ん?それはどうして?」

「数百年前の大戦で錬金術がたくさん使われた話をヴィルは覚えてますよね」

「ああ、覚えてる」


 初めて会った日、エレナは錬金術師が武器の研究に積極的じゃない理由を話してくれた。かの大戦が一時期錬金術師が迫害されていたきっかけになったという歴史を。


「魔境とゲートが現れるようになったのはその大戦の直後。その現象はどこかの滅びた国の錬金術実験が暴走したせいだという主張が主流になりました」

「でも確証はなかったよね?」

「はい、戦争はもちろん、その後の錬金術師への迫害も多くの文献が消えたことに繋がりましたので、真実を明かす手段はありませんでした」


 戦災で文献が焼失したり、錬金術師であることがバレて迫害されるのを恐れて錬金術関連するものを処分したり、あの大戦で一気に最先端技術が消えたとエレナは補足した。


 それでもごく一部の知識は一般人が読めない古代言語や、暗号化した文字とかで残されている。書斎にあるその手記は最たる例だった。


「でもさ、もしかしたら古代の錬金術師のおかげでその現象を抑えていたって可能性もあるんじゃないか?自然だって頂点捕食者が消えたら生態系が変わるとか。いや、この例えはちょっと変か……」

「大丈夫です。言いたいことは分かります。つまり制御をするポジションということですよね。その説も聞いたことがあります。でもそれなら猶更私たち錬金術師がその謎を究明しなければなりません」

「確かに……」


 錬金術師のせいだったら彼らこそ過ちを正すことができて、錬金術師のおかげでその現象を制御していたらやはり彼らの力が必要だ。まったく無関係という可能性もあるのだが、世間一般の見解はそれを認めないだろう。偶然よりその時代の人に関係がある方が『合理的に』に見えるから。俺だってただの偶然だと思えないけど、なにも責任を錬金術師に押し付けるのは間違っていると思う。


「そう難しい顔しないでください。今錬金術師は正当に評価されていますし、昔のことで強く当たられることはもうありませんから。それにまだ半人前の私にとって世界の謎は遠すぎる話です。まずは目の前の仕事に集中しなきゃ」

「それもそっか。でもエレナ今集中すべきなのは休憩だ。また倒れたらどうする」

「あはは……、そうですね。じゃ本を読みましょうか」


 と言いながら彼女はテーブルに置いてあった本を取って読み始めた。


 俺も持ってきた本を開け、文字の世界に入ろうとしたが、ふとこの一週間のこと振り返った。


 今はもうこの二人の穏やかな時間が日常の一部になり、俺は書斎ではなく工房で読書するようになった。


 そして、仲のいい兄妹のようにエレナが膝の上に乗っていることについては、ちゃんとした理由がある。


 ことの発端はあのポーション依頼の納品期限前日——


 ……

 …


 夕方、俺は薬草などポーションの材料を抱えて家への帰路につく。


 一昨日、二元魔力の件を解決した後、ポーション依頼の件を思い出したエレナは工房で品と材料の状況を確認したら驚きのあまり危うく卒倒していた。魔力暴走の時ポーションがほぼ全滅し、不安定な成功率を見込んで追加で注文した材料でも全然足りなかった。そしてあれこれしてようやく今日必要分が揃った。


 エレナは一日中ずっと工房に籠ってポーションを作っている。


「ちゃんと休めたのかな」


 さすがにこの時間はもう晩御飯作っているだろう。


 今日はもう疲れた。材料買ってはエレナに届き、また材料探しに出ていた。


「ただいま」


 迎えに出てこない。厨房にいるかまだ工房にいるか様子確認しに行くか。


「エレナ、手伝い要るか。って、いない」


 まず厨房に行ってみたけど彼女はいなかった。まさかまだ工房にいるのか。


 そして一抹の不安がよぎって、俺は工房に急ぎ足で向かった。


「おい、エレナ。いるなら返事してくれ」


 工房に踏み入れて呼びかけても返事はないが、気配で探ると一瞬状況を把握した。


 彼女はそこに倒れていると。


「っ!」


 それが分かった瞬間、心臓が止まると思った。幸い周りの状況から察してこれは事故や魔力暴走の類じゃない。


「大丈夫か」


 彼女の元へ駆けつけて呼びかける。


「う……喉、渇いた」


 呼吸が乱れているが意識はまだある。俺はすぐさまコップに適量な水を注いでゆっくりと彼女に飲ませた。


 だけど、これだけじゃ彼女の『渇き』を解消することはないのは知っている。


「もっと……」

「駄目だ。水ならもう十分に飲ませてる」


 これは魔力枯渇。極限まで魔力を使い果たしてしまう時陥る状態。例えるなら、寝ている間に喉が渇いて夢の中でいくら水を飲んでも渇きを解消できないあの感覚と似ている。


 魔力は多すぎるのも少なすぎるのも体に悪い影響が出るのだ。


 しかしこれはどうしようか。武器庫に魔力回復薬一本くらいあればいいけど。


「とにかくベッドで休んだ方がいい」


 エレナを抱え上げて、部屋に運ぶことにした。すると彼女が耳元で囁いた。


「ヴィル……魔力」

「はいはい、あとで回復薬探すから」

「魔力……ヴィルの……」

「え?」


 その時だった。首筋に柔らかい感触がしたのは。次の瞬間は背中に硬い衝撃——俺は全身の力が抜けて後ろに倒れていた。


「いてっ……」


 俺はエレナの下敷きになったが、彼女は意を介せず俺の首筋を舐めたり唇で吸い上げたりし続ける。


 この前、同調後彼女にやられたのと同じだった。雷に打たれる感覚、そして魔力が流れていくことも。


 俺は一瞬で理解した。砂漠で喉が渇いた人はオアシスを見つけたらその甘美な水を貪る。そして魔力枯渇したエレナにとって、目の前のいつも魔力が余りまくる俺はまさにそのオアシスだろう。


「ちょっ、エレナ落ち着いて」


 しかし俺の声は彼女に届かなかった。おそらく意識がぼんやりして本能のまま動いている。


 力が入らないし魔法も使えない。俺は彼女のなすがままになっている。霊体情報を知り尽くされた恐ろしさを身をもって再認識してしまった。


 しばらくするとエレナはぴたっと止めた。


「はぁ……はぁ……、落ち着いた?」


 沈黙が続く。だけど彼女の体が微かに震えるのを感じ取った。我に返った途端気まずくなったのだろうか。


 根気よく待ち続けると、ようやく彼女は口を開いた。


「怒らないですか」

「何を?」

「私……いきなり襲って無理矢理魔力を奪いました」

「そんなこと気にしてるのか」


 俺は収納してある武器を召喚して、魔力が本来の回復速度に戻った。


「お前も知ってるだろう。俺の特殊体質を。魔力ならすぐ回復する」

「でも……」


 正気に戻ったとはいえ、エレナの魔力は一割にも回復していないようだ。まだ気だるさを感じているはずなのにやせ我慢をしている。


 不安を払拭するために宥めるように頭と背中を撫でてあげる。


 そして全身から魔力を放出して、それが彼女に流れ込むのが分かる。やはり俺が能動的に与える方が何倍も効率がいい。


「あ、魔力が」

「はぁ、最初からこうすればよかったんだな。何で思いつかなかっただろう」

「ごめんなさい。いつもお手を煩わせてしまいまして……」

「気にしなくていい。それよりなぜ無理をした?」


 魔力暴走起きてから数日しか経っていないし、二元魔力の干渉問題も解決したばっかりだ。エレナはまだ回復しきれていなかった。彼女の本調子ならこれくらいで倒れるわけがないはず。


 彼女はびくんと震えた。怒られたと勘違いしたのかな。


「いや、もし知らずにプレッシャーをかけて無理をさせてしまったら謝りたい。それだけだ」

「ううん、そんなことありません。私の意地というか、わがままなんです。どうしても納期に間に合わせたいんです」

「別に間に合わなくても報酬減るだけだよ」


 もっとも、ミユキさんの説明を聞く限り、この依頼は緊急性がないはずだ。


「ヴィルは私のためにアルゲンタムの名を使って誓ってくれました。ならば私も全力でアルゲンタム工房の評判を守らなきゃいけないです」


 うん、エレナらしい考え方だな。


「そして一心にポーション作って、気づいたら倒れていて……」

「そっか……。よく頑張ったな」


 彼女の気持ちを無下にしたくないから、俺は余計なこと言わず労わりの言葉だけを掛けた。


 エレナの意思を尊重したい。だけどやはり倒れるまで無理してほしくない。


「やっぱりこの後も続きを?」

「はい」


 揺るがない意思を感じた。ならば俺も答えは一つ。


「じゃ俺はお前のことを見張っておくか。また倒れないか心配だし。魔力が欲しいならいつでも分け与えるよ。お前は一人じゃない、もっと周りと……俺を頼ってくれ」


 それを聞いて彼女はぱあっと明るくなった顔を見せて頷いてくれた。


「っ!ありがとうございます!」


 やれやれ、本当に頑張り屋さんだな、エレナは。


「その前にまずは晩御飯だ。早く食べたいから今日は二人で作ろう」

「うん!」


 この日エレナは夜遅くまで作業したが、その功を奏して無事依頼のポーション200本を用意できた。


 翌日——


 納品を完遂した後、エレナは休みを挟まず、すぐに新しい依頼を受注した。俺は様子見も兼ねてお茶と菓子を持って工房を訪れた。


「エレナ、無理はしてないか」

「あ、ヴィル、ちょうどいいところに」


 工房に入ると、彼女が鍛冶ハンマーを置いて駆け寄ってきた。


「あの……魔力をもらってもいいですか」

「別に構わないけど、もうそんなに消耗したのか」


 確かに昨夜といい、仕事のスピードは以前よりと段違いに早い。


 よく考えたら昔魔導士との連携訓練をする時、魔力枯渇で倒れた人って大抵魔力制御が上手くなりたての人で、まだ自分の限界を把握していなかったのだ。


 おそらくエレナは二元魔力の干渉問題が解決されて、人生で初めて上手く魔力を制御してまだ限界分からなかったのだろう。


 そして今もその能力を最大限利用して仕事をサクサクこなしている。


「頼っても……いいですよね?」

「もちろん」


 提案したのはこちらだから、どんな消耗具合でもエレナが必要と判断するなら俺は応じるしかない。


「やった!」


 彼女は気にしていないようだけどさすがに毎回毎回抱き合うのはちょっと気まずい。だから膝に座ってもらうことにした。


「疲れた~」


 こちらに背中を預けてきながら気持ちよさそうに息を吐いた。


「ふぅ」


 そして服をパタパタし始めた……。


 今日は金属加工で加熱炉を使っていたか。緩い服一枚を着ているせいでただでさえ谷間が見えてしまうのにそれをやったら……。


 あの夜あのとんでもないランジェリーのおかげでもうエレナの裸を見たようなものだけど、さすがにこの距離はやばい。しかも今彼女が膝に乗っているので体が反応してしまったら完全に誤魔化せない。


「どうしました?」


 エレナはこちらに振り向いてうろうろする俺の顔を窺う。


「あ、あぁ。いや、本がないか周りを探してただけ。手持無沙汰だし」

「そうですね。今度は何冊持って来ましょう」


 うん、何か話して気を逸らそう。


「そうだ。今夜外食しようか」

「え?も、もしかして私の料理に何か至らない点が……」


 落胆するような悲しい顔で俯いたエレナ。


「いやいや、違う。エレナの料理はちゃんと美味いぞ?」

「そ、そうですよね。いつも美味しそうに食べてくれてますもんね」

「最近色々あっただろう。気分転換に外で食べないかと誘っただけだ。どう?」

「ごめんなさい。早とちりしちゃって。うん、外で食べましょう!」

「じゃ決まりだな。美味しいカズミのラーメン屋知ってるさ。そこにしようか」


 この日の夜、エレナはラーメン屋でなぜかうっかり俺の膝に乗って来てしまって店長さんにからかわれたのはまた別の話……。


 その後も毎日、仕事ある日は俺の魔力を求め、膝に乗ってきている。あまり消耗していない日もあるけど、少しでも負担を減らせたらこの余る魔力を出し惜しみはしないさ。


 ある日気になって遠回しにそんなにくっついていいのかと聞くと『これは魔力を補充するための正当なスキンシップなんです!』と返ってきた。気にしすぎたのは俺だけだったかもしれない。


 ……

 …


 そんな感じで一週間以上に続いて今はもうルーチンになって慣れている。そのおかげでエレナの休み時間はちゃんと確保された。


 うむ、考え事で頭を適度に使ったのか、ようやく手中の本を読む気になった。


 『ソラリス王国周辺諸国の事件や逸話』、タイトル通り過去起きた事件や言い伝えなどを記録してある本。こういう記録はあまり民間に出回らないので国立公共図書館から借りてきたものだ。


 カタログから目当ての記述を見つけ、目当てのページまでめくる。


『ユトリテリアの金色の悪魔』


 やはりあまり気が進まないけど、クリスティーナにこの歴史を知っておいてほしいと言われた。


 300年以上前、ユトリテリアのとある町には後に『金色の悪魔』と言われる少女がいた。少女は第一次魔境戦争でユトリテリアを半壊した魔族の特徴、輝く黄金の目を持っていたため、魔族の子だと言われた。少女は疎まれ、虐められ、人ならざるもの扱いされた。


 そしてある日、その町は一晩で地図から消えた。文字通り何も残さずに。近くの森に野営していたハンターによると、あの夜は月や星が全然見えなかった夜なのに一瞬白昼のようになったと。


 ちょうどその町から出て行っていた人は、間違いなくあの悪魔が町を滅ぼしたと言い張った。


 事件が瞬く間に全国まで轟かせた。その後人々は恐怖のあまり、更なる恐ろしいことをした。『ゴールドハンティング』、金の目を持つ者を狩ることが始まった。最初こそ命まで奪うものだったが、目を潰せば悪魔の力を抑えられるという説が流布されて、殺さずに済んだという。


 問題はその『ゴールドハンティング』の暴走で、他国の国民まで被害が及んだ。特にカズミの黄玉の一族の何名が目を潰され、一族は復讐するために戦争仕掛けようとしたけど国に止められた。代わりに、カズミは『ゴールドハンティング』を止めさせるべく、周りの国と一緒に経済制裁をユトリテリアに科した。


 結局『ゴールドハンティング』は止めたけど、ユトリテリア国民の『金色の悪魔』に対する恐怖と憎しみは今も残っている。


 ……。


 やはりいい話ではないな。道理でこの事件に関する書籍が出回らない訳だ。クリスティーナの見立てでは、あれは魔力暴走で、そこまでの規模だったのはあの少女が二元魔力持ちだったかもしれない。


 極端な感情による魔力の暴走。もしあの子に味方が居たら……、守ってあげる人が居たら……。


「むにゃ」


 ふとエレナに視線を向けると、彼女がウトウトして舟を漕いでいることに気づいた。


「ヴィル、もっとほめて……」

「どんな夢見てるんだろ」


 突然、エレナの体は大きく前傾した。俺は慌てて彼女の肩を掴んで支えて、頭を自分にもたれかからせた。


「もうしばらくゆっくり寝ていいよ」


 彼女が読んでいた本を落ちる前に取ったが、そのタイトルは『ソラリス家庭料理十選』だった。まさか外食の件で思うところでもあったのだろうか。


 普段食事の時視線を感じたりするけど、多分エレナは俺の反応を観察して料理を調整していたのだろう。だから彼女が作った料理はどれも美味しくて。しかも最近は新しい料理も出してくれた。まさか本で料理の勉強もしていたとは。


「今度新しい料理出てきたらちゃんと褒めないと」


 そう思うと俄然愛おしさが込み上げてきた。


 このような健気で献身的な頑張り屋さんが、悪魔など悪い存在なわけがない。


 守らなきゃ。


 エレナの夢を、純粋さを、善良さを……。


 如何なる時も、味方でいてあげよう。


「これは……魔力を与えるための正当なスキンシップだから」


 俺はそう自分に聞かせて、エレナを深く抱きしめたのだった。

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