二元魔力

『ヴィル様は【二元魔力】をご存知?』

『いえ、【二元魔力】とは……?』


 クリスティーナからのメッセージには知らない単語があった。


『その前にまず一つをお教えしないといけないことがあるわ。実は今日午後、魔法管理局から魔力暴走を検知したお知らせが来たの』

『あ、それはたぶんうちのエレナだ』

『そう、発生源はヴィル様の屋敷』


 時間的に合致するし魔力暴走はそう頻繁に発生するものでもない。


『こちら最初はとても慌てたのよ。だって検知された魔力特徴が二つあったもの。てっきりヴィル様と錬金術師様二人だったと。後に貴族街から報告が来て安心したわ』


 あの時衛兵隊の報告が魔法管理局に届いたってことか。それにしても——


『魔力特徴が二つ?』

『そう、魔力暴走起きた時魔法管理局の精密機器で二つの魔力特徴を検知したわ。しかも妙なことにお互い相殺していたのよ』

『相殺していた……?』


 あの時の魔力暴走はせいぜい工房をメチャクチャにする程度だった。建物自体にも被害出なかったし。でももし相殺してなかったら?


『もし相殺してなかったら……発生源と検知された魔力衝撃波の範囲で逆算すると貴族街の3分の1が消し飛んでいたかもしれないわ』

『そんなまさか』


 会話の内容で話が見えてきた。屋敷にいるのは俺とエレナだけ。それで魔力暴走の時二つの魔力特徴を検知され、都合よく相殺していたとなれば——


『エレナの魔力はその【二元魔力】ということか』

『仮説だけれど確信に近いわ』

『その【二元魔力】はどんなものなのか。今まで一度も聞いたことがないが』

『それは仕方がないこと。だってこの国【二元魔力】最後の記録が120年前、非常に珍しい事象で王宮の書庫で探さないと出てこない情報だもの』


 俺の体質は組み合わせこそレアだが、超限界魔力保持と異常回復率それぞれはよくあるものだ。でも【二元魔力】は百年間記録を残さないほど珍しく、あまり知れ渡っていないようだ。


 そしてクリスティーナが説明を開始した。


『そうね。まず魔力の仕組みと魔力特徴については把握しているよね』

『もちろん』


 世界に溢れている根源の力であるマナを吸収し、魔法の行使に使える力に変える。その過程でマナに特徴が出来て、いわゆる魔力になる。その魔力は一人一人それぞれが違い、例え見た目そっくりの双子でも同じ魔力特徴にならない。だから魔力特徴は魂と深く関係しているとも言われているのだ。


『私たちはそのマナを魔力に変える構造に源泉というあだ名をつけたわ。昔は肉体のどこかにあると思われていたが、どうやら霊体にあるらしい』


 そもそも霊体に関する理論はほとんどこの100年で立てられ、進展があったのはこの数十年だ。しかも理論ばっかりでまだ分からないことが多い。まあ、霊体は肉体みたいに直接観測できるものじゃあるまいし。


『魔力の源泉は魂と深く繋がって、心臓みたいに一人に一つしかないという認識になっていたが違ったわ。近年の研究で分かったが例えばエルフは4つくらいあって、竜族ならそれ以上と推測されている。そして人の霊体はせいぜい2つしか耐えられないのよ』


 エルフや竜族の強さは霊体の強靭さと魔力の所持量だと思っていたがまさかもっと根本的に違いがあった。


 それにしてもスケールが違うな。魔力の源泉が4つとかそれ以上とか。人間はほとんど記録残さないほど2つでさえレアなのに。


『つまりエレナは魔力の源泉を2つ所持していることか』

『こちらの観測結果とヴィル様の話を合わせるとその可能性が非常に高いわ。源泉が2つで干渉し合っている時は魔力特徴が常に変動しているように見えるし、外部の魔力が合わせようとしてもすぐに異物になってしまう』

『確かにこれで説明がつく』

『その干渉現象が【二元魔力】の最大の特徴とも言える。そして魔力の相殺も相乗もできる』


 え?今相乗って——


『もしあの魔力暴走は相乗だったら、貴族街丸ごと消されていたかもしれないわ』


 嫌な予感がして冷や汗が出てしまう。今のことでどんな話に繋ぐかもう予想がついた。


『このまま放置するのは危険すぎるからもしヴィル様が良ければエレナ様のことは魔法管理局で保護させてもらうわ。もちろん彼女は今まで通りに錬金術の仕事できるように取り計らうつもりよ』

『それは約束できない……』


 ほぼ即答してしまった。俺でも分かる理性的じゃない答えで。エレナ一人と王都に暮らす人々を天秤に掛けると答えは言うまでもないのになぜかそんな答えが出てしまったのだ。


『……意外というか納得というか』

『どっちだよ』

『今までのヴィル様なら意外、最近のヴィル様なら納得、かな?』

『……』


 その言葉の意味を説明する気がないようでクリスティーナは話を戻した。


『でも計測結果は魔法管理局で知れ渡ってしまったし私も立場的に庇うことはできない。保護要請を拒否する場合、王都や人が多い町に近づかないようにと命じられる可能性が高い……。さすがに国から出て行ってとか酷いこと言わないわ。単純にみんなの安全を考えた処置なんだから』


 ……真っ当な判断と言わざるを得ない。国の仕事はみんなの安寧を守ることだし。


 それでも——


『他に方法ないか?今までと変わらない生活でいられるような方法は』


 俺は他の道を探したい。


 もしエレナが王都から出なければならないことになったら俺も契約者として一緒に出ると思う。工房と住居を用意すると俺が約束したのだから。


 でもエレナはユトリテリアで見た目のせいで腫れ物扱いされ、忌み嫌われ、疎まれ、散々悲しい思いをしてきた。ソラリスで力のせいで同じ思いをしてほしくない。俺が心地いいと思うこの国の生活をエレナにも満喫してほしいのだ。


『ふぅ、やっぱりこうなると思ったわ。方法は一応あるけど』

『それは?』

『陛下から賜った栄耀名にかけてエレナ様が【二元魔力】を完全制御できるようにすること。そうすれば魔法省の皆も文句を言えない』


 栄耀名とは功績を重ね、国王陛下に認められ、賜った名のことだ。栄耀名に泥を塗るような真似したら国に返上しなければならないこともあるから貴族が家名に誓うよりは意義がある。


『それでいいなら俺はアルゲンタムの名にかけよう』

『後で書状を送るからそれに返事して意思表明すれば魔法省を黙らせられるよ。あとは改善の兆しさえあればもう手を出させないわ』

『とはいえ、そもそも手詰まり状態だからこうして連絡したのだ。クリスティーナは何かいい案ある?』

『もちろん、方法があると言っておきながら具体的な手段がないなんて私じゃないわ』


 やっぱり魔法のことになるとクリスティーナは頼もしい。頼ってみて正解だった。


『エレナ様と同調して、彼女の2つの魔力を不干渉状態にしてみてください。そうすればエレナ様も上手く魔力を制御できるはず。これがスタートラインだわ』

『同調か……』

『ヴィル様が一方的に合わせるじゃなく、同調よ』

『もちろん分かっているんだが……』


 同調は霊体情報をすべて晒し合うようなもので、信頼しきる相手でもなければ軽率にやることではない。魔導士にとっては裸を見られると同然かそれ以上のことだ。


 会って数週間しか経ってないエレナとやっていいことなのかと悩む。


『あと注意点が一つ、理論上だけどおそらく【二元魔力】と同調する場合心身共にもっと深い繋がりが必要だわ。手を繋ぐ程度じゃ多分無理そうね』

『え、それじゃ……』

『例えば、彼女を抱くとか』

『……抱き合えばいいよね』


 夫婦が同衾する時心身の繋がりの証として同調もすると聞いた。でも俺は敢えて違う可能性に賭けた。


『……』


 しばらく沈黙が続いた。


 え?もしかして本当にそのつもりで言ったのか!?


『も、もちろん抱き合うことですわ。おほほほ』


 あ、焦って取り繕った……。なんか意地悪なこと言ったようで申し訳なくなった。


『で、でもそれで無理ならそれ以上の行為が必要かもしれないわね。キスとか……』


 言外に抱擁やキスで同調できなかったらそれも検討すべきだと。


『このことはエレナと相談しないといけないな。彼女が嫌がる可能性あるし、結局彼女の意向が一番大事なんだな……』


 冷静に考えてみたら魔法管理局に行かせた方がエレナのためになるかもしれない。クリスティーナが面倒を見てくれるだろうしそこでならゆっくり【二元魔力】と向き合うことが出来ると思う。


 でもなぜか俺は……。


『ヴィル様はエレナ様とゆっくり話し合ってくださいね。そうすればきっとお互いが納得する選択を見つけるわよ』


 ……そうだな。まずはエレナの意志を知らなければ。


『今日はもう遅いから同調と【二元魔力】の制御について詳しい話はまとめて明日の午前中に送るわ。それを実行するかどうかは話し合ってからよ』

『ありがとう。いろいろ助かった』

『ヴィル様の引退生活はさっそく彩られて私たちは安心したよ』

『ん?それはどういう意味……』

『何でもない。それはそうと、もしよかったらエレナ様と会わせてくれない?エレナ様のこととても気になったの』

『魔法研究者として興味が沸いたとか?』


 魔法をどこまでも愛するクリスティーナはきっと目を輝かせているに違いない。俺も実験に付き合わされることあったし……。


『もちろん【二元魔力】の持ち主と一度会ってみたいのもあるけれど、ヴィル様を骨抜きにする女の子はどんな子か気になったのよ』

『……』


 ……どのように噂されているのだろう、俺は。


『……冗談よ。でも大事に思っているでしょ?』


 本当に冗談だよね?


『それは否定できないかな。確かに大事に思っているかも』

『それでヴィル様が大事に思うその子の人となりが気になって。チャンスがあったらお茶会とかに招待したいわ』

『構わないけど、王宮においそれと行けない身分だろ、俺たちは』

『私たち今はいろいろ準備があって忙しいけど一旦落ち着いたら理由を作って招待するわ』


 詳しく言わなかったけど皆はジルバルドとクリスティーナが建国祭で婚約発表して結婚の日程を告知するだろうと期待している。きっとそれだろうな。


『まあそこまで言うなら……』

『ふふ、今から会うの楽しみ。どんな子なんでしょね』


 もう恐縮して縮まるエレナが想像できる。大変そうだけどそれはそれで面白そうだな。


『それじゃまたね。エレナ様のことは遠慮せず私に相談してね。贈り物とかいくらでもアドバイスするわ!』

『わ、分かった。その時は頼らせてもらう』


 そしてすぐにジルのメッセージが来た。


『話がまとまったようだな』

『おかげさまで解決できそうだ。それとお二人の時間を邪魔して悪かった』

『友よ、水臭いこと言うな。お前には世話になっていたし、私たちが上手く行ったのもお前のおかげ。今度はこちらがヴィルを助ける番だ。お前とエレナが順調に行くことを心から祈ろう』

『ありがとう。このご恩はいつか返すよ』

『それじゃキリがないな。まあ、それも悪くないか』


 ジルも私的な場合で気兼ねなく話せる相手がほしいから、この関係をずっと続いてほしいのだろう。この直接連絡できる魔道具を渡したのもそれが原因の一つかもしれない。俺は恐れ多いと思いながらも変に遠慮したら失礼と考えている。


『それじゃ、また連絡してくれよ。上手く行くかどうか気になるし』

『もちろんだ』


 連絡を終え、俺は気持ちいい気だるさを感じながら体をベッドに投げ出した。


「新しい問題も発生したけど道は見つけた」


 不安定な【二元魔力】の危険性。


 ちょっと不安はあるが最悪の場合一緒に郊外で暮らせばいいし、あとはエレナ次第かな。


「でも方法は言いにくいんだよな」


 同調のためとはいえ親密な行為をするような間柄じゃないし。


 あれこれ考えて疲れてきた。


「やばい、眠気が一気に来てしまった……」


 ……



「——ル」


 ん?エレナの声が聞こえたような。


「ヴィル」


 確か俺はジルたちとの話が終わったらすぐに寝落ちして……。


「これは同調のためだから。私頑張るね。大丈夫、本で予習した……から」


 下腹部から重量を感じる。視線をそこに向けると上の服を脱いだエレナがいて……。


 あれ?なんで?


「だってこれしか方法がないから。仕方がないもんね」


 下半身がうずく。もうこれ以上は……。


 そしてエレナは腰を曲げて俺の耳元で囁いた。


「ヴィルなら、いいよ」


 ……

 …


「はっ!」


 目をぱっちりと開くと、そこにはエレナの顔ではなく見慣れたベッドの天蓋だった。


「夢か……」


 またしても変な夢を見た。昨晩同調のこと考えすぎたせいか。


「くそ!罪悪感が半端ない……」


 不可抗力とはいえ、エレナを……夢であんなことさせたのに罪悪感を覚える。彼女が自分のことで悩んでいるのに俺がこんな夢を見てしまうなんて。本当に笑えない……。


「夢にも出てしまうほど、魅力を感じちゃっているんだよね」


 だって可愛いし、小柄なのにその……ギャップを感じさせるし、何よりきれいなオッドアイはいくら眺めても飽きない。


 ……。


 何を考えているんだ!弱みに付け込む人間になりたくないと決めたんじゃないか。邪念はさっさと捨てなきゃ……。


 平常心に戻ろう。


「……顔を洗って来よう。お風呂にも入って着替えなきゃ」


 これ以上悩んでも仕方がないと考えるのをやめて、俺は波乱万丈な一日が始まる予感がしつつ洗面所に向かったのだった。

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