不安定な力(前編)

 長い夢を見ていた。とても遠い過去のことを。


『よ、随分暴れたんじゃないか。団長がメインターゲットをアッシュにやらせなくてよかった。燃えて灰になっちまったら身元証明にならないからな』


 これは……冒険者時代、一時傭兵団に入っていた頃の夢。どこの国同士で戦争やっていて、冒険者より儲けるから傭兵として戦場に出ていた。


 男が差し出した腕を治癒魔法で治した。


『やっぱすごいなお前、拒否反応強い俺も治せるとは。確か前はメイジやってたっけ』


 俺はこくりと頷いた。


『んじゃなぜ剣士になった?治癒魔法使えるなら教会にでもいけば生活に困らないだろ?』

『治癒だけじゃ守れないから』

『そうか……そうだな』


 男は俺が大事に抱えている剣を見た。


『お前が肌身離さず持ってるその剣、大事な人の遺品とか?』

『恩人の剣』


 男は暫し考えると、また口を開いた。


『とっておきの魔法を教えてあげるぜ』


 男は虚空から矢を取り出した。


『亜空間魔法だ。霊体を拡張して物をそこに収納する魔法。便利そうだが収納している間魔力を消費するから魔法使いはこの魔法を好まない。魔力回復率を考えると大抵の人プラマイゼロで収納できる武器は長剣2本くらい。でも俺みたいな弓使いなら——』


 彼は愛用の弓を構えて素早く3連発を撃った。矢を全部狙い通り当てた。


『この通り矢筒使わない分、連射速度が上がる。他にも武器を切り替えて戦うスタイルがあるらしいが、上位魔法使えて武器も複数精通している人間少ないからあまり確立されていない戦闘スタイルだな』


 そして男が俺に振り返る。


『いつも剣を抱えるよりはいいんじゃね?それにお前の体質にはこれがうってつけだ。だって限界を越えるとイライラするだろ?最終的にはこういう抜け道頼らずちゃんと制御した方がいいがな』


 数日のことが夢では一瞬のように過ぎた。彼に教わって収納魔法を習得していろいろ楽になった。


『アッシュ、お前には夢がある?』


 焚火の前に弓使いの男と会話を交わしていた。彼の手には手記らしきものがあった。


『俺はなあ、ご先祖様が残したこれを読み解きたいんだ。だから学校に行くための金を貯めてる』

『僕の夢は……人を守れるように強くなりたい』

『いやお前はもう十分強いけど……。まあ、騎士にでもなれば?思い出したんだがお前の持ってる剣、東にある国の騎士団制式剣だぜ。国の名前はなんだっけ。ソラなんとか……。豊かな国と聞いたから俺も学問に励むならそこがいい。アッシュも一緒に行こうぜ』

『騎士か……悪くないかも』

『じゃ約束だな。アッシュ』


 しかし、約束は果たされることがなく、彼は夢破れた。


 西の帝国との戦争で連合軍に雇われたが、帝国が雇った傭兵に待ち伏せされ、分断されて壊滅した。なんとか目の前の敵を討ったが仲間と合流した時はもう生き残りはほぼいなかった。


 血まみれの彼を抱えて治癒魔法を何度も掛けた。


『無理だこりゃ……霊薬でもなきゃ治せねぇ……』

『諦めるな!逝くな!』


 外傷を治しても致命傷は治せなかった。命の灯火がゆっくりと消えていった。


『僕との約束は!?』

『そうだな……これをお前に託すか……』


 虚空から出現して渡されたのは彼が大事にしていた手記だった。


『どうか……俺の夢を守ってくれ』


 それを最後に彼は息を引き取った。霊体が霧散したからか、彼の隣に魔法で収納されていた矢がたくさん転がっていた。


『また大事な人を守れなかった……』


 目立たない墓を作り、彼と散った仲間を埋葬した。そして彼の手記と弓を魔法で収納した。


 悲しみと悔しさは次第に怒りに変わり、ついにつまらない復讐劇が始まった。


 戦況はもう決まって終息に向かいつつ、話し合いの段階に入った。敵対傭兵団もまた勝利に浮かれて宴を開いていた。しかし、宴を楽しむ彼らを待っているのは地獄絵図だった。


 夜深く、酔いつぶれた傭兵たちは雑に寝転がり、油断しきった。その時、流星雨が降ってきた。いや、俺が降らせた。戦友が愛用した弓を手に、無数な矢を降らせた。得意の炎魔法も纏わせて……。


 阿鼻叫喚する軍営に突入して、指揮官のテントに一直線走った。上手く武器を召喚と収納を使いこなし、近づく者は切り伏せ、狙ってくる弓兵は弓矢で返り討ち、そして傭兵の指揮官をあっさり討った。


 一夜で傭兵軍営は灰と化して全滅、後にこの事件が『アッシュストーム』と呼ばれた。


 大手傭兵団長の息子を討ったから俺はそれからしょっちゅう狙われるようになった。冒険者をやりながら何とかソラリス王国の辺境まで来たが、まさか50人ほどの追手が来ていたとも知らず……。


 囲まれる前に森に逃げ込んで、追手を各個撃破した。そして力尽きた俺は燃え尽きた森で横たわっていた。大事な剣と弓を抱えて、飛び交う火の粉と灰色の空を眺めた。


『国境近くに傭兵の集団が変な動きをしていたという知らせを受けて来てみたらこの惨状か……』

『うげ、血生臭い』

『マルク副隊長、生存者を発見した』

『この子、弓と剣を抱えている。傭兵たちを討った?……っ!しかもこの剣、ソラリス騎士団の剣じゃないか。まさか騎士を!?』

『落ち着け、柄をよくみろ、そいつは旧式だ。最後配給したのは10年前だ』


 足音が近づいてきて、俺はあの世からの迎えが来たと勘違いして、騎士に手を伸ばした。そして手を握られるのを感じた。


『お父さん……迎えに来てくれたの?』

『くくっ、まさかのマルクが父親になるとな』

『おい、冗談は止せ』


 騎士は俺と向き合い、優しく頭を撫でてくれた。その感触で自分がまだ生きていると分かった。


『君、名前は何だい?ここで何が起きたか教えてくれる?』

『……アッシュ。ソラリス王国を目指していたけど敵対だった傭兵団に襲われた』

『一人で数十人を……。まさか最近噂の凄腕の剣士はこの子なのか。副隊長、どうする?』

『さすがにこんな人材を放っておくわけにはいかない。騎士団に連れ戻そう。私が面倒を見る。アッシュもそれでいいな?』

『うん。……騎士になったら人を守れるよね?』

『もちろんだとも』

『それにしてもアッシュか』


 森の惨状を見回す騎士が呟いた。


『私も思った。騎士にするならもっといい名前を付けないとな。騎士団に戻ったらみんなで考えよう』


 そして俺は王都ソルスターに着き、騎士団に入ってヴィルヘルムになった。アッシュはあの日燃え尽きた森と共に消え去った。


 ……



 懐かしい夢を見たせいかまだ日は昇っていない時間に起きた。


「あいつのこともあるかもしれないが、エレナの夢を応援したい理由はそれだけじゃない気がする」


 きっかけの一つではあるがもっと別の感情もあるような。気持ちの正体をなかなか掴めない。起きたばっかり頭がぼんやりするから考えることをやめた。


「久しぶりにそれやるか」


 庭に出てすべての武器を召喚した。盾、鈍器、投げ剣、槍、斧、双剣、弓矢、そして長剣。すると魔力が溢れてくるのを感じる。


 生まれつきの体質が厄介だ。魔力が異常な速さで回復し、その上肉体への負担を構わず止まる所を知らない。片方の性質を持っている人はたまに見かけるが、両方だと珍しいようだ。


 そのせいで苦労してきた。魔力が溜まりすぎると動悸など体が不調になり、集中力が低下し、落ち着きを失うことになる。最終的には魔力制御に乱れが生じて魔力暴走が発生する。


 だから俺は収納魔法で異常な魔力回復率を相殺している。魔力は多いことに越したことがないがこの体質は管理が大事なのだ。


 具合が悪くならないように余る魔力を放出する。


「ん?快適範囲が伸びたような」


 いつもなら体に異常が出始める魔力量なのに何もなかった。


「器の成長か……そういえば前やった時は遠征途中だったな」


 人はいろんなことを体験して成長する。元から器が大きいジルバルドとクリスティーナだって成長したはずだ。


「そういえばエレナはどうなっているんだろう。魔力制御が上手く行かないのは経験か、体質か……」


 心が豊かになることも成長に繋がる。音楽を聴いたり、踊ったり、美味しい食事を取ったり、心を満たす行為だって大事なのだ。エレナにはこれが欠けている気がする。


 一番早いのは制御する感覚を掴ませること。治癒魔法ができる俺の魔力は拒否されにくい性質だから制御の手助けはできるはずだ。


 そうする前に、まずはちょっとした実験に付き合ってもらって調べさせてもらおう。




 エレナと錬金術師ギルドまで来ている。この一週間いろんな依頼を完遂させたがほぼ赤字だった。それでも実績になるので彼女の為にはなったはず。


「こんにちは、ミユキさん」

「こんにちは、エレナさん。今日はヴィルヘルムさんもご一緒ですね」

「ああ、一週間ぶりか。基本的にどんな依頼を受けるかはエレナに判断を任せているが今日は選ばせてもらう」


 今までやってきたのは金属系の納品だが、そろそろ別のことをやらせないとな。実験のためにも。


「どんな依頼がご希望ですか」

「そろそろポーションを挑戦させたくてな。大量に納品する依頼はないか」

「ポーションですね。ちょっと確認します」


 ミユキを待っている間、不意に袖が引っ張られた。


「ヴィル、ポーションを調合するには新しい道具が要ります。私はしばらく金属系の依頼で大丈夫です……」

「出費を気にするな。これもエレナのためだから」

「私のため?」

「後で分かる」


 この一週間作業ぶりを見てエレナの魔力制御について仮定はあるがちょっと確かめたい。


「お待たせしました。回復薬濃縮液の依頼がいくつあります」

「濃縮液?ポーションじゃないのか」

「はい、運びやすいですし、需要に応じていろんなグレードに薄められます」


 ちょっと参ったな。エレナにやらせたいこととはちょっと違う。


「濃縮液じゃなくてポーションの依頼はないか?大量納品するやつ」

「んー、そうですね。需要を予想すると代わりにBグレード回復薬200本の依頼を出すことは可能です」

「いけるか。エレナ」

「は、はい。いけます」


 少し緊張しているように見えるけど、もしかして苦手かな。


「それじゃミユキさん。材料と道具も頼む」

「かしこまりました」


 ポーション調合道具一式と材料を注文した。しばらくしてミユキは確認の書類を持ってきて、俺は最終確認してサインをする。


「申し訳ありませんが、ポーションの材料在庫はこれで最後です。次の入荷は来週になりますが……」

「分かった。大丈夫、他にも当てがある」


 入手しやすい材料だし足りない分は冒険者ギルドで依頼を出せばすぐに集まる。


 外で昼食を済ませて屋敷に戻った。材料が届くのを待っている間エレナにポーションの製作について確認する。


「あのBグレード回復薬の作り方はどういう感じ?」

「今回は純化レシピを使いますから材料を混ぜて溶液にして錬金術で薬効を高めれば完成です」


 錬金術の工程は一つだけか。となると変数は少なくて済んで助かる。


「200本を作るって大抵どれぐらいの時間がかかる?」

「下準備が終わればあとは一度10本くらい一気に純化するから今日中に終えられます」

「いつもそういう感じで?」

「はい」

「じゃ今回の依頼はこうしよう」


 エレナに実験内容を伝えた。


 ポーションの純化は一本ずつ。一日100本まで。そして今日は髪飾りを付けず、明日は付けるようにと。そして順番に成功か失敗か記録すること。


「この髪飾りですか」

「ええ、マナ調和という効果があって。それの有無がエレナの魔力にどう影響するか知りたくて。」

「薄々勘付きましたが、やっぱり成功率が上がったのは私の実力じゃなくて髪飾りの効果のおかげですね……」


 エレナは気を落とした。やはり実力のことで気に病んでいる。


「エレナの知識は本物だろ?」

「でも実技が伴わない知識じゃ錬金術をやっていけません。私は筆記試験満点取れたのに実技試験5回も落ちました……」


 ぶるぶると身を震わせて、今も泣きだしそうだ。


 考えるより先に体が動いて、エレナの頭に手のひらを乗せた。


「すごいじゃないか筆記試験満点って。それはエレナが一生懸命頑張った証拠だぞ」

「でも……」


 褒め方がへたくそなのは分かっている。それでも一人でも多く彼女のことを認める方が大事と思えてきた。


「それに、もし本当にマナ調和で成功率が上がるとしたら、裏を返せばエレナはまだ伸び代があるとのことだ。エレナの力を伸ばす方法は俺が調べるから、そのための実験を協力してくれないかな?」

「……うん、分かりました」


 落ち着きを取り戻したエレナは頷いてくれた。


「でも、今日は作業を見ないでくださいね」

「え、それはなんで?」

「せっかく贈ってくれた髪飾りを付けないなんてヴィルに失礼と言うか……」

「別にそこまで気にしないが」

「私が気になるの!……です」

「わ、分かった。でもティータイムの時は呼びに行く。エレナは放っておくと休憩しないから」


 これでエレナの魔力について調べる実験が始まったのだ。

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