王都ソルスター編

現代錬金術の基本(前編)

 昼下がり、俺はエレナと一緒に工房に入った。エレナの初仕事をこの目で見たくて。


 詳しい説明を受けていないが、今朝魔力伝導材を作成したことで依頼を受ける準備が整えたらしい。そして朝食後、屋敷から飛び出たエレナについていき、錬金術師ギルドですぐにできる依頼を受けた。


「すでに鍛冶ハンマー持っていますし、材料もギルドの在庫にありましたからこれにしましょう」

「活性化ミスリルインゴット?」

「はい、普通の鍛冶師でも簡単に扱えるように加工したものです」


 ミスリルは扱いが難しくて普通な鍛冶師が簡単に手を出せないものだ。


「となるとシルバーランクの仕事か」

「その通りです。よく覚えてくれましたね」


 ちゃんと覚えたからか。エレナは嬉しそうだった。


 最初会った時彼女が言っていた。シルバーランク錬金術師が作るものは他の生産職も利用できる中間材料がよくあるとか。


 ギルドでそんな会話をして、その後俺たちは外で早めの昼食を取り、屋敷に戻って今に至る。材料もちょうど先程届いた。


「材料を運んでくれてありがとうございます」


 重たい材料を難なく運んだ。彼女も身体強化が得意だから大丈夫だけど俺はちょっとだけ格好つけたいというか。まあ、せっかく見学に来たし。


 工房を使うから当然彼女はあの工房着になっていて、俺はやはり目のやり場に困る。誤魔化すように視線を彼女の胸元から髪に移した。


「そういえば朝から付けていたな。髪飾り」


 今日も髪飾りを付けてくれている。贈った側として嬉しくないはずがない。


「大事に使うと言いましたから。それに今はもうこうした方が落ち着きます」


 微笑みながら確認するように髪飾りをそっと触れる仕草についドキってしまう。


「始める前に何か気になることがありますか」


 実は見学しに来たのは工房の運営や助言のためにも俺はある程度錬金術の仕事内容を把握しないとならないと思ったからだ。知識がなくても他の経験を活かす可能性があるし。


「そういえばギルドで依頼リストをちょっと見たけど、ブロンズランクの依頼って他の生産職と大した違わない内容だったな。そもそもブロンズランク錬金術師はどういう扱いなんだ?」


 それを聞かれてエレナは胸を張って得意げに笑った。


「よくぞ聞いてくれました。錬金術に興味を持ってくれるようですし錬金術の歴史と現代錬金術についてお話ししましょう!」

「お!よろしく頼む」


 数日経ってエレナは心が開いて大分明るくなってきた気がする。慣れもあるが今のやりとりで彼女はいかに錬金術が好きなのが分かる。そしてまた夢を追えることが心の支えになったと思う。


「大昔、人々は最高の武具を作るために究極の金属を、永遠の命を手に入れるために不老不死の霊薬を求めていて、それぞれ錬金術と錬丹術と呼ばれたのです」


 カズミや落月国の辺りに錬丹術という古の学問があったと聞いた。今は代わりに現代医学や薬草学があるからそれが廃れた学問になっている。


「その他にも永遠に崩れない建物とか、食べ物を永遠に保存できる方法とか、様々な無理難題を解こうとしていました」


 現代木造建築は古代より長く持つし、食品保存技術もよくなっている。完全ではないにしろ、古人の努力は無駄じゃなかった。


「時代が進み、錬金術がいろんな学問を取り込んで複雑になりましたけど、知識と探究心は錬金術のルーツなのです」

「ブロンズランクはその名残とでも言えるかな」

「はい、まだ魔法が発達していない古代の錬金術師は知識のみで難題と向き合っていましたので、その心構えを持つ者がブロンズランクの資格を得られるのです」

「魔法を使わなかった時代の錬金術か……」


 そうすると——


「魔法が発達してきて、錬金術にも応用しようとしました。それで最初生まれたのは魔法鍛冶のようです。魔法の炎で加熱する部分を指定したり、極めて熱い炎で金属を切断したり、いろいろ試し始めました」


 炎の精霊を崇拝する鍛冶師は、炎の魔法がそれだけ便利なのだな。魔法の才能は仕事の効率と製品の品質に直結するし。


「あれ、でもエレナは加熱炉を使うんだね」

「わ、私は魔力をもっと大事な魔法に使うんです。それにフェニックスマーブルは便利な魔道具で指定温度まで加熱する優れたもので、魔力を節約できます」


 目を泳がせて差し出したのが丸く赤いもの。表面に『800度』と書いてある。


「そう!シルバーランクはただ魔法を使うのではなく、物質を操る魔法を使うのです。そこまでは間接的に魔法を使って世にある物を干渉してきましたが、とある時代に直接物質を干渉する魔法が生まれました。それこそ石を金に変えられる魔法なのです」

「それだと錬金術師みんな石を貴金属に変えればいいじゃないか」


 と言いつつ、自分も希少性についてちゃんと理解できている。金が希少性を失ったら価値も失う。でも歴史にそういう事件がなかったからきっと他に何か理由がある。


「魔力をすごく消費するんですよ。物質変換は物によって消費量が違います。例えば銀から金は石から金より魔力消費が低いのです」


 魔力を絞り出して金を生み出しても大した量にならないか。


「それに、同じ魔力量を使うなら役に立つアイテムを作った方が儲けます」

「それだけ効率が悪いんだね」

「ですから、物質操作するなら、同じ物質のままちょっと違う状態ぐらいにします。例えば材料なら純化や活性化して、薬効成分なら効果を高めたりします。後は薬調合など、二種類以上の材料を混ぜて分解再構成すると新しい効果を発見する場合もあります」


 エレナは熱を入れて解説してくれている。目を輝かせているようにも見えた。


「でも錬金術師は貴金属を自然にない金属に変換することもありますね。どれも不安定で扱いが難しくて安定化するには知識と技術が問われますが」

「なるほど、物質操作するのがシルバーランクの証みたいなものだな」


 それよりさらに上位のゴールドランクは雲の上の存在というイメージがしてきた。彼らしか作れない錬成品だとか。彼らしか扱えない材料だとか。


「そして、錬金術がさらに発展するきっかけは二つでした。一つは魔法が発達するにつれて、新しい課題ができました。それが人を介さない魔法の発動、あるいは魔法を定着することです」

「そっか、欠損すら直す治癒術を再現したのが霊薬ということか」


 俺が古代人なら真っ先に治癒術を再現したがるだろう。


 ただでさえ異質魔力拒否反応で他人を魔法で治癒するのが難しい。さらに欠損の場合、肉体と共に失った霊体を再構成する高度な治癒術が出来る人間はごくわずか。ちなみに斬られた腕などならくっつけばそこまで高位な治癒術じゃなくても治せる。


 そういった奇跡の力を持つ者は聖人と聖女と謳われる。かつては権力のために利用されることが多かったけど、今は霊薬のおかげで大分マシになっていると歴史書に書いてあった。


「範囲持続魔法や結界魔法の発生装置とかもですね」

「例えば冷蔵庫のあれだな。便利なもんだよね」


 冷蔵庫自体も高いけど、定期的に魔石を補充しなければならないからお金持ちや飲食店じゃなきゃ気楽に手を出せるものじゃない。


「それを可能にしたのが二つ目のきっかけ、物質操作魔法を改良する時偶然発見した物質の特性を操る技術です。物質を変えれば当然特性も変わりますけど、この技術によって特性だけ操作できます。例えば、光を吸収する光吸石の特性を、吸収と放出できるように変え、その特性を人工水晶に移してランプを作ることができます」

「それってやっぱり制限とかあるのか。魔力消費とか」

「その通りです。元の特性から懸け離れるほど消費が大きいですし、不安定になって特殊の素材に移す必要も出てきます。前言った自然に存在しない不安定な物質だけど、不安定な特性を宿すとお互い安定化する場合もあって、錬金術は本当に奥深いです」


 そうやって特性を操ることでゴールドランク錬金術師は魔道具などを作っているらしい。


「ちなみにごく一部のゴールドランク錬金術師は素材の力を借りず、好きなように特性を作って道具に付与することができると聞きます」


 エレナによるとそれができる錬金術師はこの大陸に数十人くらいしか存在しないらしい。


「それがエレナが目指すゴールドランク錬金術師か」

「ど、どうですか。やっぱり身の程を弁えない夢ですか」


 彼女は恐る恐る上目遣いで聞いた。


「そんなことないよ。むしろ夢は大きい方がいいとよく言われている。いいじゃないか。頂点を目指しても」

「さ、さすがに頂点は目指しませんようぉ」


 ゴールドランクになる道のりがどれだけ険しいか彼女自身しか分からないだろうけど俺は見える障害でも取り除いてあげられたらいいなと思った。


「さてと、始めるとしましょうか」

「おう」


 そのためにも彼女と、彼女の錬金術への理解を深めたいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る