契約締結,そして新生活(後編)

 昼食後、エレナと錬金術師ギルドに向かって肩を並べて歩く。そういえばこうして一緒に街を歩くのは初めてだ。

 時折肩と上腕が触れてしまい、つい彼女の横顔を見たのだが、長いまつ毛の下には緊張を隠せない瞳だった。


 よく考えると彼女はこの国に知り合いと呼べる人間ってまだ俺だけだよね。それでこの距離感かもしれない。

 緊張の方は、やっぱギルド登録だろうか。冒険者は下位のうち身元とか聞かないから大丈夫として、錬金術師ギルドは分からない。


 あれ?俺も不安になってきたぞ。もっと書類を揃えて出直してこいと言われたらカッコ悪いじゃないか。


 商会オフィスや各ギルドがある区画に入り、程なくして錬金術師ギルドに到着。


「きっと大丈夫さ」

「うん」


 そう自分に安心させるように言って俺たちは中に入った。


「いらっしゃいませ。今日はどういったご用件で?」

「錬金術師登録、彼女の」

「そのブローチ……本国のギルドが発行したものではございませんね。そうなると……。そうそう、推薦書はお持ちでしょうか」


 すぐにブローチを見つけて事をすんなりと運ぶギルド職員。

 冒険者ギルドの方はもっと適当な人が多いよね。錬金術師は新人でもプロでしっかり者だという印象を受けた。


「あの、すみません……」

「問題ありません。その場合は保証金をいただければと」


 職員の話によると、保証金は依頼失敗の賠償などに使われるらしい。それと実績を積んで資格を認めてもらえば返してもらえる。


「ちなみにどれくらい?」


 俺は早速具体的な内容を聞いた。そして職員はハンドジェスチャーで『五』を示した。


「五、五万ソルでしょうか」


 おどおどしながら尋ねるエレナ。

 違うぞエレナ。こういうのって大抵——


「五十万ソルでございます」


 だよね。平民の数年分の給料になるのだが話の流れ的にそれくらいと予想はついた。


「ご、ごじゅう……」


 ふにゃと脱力するエレナをなんとか支えた。


「おい。しっかりしろ。これくらい払えるさ」

「でも……!でも!」


 これ以上迷惑かけたくないと言いたげに目を泳がせるエレナだが、面倒を見ると決めたのだ。これくらい先行投資と考えればいい。


「察するに貴方は彼女の保証人になる方でしょうか。もし商会長や貴族の方でしたら保証金が安く済みます」


 さすがに無料にはならないか。錬金術師の世界は厳しいのだな


「男爵ならどれくらいになる?」

「えっと……、25万ソルになります」


 まあ、元から使いきれない金貰ったのだから保証金が半分になったところで誤差程度だけど、ありがたい。


「ふむ。全然問題ない」

「それでは登録用紙をお持ちしてきます。必須項目を記入してください」


 応接スペースに案内され、登録用紙とペンを渡してくれた。

 しかしエレナは手を動かず震えている。


「ヴィル、ごめんなさい。貴族の保証人がいてもお金かかるなんて知りませんでした。騙したわけじゃないんです……」


 安心させるようにそっとその手を握る。


「心配はいらない。俺と契約したんだろ。錬金術師の費用は俺が払うと。それにエレナは言った。ゴールドランクになって恩返しするって。俺は契約を破らないからエレナも約束を守ってくれると嬉しい」


 別に見返りがほしいから契約したわけじゃない。なぜだろうか。エレナには振り返らずに夢に向かってほしいと思っている。


 その手は不意に震えが止まった。そして意を決したようにペンを取って走らせる。


「そうですよね。今のことばっかり考えてないで未来のことも考えなくちゃ!ゴールドランクになったら今の何倍もすぐ返せますから」


 闘志を燃やす彼女を見てホッとした。根っこは真っすぐな子だから障害を取り除いてあげたらどこまでも走っていけるだろう。


「残りは保証人の項目です。ヴィル、お願いしもいいですか」

「ああ、任せろ」


 ぱっぱと記入した……のだが、一つエレナの個人情報が目に入った。それが気になってしょうがない。


「エレナ……お前、今24歳なんだ?」

「だから大人ですってば!それに今年で25歳になります」


 低い身長と幼い顔でよっぽどコンプレックスになっているだろうか。エレナは頬を膨らませて不満を示した。


 それにしても彼女が一つと少し上だなんて……。


「いやすまん。別に子供扱いしたわけじゃないよね?大人って言っても年下だろうと……」


 言いながら改めて事実と向き合う。


 エレナは大人でお姉さん……?


 ——お姉さんに任せて……。


 今朝の夢を思い出してしまった。つられて昨夜のこともまた脳内をよぎった。そのせいで顔が熱くなったと感じる。


「……あれ、それを言いますとヴィルは——」

「23歳」

「えええええええ!?」


 彼女も彼女で驚いた。


「30歳くらいに見えた?」

「ち、違います!ヴィルは若く見える20代後半と思っただけです!だってヴィルは成熟した男性で初めて頼もしいと思った男ですから!あっ……」


 熱弁したエレナもまた顔を赤くする。

 何なんだこの状況は。


「わ、私、この登録用紙を提出してきます!」

「あ、ああ」


 ぼんやりとエレナの後ろ姿を見つめた。


 そして落ち着かないまま彼女が戻ってきた。知ってしまったらどうしても謝らなきゃならないことがあるので今のうちに言わないと。


「あのね。エレナさん」

「……」

「この前は年下と思って頭を撫でてしまってすまなかった。これからはちゃんと年上の女性として扱うから」

「……やです」


 しかし彼女は謝られてむしろ切なくなった表情がした。


「いやです。今までがいいです」


 ん?どこかで間違えた。ちょっと頭の中で情報を整理する。


 取り乱してしまって察せなかったというか。おそらく不満を示したのは俺が

 子供扱いしたことではないかという誤解のせいだ。

 この二日間のことをよく思い出してみると、大人のアピールをしても頭撫でられることに嫌がる素振りはしなかった。俺のことを頼もしい男と思ってくれた。

 そして彼女の家の事情。愛情を注いでくれない父親と腹違いの弟。


 総合するとエレナは兄のような人がほしいのでは?それならお安い御用だ。


 結論が出ると行動に移すのはあっという間だった。


「じゃ今までのようにする」


 行動で示すように手を伸ばして頭を撫でる。何度もやったからもうすっかり慣れてしまった。


 やはりどこか嬉しそうに受け入れてくれる。その姿は全然年上のように見えない。まあ、年齢なんて関係ないか。

 複雑な女心と複雑な家の事情が相まって、どうすれば正解なのかは簡単に分からないが、ゆっくり模索すればいい。まだ二日目だから焦らずやっていこう。


「おお、お熱いですね!」


 先と別の女性職員が書類何枚を持ってやってきた。


「やっぱ貴族の保証人ってそういうことですね!ラブな関係を求めていますね!」

「ヴィル、やっぱり?」


 エレナは顔を赤くして俺に確認する。


「この人がからかっているだけだぞ」

「えぇ~ 小説とかなら貴族様がこんなことやあんなことをさせたりしますのに」

「フィクションと現実を混同するなって!」

「現実をベースした創作もあると思いますが」


 ……一理ある!貴族なら権力や金で好き勝手やるイメージがあるって俺だって前から思っていた。でも!


「でも俺は違うって。別にそういうつもりで助けたわけじゃない」

「そうです!ヴィルは誘惑されても動じませんでした!…………あっ」


 エレナ……。


 自爆した彼女は両手で顔を覆ってしまう。それほど恥ずかしがるエレナは初めて見た。ちょっと面白い。


 そして俺は職員さんからの『こんな可愛い子が誘ったのになぜやらなかった!?このヘタレ!』という視線に刺されている。それに対して俺にも理由があると必死に視線で訴えた。


「失礼しました。それじゃ気を取り直して……。あたしはミユキ・ミカワ。エレナさんの担当職員になる者です。どうぞ気楽にミユキとお呼びください」

「よろしくお願いします。ミユキさん」

「和風の名前だな。ミユキさんは和の国出身なのか」


 この国に合わせてファーストネームを先にするが響きからして和の国の名前だった。


「カズミという国の出身です。火の源泉でカズミ」

「ああ、あの巨大火山湖にある島国」


 この国から南西方向にあり、地理的に隣接していないし牽制してほしい国とも隣接しない特に利害関係のない国だ。


「よくご存知ですね」

「カズミ産の米はすごく美味いからね。落月国の米も捨てがたいが」

「あはは、気に入ってくれて嬉しいです」


 料理によって違う米が最適解になるからどっちも輸入している。国産米もあるがやはり水質と土の差で及ばないところがあるため安さだけが取り柄だ。


「あたしのことより彼女のことですよ!エレナさん、その目でユトリテリアでは大変だったでしょう……」


 そこでミユキさんはエレナに話題を振った。


 ユトリテリアって確かカズミの西に位置する国。そこがエレナの出身なのか。年齢が衝撃的すぎて他の情報が頭に入らなかった。


「いじめられて、疎まれて、あげく家を追い出されましたけど、こうして素敵な国に来られて優しい人と出会えましたからもう気にならなくなってきました」


 エレナは穏やかな表情で言いながらそっと髪飾りを触れた。昼食の時はその仕草のこと深く考えなかったが、マナ調和効果のおかげで安心感を覚えられるのだろうか。それなら最近で一番いい買い物をしたかもしれないな。


「なるほど、そうですね。今が幸せならオッケーです」

「ミユキさんはユトリテリアのこと詳しいのか」

「いや全然、だってあの国カズミとほぼ交流しませんもん」


 山で隔てられるとはいえ、隣国と交流があってもいいんだが……。


「カズミには黄玉の一族がいましてね。皆目が琥珀色なのですよ」


 あー、話が見えてきた。交流しようとして黄玉の一族のことで揉めただろうな。


「だからそのことだけは知っているんだね」

「でもあたしもこんなきれいで煌めく金色の目はじめて見たかも。エレナさんの担当になれてよかったです。会うたびにお宝を拝める気分です!」


 分かってくれている!ミユキとはいい友になれそうだ。


「あちゃ~ 雑談しすぎました。そろそろ本題に移さないと怒られちゃいます」


 そう言って書類をテーブルに広げて見せてくれた。


「細かいガイドラインやギルドのルールとか書いてありますので家で熟読してください。一つ大事なことをお伝えしますと、エレナさんは保証人がアルゲンタム様で彼の工房を使いますので作品はすべてアルゲンタム工房製になります」

「はい、問題ありません」


 貴族や商会長が保証人になることで工匠の作品に価値がつくのはよく聞く話。つまりエレナの作品を手に取る人は俺の名を信じるからだ。


「それじゃ料金を確認していただいて、問題がなければサインをお願いしますね」


 明細書を確認してサインをしようとして——


「あれ、保証金に間違いがある」


 なんと無料になっている。ミスったのかな。


「いいえ、これはギルド長の指示です。アルゲンタム様なら保証金はいらないとおっしゃいました」

「ヴィル、ギルド長とは知り合い?」

「いや、会った覚えがないんだが」


 言っちゃなんだが、アルゲンタムの名はおそらく末端貴族より顔が利くだろうけど。それにしても妙だ。直接挨拶して聞いてみたい。


「ギルド長に会ってお礼がしたい。今は大丈夫か」

「それですが、ギルド長は今王宮の仕事で忙しくて」

「え、じゃどうやって」


 ミユキは天井の角に指さした。そこには金属と水晶で作られた丸い装飾品があった。


「監視眼です。ギルド長が作った魔道具で遠隔でこちらの状況を把握できます」


 そして手紙の魔道具の類で連絡か。


 当たり前のことだけどギルド長は錬金術師で上位のゴールドランクのようだ。その監視眼の魔道具に興味を持つ王宮はそれでギルド長を招いたとか。


「やっぱ俺はそんなすごい人と会った覚えがないな」

「あたしも分かりませんので……」


 仕方ない。会うのはまた今度の機会にしよう。


 他に問題なかったので俺たちは書類にサインをした。結局ありがたいことに料金は登録費の5000ソルだけで済んだ。


「ミユキさん、材料などはギルドを通して買えますよね」

「はい、本ギルドと提携する商会がいくつありまして、ギルド価格で安くお買い求めできます」

「ヴィル、すぐ必要になるものを買ってもいいんですか」

「もちろんだ。遠慮はいらない」


 そしてエレナは必要なものをリストでまとめてミユキに提出した。あとで屋敷に請求書を送ってくるそうだ。


「では改めて、今後ともよろしくお願いいたします。アルゲンタム様、エレナさん」

「長い付き合いになるんだ。ヴィルとか気楽に名前で呼んでくれると嬉しい。これからもよろしく、ミユキさん」

「分かりました。ではヴィルヘルムさんとお呼びしますね」


 まあ、仕事場で気楽に呼ぶのはこれが限界かも。それでもアルゲンタム様よりはずっといい。


「これからよろしくお願いします。ミユキさん」


 お礼を言って錬金術師ギルド後にし、次は冒険者ギルドに向こう。と言ってもギルドが集中する区画なのですぐそこだった。


「冒険者も登録しますか」

「一応ね。やって損はないから。本命は依頼主の登録だが」

「なるほど、珍しい材料は依頼を出すことで入手できますね」


 入手経路は多いことに越したことはない。最終手段として自ら探しに行くことも視野に入れておかないと。


「エレナは武器や魔法何か使える?」


 確かシルバーランクの錬金術は魔法を使うと言っていた。なら中級魔法くらいできるのだろう。


「弓、弩と銃は使えますが実戦経験はありません。鍛冶でよく使いますので身体強化は得意です。あとファイヤーボールとヒールを使えます」


 身体強化と初級魔法二つ……。錬金術全振りか。さすが箱入り娘だ。


「よく一人で異国まで来られたな。護衛も雇えないのに無茶しすぎだろ……」


 独りで旅する女性って格好の標的だろうに。


「私は運が良かったかもしれません。盗賊どころか魔物も遭遇しませんでしたし、野獣はイノシシくらい出くわしました」


 ちょうど主要道路の巡回強化している時期のおかげかもしれないがソラリス王国の国境外は相変わらず危険だ。


「エレナは幸運の女神に愛されたかもしれないな」

「ヴィルと出会えましたし、案外そうかもしれません。えへへ」


 俺との出会いはエレナにとってそれほどの幸運だったらしい。しかしそうストレートに言ってくれると恥ずかしいよな。


「今はまだ実力不足ですが、いずれレア素材採集できるように戦闘能力も鍛えないといけません。素材調達能力も錬金術師実力の一部ですので!」

「そうだな。その時は俺が鍛えてあげよう」


 そうやって雑談を交わすと冒険者ギルドが目に入ってきた。


「おい、そいつ灰色の七変化じゃね?」

「騎士を引退したと聞いたし冒険者に復帰かしら」

「連れの子可愛くない?」


 中に入るといつも活気があふれている冒険者ギルドがさらに騒ぎ立てた。


「注目……受けていますね」


 エレナは気圧されて体を縮こまらせた。


 情報の交換に共闘の勧誘など、交流できる場所を提供する冒険者ギルドは酒場も兼ねている。そのため、昼から夜までいつも賑わいている場所である。

 どうやら彼女はこの雰囲気に慣れていない。その上注目を受けていると恐縮にもなる。


「あら、ヴィルヘルムさんじゃないか。今日はどのようなご用事で?」


 ギルド職員兼酒場スタッフのお姉さんが出迎えてくれた。名前はたしか——


「メイさん、この子の登録をお願いしたい」

「わかった。んー、ここでは落ち着かないしギルマスのところに案内するね」


 注目されていることを察してくれてギルドマスターのところに案内されることになった。

 錬金術師ギルドのギルド長とは違い、こちらはちゃんと知り合いではある。


「ヴィル、久しぶりじゃないか!どういう風の吹き回しだ?」


 応接室に入るといきなりギルドマスターが挨拶の抱擁をしてきて咄嗟にそれに応える。


「久しぶり、カール」


 目の前は傷跡だらけの巨漢、『金剛の重拳』ことカールとは、騎士になってから知り合った。

 傭兵や冒険者歴がある俺は、度々橋渡し役を任されていた。そしてとある任務で冒険者と一緒に討伐任務に出て、まだギルドマスターになっていないカールと出会った。当時まだ気難しい俺とも容易く打ち解けたほどの人格者だ。


「く、熊さんだ……」


 戦々恐々ドアの後ろに隠すエレナがそういう言葉をこぼした。熊というよりオーガと思うが彼のイメージのために黙っておこう。


「なんだ?可愛い子連れてきて、さてはようやく彼女ができたと報告しにきたな?」

「そうじゃないって!登録しにきただけだよ」


 耳打ちしてそんなことを聞くカールに小声で反論した。まったくもう紅玉亭の店長さんといい皆俺をからかうのが好きよな。


「がはは、てっきりお前にもその日が来たとばかり。ていうかお前はそろそろ身を固めてはどうだ?」

「は?今まで騎士の仕事でそういうことを考える余裕がまったく——」

「今までは、だろ?」


 孤児だった頃から余裕のない人生だった。生きるために精一杯頑張って、ようやく冒険者になって傭兵になっても衣食住のことばっかり考えていた。そんな環境で同年代の女の子と遊んだこともなかった。騎士団に入ってからも立派な騎士に目指して余計なことを考えなかった。


 カールの言いたいことは分かっている。俺はもう騎士を引退したし。金に困らないまったりの生活ができる。


 しかしだ。同年代の女の子と遊んだことすらない俺は恋など詳しくないのだ。急に身を固めろと言われても困る。


 確かにジルバルドとクリスティーナのことを間近で見てきたけど、分かったのは恋の完成形。馴れ初めを聞いても自然にそうなったという答えで参考にならなかった。


「急に言われてもな。これからゆっくり考えるよ。そんなことよりはやく本題に入ってくれると助かる」


 逃げることを選んだ。今考えてもすぐに答えを出せないから。でもカールのおかげでいい意味で課題が出来た。時間をかければいずれ答えは出ると思いたい。


「そうだな。では嬢ちゃん。俺はカール、ギルドマスターだ。こいつとは長い付き合いだ。嬢ちゃんも俺のことカールと呼んでくれ」

「初めましてカールさん。エレナと申します。よろしくお願いします」


 呼ばれてビクッとしたけどエレナは部屋に入って頭を下げた。


「で、今日二人で来たのはつまりパーティーも組むのか」

「実はパトロネージュ契約でこの子の面倒を見ることになった。彼女は生産職——錬金術師をやっていて、円滑に依頼を出すためにあらかじめ依頼主情報を登録しに来た。冒険者はついでだ」


 そうだな。もし俺たちで素材取りに行くなら長期パーティーを結成した方が管理しやすい。


「んじゃ登録用紙持ってくから待っててな」

「あ、パーティーの登録も」

「オッケー」


 カールが書類を取りに行って二人になるとエレナは気になることを問いかけた。


「パーティーも作るってやっぱり依頼も受けますか」

「エレナはこの国の地理と動植物の生息地が詳しくないだろ?俺も魔物の対処法以外そこまで詳しくないんだ。だからギルドの情報を利用するわけ」

「そこまで考えてくれたんですね。でもそっか、私もこの国の地理と生態について知らなきゃ」

「頑張り屋さんだな、エレナは」


 褒めると素直に笑ってくれた。俺に妹がいたら日常でこんな感じのやりとりをするのだろうな。


「仲がいいなお前ら」

「ひゃぅん!」

「あまりエレナを驚かせるな」

「はは、わりぃ」


 書類を手にすっと現れるカール。

 図体の割に気配抑えるのが上手い。俺も間合いに入る直前ギリギリ察知できたくらいだ。


「冒険者制度の説明はヴィルがしてくれないかな」

「なぜ俺が?」

「細かい説明は苦手んだよ」

「はぁー」


 溜息吐いてエレナと向き合う。彼女は期待の眼差しで俺を待っている。


「大昔、冒険をする人々が旅の途中で人を助け、報酬を貰うことで路銀を稼ぐ歴史があった。危険を冒し、依頼を達成して報酬を貰う。それを系統化した結果が冒険者ギルドだ」


 つまらなそうなカールと真面目に聞くエレナ。平民など一般人は知っていることだが一応エレナ向けに詳しい説明した。


「その発展として無駄な犠牲を抑えるためにランク制度が導入された。実力に応じて引き受けられる依頼が制限されるようになった。現代だとSランクが最上位として、AからFランクで上位、中位、下位に分けられている」


 駆け出しは下位で簡単な依頼をこなし、実績を積んで上に登る。実力があればすぐに中位になるし、さらに経験を積むと上位になるとも説明した。


「嬢ちゃん、ヴィルの話を真に受けるんじゃないぞ」

「え、それはどういう?」

「こいつは軍にいて感覚が麻痺していると思うが、大抵のやつらはCランク止まりだぞ」


 た、確かに。ソラリス王国軍はみんなCとBランク相当の実力で騎士団と魔導士団はみんなAランクくらいだ。あるいは実力を持つ者が軍に入ったからかな?


「お前だってSランクのくせに俺を変人扱いするのやめろ」

「がはは、そうだった」

「ふふ、お二人は仲がいいですね」


 邪魔された説明の続きをする。


「カールみたいなSランク冒険者は、極めて危険な存在と戦うのだ。例えば凶暴な霊獣、魔龍など」


 この世界に人の脅威になりうる存在は少ない。

 異国の侵攻、亜人との戦争、魔物のスタンピードなら軍の力で対応する。強い個体なら凄腕の冒険者に任せる。その最たる例は魔王軍との戦だった。雑魚は軍で対応し、強い個体はスピアヘッドや強襲チームで対処した。


「え、亜人と戦争するのです?」


 その話を聞いてエレナは眉をひそめた。


「あれは相当昔の話だ。彼らは随分減ってしまったから今はこちらから極力保護するようにしている。西の帝国以外各国は概ね彼らとは友好だ」

「よ、よかったです。亜人たちが可哀想ですので」


 もうずっと人間優位だから亜人たちもなるべく友好な関係を保ちたくて人間と貿易しているし、稀に交流のために人の街にやってきた者もいる。そしてエレナのように人間側は彼らを同情する人が多い。


「話がずれてしまったけどまあ大抵こんなものか」


 こうして話している間あっさり登録用紙の記入が終わった。錬金術師ギルドの登録よりはるかに記入欄が少なかった。


「まあ、つまりエレナはFランクからスタートで俺はBランクに復帰かな」

「いや、ヴィルは特Sにしてもらう。そしてSランクが直に面倒を見る嬢ちゃんはCランクでスタートだな」


 特級冒険者、コツコツと実績を積み上げるのではなく、別の功績や事件で実力を認めてもらった者だ。そのおかげで同じランクでも特級の方が注目を受けている。


「お前さん。【太陽の剣】だったんじゃないか。こんな大物をBランクのまますると俺の顔が立たん。贔屓とかじゃなくそうしないとクレーム殺到だぞ」

「大袈裟な……」

「俺は真面目だが」


 確かに【太陽の剣】の面子は皆Sランクの実力者だった。魔界の王と対峙するスピアヘッドに選び抜かれた精鋭だったから。


「わわ……魔王討伐隊だと聞きましたがヴィルは想像以上にすごかったです」


 その話を聞いてエレナはおどおどし始めた。

 別に自慢してもしょうがないから話さなかったけどこういう風にばれてしまうとは。


「カール、特Sにするのはいいが、指名クエストとかなしだぞ。俺はあくまでエレナのためにやっているから」

「分かってるって。指名ありにしたら護衛任務依頼したいお嬢様達がなだれ込んでくるし」

「ヴィルはモテモテですね……」


 さすがに今のは冗談だと思うが……。


「そういうことで、お前らパーティー名はどうしたい?」

「俺は特にアイディアがない。エレナに任せよう」

「わ、わたし!?えっと……私は【アルゲンタム工房】にしたいです。どうですか」


 ド直球じゃないか!?まあ冒険者活動も錬金術のためだしこういう分かりやすい名前がいいかもしれない。


「いいのか。嬢ちゃんはもっと可愛い名前にしてもいいんだぞ。ヴィルに気を遣わなくても」

「ヴィルにはお世話になっているし、私は【アルゲンタム工房】のエレナでありたいだけです」

「ま、眩しい。ヴィル、いいか」


 カールがポンと俺の肩に手を置いてにやりと白い歯を見せた。


「何としても嬢ちゃんを守るんだぞ」

「言われなくてもそうする」


 目に強い意志を込めてそう返した。


「え、ええ?今どういう話?」

「男の約束ってやつだ。嬢ちゃん」


 話が一段落ついてカールは書類を目を通し、頷いて見せた。


「うし、登録はこれで大丈夫。依頼出すのも明後日から可能だ。他に質問ある?」

「問題ありません」

「それじゃ、これからよろしくな。嬢ちゃん」

「はい、よろしくお願いします」


 カールとしばらく雑談を楽しんで、ギルドを後にする頃には街が茜色に染まっていた。来た時と同じく、エレナと肩を並べて家に戻る。


 ふと上腕が肩とぶつかってしまい、つい彼女の方を見た。


 その横顔はもう緊張の色を感じられなく、どこか穏やかな雰囲気になっている。


「やっていけそうか」


 口が自然に開いて言葉をかけた。


「はい、手続きが終わって、優しい人たちと知り合って、いよいよこれからって感じでワクワクしてきました」

「はは、そうか」

「これもヴィルのおかげです。ヴィルのためにも頑張らなきゃ」


 エレナはこっちを見上げてにっこりと笑った。茜色に染まる可愛らしい顔に、夕日に負けずに強い意志が灯った両目がしっかり俺の目を捉えた。


「うん、エレナの成長は俺がしっかり見届けるからな」


 ◆


 あれから数日。特にやることがなく、俺はいつものように鍛錬に励んだ。


 エレナの方は、家事や植物の世話をしたらほとんど書斎で勉強をしていた。何やら錬金術の復習もしていたらしい。


 そして昨日の夕方、ようやく彼女が注文した品が届いた。すぐにでも工房に駆け込もうとするエレナを何とか止めて晩御飯食べたあと早く寝るように説得した。工房の防音性能がまだ分からないから近所迷惑にならないために……。


 おそらくもう起きて工房にいると思う。


 覚めきれない目で時計を確認する。まだ6時だが起きることにした。春なので窓の外はまだ薄っすら明るい時間だ。


 部屋を見回すと不意に手紙の魔道具が視線に入り、数日前のこと思い出した。結局、お礼を言う前にからかわれた。


 ——もう言わなくても分かっている。すでにいろいろ情報が届いておる。『ヴィルヘルムがとある女性に夢中になって熱心に贈り物を選んでいた』とか、『ヴィルヘルムが可愛い女の子といい雰囲気になった』とか。結果は上々だったな。良かったじゃないか。


 情報機関の者たちよ、これ王宮に報告するほどの異常だった!?しかも言い方はちょっと偏ったというか何というか。


 そんなこともあってこれからエレナのことで相談をする時気を付けないと。


「顔を洗おうか」


 覚めきれない体を引きずって、部屋を出ると遠くから音が聞こえた。


「すぐに使うものと言っていたしやっぱり朝早く起きてそれに取り掛かったよな」


 俺は音がする方向に向かう。工房に近づくと音と同じ間隔で魔力の衝撃波を感じる。


「あ、ヴィル、おはようございます」


 工房のドアを開けるとエレナが元気いっぱいで挨拶してくれた。


「ん、おはよ——何なんだその恰好!?」


 いつものスカート履いているが、上は緩い衣装一枚、袖なしでお腹も出ているほど短い。あの夜と比べて薄地でありながら肌を隠しているが如何せん布面積が少ない。


「え?これ工房着です」

「そんな薄い服で?」

「はい、どうしても熱さは苦手で、工房だとなおさら辛いです」


 そう言いながらも彼女の額から頬に汗が伝って、胸に落ちた。視線が誘導されるようにその体に張り付く服に目が行く。汗で濡れた部分は薄っすらと肌が透けて見える。

 あの時のようにはっきり見えないにせよ、これはこれで刺激が強い。


「もうそろそろ仕上がりですから待っていてもらえますか。完成の喜びを共有したいです!」

「ああ、そうだな……」


 適当な椅子を離れたところに引っ張って座った。


 そしてエレナの魔力また活性化し、音と魔力衝撃波のリズムが再開した。


 非力な彼女は身体強化魔法で力を補い、ハンマーを振り下ろす。そのハンマーは魔法鍛冶用のもので、金属を打つたびに溢れる魔力が衝撃波となり周りに拡散する。どうやら魔法鍛冶で特殊合金を作っているらしい。


 それにしても……エレナは本当に無防備すぎるよ……。


 ハンマーで金属を打つたびに揺れる胸。緩い服のせいでずれる肩紐、そしてその肩紐を直す仕草。加えて透けて見える肌。なんとも悩ましい!


 よっぽど俺を信用しているかそれとも自覚がないのかどちらだろう……。


 もしかしたらエレナはそういうことに疎いかもしれない。出身の国で見向きもされなかったらしいし。


 そのことを考えるとちょっとずつ理性を取り戻した。これは誘惑じゃなく、彼女はまだ天然な部分があるのだ。だって歳の割に心は幼い部分を持っているし。


「ヴィル、出来上がりました!」

「ふぇ?」


 突然呼ばれて俺は間抜けた声を出た。


「ちょ、エレナ!?」


 そしてエレナに抱きつかれてしまった。


「特殊魔力伝導材、製作成功率はなんと70%!今まで一番いい成功率でした!」


 にこやかな笑顔で言い、彼女は喜びのあまり、抱きついたままぴょんぴょんと跳ねる。そして柔らかいものが押しつぶされる感触が腹部に伝わってくる。


「ちょっとエレナ、離して」

「材料が足りるか不安でしたが大丈夫でした。これでいち早く錬金術の依頼を受けられますよ!」

「わ、分かったから離してくれ!……く、苦しいから」


 主に下半身の一部が……。


 エレナは本当にただ天然なところあるだけだよね?狙ってやっていないよね?


「あ、すみませんでした。はしゃぎすぎまして」

「いいって。でも喜ぶのは分かるが、それより朝食を取らず力仕事をするのは感心しないぞ。そろそろ食べよう?」


 誤魔化すように説教気味になってしまった。


「はい!私、朝食作ってきます」


 しかしエレナは上機嫌のまま応えてくれた。


 いろいろ刺激を受けてやばかったけど、元気で嬉しそうにはしゃぐ彼女を見れたから様子を見に来てよかった。


「でも柔らかかった……」


 ……この見守る見守られる関係は前途多難そうだ。


 と、俺はそう考えながら洗面所に向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る