半人前錬金術師と物好きな元騎士

 朝食後、温室の前にやってきた。この屋敷での生活を始めてから腕を落とさないように毎日ここでいろんな武器で素振りをする。もちろん魔法で身体強化することも忘れない。


 夜会で余興の試合は、安全のために俺たちは防御しか強化しなかった。


 強靭な肉体と研ぎ澄まされた技を持っていても強化魔法で差をつけられてしまう。戦場では常に優位を確保しなければならない。時に数で、時に実力差で。


 そのため優れた騎士は強化魔法に耐えられる肉体と霊体、それに適う技すべてを鍛えないといけない。


 それに対して魔導士は行軍するための体力さえあれば霊体の鍛錬と魔法の練習だけに専念できる。魔導士には魔導士の大変さがあるけど。


 ちなみに騎士と魔導士は審査さえ通ればいつでも互いに転職できる。


 まあ、体を動かしたい人は騎士に、勉強が得意な人は魔導士にするのがほとんどだ。


 俺はどっちも選べたけど守る側に選んだ。


 突風が木々の葉をサラサラと鳴らす。そして落ち葉一枚が俺の顔に目がけで飛んでくる。


 魔力を効率よく使い、一瞬だけ加速して十字斬りを繰り出す。


 捉えた!……が、狙いがちょっと中心からずれて4等分にならなかった。


「やれやれ……ジルはいったいどうやってそれが出来たんだろう」


 末恐ろしい才能をお持ちになっておる。それに加えて王族にふさわしい魔力量。とても勝てる相手じゃない。


「それでもジルは魔王と戦っていた時の俺になら負けていたかもしれないと言った」


 そんな適当なことを言わないジルバルドだ。きっとそうに違いないが……


「実感がなさすぎる」


 剣を握っている手を見つめる。あの時いったいどんな動きをして、体はどんな感覚だったのだろう。


 そう考えに耽ると、通りの方は何やら揉め事でもあるか騒がしい。


「――はなして!」


 正門まで出ると街の衛兵二人が少女を捕まえているのを目撃した。


「ここは子供がうろついていい場所じゃない。さっさと立ち去れ」

「子供じゃないですってば。離して」


 少女は振り払おうと暴く。無意識なのか強化系の魔法を行使しようとする。


 衛兵の仕事は主に治安維持、戦闘などほとんどしない。故に衛兵はほとんど魔力が低い者ばっかりだ。


 だから彼女の魔力活性化に気づいていないのだ。


 ここで少女が大暴れしたら彼らは怪我するし責任を問われるかもしれない。その上魔力持ちに対処するため騎士団が出動したらもっと面倒なことに……


「はぁ……せっかく天気がいい朝だったのに」


 俺は腹をくくって場を収めるために通りに出た。


「どういう騒ぎだ?」

「ヴィルヘルム様!」

「危ない――」


 俺に声をかけられて一瞬動揺したのか。衛兵たちが隙を見せてしまって少女は抜け出して逃げた――のではなくてなぜか俺に飛びかかってきた。


「おっと」

「貴族様助けてください~」


 殺意もなければ魔力も沈静化したのでとにかく受け止めた。俺の胸に顔を埋めて切羽詰まった声で助けを求める。


 駆け寄ってきた衛兵を手で静止した。


「大丈夫だ。この子は害がない。ちょっと事情を説明してくれないか」


 この子が落ち着くまで一旦ほっといて衛兵に詳細を聞いた。


 どうやら彼女は昨日から貴族街であっちこっち声を掛けたり門を叩いたり、貴族達に詐欺を掛けようとして通報されたらしい。


「詐欺じゃないですってば!」

「出資だなんてそもそも子供が最上位生産職の錬金術師なわけがない。もう私たちに迷惑をかけるな」

「だから大人ですぅ!!!」


 言われてみれば、抱きしめられて腹に柔らかい感触を感じた。身長のわりに意外と大きい!


 どちらも引き下がるつもりはないようだ。この膠着状態を何とかしないと。


「事情は分かった。この子のことは俺が引き受ける。皆は持ち場に戻っていい」

「ヴィルヘルム様がそう言うなら」


 衛兵たちは敬礼して離れていった。何かあっては俺が対処するし彼らの責任じゃなくなる。


 何をそこまで彼女を急き立てるのやら。貴族街の外に連れ出す前に一度事情を聞いてあげよう。


「立ち話はなんだしお茶飲みながら話そうか」

「いいんですか」


 少女は顔を上げてぱあと明るい表情を見せた。その勢いで桜色の髪も揺れて隠れていた左目をのぞかせる。


「あれ、灰色の目?目が見えるんですか」

「あ、これ病気じゃなく虹彩の色だ。ちなみに色盲でもないからちゃんとそのきれいなオッドアイが分かったぞ」


 目が見える?色が見える?とよく聞かれたのでいつもセットで答える。青目で世界が青く見えるわけもないのに変な質問だった。


「みみみ見ましたか!?」


 慌てて金色の左目を隠す彼女。


「ええ、ばっちりと。可愛いピンクトパーズとキラキラなアウルムだったね」


 よし決めた!ジルバルドの話によれば女性のことを宝石で例えて褒めると喜ぶらしい。宝石学の本を購読した甲斐があった。


 これで機嫌を取れてゆっくりと話し――と思ったところ、少女の赤紫の目が潤んで今にも泣きだしそうになる。


 あれ、逆効果?


「初めてです。魔族との混血児だとか嫌味を言わない人……褒めてくれる人……」


 魔族には密かに人間と友好的な関係を築く者もいるし恋に落ちる者だっている。そういう人たちは国によって生きづらい生活を送る可能性がある。


 この国は魔族の混血児を差別する気風がないが、他の魔境と接する国はそうでもないらしい。


 となると彼女はこの国の人間ではないはずだ。


「あらためてうちで話そう。俺の屋敷はすぐそこだ。お茶もお菓子も出すから」

「ご厚意、痛み入ります」


 ちょっと落ち着いたようで彼女はお辞儀して俺についてきた。


 最初はあれだったが立ち振る舞いからしてこの子はちゃんとした教育を受けていたと見受けられる。


 これはいかにも訳ありって感じだな……



 少女を庭にあるガゼボに案内して、ティーセットとお菓子を運んできた。


「俺はヴィルヘルム・アルゲンタムだ。ヴィルと呼んでくれ」

「はい。私はエレナと言います。あの、ヴィル様は貴族ですよね?お一人この屋敷で過ごしているような……」


 きょろきょろするエレナ。


 怪しまれるのは無理もない、貴族が自らお茶を淹れてお菓子を持ってきたのだ。


「つい数週間前まではただの騎士だってね、いろいろあって今は男爵として引退生活を送っている。人を使役するのは慣れていないから使用人を雇っていない」


 いきなり立ち振る舞いを変えられないしわざわざ変えるつもりもない。他の貴族に侮られるくらいじゃ大した問題にならない。


「それで、さっきの話だが、この国は目の色くらいで差別しないから安心してくれ。エレナも別に本当に混血児じゃないだろう」


 魔族には金色の目が多いが、人間にだって琥珀色の目をする人種がある。


 エレナの目は琥珀色より輝いているように見えるけど、瞳の形は普通だし他に魔族らしき特徴もない。


「それが分かりません。先祖返りの可能性だってあると言われていました。そのせいでお母様の立場が弱かったです」


 顔を伏せて心細そうに話したエレナ。


 たった一つの異常であそこまで……。さすがにそれは言いがかりじゃないか。


「お前は本当に混血児だって別に構わないけど。だって別に悪意があるわけじゃないだろう?」

「え?そ、それはもちろんですが」


 きょとんと見つめてくる。俺の返しにかなり驚いたらしい。


「ならこの話はもう気にするな。この国にいる間は安心して過ごすといい」

「ありがとうございます!」


 花が咲くような明るい表情で笑った。エレナが穏やかな時間を送って、この国を気に入ってくれるとこっちも嬉しい。


「本題に入るが、エレナがこの国に来た目的は何だい?詐欺を掛けようとして通報されたと衛兵が言ったが違うだろう?」


 わざわざよその国に来たのだ。きっと何らかの事情があるはず。


「違います!私は出資してくれる人を探していただけです」


 だからと言って貴族街に来て門を叩いて出資してくださいと言うのはいささか無神経だと思うが。


「この国に来てまでする理由は?」

「実は、家を追い出されたのです。お母様が亡くなって数日後、前触れもなく父がもうお前を養う義理はないって私を追い出しました」


 エレナは震える手でティーカップを取ってお茶を啜って自分を落ち着かせた。空になったティーカップに俺がおかわりを注ぐ。


「うちは商人の家なんです。父が学費を払ってくれて私は錬金術師育成学校を通っていました。ようやくシルバーランクの資格取ったと思ったら母が病気で亡くなって……」


 商人の家なら家名があるはずだが、名乗らなかった理由は許されないってことか。


「腹違いの弟が後釜になる予定ですが、私はこんな見た目だから別の家と繋ぐ道具にもなりえません」


 普通に……と言うかかなり可愛いけど混血児疑惑だけでそうやって忌み嫌われるのか。恐ろしい国だな。


「独学するにしても試験を受けるための材料費を払えません。このままだとゴールドランクの資格を取れず半人前な錬金術師で終わってしまいます」

「それで助けてくれる見込みのない国からここに来たって訳か」

「はい、手持ちのものをちょっとずつ売って旅費に充ててここまで来ました。魔王討伐したことで活気がついたと聞きまして」


「確かに悪くない判断だ」


 魔王襲来を隙に攻めてきた国があったが、国境守備軍の猛将に退けられた。国防固いし、面倒な駆け引きはなくはないが内政もかなり安定している。


 突然追い込まれたのに迷わずその決断できた。それだけエレナは芯が強い。


「そのゴールドランク資格やら試験が難しいのか」

「はい、一流錬金術師になる最大の難関と言ってもいいくらいです」


 話によると、ブロンズランクは鉱石学、植物学、魔物学など材料に関係する学問を学び鍛冶や調薬など生産技術二つ以上できると取得できる。


 シルバーランクは物質変換や再構成と言った専門魔法を習得し、それと学んできた知識を応用して特殊合金、合成材料や上級薬品を提出しなければならない。


 シルバーランクの時点で錬金術師は普通の生産職を越えているのだ。


 それをすら越え、他の追随を許さないのがゴールドランク。


 シルバーランクが作った錬成品は他の生産職でも扱えるしそれで完成品を生み出せる。それと一線を画してゴールドランクは高度な技術を持ち、彼らしか扱えない材料や彼らしか作れないものが多数ある。


 その故、一流錬金術師はすべての生産職の頂点と言われている。


 みんなの憧れだからか、チャレンジしてせめてシルバーランク取ろうとする一般職人がいるらしい。ブロンズをクリアするための技術をすでに一つ持っているし。


「なので、かなり高度な技術が必要です。年に二度の試験課題は簡単明瞭。指定された錬成品を提出するだけです。霊薬クラスのポーション、魔道具、魔剣、高度な錬金材料などゴールドランクに相応しい技術で作るものを」


 分かりやすいゴールだが困難であることも伺えた。


 上位素材を取得できるだけの実力、あるいは財力。それと高度な錬金術の技術。両方持ち合わせてはじめてゴールドランク資格をチャレンジできるという。


「でもよ。シルバーランクも稼げそうじゃない?」


 聞いた話によると、シルバーランクの錬成品は汎用性が高いから需要が多い気がする。


「ヴィル様の言う通りです。でも私は他国からきて、この国の錬金術師ギルドに認められるための推薦書を持参していません。貴族ほどの保証人がないと仕事も難しいんです」


 突然の退学で推薦書を貰えなかったらしい。


 確かに国を渡ると資格がややこしいことになって面倒なことが発生する。普通は推薦書で資格を認証してもらうだろう。


「それに私はゴールドランク資格を取る夢を諦めたくありません!」


 エレナが勢いよく立ち上がり、頭を下げる


「だから!どうか私の出資者になってください。家事全般できますので使用人にでも侍女にでもしてください。ななな何なら夜のお相手も――あいたっ!」


 涙目になって両手で額を抑えるエレナ。


 捲し立てる彼女にデコピンを見舞ってやった。


「はぁ……女の子が軽々しく言っていいことじゃない。一旦お茶を飲んで落ち着け」

「はい……」


 肩を抑えて座らせた。まだ若いか衝動的な一面があるようだ。


「そういえば、朝のルーチンが騒ぎで中止されてまだ植物の世話やっていないな。エレナも一緒にどう?」

「はい、ぜひ!」


 エレナは興味津々のようだ。植物と縁が深い錬金術師だものね。



「わあぁ~」


 温室に入るとエレナが目を輝かせてあっちこっち見回る。やっぱり好きだな。


「珍しい植物がいっぱいです。どこで集めたんですか」

「北の魔境辺りだな。引退前の仕事でそちらに出向いていて」


 魔境は魔力が濃くて力強い植物が生えている。俺は珍しそうなものを持ち帰った。


「あれ、元騎士で魔境に行く仕事……まさか、魔王討伐隊の?」

「まあ、そうなんだが」

「ええぇえ!?すすすごい人だったんですね失礼しました」


 あわあわする彼女。そんな変に恐縮しなくてもいいのに。


「だが育て方いまいちわからなくて花が咲かなかったり元気がなかったり」

「こっちは土が合っていないですね。そっちは光が当たりすぎます」


 そう簡単に一目で分かるなんて、シルバーランク資格は嘘ではないそうだ。


「おお!これはすごくレアな植物。名前は確か……」

「つりがねのような花があったね」

「そうそう、七鐘草!環境魔力に合わせて花の色が変わり、うまく5色以上の花を咲かせると霊薬を作れるんですって!人の手で育つ場合は魔力を含んだ肥料が必須です!」


 そうか。魔力の少ない土で花が萎えて散ったのか。


「わー!こっちは上級ポーション作れそうです」


 本当に子供のようにはしゃぐ。


「ヴィル様、水やりすぎます。その植物は水を貯える特性があって、溜まりすぎると薬用効果が下がります」

「お、そうだったのか。やっぱり錬金術師は博識だな」

「まだ半人前ですけど。あはは……」


 そんな感じでエレナの指導を受けながら植物の世話を済ませて温室を後にした。


「次は書斎を見せよっか。こっちだよ」


 二人で屋敷に入り書斎への廊下を進む。


「ヴィル様読書が好きですか」

「引退で暇が出来てしまっていろいろ買ったがまだほとんど読んでいない」


 ドアをガチャと開けて書斎に入った。


 エレナは好奇心に満ちている様子で本のタイトルを眺めていく。


「いろんな専門書がありますね。医学に薬草学、鍛冶と鉱物の本もあります。本当にいろいろ買っていますね」


 本棚の前でゆっくり移動する彼女が突然止まる。


「あれ?この記号は……」


 興味を惹かれてエレナは一冊の本を手に取ってさらっと読む。


「これ錬金術師の手記ですね。これも買ったものですか」

「いや、それは亡くなった戦友が大事にしていたものだ。俺には意味が分からないからずっと扱いに困っている」


 騎士になる前、冒険者時代で亡くなった戦友から託されたものだ。彼の家宝みたいなものらしい。


 捨てても責める人がいないが、なんか悪い気がしてずっと捨てずにいる。


「エレナは分かる?」

「古代語で書かれたのですがこれは兵器の設計図ですね。えっと……浮遊性質の素材でスレーブ機を作って魔力の糸でマスター機と繋ぐ……浮遊砲台ですかね」


 エレナは物憂げな表情になって本を本棚にしまっておいた。


「あまり興味がないようだが」

「ヴィル様は武器のことをどう思いますか」

「そうだな。使い手によって存在意義が変わる。笑顔を守る力か、悲しみを生み出す凶器か。騎士団だって似ているのだな」


 王の意思によって軍は攻める矛も守る盾もなる。騎士団もまた国が握る武器だ。


「実は歴史で錬金術師が迫害される時期がありました。数百年前、大陸全土を巻き込んだ大戦で錬金術が生み出した道具がたくさん使われました。メチャクチャにされた国々はやがて争いを止めましたが、人々は怒りの矛先を錬金術師に向けたのです。なので今錬金術師はあまり強力な兵器に興味がありません」


 要は責任の在処の問題か。歴史で国同士の戦争だって王を殺しても気が収まらず降伏した兵士まで処刑してしまうことがあった。人間は衝動的になってさらに余計な犠牲を生むなんてざらにある。


「エレナなら大丈夫さ」

「あっ」

「ごめん、つい頭を撫でてしまった。気を悪くした?」


 その横顔を見てなぜか放ってほけなくてつい……


「い、いえ。構いません。お気遣いありがとうございます」


 子供扱いされて怒るかと思ったら嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃ、次の場所に行こうか」

「次の?」

「ついてからの楽しみだ」



 書斎を後にして俺が先導して廊下を進む。


「出資の話、エレナは何人話しかけたんだ?」

「んん――大きい屋敷一通りですね。あとはこの辺りでしょうか」

「この辺りってのはつまりもう下位貴族だけってことか。となると見込みが薄そうだな」


 エレナはそれを聞いて気を落としてしまう。


 余裕があって物好きな上位貴族が助けてくれないならなおさら下位貴族は助けてくれないだろう。


 まあ、実は――


「着いたぞ。我が家の工房」

「え、なにこれ新品の工房!?鍛冶道具もピカピカです!」


 まだ一度も使っていない工房に案内してやった。


「温室も工房も増設してもらったんだ。なんかやって暇つぶしのつもりでね」

「広い~ 三人で使っても全然余裕なスペースです」


 せわしなく表情変わる人だねえ。商人の娘と言ってもポーカーフェイスを作るのが苦手だろう。こっちの方が気楽でいいと思うが。


「どう?気に入った?」

「はい。とても素晴らしいです!素敵な家を見せてくれてありがとうございます!今日はありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げるエレナ。


 めぼしいものは全部見せた。普通ならこれから貴族街の外まで送って別れる流れだろう。彼女もそのような認識なのだが……


「気に入ってくれるならよかった。錬金術やらよくわからないが、この広さならやっていけそうだろう」

「え?」


 心細そうな横顔を見てついまた頭を撫でてしまったが、エレナは嫌がる素振りを見せず目を細めるだけだった。


「あっ……」


 我に返って手を離すと彼女は寂しそうな声を漏らして俺の手を見つめる。


 あれ?案外まんざらでもない?


「ま、まあ。見ての通り俺は植物の世話が下手だしこの工房もまだ使う予定がない。エレナみたいな人がいたら助かる」

「ヴィル様は最初からそのつもりで……?」

「今日出会ったのも何らかの縁だし、俺は物好きで暇だから、錬金術師の成長をこの目で見るのもいいかなって」


 それに、追い込まれたこの子をほっておいたら彼女は悪人に付け込まれる可能性が高い。今助けなかったら寝覚めが悪くなりそうだ。


「ちょうど工房があって借りる必要がないし、材料費用も俺が負担するからエレナは納品依頼を受けて黒字にしてくれるよう頑張ればいいさ」


 家賃を払わなくていいだけでかなり費用を抑えられる。そんなでかい固定費がないから彼女は自分のペースでやれるだろう。


「本当にいいの……?」


 恐る恐る確認を取るエレナ。まだ現実味を感じないらしい。


「ええ、エレナが良ければ俺がパトロンになってあげよう」

「っ……ヴィル様、ありがとう……ありがとう!」


 エレナはキラキラな笑顔を咲かせて、本日二回目に俺の胸にダイブしてきた。


「おっと」


 そんな彼女を軽く抱き留めた。


 ここに来るまでずっと一人で寂しかったのだろう。エレナの気が済むまでじっとしてあげたのだった。

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