灰色の七変化vs剣聖
会場の用意されたスペースで俺とジルバルドが正対する。
「なになに?特別パフォーマンス?」
宴が佳境になったところ、みんなが高揚した気分になった。そこで決闘ショーが宣言される。
「余興として、【剣聖】ジルバルド王子殿下対【七変化】元騎士ヴィルヘルム様の決闘ショーをお贈りします」
クリスティーナが司会役としてこのパフォーマンスを進める。
「危険ですので、皆様は私の後ろに下がってください。私が魔法障壁でお守りします」
使用人が手際よく武器を運んできた。すべて俺らの防御力では『なまくら』だが、ちゃんとした刃物だ。観客に危険を及ぼさないようにクリスティーナが障壁を張っている。
ジルバルドには剣一振り。俺には選り取り見取りの武器セット。
やっぱり事前に計画したものじゃないか。それなら俺にも言ってほしかった。
決めた武器が虚空に消えていく。今霊体に収納したのだ
「決めたようだな。師匠」
「無駄だと分かっているけどね」
勝ち目はない。何せジルバルドは二年前18歳の時すでに俺を越えている。俺は一通り武器をマスターしたつもりだが、ジルバルドは剣を極めた。有利武器を使ったところでその凄まじい剣技に追いつけることはできない。
おそらくジルバルドは俺が魔王に挑むのを見て一試合したくなったのだろう。騎士じゃなくなった俺とやり合うチャンスはもうこれが最後かもしれない。ちゃんと応えないと。
「両者、位置について――」
俺は武器ギリギリまで召喚せず手の内を見せないが、ジルバルドは剣を構えた。
「始め!」
俺は先制するために突っ込む。ジルバルドが攻め始めたらその攻勢を覆す自信がない……!
ギリギリまで距離を詰めて、右手に四角形の角棒を召喚してジルバルドの剣を目がけて斜めに振り下ろす。
剣士相手に鈍器使って武器を叩き落とすか破壊するのが俺のやり方だが相手が剣聖なのだ。
ジルバルドは体をちょっとずらして受け流しの体勢に入った。曲線を描く軌道を見破って、剣で流水のようにちょっとずつ軌道を変える。
武器同士がすり合わせて火花が散る。
どんん!と大きいな音と俺の武器は完全に地面に誘導されてめり込んでいった。
反射的にそれを手放して後退した。次の瞬間俺がいた空間に一閃が走った。鋭い斬撃だった。
「さすが師匠、いい判断だった」
「ジルバルド様こそ、完璧な技だったぞ」
若くしてウェポンマスターになった俺も大概おかしいと言われていたが、ジルバルドの才能は化け物級だ。伊達に19歳に【剣聖】の称号を貰ったじゃない。
あのちょうどいい質量の鈍器で決めなかったからもう気まぐれでしか勝てない。
攻勢に転じて突っ込んでくるジルバルドに、俺は弓を召喚して5連射を放ち牽制を試みた。3本が避けられ2本が剣に叩き落とされる。
速度が落ちて体勢整えていない隙を突くため両手に短剣を召喚してこちらから突進する。
ジルバルドが矢を迎撃し、剣を右に振り切ってないところ俺は高い角度から切りかかる。もし受け止められたら左の剣でガード出来ないところに……
だが、彼は剣を止めずその慣性を利用して下端蹴りの体勢に入った。狙いは脇腹!
攻撃体勢で守りはがら空きだが咄嗟に攻撃をやめて腕で蹴りを受け止める。武器を落としそうな衝撃だったがなんとか堪えた。どうにか体勢を崩さずに済んだ。
「攻撃は防御にもなる。と教わったことあるね」
「ええ、それを完璧に実行してみせてくれた」
ショーを仕上げるためにもう小細工はやめた。
双短剣対長剣、激しい攻防を繰り出す。今度は俺が受け流しする番だが剣技の差で受け流しきれずやがて左手がしびれ始めた。
「左手ばっかり狙っているな」
「はは、気づいたか」
「そりゃ戦いの中でも体に気を配らないと命取りになる」
そしてついに左手は力が入らなくなって短剣を手放した。ジルバルドも攻撃を止める。
「さてと、最後と行くか」
俺は右手にある短剣も捨てて、最後の武器を召喚する。この試合では4種類だけ選んだ。その最後の武器は……
「やっと使ってくれたんだね」
ジルバルドと同じく長剣だ。
「ありったけの剣をぶつけてこい!」
剣を構えて俺は宣言した。もう防戦でもいい、その剣と思いを受け止める!
昔を思い出して、今と重ねる。まだ腕力もなく背が低かったジルバルドがもうこんなに立派になった。昔も今のように楽しそうに試合していたっけ。
2年前俺に勝ったあとは一時期寂しそうだったけどね。
「はぁ!」
「……っ!」
そう、今この瞬間のように……
俺が握っていた剣は高く飛んで貴族たちの方に飛んで行って、障壁にぶつかった。彼らはそれにすら反応せずただ試合の行方を見守っている。
「え、ええっと。勝者、ジルバルド様!」
その宣告と共に会場が一気に熱気に包まれた。どうやら盛り上げることができた。
「殿下の緩急剛柔の剣技、まさに王道……!」
「はじめてお二人の剣を見ましたけど感動しました!」
「こんなすごい騎士がいてしかも殿下の師匠だったとは!」
あちこち感嘆の声が聞こえた。どうやら貴族たちの中で俺を知らなかったものが多いらしい。
「まさかこれが狙いだった?」
「それはどうかな?私はただヴィルと一戦を交えたかっただけ」
「ご満足いただけたのかな?」
「んん……欲を言えばあの時みたいな実力を出してほしかった。それになら私が負けていたかもしれない」
皆に聞こえないように言うジルバルド。
あの時とは、魔王討伐の時か。
「それは……火事場の馬鹿力というか。意識して出せるものじゃないと思う」
「だろうな」
使用人たちが武器を回収し終えて、クリスティーナが魔法を解除して私たちのところにやってくる。
「それで、勝者は敗者に何を望みますか」
「ジルバルド様、何なりと」
膝をつきジルバルドの言葉を待つ。
「私が望むことは……ヴィルヘルムよ。困った時は遠慮なく頼ってくれ。それだけだ」
「殿下のお望みのままに」
ちょっと返事に困ったが、お心遣いはとてもありがたい。
宴がより一層盛り上がった。今はちょっと落ち着くためにバルコニーに出て夜風にあたる。
「楽しめたか。ヴィル」
「ああ、ちょっとはしゃでしまった」
一段落したところでジルバルドとクリスティーナがやってきた。また随分べったりと。
「そういえば言いそびれていた。お二方おめでとう。結婚式の時は俺を呼んでくださいね」
クリスティーナは顔を赤くして俯いてジルバルドは恥ずかしそうに頭を掻く。
「ああ、もちろんだ」
「それと、あの時の強さの原因はなんとなく分かった」
俺は夜空を見上げてぼそっと話す。
「あの時、一人欠かさず戻れるように一心に戦った。自分のためよりは他人のために剣を振るった方が強いかもしれない」
今度は守れてよかった……
「だからジルも、その剣でちゃんとクリスティーナを守るんだぞ」
「ええ、剣聖の称号に恥じぬよう絶対守って見せる」
しっかり者の彼がいるから俺は安心して引退できる。
「そうだ。私たちしかいない今のうちに渡しておかないと」
渡されたのは封筒一つ、開けると促されて中身を取り出した。紙一枚に脈略のない文字がランダムに並べられている。
「これは?」
そう聞くと紙にある文字が変わって文章に変化していく。
『これは昔の王族で錬金術師が作った魔道具で、これに触れて念じると内容が対となる紙に出現する。新しいメッセージが来ると封筒の色が変わるから自分の目がつく場所に置いてほしい』
顔を上げてジルバルドを見ると彼の手には同じものを持っている。
『なるほど、これで直接文通できると』
『その通り、これで邪魔が入る可能性がなくなる。実は遠隔で声を届ける魔道具を渡したかったけどさすがにあれは貴重すぎて許可下りなかった』
え、もっとすごいものを渡すつもりだったのか。この魔道具でもとんでもない価値なのに。
「ありがとう。ジル。さっき遠慮なく頼ってくれと言われたが、ジルもどうしても俺の力が欲しい時は遠慮なく連絡してください」
「ああ、そうしよう」
月に見守られながら俺たちは握手を交わした。
「ふふ、ヴィル様は引退生活を機にその灰色が新しい色に染まるといいですね」
「え、髪を染めろと言うのか」
「ヴィル、お前な……頭が良いやら悪いやら」
笑い声が響き渡る夜会で、騎士として最後の日を送った。
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