第2話
ブラックギルドが居を構える森もとい、五千メートル級の白く輝く山という断崖絶壁に挟まれたこの土地のことを、プルガトリオム・バレーという。
山々一帯から放たれる高密度の魔力(マナ)がより生物の営みを難しくしており、事実、魔性の獣以外、魔力のみで構成された魔族であっても高密度の魔力を受け続ければ吐き気や怖気が止まないことになる。
運が良いのか悪いのか、その二つの山が発する魔力の質は別の種類のものであった。
つまり、魔力と魔力は衝突し、空白地帯が生まれることを意味している。
そんな場所に、村はあった。
当初名前は無く、冬になれば全てが真っ白な雪の中に埋もれるので、白銀の村とも呼ばれていたと村長は記憶している。
若いころ、それもまだ花の十代後半のことだ。
ほとんど口減らしのような形で・・・いや、あれは実際口減らしだったのだろう。今はどうなっているか定かではないが、自分の母親がある日突然家から出て行ってくれないかとお願いしてきた。
もはや顔もうろ覚えで、なんだか心無しか悲しかったくらいの記憶程度だが、農民のなけなしの金で買われたであろうショートソードと革鎧を用意してくれただけ私は恵まれていたに違いない。
そんな中、家を出た翌日に見つけたわけだ。開拓村の張り紙を。
居ても立っても居られなかった私は、早速冒険者ギルドで手続きをして乗合馬車に飛び乗った。
今となっては良い思い出の一つではあるが、その後の数十年は地獄だった。
帝国には開拓すれば全てお前の土地となると道中聞いていたが、ここまで冬が厳しいとは思わなかったのである。
次から次に農民たちは凍死し、冬を超える頃には毎年数十人の犠牲者を余儀なくされる状態であった。
しかも、深い森にはあまりにも強力な魔獣が徘徊しており、ベリーのような果物を取りに行くだけでも命を失う覚悟をせねばならなかった。
何故か森から出てくることはなかったので、そこだけは安心できたが。
「いやいやいや村長、ここまでわざわざご足労かけちゃって悪いね」
袖をまくったジャケットに灰色のチュニックを着た彼はエンドバード。ブラックギルドのリーダーであり、このプルガトリオム・バレーの統括者でもある。
ここは森の中にあるブラックギルドの本部。ブラックハウスであり、彼の私室であるオフィスだ。
様々なものがごちゃまぜに置いてあるが、本人曰く取りやすい場所に全部置いてある、とのこと。
そんな中で一番目立つのは、所狭しと本棚から溢れかえって床にまで積まれた異常な量の本だ。
かろうじて応接用の机には置かれていないが、彼が普段使うはずであろう装飾も美しい重厚そうな机の上にも無造作に積まれている。
村長としては見慣れた景色だ。前回訪問させてもらったときも、前々回もそのまた前もそうだったのだから。
かしこまりつつ紅茶を受け取った村長は、ふわふわのソファに座りつつ苦笑いしながら答える。
「全く構わんよバード君。ワシも年を取ったがほら、歩かないと寝たきりになってしまうし」
「それもそうか。んで、村のほうはどう? ここ数週間こもりっきりで行ってないんだよね」
「特に変わっておらんよ。強いて言うなら爆発騒ぎがあったが、ほれ、フェリアさんはいつもそうじゃろ?」
「んー、ま、そうだね。うちに帰ってきてもよく爆発してるしねぇ・・・。あ、ドリル君、マジでそこで止まれ来るな来るな。よし回れ右してシャワー浴びてこい」
「オッケー!」
扉を勢いよく開けて血みどろのローブ姿のままソファに座ろうとしたため、それを拒否した形だ。
素直に従った彼はそのまま返す刀で入ってきた扉から勢いよく出て行った。まったく以て世話しない人(?)である。
「それでぇ・・・お嬢ちゃん、名前は?」
「かかかっかかかっかかかかえります」
先ほどから視界が揺れるほど全身を震えさせているこの不憫な女の子は、冒険者ギルドから推薦されたらしい新人の・・・。
「エンネ・ラウハ・マケラネンだね。ようこそブラックギルドへ」
「いやですかえりますやだやだやだほんとやだ」
体育座りをしたまま、首を横にブンブン振って一向にソファの上から動こうともしない。
血肉はすっかり取れて綺麗な状態だが、そういう問題ではないらしい。
あまりの錯乱ぶりにバードは首を傾げながら、不躾な視線を上下に動かしつつ、心底不思議そうにつぶやいた。
「・・・村長、これひょっとして先ほどのショックで見事に幼児退行起こしてる?」
「そうかと。中々初見の方にはショッキングな光景ですからな。人間が目の前ではじけ飛ぶっていうのも」
「戦争だと割とよくあることなんだけどね? さて、エンネちゃん。残念ながら君はうちに来た以上、帰ることは出来ないんだ」
手元の書類をめくりながら全く残念そうにもないちょっと楽しそうな声でそう答えた。
凄まじく眉間にしわ寄せて口を尖がらせて涙をぽろぽろ流して問う。
「なななななんでですかおかしいですよ冒険者ギルドには不都合があったら帰ってきて良いって」
「君、書類ちゃんと読んだ?」
「え?」
彼女が素っ頓狂な声をあげた瞬間、身体の震えも止まる。
村長はなんだか苦い記憶が今日はやたらと呼び起こされるなと自嘲気味に思っていたがそういうことかと内心納得していた。
自分が若い頃に開拓村へ来た時と状況がまったく同じであったからである。
そういうことかぁ・・・と。
「ここ。ちっちゃいけどね、『ギルドが発行したギルドカードを用いて移管手続きが完了した後、正式にブラックギルドの所属となった者は、三年間の間、いかなる理由においても脱退することを禁じられる。なお、この規定に違反した場合、王国法に基づき、禁固刑が科される。刑の期間は三十年とする。また、この刑法は、当該者の身分や地位に関わらず、厳格に執行されるものとする』だ」
「そ、そんな、そんなバカなことがあって・・・」
「いんやこれ王国法に則ったちゃんとした書類だからさ。それは許されないんだ。申し訳ないんだけどね」
結構な修羅場を経験している村長は、人間がこれほど絶望した顔を見たのは初めてだった。
もうなんか形容できない、悲しみ、怒り、不安、恐怖、失望などがごちゃまぜの複雑な顔をしていた。
「だから、もっかい言うけどさ、ようこそブラックギル」
「鳥さん!!! 村長さんのお迎え来てるよ!!!」
またドリル君が物凄い勢いで扉を開けたため、音にびっくりした彼女が勢いよくそちらを振り返る。
当然、彼を見た瞬間、脳裏に先刻血肉が飛び散った光景がよぎる。
言うまでもなく気絶した。ついでに嘔吐もした。
村長は頭を抱えていたが、またもやそれを見てバードは爆笑していた。
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