異世界日報
神田進
第1話
「新人にはちと酷だったんじゃないかね、これ」
見るに耐えず口を開いた老翁は、ここから2キロほど離れた一番近い村の村長でヴィルタネンという。
チュニックに長ズボンといったいかにもな農民スタイルの出で立ちで立派な樫の木の杖を携えている。
その視線の先には、何かがとんでもない勢いで衝突したように見えなくも無い地面の抉れた跡があり、その先の立派な石門の横の壁には人型に近い形で血がへばりついている。
木々の影が無ければもっとスプラッタなモノがハッキリと見えていたに違いない。
その余波をまともに受けた新人冒険者エンネ・ラウハ・マケラネンは、ぺたんと座って茫然自失としており、太陽に照らされて綺麗に輝いていたエメラルド色の髪の毛や、おろしたてであろうピカピカな軽鎧も無残に血肉だらけだ。
村長は全身でうなだれながら短い詠唱を終わらせて、自らの頭上に握りこぶし3つぐらいの大きさの水球を作製して身体に多少ついた血肉を吸わせる。
運がよかったのか悪かったのか、血肉の大半はエンネへものの見事に直撃したため被害は最小限で収まったのはいいものの、結局鉄臭さを感じることに違いはないのだ。
そして血肉が動き出す。
「うひっ!?」
エンネは体を這いずり回る血肉の蠢きに恐怖が入り混じった悲鳴をあげる。
非常に不快であった。それはもう人生ワーストワンぐらいには不快であった。
農村育ちの彼女にとって、それは肥溜めに落ちるより不快だった。
例えるなら、背中に突然ミミズが這いずり回っているかのような不快感。
反射的に体中にこびりついた血肉を一生懸命に腕で払う。
なんとか声を絞り出そうとするが、上手く舌が回らない。
噛み噛みで一応水の魔術を唱えきり、すると先ほどヴィルタネンが生成した数倍と思われる大きさの水球が出現する。それを躊躇なく自分の頭へ何度も叩きつけた。
体の震えが止まらないようだが、寒いから震えているのではない。恐怖で震えているのだ。なんとも哀れなものである。
そして血肉たちはぶつかった壁のほうへと集まっていき、ミミズのような繊維状になり、段々と人の輪郭をかたどっていく。
それを目の当たりにしたエンネは、自分の中の何かが削れるような音を確かに聞いたのだと言う。
自分自身を抱きしめて、とても目の前で起きていることが信じられないような引きつった顔でガタガタと震える。
服まで再生され直した人型の生物はようやく口を開いた。
「またとまれんかったー!!!」
彼の名はロングレンジドリル・バスターキャノン。
ブラックギルド所属で、通称、走るトラウマ製造機。
そして老翁の視線の先で腹を抱えて馬鹿笑いしているのが何を隠そうブラックギルドのリーダー、エンドバード。
これはそういう物語。
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