第23話 補修開始

翌日、補修作業は早朝から始まった。

俺がレティと一緒に集会所前の広場に着いた時には、既に人も材料も

準備万端で、あとは俺が力を放出させるのを、待つばかりだった。


俺は集会場の側面から、少し離れたところに立ち、建物全体を

視野に入れ、集会場をすっぽり覆ってしまうドームを、イメージした。

俺を含め、それは誰の目にも見えるものではないが、即座にドームは

形成された。



「うおおおっっっ」



そのとたん、作業に備えて集会場の中や周囲にいた住民達から、

驚嘆の声が溢れた。

老若男女、それぞれの能力により補修作業に集まった者達はもちろんのこと、

作業を見物に来て、その力に触れた者達までも、いまだかつてない、

己の能力の高まりに高揚した。


彼らの中にはこの数日で、現世様を見かけたものもいた。

いつも宿屋の娘に連れられ、頼りなさげに見えた現世様を。

現世様なんて、言い伝えでしか知らない。

しかし今、自らその力を体感し、古からの畏敬の対象であることを、

改めて確信した。




作業が始まってからしばらくすると、俺は何もすることがなくなった。

集会所の中や周囲では、人の動きが、倍速に見えたり、太い材木や大きな板が、

高く遠くに飛び交ったり、梁や柱を、ピョンピョン跳ね渡る人がいたり。

まあ、目の前で見ているからだけど、これはまるで、

CGかフェイク動画の類の、光景だね。


始まった直後は、力の濃度というか強弱を微調整していたが、

レティからもOKがでたので、あとはそれをキープするだけだ。


イメージのメモリーのようなもので、この場所で形と力のイメージが

出来たので、もうここにいる必要もない感じだ。

これぐらいのスケールなら、宿の部屋からでも、コントロールできると思う。


これはすべてレティのおかげだ。

今、広場のテーブルで俺にお茶を入れ、一緒にいてくれているこの子が

いなければ、俺はなにも出来なかったと思う。

しかし、俺にとっての本当の最重要ミッション、

それはレティのもとに、戻ってくる方法を見つけることだ。


それができなければ、ここに来た意味なんてない。

夢だから、起きたら忘れてしまうなんて、絶対ダメだ。

今日が5日目、夢から覚めてしまう時がせまっているはず。


だけどまだ、なんのヒントにすらたどり着けていない。

今のところ、この世界での力の使い方は分かった。

後はどうすればここに戻れるのか、意外と目が覚めたら、

分かってたりするんだろうか。


最悪なのは目覚めたとき、レティのことは覚えているのに、戻れないときだ。

今考えただけでも、胸が痛くなる。

補修作業を見ているレティの横顔を見つめ、いとしさゆえに沈む気持ちを、

自分で叱咤するしかなかった。




集会場の補修作業は夕方前には終わっていた。

ジョナサンの酒場は、真新しくなった集会所を祝い、

現世様との出会に感謝を捧げようという住民で、ごった返していた。


俺とレティは一足先に帰ってきていたのだが、厨房ではアンナやナタリー、

町のご婦人方が、作業後の宴の準備に忙しく動き回っていた。


既にいい匂いが立ち込め、テーブルには数々の料理が、大皿に盛り付け

られている。



「現世様、手伝うことがあるか、ちょっと様子を見に行ってきますね」



レティはニッコリ笑いかけ、部屋を出て行った。


窓辺にもたれ外を見ながら、時間だけが過ぎていくことに、俺は焦っている。

この世界での力の使い方は、レティという対象がいてくれたから、

そこに向けて集中することでイメージできて、コントロールが出来るようになった。


この世界に来たばかりの頃のように、ただ力を垂れ流す、ということはもうない。

意識して放出しなければ、ほとんど力を漏らすこともない。


この世界の住人の能力は、いろいろあって、高まることが良いことばかり

でもないことが、分かってきたからだ。

へんに高ぶったら、逆に迷惑となることもあるかもしれない。

そういうことを、アンナやレティがそっと教えてくれた。

しかしここに戻る方法となると、誰も全くイメージすらできていない。


まずは夢から覚めるときに、通過するというフィルター、

どう通過すれば、夢が夢とならずに覚えていられるのか、

そして目覚めたあと、同じ夢に戻る方法。


生まれて50数年、そりゃいろんな夢は見てきちゃいるけど、

目が覚めてから、その夢をどうこうしようなんて、考えたこともないし。


ジョナサンからは、稀にみる現世だって言われてはいるけど、

他人の夢なんか分かんないから、人が夢の中で、何やってるかなんて

知る由もない。

もしかしたら本当は誰でも、夢の中ではそれなりに力が使えてたり、

するのかもしれない。


ただ俺の場合、ほんとに何も出来ないボンクラで役立たずの現世様で、

ジョナサンも当てが外れたんで、おだてて何とかしようと、したのかも。


だとしたら、今まで生きてきて、自由に夢の世界を行き来できるなんて、

誰からも聞いたこともないんだから、

俺がこの世界で、人並みに多少何かできるようになってとしても、

目覚めたら、それでおしまい、ということだ。


いい夢、楽しい夢、大好きでずっと一緒にいたい人がいる夢。

誰でも、もしかしたら俺も今までに、そういう夢を、見たことが、

あるのかもしれない。

ただ夢だから、覚えていないだけで。


そうなのか、本当にそうなんだろうか、

こんなにレティのこと好きなのに。

忘れる?忘れてしまうのか、

目が覚める前、こんなに切ない思いをする夢なんてほんとにありか。

胸が苦しいんだけど、50過ぎのオヤジが。

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