第16話 Chinese soup

エディは、この店の近くで母親と暮らしているという。

ここで働きだして50年ほどになり、もちろんレティの両親も知っていた。

それは彼自身にとっても、とても悲しい記憶であり続けているらしい。

ただ、俺が現れたころから、レティが元気に見えるという。

現世様のおかげで、有難いことだという。

ボンクラの俺にそんな力はないさ、と答えると、



「そんなことをおっしゃってはいけません。

私など、こうして現世様のおそばにいるだけで、

どれほどのお力を、授かっていることか、恐れ多いほどでございます」



エディは真顔でそう言う。


大げさだよ、そんなはずあるわけないじゃない。

まあ、そのうち、もうチョッと、俺が力を使えるようになれば、

少しはこの町の、役に立つかも知れないけどね。

そう言うとエディは、全くこの人は、というしぐさで、首を左右に振った。



「ところでエディ、ラストネームはなんていうの(マーフィ来いッ)」


「わたしは、ウォーカーでございます、エディ・ウォーカーと申します」



ほう、そりゃまた、美味しいお酒を出してくれそうな名前だねえ。

そんじゃ、も一杯だけ、頂いちゃおっかなあ。

それで今夜は眠れそうだよ。




翌朝、エディのお酒でぐっすり眠れた俺は、気持ちよく目覚めた。

この部屋には時計がないから、窓から外を見て太陽の高さから、だいたいの時間を

判断するしかない。

たぶん、昨日と大して変わらないだろう。


部屋を出て一階へ降りると、今日は厨房から音がした。

覗いてみると、アンナが何やら忙しそうに動いていた。



「おはよう」



俺がそう声をかけると、アンナは振り返り、ニッコリと笑った。



「お目覚めですか」



レティの笑顔は、彼女譲りなんだな。



「おはようじゃなかったかな、時間、よく分かってないんだけど」


「ごゆっくりでもよろしいでしょう。昨日エディが言っていましたよ、

現世様に、お酒を召し上がっていただいたって」


「うん、とっても美味しいお酒だったよ、エディオリジナルのね」


「すごく喜んでいました、褒めていただいたって」



やっぱり喜んでいたんだ、表情分かりづらいけど。



「お部屋で、ゆっくりなさっていてください、すぐお食事お持ちしますから」



そう言われてもなあ、働かざる者食うべからず、って言うしなあ。

俺、ここでなんもやってないし。

レティといちゃついているだけだもんな。

アンナに手伝えることはないか、聞いてみた。



「現世様がお手伝いなんて、とんでもない。じゃあ水浴びでもされたら」



俺は一人暮らし長いから、結構いろいろできるんだよ。

厨房に入りテーブルを回りこんで、壁際で作業をしているアンナのそばに行った。

手元をのぞくと、ジャガイモの皮むきをしていた。

まだまだ、随分な量の皮がむかれていないジャガイモが残っている。

こんなときピーラーがあったら便利だよな、アンナの包丁さばきも早いけど。


アンナは、ほほ笑みながら



「ほら現世様、こんなところにいたら汚れますよ」



俺を見ながらも、その手を休めることはない。

危ないよアンナ、手を切っちゃうよ。

俺はふと思った。

俺が側にいてアンナの能力に、なにか役立つことあるんだろうかと。

アンナに聞いてみた。



「いいえ、私のは現世様のお力で、どうなるほどのものではありませんから」



へえ、そうなんだ。



「アンナはどういう能力なの?」


「現世様、女性に、まあ私も一応端くれですから、聞くものじゃありませんよ」



アンナは、メッ、とういう顔をした。

えっ、そうなんだ、体重とかサイズみたいなもんなのかな。



「うちの人とかは自分から話しますけど、あまり人に聞くことではないんですよ」


「それぞれがどんな能力だか、分かりませんからねえ、中には知られたくないって

ことも、あるだろうし」



なるほどね、能力ってのは結構デリケートな扱いなわけね。



「そうですよ、まあうちはみんな話しますからねえ、お気づきになりませんよねえ」



ジョナサンとレティは知っている、エディのは知らないなあ。



「昨日、お見せしませんでした?」



ああ、見せてもらっていないねえ。



「照れているんですかね、私たちには自慢げに見せていますよ、

現世様がおそばに来られた後とか、お力の影響が残っているときに」



ふぅ~ん、そうなんだ、まあ喜んでくれているんなら、それでいいや。

で、俺になにか手伝えることはないの。

彼女は、じゃあしようがないというふうで、

テーブルの上に袋を逆さにして、ドサドサと、さやえんどうの、山を作った。




顔を洗った後、俺は、椅子に座って、ひたすらさやえんどうの筋をむいた。

多分100杯以上の、Chinese soupが作れる分は、あると思う。

交互に爪を立てていた、両手の親指と人差し指の先が、緑色に変わった。


アンナは適当にいろいろ話しかけてくれて、食事はどうするか聞いてきた。

俺は、昼からレティと一緒に食べると答えた。

バスケットを用意するから、持って行くように言われた。


もうそろそろいい時間だろうと言われ、パン屋へ向かった。

バスケットをぶら下げ歩いて行くと、何人かの人や馬や馬車とすれ違った。

前ほど極端じゃないけど、少なくても3メートルは間をあけるね。

しかも、すれ違う時は俺の方を向いて、立ち止まってお辞儀をして、

俺が通り過ぎるのを待つもんだから、俺も会釈をして横を通るんで、

それが何回も続くから、パン屋に着くまでで、首、ダルくなっちゃったよ。


パン屋の裏手の木戸から庭に入り、裏口から厨房に入る。

レティはもう練り始めていて、ドアから入ってきた俺を見つけると、ニッコリ笑い

かけてきた。


ほぅ、変わりなくって良かった。


ホント言うと、俺はもうここまで入ってこなくても、レティに力を送ることは

出来ると思う。


もしかしたら、宿からだっていけそうな気がする。

レティを思い浮かべて、包み込むようなイメージでいいんだもんね。

だからといって、この特等のポジションを手放すほど、俺は聖人ではない。


レティのスピードは、昨日とは格段に違っていた。

力強く、グイグイ生地を練り上げていった。

にともない、オッパイもブルンブルン、って。




昨夜の水浴びが、脳裏によみがえってしまった。

2階からの距離もあるし、月明りだから肌の色も違って見えたけれど、

アレを目にしたあと、レティを見るのは、今が初めてなわけで。


あの、艶めかしい情景と、目の前の飛び出しそうなオッパイと。

俺は片手に下げていたバスケットを、両手で体の前に、持ち変えることにした。

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