第3話 宿の部屋

店主のジョナサンは、カウンターの内側にいたバーテンに声をかけ、

部屋への案内を命じた。

俺は彼について階段で2階へ上がり、二人すれ違うのがやっとの通路を、

ホールとは反対の方へ進んだ。


通路の右側の壁には、等間隔でドアが3つほど並んでいる。

一番奥の突き当りまで行き、左に曲がる。

曲がった通路の向こうに見える、突き当りの壁とのちょうど真ん中あたり、

そこの右側の壁に部屋のドアがあった。

向こうの突き当りまで行って左に曲がると、ホールの方へと向かう。

彼は無口なのか、ここまでは無言で案内してくれた。



「ここは、ホールから一番離れた部屋でございます。

静かにお過ごしいただけるかとおもいます。

通りに面する窓はございませんが、そこの窓は店の裏庭に面して

おりますので、風通しもよろしいかと」



彼は緊張なのか、俺を直視できないでいる。



「あなたも俺みたいなのには、よく会うんですか」



部屋に入り、テーブルの上のランプに火を灯してくれている彼に聞いてみる。

彼はビクッとして俺の方を振り向き、すぐ視線を逸らし答えた。



「いえ、私は直接お会いするのは、今日が初めてです。

これまでどこかの店だとか、誰の家だとかに、といった話しは聞いたことが

ありますが、まさか自分の前にお越しになるとは、思ってもみたことも、

ありませんでした」



へえ、じゃあ結構珍しいもんなんだろうか。



「でもジョナサンさんは、何度か見かけたようなかんじでしたね」



「はい、旦那様は数度お見かけになったようです。現世様の噂が出るたび、

そのような話しをしておりました」



ところで、その現世様、ってのは何?



「貴方様方をお呼びするときは、みなそう申します。

たぶん現実世界からお越しになった方、ということで、現世様とおよびして

いるのかとおもいます」


「じゃあコッチの人たちは、両方の世界の存在を、みんな知っているんだ」


「はい、左様でございます。

今私が住むこの世界のほかにも、夢の世界は数多く存在していることも」



へえ、それはこっちじゃ常識なんだね。


彼は黒人のせいか、見た目で表情とか年齢が分かりづらい。

日本では、普段の生活で接する機会なんて、まあ滅多にあるもんじゃないから、

余計にそうなんだろう。

店主のジョナサンは何となくって感じかな、白人の方が分かりやすいかな。



「ところで、エディさんはいくつなの?」



店主のジョナサンがそう呼んでいたので聞いてみた。



「滅相もないことを、呼び捨て、いえ、おい、とか、こら、とお呼びください」



いやいや、そんな呼び方するとか、俺のほうが緊張するし。



「じゃあ、エディでいいかな」


「はい、結構でございます」


「で、いくつ?」


「はい、わたしは現世様的に申しますと45歳ぐらいかと」



こっちでいうと90歳ぐらいってことか。50過ぎの俺より全然年上に見える。



「あ、俺は朝倉と言います。しばらくお世話になります」



いつまでだかは、俺もわかっちゃいなけど。



「あわわわわ、おやめください、お名前をおっしゃるなんて」



この、持ち上げ方というか、崇め方というか、ちょっと変じゃない。

そのところを聞いてみると



「この世界を創造されたのは、現世様だと聞いております。

それはいつの昔の話しなのか分かりませんが、現世様がこの夢の世界の全てを、

住人を導いてお造りになったのだと」



なんだかなあ、って話しになってきたよ。

まあ、そういうことにしたとしても、俺には何の関係も、ないからなあ。


じゃあ、誰が来てもこんなかんじに扱われるの?



「わたしは今までお会いしたことがありませんので、どうお相手していいのか

分からないのです」



じゃあ、もう、普通に宿の客ってことでいいんじゃない。

俺も、あんまりかしこまれると、逆に居心地良くないし。



「では、そう主人に申し伝えますので、主人より、お返事させていただきます」



じゃあ、そうしてください、なるべくその方向で。



「後ほど、お食事をお運びいたします」



そう言い残して、彼は部屋を出て行った。


まあ、かなりリアルな夢だよね。

今は夢の中だからリアルでも、これで目が覚めたら、グチャグチャになってて、

覚えてないってことでしょ。


で、それができる人は、目を覚ましても全部覚えてて、

昼間学校行ったり仕事とかして、その夜寝たとき、また夢の続きを見ることが

できるんだよねえ。


でも、普段まともに夢を覚えてないんだから、続きが見られて嬉しいのか、

それすら今のとこ、ピンとこないんだけどね。


ベッドに寝転がって、ジョナサンやエディと話したことを、おもい返していると、

ドアがノックされた。飯かな。

てっきりエディだとおもってドアを開けると、若い女の子が立っていた。


彼女はニッコリ笑ってお辞儀をすると、からだを横にずらして、キャスターが

付いたワゴンを引き寄せた。



「お食事をお持ちしました」



彼女はそう言うとワゴンを押して室内に入り、テーブルに食事のセットを始めた。

彼女に礼をいうと、こちらを振り向き、再度ニッコリ笑顔で答えた。


メッチャかわいい、金髪の外人さんだ。

なんて表現したらいいのか分かんないけど、東洋人の美しさとは、また別物だよね。

骨格の違いなのかなあ。

小顔で凹凸があって、透けるようなブルーのお目めが、パッチリ。

夢とはいえこんな子が、部屋でお給仕してくれているなんて、感激です。


テーブルには食事のほかにガラスの水差しと、ワインだろうか、酒瓶が置かれた。



「何か足りないものがあったら、なんでも、おっしゃってください。

わたし、ここの娘のスカーレットと申します。レティとお呼びください。

現世様がご滞在の間、お世話をさせていただくので、よろしくお願いいたします。

私、まだしばらくはそこにいますから」



彼女が指を差した先は、ドアの外の通路を挟んだ木の壁だ。



「そこ、物置なんです。

部屋を左に出て通路をホールの方に曲がったら、右側の壁に扉があります。

下の厨房と繋がっているんで、そこからお食事もお運びしています」



なるほど、酒場のカウンターの奥が厨房なんだ、で、その上が物置ってことね。



「御用がございましたら、お声をかけてください。では、失礼いたします」



彼女はお辞儀をして出て行った。

夢の世界が、なにやら楽しいことになってきましたよ。


娘だって言ってたけど、二十歳ぐらいにしか見えないんだけどなあ。

ジョナサンは60歳に見えるけど120歳、とするとレティは、20歳に見えるけど

40歳?

じゃあ80歳の時の子供か。

80歳ってことは俺達でいうと40歳ってことだから、まあ遅い子供だけど、

いてもおかしくはないのか。


もう歳のことは気にするのをやめよう、

面倒くさくなってきた。

見た目のままでいいや。どうぞ好きに長生きしてください。


料理は美味かった。

牛肉とジャガイモと豆と、いろんな野菜を煮込んだとろみのあるスープ、

生野菜とくし切りのゆで卵、スライスしたチーズ、斜めにカットしたバゲット。

手作りの家庭的な食事を味わえた。

瓶の中身は赤ワインだった。もとからワインの味とか分かる方じゃないけど、

食事をしながら飲んだら、結構いけた。


食事が済むと、部屋では何もやることがない。

もちろんTVがあるわけでもなく、明かりもランプなんだから、時代的には、

1800年代後半ぐらいなのか。


ところどころに、ランプが吊るしてある通路は薄暗く、それより多くのランプが

置いてあるホールでさえ、明るいとはいえない。

人の顔が分かる程度だ。

電気の凄さというか、有難味をかんじる。


裏庭に面しているという窓を開けてみる。

両開きのガラス窓を室内側に引いて、その外にある鎧戸を、外側に押して開ける。

おお、意外と明るい。他に明かりがないと、月だけでも、こんなに明るいんだ。

全てが、青白く見える。

星も大きく空一面で光っている。見え方が全然違う。


両腕を窓枠に置いて、しばらく外を眺めていると、ドアがノックされた。

どうぞ、と答えるとドアが開き、やったあ、レティだった。



「お食事、お済になられました?」



部屋の入口に立ち、そう聞いてきたから、美味しくて、大満足だったと答えた。


彼女はあの必殺の笑顔で


「ありがとうございます。伝えたら祖母も大変喜ぶとおもいます」


「では、お片付けしますね」



部屋の外に置いていたワゴンを引き入れ、テーブルの前にやってきた。

祖母?ジョナサンのお母さんなのか、かなりの高齢だろ、料理作ってくれたんだ。


今、彼女は上体をかがめテーブルの上に手を伸ばし、空いた食器をワゴンに

移している。

テーブルの上にはランプがあり、窓を開けたんで月明りもある。

そして俺は今、テーブルを挟んで彼女を見下ろす位置にいる。


彼女の服は、割と、というか、

両肩から胸元まで、かなり広く襟があいたブラウスというんでしょうか、

フワッとした服でして。

それはやはり本場モノ、とでも申しましょうか、

胸元の膨らみが、エグイほどの主張をしておりまして。


それは彼女が腕を動かすたび、からだを捻るたび、深い谷間を中心に左右へと、

ブルンブルンと揺れ動きまして。

わたくしは、この不意な光景を目にして、オッパイ固めとでも申しましょうか、

身動きが、取れなくなってしまったのでございます。

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