第2話 夢の中へ

俺は今、酒場にいる。

カウンターに右肘をついて寄りかかり左手には、琥珀色の液体が入った

グラスを持っている。

カウンターの後ろの棚には、酒瓶がズラッと並んでいる。


上半身をひねって、後ろを振り返ると木のテーブルに木の椅子、床も木、壁も木、

テーブルの間に同じ間隔で立つ柱も木、天井も木、なんともウッディな店内。

もちろん、俺が寄りかかっているカウンターも木。

西部劇に出てくるような店だ。


仕事帰りに外で夕食を済ませ、家に帰り着いた俺は、風呂に入り軽く一杯

やって寝た。

だから、これは夢なんだな。

人はどうだか知らないけど、俺はたまに、夢を見ていてそれが夢だと、

認識できることがある。


そしてその夢を、夢と分かりながらそのまま見続けることもできる。

今もそう。

テーブルがいくつかあって、そこには人もいる。全てが男、十数人程度か。


みんな長袖シャツ、上にベストを着ている人もいる。

下はよく見えないけど、ジーンズかチノパンみたいなものか。

うん、まさに西部劇っぽい。


ふと自分の格好を見ると、フランネルのシャツとジーンズ、スニーカー、

まあ、いつもの格好だ。


なんだか、チラチラ見られている気がしたんで、もしや、とおもったけど

普通の格好をしていた。

たまに、下半身スッポンポンのときもあるからなあ、もちろん夢でのはなし。


さて、これはどういう夢なんだろう、と思いつつ、グラスを口に近づけると

ウイスキーの香りがしたんで、それを口に含んだ。

うん、そのものだ。


夢を見て、痛みを感じたことはないがそれ以外の感覚は、ほとんど感じる。

痛みを感じるような、ヤバいシーンになると夢から覚める、といっても

実際に目を覚ますわけじゃなく、それが夢だと、夢の中で認識する。


そうすると痛みを、感じないんだな。

でまたその先を、見続けたりする。

ま、夢だから、ある程度は都合よくいくんだろう。



「現世様で、いらっしゃいますね?」



そう話しかける声が聞こえた。


俺にか?


カウンターには俺だけだし、フロアのテーブルまでは、数メートル離れている。

やっぱり俺にかけた、声なんだろう。


振り向くと、俺よりちょっと背が低い恰幅のいい男が立っていた。

歳は60代半ばってところか、

ピシッとなでつけられた、シルバーグレーのオールバックに、

整えられた同じ色の口ひげ、白のドレスシャツに、ループタイ、

茶色のベストに、黒のパンツ。


俺と目が合うと、丁寧なお辞儀を返した。



「わたくしは、店主のジョナサン・グラントと申します。

よろしく、お見知りおきください」



そうですか、それはどうもご丁寧に。



「はあ、どうも」



俺は、急に声をかけられたこともあって、戸惑いながら答えた。



「わたくしどもへは、初めてのお越しかと存じます。

何用かございましたでしょうか」


こりゃ困った、何を言ってるか意味が分からない。



「いや、別に用ってことでも、ないような」



目が覚めたら、いや逆だ、夢かと認識したらここにいたんだ、理由は分かり

ません。

彼は、俺のこと、凝視しているような表情を見せている。



「もしやあなた様、現状をよく、お分かりいただいて、おりませんか?」



はい、そのとおり。



「まあ、なんとなくそんなもんですかねえ」



そりゃそうでしょ、たった今見始めた夢のコトなんて、分かるもんですか。



「なるほど承知いたしました。これは驚きました」


「あなた様ほどの、存在をお示しになっている方が、お分かりになっていな

いとは」



アナタが驚いている意味も、それ以外のことも、アナタ同様、ワタシもさっぱり、

分かりません。



「では、何からご説明いたしましょうか」



彼は、それまでの緊張した面持ちとはうって変わり、柔和な表情を浮かべた。



「こちらをご覧ください」



彼は俺のそばに立ち、カウンターの上にある、塩の瓶じゃないかと思う、

を俺の前に置き、それに向かって、右手で指パッチンをした。

その瞬間、それは2メートルほど、スッと俺の前から横に移動した。



「これが、わたくしの能力でございます」



ほおっ、手品ですか。



続けて彼は、俺の右の手の平を彼に向けて、かざすように言った。

言われたとおりにした手の平に向け、彼は指パッチンをした。

おおっ、手の平に感じた。エアガンの玉が当たった感じ。



「これが普段の威力でございます。では、よくご覧ください」



彼は後を向き、さっきより強く指をはじいた。


カツン、


彼が向いた先にある木の壁で、音がした。

コチラへどうぞ、と彼が先に立ち、5~6メートル離れた壁際まで、

俺を連れて行った。

そこで彼が指さしたところ、その木の壁には、パチンコの玉ほどの

穴があき深さはどうだろう、覗くと4、5cmはありそうだ。



「お分かり頂けましたでしょうか。

貴方様がそばにおられると、わたくしの能力は増幅し、この木の壁に

穴を穿つほどの威力を、発揮できるようになります」


「普段なら、2、3メートル離れたガラスに、せいぜいヒビがはいる程度」


「貴方様の手の平に、傷をつけることも出来ませんが、今なら数日のあいだ

痛む痕もつけられるかと」


「この世界に住む者にとって、貴方様がもたらされるこの力の差には、

とても大きなものがあるのです」



壁際に立ち、さらに説明を進めてくれた。



「今、貴方様がおられるのは、夢の世界であることは、お分かりですか?」



それはわかっている。



「ええ、少し前から感じています」


「店内をご覧いただいて、お分かりいただけますよう、こちらの世界にも、

住人がおります。

そして貴方様は、こちら側の住人ではございません」


「それも分かります。俺が住んでいるのは現実的な世界ですから」



俺の答えに彼は満足いったように、大きくうなずいた。



「おっしゃる通りでございます。

貴方様はいわゆる、ゲスト様でございます。

この世界には、貴方様がお住いの現実世界から、チョクチョクだったり、

とても稀だったり、頻度は一定ではございませんが、お越しになる方が、

いらっしゃいます」


「人がこの場所の夢を見てる、ってことですか」


「まさに、その通りでございます。

その現れ方も、それぞれでございまして、存在が陽炎のように薄く、

極めて短時間のこともあれば、

貴方様のように、こちらの住人と遜色ないほどの存在を、

お示しになられる場合もございます」



まあ、結構リアルな夢をみるからねえ、それも関係あるのかな。

目が覚めた後も、夢の内容とか覚えていることもあるし。



「それも、一つの要素でございましょう。

ただわたくしが少々驚いておりますのが、貴方様ほどの存在をお示しになる方は、

比較的、幼いころからこちらの世界と繋がりを持たれ、早くからお力を身に

付けられる方が、殆どだということです」



何よ、そのお力って。

俺はその人達と、違ってるってこと?



「現実世界からお越しになる方の多くは、夢の世界とは、希薄な繋がりしか

お持ちではありません。

しかも夢から覚めるとき、あるフィルターのようなものを、通過されますの

で、そこで夢の中での記憶や、時間軸などがシャッフルされてしまいます」



なるほど、そこでいわゆる、夢になるわけね。



「しかし、極極まれに夢の世界と強い繋がりを持ち、フィルターにも影響を

されない方がいらっしゃいます。


そのような方は、夢の中でも現実世界と遜色ないほどの存在を、お示しにな

り、こちらのどの世界にも、自由に出入りされるお力をお持ちになります」



つまり夢ってのは、いろんな世界があるってことね、

そりゃそうだ、じゃないと毎回同じ夢見る事になっちゃうもんね。

それは分かるけど、そういう人は見る夢を、自分で選べるってこと?



「おっしゃるとおりでございます。

どのような方でも、必ず夢からは覚められます。

しかしそのような方は、一度見られた夢ならば、お好きなところに、

出現なさいます」



へえ~、いつでも好きな夢を見られるんだ。

今だって、現実との違いってのは感じないし、夢でのVRだ。そりゃいいや。



「わたくしは、貴方様はそのお力でおみえになったものかと存じまして、

最初、ご用向きをお尋ねさせていただいた次第でございます」



なるほどねえ、

だけど俺はな~んも分かってない、ボンクラだったってわけね。



「とんでもございません。

貴方様ほどの存在をお示しになられる方に、こうしてお越しいただくことは

この上もないことでございます。

先ほど私の力の高まりを、ご覧頂きましたでしょう。


わたくしが知る限り、この辺りの街をぐるりと含めても、少なくともここ70年は、お見受け致しておりません」


70年って、あなたいくつよ。

そんな頃、まだせいぜい赤ちゃんでしょう。



「わたくしどもは、貴方様方の年齢でいえば、倍程度の寿命がござまいす。

そうすると今のわたくしは、120歳程度でございましょうか」



へへえ~、120歳?

そりゃ分からんわ。俺より一回り程度上にしか見えないよ。



「貴方様は、まだお若い方のようで。わたくしの、半分程のお歳かと」



まあ、あなたに比べりゃ若いんだろうけど、オヤジには変わりはないよ。

見た目だって、多少違うってぐらいのモンでしょうよ。


すると彼は、酒瓶が並んだ棚を手で示した。

そこには棚の一部に、鏡がはめ込んである。

それを見ろってこと?

俺は、そっちにからだをずらし、鏡に映りこんだ自分を見た。

うん、まあ、そこには長年見慣れた顔がある。

見慣れた顔ではあるが、ここ最近の顔ではないような。


左右上下に振ってみる。カウンターへ乗り出して近づけたりもして。

いや、若いね、明らかに。

30歳程度なのか、まだ青いなあお前。


ほっほお~、そういうこと、俺もこっちじゃ歳の半分程度に、見えるんだ。

じゃあなに、俺もこっちにいたら、寿命は倍ってことなのか。



「こちらにいらっしゃるときは、お若くいられるでしょうが、

目を覚まされれば、今までと同じペースで、お歳は召されていることかと」



まあ、そうだよね、夢から覚めれば浦島太郎ってとこか。


しかしまあ、だいぶ、分かってきたよ、夢との繋がり方がね。



「貴方様は、先ほどふと気付くといらっしゃいましたので、お目覚めには、

まだ時があろうかと。

もしこのままわたくしどもに、ご滞在いただけるようでしたら、

まだ色々とこの世界について、ご説明させていただきたく、存じますが」



それはご親切に。ぜひお願いします。



「2階は宿屋になっております。

部屋を用意させますので、そちらでどうぞおくつろぎください」



はい、ありがとうございます。

あっ、でもチョッとまってよ、と、胸とか尻とかポケットを探る。

ヤッパリね、ワタシお金、持ってませんよ、夢でありがち。



「貴方様からお代を頂くなんて、滅相もございません。

多分に至らぬこととは存じますが、お食事なり何なり、どうぞご自由に

お申し付けくださいませ」



彼は深く腰を折り、お辞儀をする。



ホントに?それでいいわけ?

タダで飲んで食って、いざとなったら目を覚ませばいいって?

まるで夢みたいな話だねえ。


まさかここって、エルム街ってことはないよね、

そのうち、思いっきり怖いことが始まるなんてのは、勘弁だからねッ。

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