第十九話 切り取られた過去の思い出の花嫁衣裳

(俺が落ち着くまでの間、菫は俺に寄り添う様に座り、目の前にある着物を見上げていた。その横顔は、見惚れるくらいに美しかった。そして菫は語り始める)




このお着物には、岬お母様の深い想いが込められているんですね。だから、澪さんの身体を通してまで、私にこの着物を完成させて欲しいと願われているのですね…




(正直、俺はこの着物の事をよく理解していない。ただ母さんが昔、若い頃に作っていたと言う事だけしか、わからなかった。だから俺は菫に語りかけた。この着物が如何に凄い着物なのかと言う事を聞いた)




このお着物はですね…、簡単に言ってしまうと、花嫁が着る着物なんですよ…




(これが花嫁が着る着物だと知ると目を点のようにして、着物ハンガーにかけられている母さんの着物を見ていると、後ろで襖が開く音がした。すると、年めいた、着物を着た女性が俺達の事を温かい目線で見つめながら、囁く様に呟いた)




本当に樹さんにそっくり…あの子が惚れて一緒になった殿方に…、本当にそっくり…




(俺は後方にいる着物を着た女性を見ていると、隣に座っていた菫が教えてくれた)




岬様の…お母様ですよ。…お久し振りです…日和お婆様…




(菫が囁く様に教えてくれたあと、菫は頭を深々と下げた後、俺にとっては祖母に当たる北条日和に挨拶をした。そして日和婆さんは正座して、俺達に落ち着いた口調で語り掛けて来てくれた)




澪君が今日我が家に来ると、昨夜あの人からお聞きしましてね。岬が最も大事にしていたお着物を、澪君、貴方に見て頂きたくてね。今朝早くから孫の凛に手伝って貰らってね、箪笥の中から出して置いたんです…。ごめんなさいね…




(それでか…。あまりにも不自然すぎる置き方だったから、俺は不思議に思っていた。その謎がようやく解けた。そして婆さんの脇には、着物をしまって置く為のたとう紙が置かれていた。そして婆さんはゆっくり立ち上がると、菫に手伝いを頼み、母さんの花嫁衣裳の着物をしまい始めた)




待ってくれ!!…結局母さんは、この花嫁衣裳の着物を着たのか…




(俺の問い掛けに婆さんは手を止めて、無言のまま首を横に振って見せた。そしてポツリと呟いた)




いいえ、あの子はこのお着物が完成した深夜に、樹さんと共にこの村から去ってしまいました…。そして岬は、このお着物に袖を通す事なく、あの世に旅立ってしまったのよ…




(婆さんの言葉に、菫も俺も言葉を失っていた。母さんはこの着物を着ることなく、旅立ったのか…)

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