温もりはベッドで

そうざ

The Warmth is in the Bed

 何をしようとしてたんだっけ――。

 庭先で声がして、てっきり家政婦が帰って来たのかと思って駆け付けたけれど、見えたのは飛び立つ鳥だけだった。

 家政婦の、一寸ちょっとそこまで、は長い。また道端で誰かと出くわして、そのままじゃれているに違いない。

 子供達が出て行ってからはこれと言ってやる事もない、ほとんど食っちゃ寝の繰り返しだけれど、私は何をしようとしてたんだっけ。何かをやり掛けていた、大事な事だったような気がするけれど。

 この頃は何かと億劫だ。家の周りを散歩しただけで眠くなるし、階段の上り下りは辛いし、寒暖の差はこたえるし。

 もう日が陰っている。道理で寒い訳だ。家政婦が戻るまでベッドでくつろいでいよう。

 子供達を相手に駆け回っていた頃だったか、木登りをして足を滑らせ、土手の下まで転げ落ちた事があった。けれど、小さな傷をこさえた程度で済んだ。傷なんか舐めておけば直ぐに治ると思ったし、実際にそうだった。あの頃の元気はもうないわ。 

 子供達はどうしているんだろう。自分に子供が居た事さえすっかり忘れていた。そう言えば、家政婦が何処かへ連れて行くのを見た気がする。それで散々探し回った気もする。それでどうなったんだっけ。

 ベッドは温かいけれど、お腹が空いたな――。

 昔は自分の食い扶持くらい何とかする気持ちがあったけれど、今はもう家政婦に頼りっ放し。あの人は私の好みを熟知しているし、この頃はちゃんと軟らかいものを用意してくれる。それが役目とは言え、よくやってくれている。

 だけど、いつの頃からか、知り合いらしい人を家に招くようになったのは困りものだ。あいつはいつも家政婦に預け物をして、日が暮れる頃にはそれを受け取って去って行く。全く何様のつもりなのか、図々しい奴だ。家政婦も家政婦だ、私を其方退そっちのけにして嬉しそうに預かって。

 それにしても、何処で油を売ってるんだか――。

 あれは玄関の戸が開く音かしら。だったらベッドから下りないと。家政婦は私がベッドに乗ると何故か怒る。でも、ベッドは温かい。ずっとこうしていたい。

 家政婦は通り過ぎて、廊下の突き当たりまで行ってしまった。ウンチクサイ、といういつもの声が聞こえる。

 そうか、私は砂を掛けている途中だったんだ――。

 早く缶詰を開けて欲しいけれど、砂を片付けてくれるまではここで待っていよう。

 いつもはやかましい預け物ベッドが、今日はやけに大人しい。いつもこうならば助かるのに。寛ぐ位置を変えたのが良かったのかしら。これからも顔の上に乗るとしよう。

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温もりはベッドで そうざ @so-za

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