{しおり話}何時か終えるその時のあなたへ
とある境界からの帰り道。静かな騒動より、成り行きで乗った夢の列車にて。
今夜の月光は、次々と通り過ぎる桜の木々、その向こうに映った大きな山の斜面を薄く、爛々と照らす。そして毎度の如く、それら窓の先にある景色を不思議そうに眺める女性がいた。名は白神縁子。
そしてもう一人。そんな縁子を、これまた毎度の如く、対面で不思議そうに眺めるもう一人の女性がいた。彼女は縁子からくろかみと呼ばれている。
この御話は、その彼女が延々と窓の先を眺め続ける相方へ向けて、会話を切り出したところから始まる。内容なんてものは、いつも通り。他愛無いのない、落ち着きのある静かな夢。
「君はふとした時、いつも景色を眺めているね。どうして?」
「好きだからねぇ」
そう言いつつ、縁子がやっと窓から目を離し、質問者へ向けたその顔は...いつも通り気怠げだ。ここは夢だと云うのに、今にも眠ってしまいそうな程に。
眼は半開き。あくまでも表情は微笑んでいるようで、力なんてものは微塵も込められていないだろう。
今回は色々と特殊だったとはいえ...いや、そんなものは関係なく。質問者からすればこの夢ではいつも通りのぐだぐだに、ぐだぐだを重ね掛けしたようなスタートだ。
どうあっても彼女はいつもそうなのだから、質問者は関係なく話を続ける。それに、今回は質問者から景色好きの彼女へ、サプライズが用意されている。質問者はそれへの導入が欲しかったのかもしれない。
「どんなふうに好きなの?」
「どうって? う〜ん、なんか、材料を集めてるような感じがして」
「材料かい?」
「そう、わたしは昔から、ふとした時や、その時々の雰囲気なんかによって、景色のイメージが頭の中に浮かんでくるの。それらは全てわたしにとって理想的なもので...そんな世界に行ってみたいってものばかり」
彼女はゆっくりあくびをして、目を拭う。
「それがわたしの生き甲斐の一つ。だからこそ、もっとわたしには無い理想的なイメージが欲しい。もっと色々な景色を、世界を観てみたい」
「だからこうやって集め続けているのよ。イメージという名の材料を。好きな事なら、その過程さえも人は好きなものなのよ」
質問者は改めて再認識した。彼女は生粋の放浪者なのだと。旅人なのだと。
かの花畑の記憶であっても。彼女にとっては代えられない程大切で、大きなもの。その大切な一ピースである事を。
眠たい雰囲気の列車内に更に力が掛かる。列車は緩い傾斜から、急な傾斜に入ったようだ。
「そうなの。なら、ずっと同じものを眺めてるのは、更になんかあったりするの?」
「それはね。一つの画角でも、様々なものが見えてくるから。時間が経つたびに。だから、同じ景色をボーッと観てても飽きる事は少ないわね。それはそれとして、眠い時は眠い」
質問者がつい分け入ってしてしまった質問にも、彼女は気怠げに答える。
少し難しい話だからこそ、なんとなく。なんとなくだからこそ、その答えが自分自身の嘘偽り無い本音だと信じて。...嘘でないように。
一連の流れを通じて、彼女の顔は今にも寝てしまいそうな表情から、幾分かはマシになった。だが、未だ目蓋は少し重いようである。
「ふふ。そうか、それは。すごく大切な事だと思うよ。それこそ文字通り、経験と記憶だけは、何処までも大切に持って行けるから」
「何処までもって、どのくらい?」
「そうだね。たとえば、その一生を君が終えたとしても。何処までも。あと、君の眠気に関しても心配は皆無だと確信したよ」
縁子は少し微笑むように、感慨深く、クロカミの言葉を受け取る。その直後、車両内に掛かっていた力が消えた。どうやら斜面を抜け、平坦な地に出たようだ。
「どうやら着いたようだね」
「ん? 何事かしら」
「君への贈り物さ。前々から送る事は決めてた。それで見つけてきた場所だよ」
クロカミがそう言うと、列車は停車し、そのドアを開けた。更には立ち並ぶ桜の木々の隙間に、丁度列車のドアが来るよう、丁寧に列車は停まっている。
「え? ここで降りるの? 駅なんて無いけど」
クロカミは、座席から立った。そして、少し困惑している縁子の手を引いて、座席から連れ出す。
「駅なんて無くたって、列車は非常時に人を降ろせるようになっているのさ。さ、行こう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
桜の木々の隙間を抜けた先は、山の中腹にあるような平地だった。正確にはここは山では無く、山ほど巨大な丘。その中腹に位置する平地。今、髪を靡かせる程度の風を受け、その場所に彼女たち二人は立っている。
見える範囲では、芝生ほどの雑草が土が見えないくらいに所狭しと生えていて、線路と並んだ桜の木々を除けば、木がかなりの間隔を置いて、まばらに生えている程度。そして、その桜の線路は、認識出来ないほど彼方へと続いている。
だが、これら全ての光景は爛々と輝く月の光に照らされ、平地の在る高さも相まって非常に見通しが良く、美しい。何処までも何処までも、其れこそ、千里先まで見通せる気さえする景観だ。そして、なによりも...
「月の光に掻き消されない、一つ一つ...大切に、大切にされて強く光る。そんな無数の星々。......圧倒される。外に出て観るとここまで違っているだなんて」
「一見は百聞に如かずともよく云うけれど、一つの経験に、百見は勝てないものさ。それと、折角舞っているのに、彼らだけが仲間外れなのは少し可哀想だよね」
クロカミはそう言い、指を鳴らした。すると、彼女たちの頬を右から左へ撫でていた風は、心無しか先程よりも強く、逆側へと吹き始める。
風は何故逆へと吹き始めたのか。無論、その理由は彼らを連れて来る事に他ならない。そう、列車の窓に映る景色を彩る、桜の葉。彼らの事。
そうして、天にも地にも。彼女たちから見た、辺り一帯の景色に全てに、桜の花弁が舞い始める。その光景に、縁子は只々圧倒されていた。
「ああ、美しい。良いわね。こんな事なら、ずっとぼーっとしてないで、さっさと貴女にねだっていてもよかったかもね」
「そうかも...でもね。今の今まで、君がねだらなかったからこそ、最高の形で、この最高の贈り物を受け取る事が出来た。そう君には思っていて欲しいな」
「...そうね、分かったわ。いつも、本当にありがとうね」
そこには、風に吹かれしまいそうな程儚い。笑顔があった。
「ふふ。...これは、そんな君に送った、感謝の気持ちさ」
クロカミは彼女の笑顔を見届けた後。今一度、目を閉じて祈る。
「いつか全てを振り返る、その時の君へ。この儚くも強く、美しい景色が、あなたの救いになりますように」
そう、何かに願うように。
===============================
和多志のもとに子がやって来た。見ていると、あの人に何処か似ている気がするような、そんな子が。
現世は未だに、醜い争いで溢れている。和多志の子供達も頑張ってくれているけれど、まだ未熟なこの子では、現世で渦巻く悪意に呑まれてしまうかもしれない。
だから和多志の守るこの場所へ、安らぎの世界であるこの場所で、一人前の神になるまで。と、子供達に頼まれた。
引き受けた以上、一人前には育てるけれど。証として、その手に剣を授ける為には。いつか、この子自身が、和多志の試練で証明しなければならない。
神として、正しく。人を導く事が出来るのかどうかを。愛故に、人を守護する事が出来るのかを。
...和多志が、やらないと。
けれど、和多志に子供が出来てからというもの。後から産まれて来る者たちは、皆、等しく愛おしい。
試すなんて、気が引ける。試さなくたってこの子はしっかりやっていける。そう、思うけれど。
その事自体を、この子自身が証明しないと。なによりこの子が、いつか。自分自身を信じられなくなってしまう。
でも、やはり...辛い。
...その時。例えこの気持ちに踏ん切りがついていなくとも。そう、それこそ。誰かの手を借りてでも、この子の為に。
.....もしそうなれば。この子が正しく行いを成した時。これを伝える機会は無いのでしょうね。だから、先に言っておきます。
未来を生きるあなたへ、その時を共にするあなたへ。
ありがとう
---------------------
「あれ...今のは?」
天気は雨模様。気圧の影響か?なんか、頭がスーッとする。地面が冷たい。
「でも、きっと。あの時の...」
雨を眺める。幻想的な雨、見ていてしんみりする。...なんか、少し遠くで...声がすような...
昨日九時未明より、とある神社の境内で、観光客の一人とみられる女性が行方不明となった。
一時、警察により捜査が続けられていたが、今朝九時に同じ神社の境内より、発見された。
第一発見者の話では、突然目の前にその女性が現れたというが...こう云った話はありきたりか?まぁ、どちらにせよ、全くもって不思議な話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます