彼方の楽園

[ガタンゴトン ガタンゴトン]


「スゥー スゥー」


[間もなく〜めいじ駅〜めいじ駅〜忘れ物に思い残し無きよう、下車ください]


「う〜ん、ふぁ〜あ。って、あらら。やれやれ」


「愛花〜愛花〜着いたわよ〜」


「うぅぅ〜ん、そんな駅員さんみたいな...うえ? マジ? もう? 旧式の電車は今どき珍しいから、ふわぁ〜あ。もっと乗ってたかったのに」


「寝てたのに?」


「寝るぐらいだからこそ、さ」


[プシュー ガゴン]


「ああ、うん。確かに明治駅だ。書いてあるね。降りようか、縁子」


「ええ、...大丈夫? 愛花」


「ああ、うん。問題無いよ。今は、まだね」

-----------------------

「うおー! 来て良かったあ〜。この場所に漂う田舎の雰囲気! そして様々な建物達と綺麗に整備された道によってシンプルに自然とバランスが取れたこの町並み! うう〜ん、素晴らしい! 縁子にも見せてあげたいなぁ」

 とある夢から少し経ったとある休日、肩辺りまで届いた癖のある黒い艶髪をした女性がその濃褐色の眼を輝かせながら...しれっとボケた事を宣っている。


そんな彼女の後ろを歩いている腰まで届いたちょっと癖のある白髪が特徴のわたしは色々とツッコミを禁じ得ない。


 「いや、見てるわよ。てかあんたがここまでわたしを連れてきたんでしょうに。電車の中で人の服にヨダレかけておいて、その上で忘れるなんて」


 「いや、冗談冗談。いゃあ、あの時はぐっすりで、あはは、ごめん」


 「まったく、未だに肩辺りが痛いわ。てか、ここは、まず町では無いわね。何処の山の駅なの? 建物って山の駅の木造建築しかないし、ここは花畑巡回用の道だし、愛花が言ってた事は綺麗に整備されてるってのと自然とバランスが取れてるってとこだけね」

わたしはやれやれと言わんばかりに、腕を曲げて掌を空に向けると同時に、何とも言えない表情を取る。


 「そりゃあ山の駅だからね。バランス云々とかじゃなくて自然に限りなく近いと言うかなんと言うか、まぁ自然は自然でも花ばっかりなんだけど」


 「まぁ、ひとまず安心したわ。さっきの愛花の言動、狂人のそれだったもの」


 「酷いねぇ〜」

 そんなこんなで様々な花が咲き誇る花畑の只中、白神縁子ことわたしは、目の前に居る少し変わり者な友人の誘いで、一緒にここまで遠出している。


 その友人の名は見呼愛花。今日は長い袖、真ん中のボタンと腰辺りのベルトが黒いデザインの白い膝丈のワンピースに、赤いリボンを巻いた白いキャスケットと言った服装だ。見ての通りお出掛け装備である。


かくいう私も、白くて暖かい長袖の上に紺色のトレンチコート、丈の長い同じく紺色スカートとその下に黒のワイドパンツ。そして茶色の皮のブーツと、いつものお出かけ装備である。


今はまだ肌寒い時期で、寒がりなわたしは重装備ではあるが、今被っている紺色のキャスケットに関しては暖かい時期でも被っている気がする。


髪型に関しては現状、わたしのくせが風に吹かれて出て来てしまっている。整えても風に吹かれるから、そう上手くは行かないようだ。電車の中では無いのだから当たり前か、にしても気になるなぁ。ある程度整えときたいんだよなぁ。


「いや〜ほんとここ凄いね! 縁子んちの周りみたい」


「いや、ここはあんなのとは比べるべくも無いわよ」

わたしたちは色彩鮮やかな花畑の十字路で足を止め、ずっと先へ続く花畑を見渡す。本当にこの花畑は先が見えない程広く、数え切れないほどの種類の花々が咲き誇っている。


 「...でも、せっかく花と木に囲まれてるのなら、もう少し、よく家の周りも見て回っても良いかも。この景色を見た後なら、見え方が変わってるかもしれないから」


 「....なるほどね」


 「......にしても良くこんなとこ見つけたわね」

 そんなこんなで想いに耽ているわたしを見るなり、愛花は人差し指を空に立て、いつものニコニコ顔から得意げ顔に切り替えると、とある話を始めた。


 「この間、大学の帰りに一つのチラシを見つけたんだよ。風に吹かれてこう、私の顔にパシッてね。まあまあ痛かったよ」

 所感、新たなネタが舞い込んだのが余程嬉しそう。


 「ん? チラシ? この時分珍しい...と言うか、そんな事あるの?」


 「不思議な事に当たる直前まで全く気付かなかったよ。誰かが捨てたのかな? ほい、」

 そう言って愛花は、一つの幾重にも折り畳まれた紙ペラを取り出し、それを広げるとわたしに渡した。


 「コレが、その例の...」

 折り畳まれていたおかげでガタガタで見にくくなってはいるが、愛花から渡されたものは確かにチラシだった。


山の駅花祭り開催中! と、書かれている満開の花畑とその奥に山の駅が映った景色でプリントされたチラシ。右下には二千二十六年三月二十三日と、小さく黒い字で記されている。


 わたしは表面をまじまじと見たあと、チラシを裏面へ返して目を通す。


 「へぇ、『明治駅から徒歩十三分』ね、裏面には所在地では無くて、ちゃんと丁寧にここに来るまでの地図が書かれてあるわね。二千二十六年辺りのチラシなのだとしたら、電話番号とかも書かれてないし、バーコードも無い。なんだか不気味じゃ無い?」


 「はい、返すわよ」


 「ほい、あんがと」

 わたしは愛花にチラシを返した。愛花は相変わらず、元通りコンパクトにチラシを折り直してワンピースのポケットに入れた。


 「そうなんだよ、実はこれ、かなり不気味なんだよ」


 「愛花からしても、そう感じる所があるのね」


 「縁子は電車とか、駅とか、通だったりする?」


 「いえ、大して」


 「そうか、なら良かったね。怖がらなくて済んで」


 「どう言う事?」


 「ここに来る時『明治駅』ってとこで降りたよね?」


 「ええ、そうね」


 「私調べでは、存在しないんだよそんな駅は」


 「ええ、そんなこと...何処かにありそうな駅名だけれど...」


 「いや、無いんだよ。確かに明治の名が付く駅名はある、例としては明治神宮前駅とか。でも『明治駅』は無い」


 「それでも、あの時ちゃんと降りた駅が、『確かに明治駅だ』って声出して確認してたの愛花でしょ。それ知っててやってたの?」


 「そう。そして、実際にこうして来る事が出来てしまった」

 ...ここまでの会話で充分理解しているわたしは、内心溜息まみれになってしまっていた。


 「...はぁ、やれやれ、また巻き込まれたようね。貴女いつか死んじゃわない? 大丈夫?」


 「大丈夫だよ、縁子が居たらなんとかなるから」


 「全く、事情をよく聞かされてなかったわたしに比べて、貴女よく平然とあの駅を降りれたわね」


 「流石に内心びっくりしたよ。でもね、最早逆に気になるじゃないか、ここまで来ると」


 「貴女ならそうなる」

 そう、見呼愛花とはそう言う人間なのだ。彼女はやたらと不思議な『キッカケ』を呼び込む体質なのである。その上、彼女自身がその事自体を楽しんでいる節がある。はぁ、天才と言うのは何かとぶっ飛んでいる所があるものなのだろう。


 そして無論、そんな彼女の友としてやっていけるのはわたしくらいだった。


理由としては、わたしもわたしで、『一般的な人』、としての人生は送れていないからだ。愛花による文字通り夢のような話を容認出来る人間は、少なくともわたしが初めてだったのだろう。


それらが現実での、『実際の出来事』だと、誰が夢にも思うだろうか...


愛花との交流は、わたしの価値観でさえ甘いと気付かせてくれる。今となれば、どれほどふざけた事態だろうと否定し切れない、何もかもが確定し切れない。そんな目に映る全てがあやふやになってしまったわたしが居る。


 「そして、今回の活動の目的はここを調べて回る事。縁子さん、今回も付き合ってくれる?」

 いかれた者同士、相性が良かったのも運命だったのだろう。果ては、あの出会いさえもそうだったのかも知れない。


 「仕方ないわね。いつも通り付き合うわよ。今回の物語の結末は、一体どんなものになるのかしらね」

 図られた事なのか、どうなのか、それはわたしには分からない。だが、そんな不思議な世界と友人が在る事に対して、わたしは不思議と微笑んでしまっていた。

 

 「楽しみにしといてよ。君にも私と一緒に巻き込まれて貰うけど、絶対につまらない結末にはならない事は保証するから」


 「ふふ、何と言おうと、ここまで来れば期待するわよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「とは言いはしたけれど、どうするよ」


「まぁ、探索だろうねぇ」

あれから、わたし達は適当に花畑を徘徊し、周りの様子を見ていた。


「ちょくちょく人も居るけど...話し掛けてみる、というのは?」

 

「少し恐いけどね。探索ついでに、かな」

 そんな時である。ふとわたしたちの後ろから確かな声がした。


「お姉さん、見ない顔だね。何処の人?」

突然の事だった。わたし達は反射で後ろに振り向く。


「うん? 君、ずっとそこにいたの?」

わたし達に声をかけてきたのは、見た目は十代前半辺りであろう白衣を身に纏い、翡翠の勾玉が一つ付いている首飾りをした、変わった服装の青年。


 心做しかわたし達の背後に突然現れたようにも思えるその青年に対し、愛花は咄嗟に質問を返していた。


「いいや、ついさっき此処に来たばかり。とにかく、みんな貴女を探していたよ」


「あ、ありがとう。あ、あの〜私達はチラシを見てここまで来た者で...」


「愛花、実物出さないと。口だけだと伝わりづらいかもよ?」


「いや、お姉さん達が何処の人かなんて言わなくても良いよ。ただ、大丈夫?」


「そ、そう...と、兎に角。ありがとうね」


「う〜ん、まぁ、いいか。どういたしまして」

青年は愛花に微笑みで返していた。


「まぁ、色々グダっちゃったけど、取り敢えずは探索だね」


「そうね」


それから青年とは別れ、暫くわたしと愛花は様々な所を見て回った。と、言いたいが、実際は広大過ぎて何処まで続いているか分からない花畑と、山の駅、そして山の駅の隣から降る道を、暫く降りた先にある、あの謎でしかないでお馴染み明治駅しかないわけである。


他は人を通すつもりも無い山というか森?まあ、どちらでも。そんなものに囲まれた環境であり、探索と言っても一時間程度で、直ぐに終わってしまった。


「と言う訳で、明治駅に戻ってきたわけだけど.........えぇ、嘘でしょ?」


 「......まさかのまさかね」


 「「廃駅に...なってる」」

 最後に余りワクワク探索出来なかったわたしたちを待っていたのは、特に何も無くて悪かったな、と言わんばかりのびっくりイベント。


 わたしたちが前この駅から出発したのは二時間程前だった筈なのだけれどね。これこそまさに時を駆ける少女と言った所か。


 そんな事を考えている間に、愛花は既に廃駅となったその場所へ駆けて行く。


 わたしは小走りでその後を追った。


 かつての明治駅がどうなってしまっているのか、最早語るまでも無いかも知れない。その木造建築は既にボロボロに、屋根に使われていた木材は跡形もなく消え去っていて、壁として使われていた木材の板も下部二枚目辺りがかろうじて貼り付いている有様。


 そして雨風に削られたであろう数本の支柱と、駅をその形としているコンクリートだけが残り、それらに植物の蔦が絡みつく事によって今や立派な廃駅になっている。それでもわたし達は廃駅内を懸命に探索して回った。


 「時刻表は跡形も無くなってるし、看板も『明治駅』の『日』の部分が辛うじて認識できる位になってるなぁ。マジなんなんだろうコレ。それに、この日部、なんだか最初見た時より横長だなあ」


 「線路も両端が森の中に消えてるわね。枕木もボロボロだし、何が起きているのやら」

 暫く二人して廃駅をうろうろした後、わたし達は廃駅の前でひとまず深呼吸をし、辺りを見渡した。


 「駅が元に戻ってたりとかする?」


 「ないわね」

 勿論、景色に変わりは無い。


 「本当の本当にどうするよ。やっぱり花畑にもう一度行く?」


 「う〜ん、あの花畑は大き過ぎるっていう問題があるね。あと、花畑以外の場所に人は居なかった」


 「山の駅なんだから従業員の人が居てもおかしくなかったけれどね。まず、此処がおかしいから居ないのも当然だったわね」


 「花畑の人達も人達で、遠くからだけど...何故かどうしても顔を覗く事が出来なかったし...花とかに意識を向けてなさそうだった、やたらと徘徊してて不気味だからね。やれやれ、怖いなぁ」


 「でも、もう見て回るとしても...あの花畑しか無いわよ?」


 「少しでも安心出来る方法が欲しいよね...リスクカット、少しでもリスクカット出来る方法は...」

 愛花は左手で横髪を弄りながら考え込んでいる。わたしも右手の人差し指を頭の横に突き立て、少し考える。


 「そう言えば、敢えてじっとする選択肢は、いいの?」


 「行動あるのみ! だよ。恐怖なんて、只のセンサーでしか無い」


 「やれやれ」

 わたしは振り返る。既に廃駅となったそれの正面には、自分達と同じ程の背丈を持つ植物の大群達。彼等は謎の圧を放っているようにも感じる...


 「わたしに考えがあるわ」


 「う〜ん、縁子、まさかあの中へ突っ込めなんて言う気じゃ...」


 「そうよ。あの大きさなんだから、必ずあそこを突っ切っても花畑に着く。その上、一つ植物の裏で待機していれば隠れた状態のまま花畑を観察出来る」


 「ムムゥ〜」

 愛花はまた髪を弄り始めた。


 「愛花が案外綺麗好きなのは分かるけれど、時には泥臭い手段でも実行しないと進まない状況もあるわよ。...今なんじゃない?」


 「案外!? まぁ、でも大丈夫、分かってるよ。ただ少し、心の準備をさせてほしい」


 「了解。わたしはもう少しこの駅を見て回るから、準備出来たら声掛けてね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「それじゃあわたしが先に行くわよ」


 「ごめん、お願い」

 わたしは植物の壁をかき分け、その奥へ足を踏み入れる。だが、その先に待つ光景は、わたし達が思っていた景色とは、かけ離れて違っているものだった。


 植物の壁は薄く、一枚だけだった。その一枚壁の先は芝生が広がり、木がまばらに生えながらも、お互いの枝は長く伸び、広がり、葉をつける事で、薄い影に覆われている。


 適度に日の光が葉の間から線の様に差す幻想的な空間。それが、壁一つ先でわたし達を待ってくれていたのだ。


 「多少汚れる事は覚悟してたのだけれど、その必要はなかったみたい。なんだか嬉しいわね」


 「そうだねぇ〜あ! 縁子、あそこ」

 愛花はわたしの肩を軽く叩き、とある場所を指差した。

 

 愛花が指差した先は反対側。わたし達から見て、十五メートル程先の正面に同じく存在する植物の壁、そこにある植物の密集が僅かに薄い地点だった。


 もっと言えば、わたし達の右手側の視界にあり、高さはわたしの肩と同じくらいの高さまで僅かに植物達が両端によっている傾向がある場所。


 「あそこならもしかしたら良い感じに外を覗けるかも!」


 「そうね。行ってみましょうか」

 愛花は少し駆け足気味にその場所へ向かう。わたしも、そんな愛花の少し後ろを追うように向かう。愛花はその場所に着くなり、すぐさま目を凝らし、向こう側を頑張って覗こうとしている。


 わたし達の推測が間違っていなければ、向こう側は花畑である筈。というか、十中八九そうでしょうね。向こう側も草の壁がずっと先まで並んでたし。


 「どう? 愛花?」


「う〜ん、見てみる? 一応向こう側は見えはするよ」


 「ええ、」


 (気付かないのかい? 君には...)


 「? くろかみさん?」


 「どうしたの? 縁子?」


 「いや、何でも無いわ」

 (二千二十五年。最後の大戦、第三次世界大戦開戦の年、同時に終戦の年。二千二十六年三月二十三日はその次の年の彼岸明け。もしかして...此処は)


 ...わたしは植物の僅かな隙間から、向こう側を覗く。


 僅かに覗ける向こう側の景色は、ほぼ想像通りで花畑の景色。そして、僅かに視界の下の方が赤い。よく見てみると彼岸花だと確認出来た。此処はどうやら彼岸花の区画、その手前らしい。そして、人らしきものもまばらに確認できる。


 彼らは、服装が特殊ね。でも、総じて古い印象を受ける。もんぺを着ている人、ちゃんちゃんこに半ズボンの子供、スーツの人、あの青年は...あれは、どれ程昔の服装なのだろう。


 あとは、軍服、自衛隊の服を着ている人も居る。そして、何故だろうか、愛花は今までそれに触れてない。違和感があるけれど...少し言葉にしづらいわね。


 ......ああ、そうだ、違和感だ。どうして、どうしてあの時まで違和感を感じなかったのだろう。愛花にあのチラシを見せてもらって説明をうけるまで。普通なら、此処に来てすぐに違和感を感じてもいい筈なのに。そして、わたしには...


 そう思った瞬間、わたしに、我に帰ったような感覚が走った。わたしの少しぼやけた視界が、フィルターが外されたように、どんどん鮮明になっていく。そして、鮮明になったのは視界だけではなかった。違和感でさえそうだった。


 「なんか長いね。どう? 縁子?」


 「うわっ」

 わたしは思わず愛花の声掛けに腰を抜かしてしまった。その理由と言うのも...


 「どうしたの、後ろに転げちゃって」


 (わたしには見呼愛花という友人なんて居ないのに。今、目の前に居る今まで友人として認識していたこの人物は...だれ、なの? 今までのわたしは、どうなってたの?)

 わたしの心拍数が上がっているのを感じる。


 (でも、コレは、わたしの勘が正しければ、夢なんかじゃ...)


 「何でそんなに怯えてるの?」


 (見呼愛花なんて人間、わたしは一切知らないのに。でも、どうして?)


 (何故、わたしは、目の前に居る存在を何処かで、微かに...もっと他の、此処とは違う場所で...見た事がある? これは、既視感なの? わ、分からない)

 見呼愛花として振る舞う存在の口が再び開く。


 「縁子...そうか」

 その瞬間だった。


 「よく我に帰った! 逃げるぞ!」

 その言葉と共にわたしの手を何者かが引いた。それと同時に、力の抜けていたわたしの全身には、まるで、離れた魂が肉体に戻るかの如く、瞬く間に力が入る。


 「あ、貴方は、」

 わたしの手を引いてくれたのは、あの花畑で出会った青年だった。相変わらずいつから近くにいたのか分からない青年だ。けれど、今はそんな事は言ってられない。


 「お姉さんだけは、此処にいてはいけない!」

 青年に手を引かれるまま、わたし達は植物の壁を突っ切る。壁の先はあの駅だ。その間際に、わたしはいつの間にか友人としていた存在を垣間見る。


 その存在は、白く限りなく透明に近いと感じる、そんな光と共にその場から消える寸前だった。


 それによって、辺り一帯に光が満ちる。その光は何故か暖かく、まるで、冷えた身体に暖かな陽の光が照らされたような、そんな暖かさだった。


 先程の恐怖とは一転し、今のわたしの胸には、変に意識がはっきりしているような、そんな不思議な感覚が渦巻いている。どの道、彼女の顔を再び見る事は叶わなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 植物の壁を抜けた先、あの駅が見えた。辺りはもう暗い。もう少しで星が出て来そうな程の暗さで、日が完全に落ち、ほんの僅かに時が経ったくらいだろう。


 例の駅は、廃駅となっていた筈のあの駅は、最後に、わたし達が此処へ来た時と同じ姿で、相変わらずここよりも少し先に佇んでいる。


 青年は、その駅に向かってわたしの手を引いたまま、何かに追われる勢いのままに走り続ける。わたしも継続して追いつくように、必死に足を動かす。


 (ど、どうなってるの? つい先程までは昼間だった筈なのに、これは、本当は夢、なの?)


 「夢では無い!! お姉さんはまだ生きてる。星の川が、天の川が見える前に! 貴方は此処から出なければ、もう戻れない! 走るんだ!」

 わたしは何の言葉も声に出してはいなかった。ただ思っただけ。それでも、青年との間に意思疎通が成立していた事に疑問を持たなかったのは、わたしにもそれだけの余裕が無かったと云う事。


 (あの愛花と云う人は、何なんだったの?)


 「全く、何を考えているんだか。お姉さんが気にする必要は無いから。今は、無心で走って! 一刻も早く!」


 「え、ええ」

 青年は、星々が薄っすら浮かび出した空を、気にするそぶりを見せながら、全速力でわたしの手を引いている。


 わたしたちを遮る物も者もいない駅までの道。こういった時に限り、やけに長く感じる駅までの直線。


 だが、やがてそれも駆け終わり、わたし達が駅のホームへ入った頃合いの事、左の線路側が眩い光に溢れた。


 その光の中から、とある『列車』がホームへと現れ、そのドアを開ける。


 普段、とある『夢』の舞台として走るそれは、わたしにとって物凄く馴染み深いもの。レトロな、三連結の『列車』だ。


 青年はその『列車』の、一番手前にある開いているドアに、わたしを勢いよく投げ入れた。その直後、それと息を合わせたように、その『列車』のドアが閉じてゆく。 


 もう一度、わたしが青年の方へ目を向けても、青年の姿はもう、そこには無かった。その代わりに、わたしによく似た、聞き慣れた声が一つ。


 「シロガミさん、間一髪って所だね」

 そう言う彼女の手を取って、わたしは再び立ち上がる。列車は既に、ゆっくりと動き出している頃合いだ。


 その最中で、ほんの一瞬、駅の看板がわたしの眼に映る。そこには、駅の名が記されている。『冥路駅』と。

 ================================

 とある夢の列車にて、三連結の車両。その先頭車両に在る、最も後ろに位置する少し広めの対面席。そこに二人の女性が対面となる形で座っている。


 彼女達二人は、どちらも全く同じ容姿で、尚且つ同じ服装をしている。だが、ただ一つ。色を持たない者、そして、色を持つ者という相反する点が一つ。


 片や髪も肌も色素を失い、唯一桃色の眼を持つ程度なのに対し、片や黒艶髪で、薄いながらも肌の色、ブラウンの眼と云った色を持つ。


 だが、見た目のままが全てでは無いように。意外にも、後者が夢の住人だ。様々な人々が行き交う。そんな道を練り歩く役割を持つのは、彼女では無い。儚く、色を持たない前者の役割。二人の間柄はそのようなものだ。


 外の景色は異様なほど暗いままで、列車の灯りさえ、何処へ向かうのかも分からない程の暗闇。


 色の無い彼女は、先ほどの一件より、ゆっくりと息を整えた。それが落ち着き、少し時間を置いた後、さりげなく彼女達は言葉を交わし始める。


 「彼らは...一体」


 「う〜ん、正確には分からないなぁ。でも、あの場所に存在していた魂は君を含めて三つ」


 「あの場所には三人しか居なかったって事?」


 「そうだよ。青年の方は元より、彼女の方からも、悪意なんてものは感じられなかった。誰かを試していた? ...そんな感じがするね」


 「あのまま、わたしが居たら...どうなっていたのかしら」


 「そうだね...あれは、あの場所は、彼方にある楽園に続く道、そのものだった。あの世界が夜になり、天井に星の川が完全に映し出された時、君自身もその楽園に連れて行かれるところだったのさ」


 「貴女の言ってる彼方にある楽園って...」


 「ああ、勿論。君たちで云う所の『あの世』って所さ」


 「やっぱりね。いや、危ない!」


 「まぁまぁ、あの世やそれに連なる世界なんて、そこに居る者の認識一つで幾らでも変わる。確かに現実だけど、限りなく夢みたいな場所さ」


 「そんなもんなのね」


 「そう。そんなもん」


 ...現在、列車は暗闇を突っ切った頃合いだ。窓の外からは満天の星空が二人を覗く。負けじと、覗き返すその星空の中には、桜の葉が舞っている。


 「何がともあれ。期待以上に可笑しくて、つまらないなんて言葉とは無縁の結末だったわね...ありがとう。見呼愛花さん」


 夢の夜間列車は終点の朝陽へ向けて走ってゆく。


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