第448話
セイラを、山の民の子孫を残らせるために犠牲にした罪悪感が、イリアにはあった。
同時に、セイラが「イリアを愛した証を残したかったの」と亡くなる前に、イリアに優しく微笑したのを、ホレスの笑顔を見るたびに思い出して、イリアは胸が今も熱くなるのだった。
ホレスには、恋人のセイラの話を今まで詳しく話すことを避けていた。
「父親はいない、母親はあたいだ」とだけ教えていた。
あえてイリアは、山の民の秘儀について、
ホレスは、祈祷師アジュレたちの水を呼び出す法術や泥から土器を錬成する術を見たあとなので、山の民の秘儀である
――だから、二人とも、心から大切な特別な人だと思える人としか、子供を授かる儀式はしちゃいけないんだよ……わかった?
イリアは、そう言ってホレスとハルハの頭を撫でた。
野生味のある笑みを浮かべて、自分とセイラの恋は誰が何と言おうと嘘じゃなかったと言った。それだけは、この子たちに自慢できるとイリアには思えた。
子供を授かる儀式と言われても、ホレスやハルハは、それが、何のことなのがよくわかっていなかった。
祈祷師アジュレは、ハルハの夢の事はわからないと、はっきり言った。
祈祷師だからといって、何でも説明するわけではない。
わからないことは、わからないと言ったので、イリアはアジュレが信用できる人間だと思えた。
噂で聞いたルヒャンの街というところが、この草原から、どのくらい離れているのかわからない。
それでもホレスは、一生かかっても見つけられないかもしれなくても探しに行きたいとアジュレに言った。
草原から、ギングルトーンの廃墟の街に暮らす僧侶ルードとミーアに、イリアたちは再び会いに行った。
そこに神聖教団の神官の調査団が訪れ
たことで、イリアたちは
大河バールを小舟で渡り、エルフェン帝国の帝都――月の雫の花の都に行ってから、さらにルヒャンの街まで陸路で向かっていたとすれば、本当にホレスが一生かかっても、獣人族が暮らすルヒャンの街に到着することはできなかったかもしれない。
エリザたちのように、ターレン王国のロンダール伯爵領の地へと、イリアたちも移動させられてしまっていた可能性があるからだ。
古都ハユウから大山脈から下山して、一年ほどで、イリアたちは獣人族の行商人の幌馬車に拾われて、ルヒャンの街に到着することができた。
山の民の集落から出て、およそ五年かかってイリアたちは獣人族の街へ到着できたことになる。
時を渡る獣人族の行商人たちが集うルヒャンの街。
ハルハがいなければ、ルヒャンの街へ戻るところだった行商人の幌馬車に拾われることなく、大陸を南下して、中原のエルフェン帝国の農場の村に、イリアたちは到着してしまっていたかもしれなかった。
――お兄様、ハルハたちがルヒャンの街に到着しました!
ロンダール伯爵領の伯爵の邸宅に暮らす不思議な夢をみる三人の「僕の可愛い妹たち」から、どんな夢をみたのかを聞き出して、ロンダール伯爵は書物として書き記している。
ターレン王国の遠征軍を率いて出征した騎士ガルドとその副官の女騎士ソフィアの消息は、大陸のどこかと思われる草原から「僕の可愛い妹たち」の夢が、ホレスとイリアとハルハの三人の旅の夢になったので、ロンダール伯爵も見失ってしまったのだった。
とにかく遠征軍を率いて出征した将軍の騎士ガルドと副官ソフィアは、パルタの都の執政官マジャールと学者モンテサンドのところへ戻っていない。
遠征軍に参加した若者たちは、故郷へ帰った者もいたが、多くはブラウエル伯爵と子爵ヨハンネスと共にパルタの都から、ブラウエル伯爵領の衛兵隊に組み込まれて仕官することになった。
これにより、ブラウエル伯爵領が、人数としては、王都トルネリカやバーデルの都よりも大きな兵力を動員できるようになった。
騎士ガルドと副官ソフィアがパルタの都へ帰還していたら、この勢力の変動は起きていなかったはずである。
ブラウエル伯爵たちやその母親のジャクリーヌのそばに、エリザはひどく嫌っているが、大伯爵に成り上がった元商人ロイドがいる。
以前のジャクリーヌであれば兵力で他の領地――各伯爵領の中心地であるバーデルの都から武力制圧していただろう。
獣人族のホレスとハルハとイリア。
ブラウエル伯爵とヨハンネスとジャクリーヌ。
遠く離れた土地でそれぞれ行動している者たちの運勢を、この時代で卓越した実力を持つ術師ロンダール伯爵は占いによって知り、奇妙なつながりを感じずにはいられない。
ジャクリーヌ婦人がブラウエル伯爵の母堂として、伯爵領の権力を裏で握っているのを、ロンダール伯爵は、ジャクリーヌ婦人の再婚相手である婿の大伯爵ロイドと同盟を結んでいるので、実情を把握している。
山の民の集落の酋長の後継者のホレスの親であるイリアと、ブラウエル伯爵の母親のジャクリーヌの関係を「僕の可愛い妹たち」の予知夢を記録しているロンダール伯爵はとても似ていると感じているのである。
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