第447話

 聖戦シャングリ・ラのゼルキス王国とターレン王国との辺境地帯で起きた大怪異とは何だったのか?


 大砂漠が拡大していく原因となった怪虫サンドワームの討伐と同じように、英雄の聖騎士ミレイユが、女神ノクティスの加護により、人の命を奪う環境を拡大していく原因を祓ったものと考えられている。


 過去の原因が現在に問題を起こしていて、放置すれば将来的に被害が拡大すると予想されるため、原因を対処する。

 過去、現在、未来が、原因、状況、予想という考えに当てはめられて考えられている。

 現在の状況はすべて過去の原因があって、原因さえ何とかすれば、未来の最悪な予想を回避できるという考えでは、現在の自分たちには何も悪いところはないと考えがちである。


 先人たちが先延ばしにした大問題の原因を見て見ぬふりをして、何もしなかった結果、現在の状況と最悪な未来の予想――大陸の南方の大砂漠の現在の状況と大陸全域の砂漠化という最悪な未来予想になったので、現在の自分たちには何も悪いところはない。


 過去の人たちの不手際の被害者であって、その後始末を現在の者たちが丸投げされたと考えると、なぜ、問題を先延ばしにしたのか、未来に対して予想することができなかったのか、過去の者たちは愚かだったのか、と怒りを感じるのは、実際に対処することができない者や、なぜそうなっているのかを考えない者たちである。


 大陸の砂漠化が順調に進行していればクフサールの都の人々、草原の民、シャーアンの都の船乗りたち、スカベの者たちは全滅しかねなかった。

 クフサールの都の人々は、オアシスがあるから生き残れると考えるのは浅はかな考えといえる。

 シャーアンの都の船乗りたちとの貿易によって、食糧不足を補っているクフサールの都の人々にとって、シャーアンの都が荒廃した廃墟となれば生き残れないからである。

 山地に少数民族としてトナカイと暮らす民が生き残れていたかどうか……。


 それだけの犠牲者が出て、そのまま大いなる混沌カオスにすぐに回収されず、喉の渇きや飢えに苦しみ、他に何も考えられなくなって亡くなる犠牲者の亡霊が溢れたとしたら、浄化する地すら砂となり、また、冥界の許容量をオーバーしてしまうだろう。


 すると、古代遺跡の孤島で起きた渇きと飢えで亡くなった船乗りたちの成れの果て……タロットカードのデスのカードの絵柄のようなスケルトンが、ぞろぞろと現れて、生きている者を喰らうつもりで襲い噛みつき、しかし渇きや飢えは満たされず、徘徊し続けただろう。


 大怪虫サンドワームに犠牲者たちのスケルトンが群がり襲いかかることで、砂漠化は止まるかもしれない。

 しかし、その後には徘徊するスケルトンを祓い、大いなる混沌カオスに還す祓いを行うことになる。


 サンドワームを大神官シン・リーが秘術の酸性雨アシッド・レインで、骨格が露出するまで溶かし、最後の大祓いを、ミレイユが神剣の一撃で行った。

 神聖騎士団の戦乙女たちにより、孵化したサンドワームの幼虫は、大量の清め塩で祓われた。


 サンドワームやサンドワームの幼虫の命と、大砂漠の拡大によって失われるはずだった人命は、同じ命のエネルギーであれ、大いなる混沌カオスに、砂漠化の犠牲者の命のエネルギーが還った時のほうが、強いエネルギーが還るはずであった。


 この大陸の大砂漠化を阻止した結果、ゼルキス王国とターレン王国との辺境地帯で冥界を満たしきるほどのエネルギー回収への魔獣の王ナーガの活動が引き起こされる一つの要因となった。


 いくつもの要因が奇蹟のように重なり合い、単純に過去の原因を放置していたから発生したと考えるなら、サンドワームの大祓いも、辺境地帯で発生した冥界と生者が暮らす世界の境界が融合しかける大怪異の要因になった。


 親となる者たちが交わり、子を宿した母親が苦労して産み落とす。生まれてきた子はまだまだ幼く、放置されたら育つことはない。


 子が成長して、どんな状況の中で生き抜いていくのかを、親たちは知らない。

 自分たちの前世や遥かに遠い過去の時代の歴史だけでなく、将来的に明日には命を落とすかもしれない運命かも知れずとも、がむしゃらに、あるいは、ひたむきに生き抜いていくしかない。

 それは、親と子供、どちらも同じことである。


 子供が成長して、老いてくたばるまでに、こんなつらい事があるのなら、この世界に生まれたくなかったと、親をうらめしく思うような目にあうこともある。


 他人も生き抜いていて、複雑に要因が重なりあった現在の状況の中で、誰もが困難に遭遇することは当然ある。


 イリアとホレスの親子も、山地のトナカイたちと共に生きる生活くらしをしている故郷を離れ、旅をしながら、他人の風習や常識、知識や考え方をしている知らない土地で、経験したことがない状況の中で生き抜いていかなければならない。


 つい親となった人たちは、自分の生きてきた経験に頼って、子供が苦労しないで済ませられるように、忠告してみたり行動を制限してみたり、子を大切に思う愛情からしがちである。


 今までの人生の常識や経験が通用しない状況を、金髪で狐耳の獣人の美女イリアは、息子のホレスとの旅を続けているうちに、かなり遭遇してきた。

 だから、息子のホレスが草原で暮らす獣人娘ハルハと夫婦になって、トナカイたちのいる山に帰るまでには、どんな寄り道をしてもいい。草原でハルハやひょわわ羊と一緒に暮らしてもいい。

 息子のホレスが、自分自身で決めたのならどんな行動を選択してもいい。


 イリアも、自分自身で行動を選択しながら生きている。


 ホレスがただ生き抜いてくれていて、できればこの旅で、幸せだと思える経験をたくさんして、生きていくための力になる思い出になってくれていればいいと思っている。


 イリアは、山の民のやむを得ない事情から、ホレスを出産したわけではないが女親の役割と、同時に男親でもある役割があると思っている。

 ホレスを出産したのは、愛しているイリアの子なら産みたいと言ってくれたセイラという二歳年下のホレスの顔立ちにそっくりの乙女だった。


 セイラは、ホレスが乳離れをした時期に、寿命が尽きてしまい、静かに眠るように亡くなった。

 だから余計に、セイラの分までホレスを大切に育てたいという思いがイリアにはある。


 セイラは、イリアと真逆の印象で、いつも物静かな口調で、いつも微笑を浮かべていた。しかし、彼女は白い肌に深紅の瞳を持つアルビノとして生を受けた。

 生まれつき脆弱であった彼女は獣人娘だけれど、集落では一人だけの鳥人の獣人娘なのだった。

 背中の肩甲骨のあたりには肌と同じ白い翼があった。翼を広げることはできても、飛行することはできなかった。

 子を産むことは、脆弱の身体にはかなりの負荷なのは、セイラ自身がよくわかっていた。

 ホレスには、ふんわりと柔らかい髪や顔立ち、声と口調に、おとなしい雰囲気がある。

 そして、かなり意志が強い性格は、亡くなったセイラ譲りだとイリアは思う。





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