第439話
俺たちがトナカイと暮らすオルツァの民と出会った時、この獣人族たちは滅びかけていた。
過去の時代に。大河沿いには人間の国があった。山で暮らしていたトナカイを狩り、獣人族を連れ去っていたという。
その時代にかなり獣人族は数を減らして、今はその時代の生き残りの子孫だけが残っている。
人間たちの国がなぜ滅びたのかは、酋長ウエインにもわからないが、トナカイたちと獣人族のオルツァの民は全滅をまぬがれた。
獣人族は子が宿りにくい上に、男子はさらに産まれにくいという体質だった。
オルツァの民は、その問題を解決する秘策があった。
肉体に秘められた強い力を持つ者がいれば、儀式によって、一生に一度、七日間だけ肉体の性別を変えることができる
酋長ウエインからは、なかなか男の子が授からず、また、強い力を生まれつき持つ女性の獣人族も数を減らしていた。
「あたいが最後の
「ホレスは母親が二人いるのか?」
「まあ、そういうことになるね」
酔っぱらったイリアが、奇妙な自慢話を始めたので、ソフィアが困って俺の顔を見つめた。
「ホレスが、ウエイン爺さんのあとの新しい酋長になる。それで何の問題があるんだ?」
「
酋長のじじ様みたいに、ホレスが女の子しか産ませられなかったら?
イリアはそれを心配していた。
「でね、
ハルハに秘められた力があるか?
ハルハがもし力不足だったかったとしても、ハルハにホレスを会わせて、もしこの二人が恋をして、二人の間に産まれた子が力が不足でオルツァの民が滅びたとしても、やれることはやったとイリアは思える。
「あたいはね、後悔だけはしたくないんだよ」
俺はこの時、やっと気がついた。
「ソフィア、俺たちはアジュレにうまく使われたようだ」
草原の祈祷師アジュレは、オルツァの民の滅び去る運命を変えるために、俺たちに北へ行くようにうまく誘導した。
自分たちは、南へ行くとわざと俺たちに聞かせた。
三年かけて、俺たちはオルツァの民が滅びる前にちゃんと到着した。
オルツァの民が滅びることで、きっとユルタの民の運命にも、何か深刻な影響があるのだろう。
「俺たちは廃墟になった街を見てきた。それに、長生きできそうもない腐れ沼ができているのも知ってる。人間は、ユルタの民やオルツァの民みたいな力を失って、過去に作られた物を奪い合っているだけで、ゆっくりくたばりかけていってるようにしか見えなかった」
「ガルド、自分たちの仲間では協力し合っていても、みんなそれぞれ、まずい状況にあるって感じですか?」
ユルタの民、スカベたち、オルツァの民……それぞれ自分たちの生活や考え方を持っていて、自分たちの問題を、仲間たちだけで解決しようとしている。
「だけど、俺たちだけはちがった。だから、アジュレは俺たちに賭けたんだ」
「ガルド、そうだとするとイリアさんとホレスくんを、ハルハちゃんに会わせなきゃいけないってことですか?」
「……そういうことになるな」
酋長ウエインにオルツァの民が滅びかけていることを俺たちが知ったことを話てから、ホレスとハルハを会わせてみる気はないかと俺は言ってみた。
「我らは、トナカイたちと山に隠れて生き残った。その時に滅びていても不思議ではなかった。我らの先祖は、この険しい山を越えてやって来たという。こうしてイリアとホレスが新たな天地を求めて旅立つのも、また、運命というものであろう」
「運命かどうかなんて、俺にはわからない。ただ、あんたたちがトナカイたちとがんばって生きていれば、ホレスの子供がここに帰ってくるかもしれない」
「
酋長ウエインは涙ぐみながら、俺の知らない女神とやらに祈りを捧げていた。
神がいるかどうかは知らん。
ただ、俺たちの旅が無事であってほしいと思ってくれる気持ちだけは受け取っておくぜ、爺さん。
息子のホレスだけでは心配だからとついて行くために、春まで体を鍛えてソフィアから剣技の訓練を受けていた母親のイリアと、まだ幼さが残る顔をしている坊やのホレスを連れて、騒がしいひょわわ羊たちが待つ草原へ俺たちは、崖の上で並ぶトナカイたちに見送られながら、また旅立つことになった。
「ガルド、トナカイたちがあんなにたくさん並んでます」
「ハルハもひょわわ羊を連れて歩いてたからな、ホレスも、トナカイたちにすごく好かれてるんだろう」
「またな、トナカイども!」
「いってきまーす!」
山びこを響かせながら、トナカイにイリアとホレスの親子は手を振っていた。
草原から、ハルハを連れて、この親子は山に戻って来る気らしい。
+++++++++++++++++
ガルドとソフィアの番外編でした。
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