第438話

 スカベのような奴らは、北上していくうちにたくさん見かけた。

 廃墟となった跡地に、鶏だけが群れでいることもあった。


 石を加工したり、水瓶を作っていた者たちが残していった物を拾い集めて、それを使ってスカベたちは生活している。

 鶏はターレン王国の辺境でも飼われている。スカベたちは飼うより、捕まえてくるほうが行き帰りの食糧にするのに都合が良かったのだろう。

 草原暮らしで、不思議な力や工夫で必要な品物を作り出すユルタの民ではないスカベたちは、残されたものを拾い集めることで、なんとかしのぐことにした。


 沐浴嫌いのレリオとは一年後、再会した。沐浴嫌いのせいか腐れ沼のアジトの生活に飽きたのか一人でいて、他のスカベたちの集落で捕まえられていた。


「あっ、フェンリルの旦那っ、シームルグの姉御っ、助けて下さいよ~」

「こいつ、知り合いか?」

「こんな人、知りません!」

「ひええぇっ!」


 ソフィアの返事を聞いて、他の集落のスカベたちは、悲鳴を上げる垢じみたレリオをずるずると引きずっていった。

 食うに困って、他のスカベたちの集落の物を拝借しようとしたのか?

 それとも、女の裸でも覗いたのか?


 ソフィアは、レリオたちの暮らしていた臭いアジトがすごく嫌だったようだ。

 レリオの無精髭の顔を見た瞬間、いろいろ思い出して鳥肌が立ったとソフィアは俺に言った。


 それから、俺たちはさらに北へと旅を続けた。もうレリオだけでなく、鶏の群れも、他の集落のスカベたちも見かけなかった。


 吐く息が白い。このあたりの森林の樹は背が高く葉が尖っている。曇り空の下で焚き火のための枯れ枝を、俺たちが集めている時だった。


「ガルド、あの子、ハルハと同じ」

「ああ……やっと見つけたな」


 俺たちはこの時、トナカイを初めて見た。トナカイの背に乗って、俺たちに声をかけてきたのは、まだ幼さが残る顔立ちで、ハルハと同じ垂れ耳が頭から生えているホレスだった。


「あなたたちは、どこの山のオルツァの人ですか?」


 トナカイは岩塩を舐めるのが好きだ。だから、俺やソフィアの手のひらに噛みついたりせずぺろぺろと舐める。汗のしょっぱい味が好きらしい。


 トナカイに乗って自分たちの集落から少し離れたところを散策していたホレスは、俺たちが旅で使っているユルタを見つけた。

 ホレスは、俺たちのユルタを見て自分たちの使って生活しているオルツァに似ていると思ったらしい。


 俺たちはトナカイに乗った獣人のホレスに連れられて集落に行ってみた。並んでいるオルツァは、たしかにユルタに似ている天幕テントだった。


 オルツァの民は、トナカイと暮らしている。トナカイを飼っているというよりトナカイの群れと行動している。

 夏には、寒さには強いトナカイたちではあるが暑いのは苦手で、山の雪が残る沢の水を飲み、苔と山草を食べている。

それに合わせて、オルツァの民も高山で暮らしている。

 トナカイたちは山に蚊の群れに遭遇したり、涼しい日暮れになると、オルツァの民の集落に戻って、朝になると昼間の暑さを嫌い、また高山に出かける。

 

 冬に高山は雪で閉ざされるので、トナカイたちは、オルツァの民と一緒に、餌のあれ尖っている葉の樹の森林に山を下って暮らしている。


 ユルタの民がひょわわ羊の乳をしぼって飲んだり、酒を作っていたりする。年老いたひょわわ羊がユルタのそばで命を落とすと、祈りを捧げたあと感謝して干し肉にする。それは、オルツァの民もよく似ている。


 ひょわわ羊の背にはまだ幼女のハルハぐらいしか乗れないが、トナカイは大人を乗せたり、荷物を乗せて運んでくれたりもする。

 長年、なついてくれていたトナカイが亡くなると、干し肉以外にも、丈夫な革をオルツァの民に残してくれる。


 春になり、トナカイの角が生え変わるとオルツァの民は、トナカイたちと一緒に少しずつ山を登っていく。


 トナカイは夏になると大きい角をつけているが、角の中に流れる血で夏は体温を下げている。トナカイの角はうぶ毛のようなものが生えていて、見た目よりも硬くない。

 ソフィアは、ホレスから話を聞いて、おずおずとトナカイの角を撫でてみて驚いていた。角にもぬくもりがある。


「ガルド、あの人、ネコのおじいさまですよ」

「ソフィア、しっかり聞かれてるぞ」


 小声でソフィアは俺に囁いた。

 ソフィアは、オルツァの民の集落に来て、そわそわしている。俺は三回、落ち着けと言ったが無駄なようだ。


 酋長のウエインは白髪で皺だらけの顔をしているが、頬から横にシュッと細い透明な毛が生えている。

 また小さな三角の耳が頭から生えていて、髭と耳がよく動くので、ソフィアは気になってしかたないようだ。

 酋長ウエインは、寛大か温厚な性格らしい。


 俺はテンカたちとの約束を守り、酋長のウエインに、草原のユルタの民のところに、なぜかはぐれたハルハが保護されて暮らしていることを、三年もかかったが伝えることができた。


「あっ、おいしい」


 トナカイの乳のバター茶を飲んだソフィアが思わず言うと、酋長の隣にいる狐の金髪の女が「そうかい、気に入ってくれて良かったよ。あたいの子があんたらに迷惑かけたりしなかったかい?」と笑った。


 この狐耳の若い女イリアが、ホレスの母親らしい。顔立ちだけ見れば、女たちから美しい男だと騒がれて惚れられそうな感じだ。

 このイリアとホレスの親子は、オルツァの集落から俺たちのユルタによく訪れるようになった。


 イリアは集落からトナカイの乳酒を持ち出して、ソフィアから剣技の訓練を受けたあと、俺と酒を酌み交わす。

 俺たちは、トナカイの干し肉をかじりながら、乳酒を飲む。

 酔っぱらったイリアを酋長ウエインから迎えに行くように言われたホレスが、トナカイに乗ってやって来る。


 夏用のオルツァは、中が広くなっていて、冬用のオルツァは、中で火を使うとすぐに暖まるように狭くなっている。


「ユルタは、夏用と冬用で分かれてないのか?」


 イリアは、草原のユルタの民の生活について、すごく興味を持ってソフィアから話を聞いていた。




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