第437話

 モスキートは、樹木の幹から半円状に生えている茸を燃やして焚くと近づいて来ない。この煙の匂いを髪や服につけておいても蚊が寄りつかない。


 スカベたちがこの林の中にある廃墟に住んでいるのは、この茸がたくさんある林だからだった。


 腐れ沼で蚊が育っていても、石造りの小さな四角い窓の箱みたいなどの家のまわりで、夕方から一晩中、茸を燃やして焚く。

 このレイシという茸を乾燥させて、湯に浸しておくと、少し苦味のある茶になる。


 スカベたちは八十人ほどで暮らしているが、もっと北にある地域から逃げてきた連中だということがわかった。

 すえた臭さもこの茸が焚かれて、アジトの集落に漂うようになると、うまく混ざり合うらしく、ソフィアの吐き気は収まった。


 沐浴嫌いのレリオは、茸の焚かれた煙の薫りが、大河で沐浴をすると取れてしまうのが嫌だから、他の連中のようにさっぱりする沐浴をしないと決めて、少し変わり者だと思われている奴だった。


「ガルド、ここにいたら、私、病気になってしまいそう」


 俺たちは、スカベたちのアジトの石造りの家に案内された。ユルタの方が、広さがありゆったりしている。

 それでも、木のテーブルや椅子がちゃんと置かれていて、木桶と水瓶には大河から汲まれてきた水がたっぷり入れられて、水瓶に小虫が入らないように木の蓋まで乗せられている。


「ソフィア、この水瓶は、草原のユルタの民の土器でもない。それに今、ソフィアが使っている寝そべるためのベッド代わりに使ってくれと奴らが言ったソフィアが寝ているその石は、どうして四角い形をして並べられているんだ?」

「……ガルド、この村、とにかくひどく臭いから無理。まだ気持ち悪いわ」


 水汲みに行く十人、それぞれの石造りの家のそばに茸を焚いてまわる十人、アジトの全員の食事を用意する二十人、休暇で役目がない十人、排泄物を沼に捨てに行く十人……これがこの林の中の石造りの街の廃墟にいるだいたいの人数だ。


 残りニ十人は遠出していて、空き家が必ずある。

 俺たちが案内されたのも、遠出している奴らの家らしい。


 俺が思わず沐浴嫌いのレリオを大河バールに投げ込んだのも、たしかに俺も臭いと思ったからだ。


 このアジトになっている廃墟の街の中でも、一番大きな建物で全員分の食事が作られている。

 スカベたちは、一日に一食だけの生活をしている。

 辺境の果実酒造りの村で、奴隷にされていた連中よりかはましだけどな。

 草原で、食材が身近にあるユルタの民は、一日三食、毎日しっかりと食べて体調を整えていた。


 スカベたちは、水汲みの役目になった日に、大河バールで沐浴をすることが許されている。

 あと排泄物を沼に捨てに行ったあとは日暮れまでに、沐浴を済ましてアジトに帰る決まりとなっている。


 沐浴嫌いのレリオでも排泄物を回収して沼に捨てに行った日ばかりは、ちゃんと沐浴をしているとスカベの奴らから聞いて「当たり前です!」とソフィアが怒っていた。


「鶏肉だな……こっちは何だ?」

「フェンリルの旦那たちは、カエルを食べたことないんですかい?」

「え……か、カエル?」

「いやあ、フェンリルの旦那たちのおかげで、俺らも今夜はごちそうにありつけやしたぜ!」


 ソフィアが深いため息をついてから、席を立つ。一人で食堂から、ふらふらと出て行った。


「シームルグの姉御は、どうかしたんですかね?」

「……まだ、気分が悪いんだろう」


 俺は子供の頃は果実ばっかりだったから、人間たちの肉食いに慣れるまでは、気分が悪くなったもんだ。


「カエルの肉は、鶏肉と魚の間みたいな感じで、油っ気がない感じだな」


 鶏肉と一緒に煮られたカエルの脚の肉を俺は食べた。

 食える時に、目の前にあるものをただ食う。その味は、食ってみなければわからない。


「このアジトで、鶏を飼っているわけじゃないよな?」


 この林の中で、鶏か、それに似たような鳥がいて捕まえたりできるのかと、俺は聞いてみた。


 遠出している仲間が鶏肉を持ち帰るらしい。他にも生活に必要な品物を集めてきて、再利用していることがわかった。


 俺が、ここのやり方で気にいったのは水汲みだろうが、糞尿捨てだろうが、性別も年齢も関係なく、全員で協力し合っていることだ。

 パルタの都の小貴族たちと、仕事の分担の考え方だけは似ている。


 酒は飲まないで茸の苦味のある茶を、少し表面がひび割れた木製のお碗でみんなで雑談しながら飲み終えると、食堂から、それぞれの小さな巣に帰っていく。

 ターレン王国については、誰も知らないようだった。


 スカベたちは、遠出して帰ってくると持ち帰ってきた品物を山分けして暮らしている。


「ああ、ガルド、貴方が帰って来るまでに三人ぐらい窓から中をのぞいていて、目が合うと逃げて行った。気持ち悪いったらないわ!」

「食事の途中でソフィアが帰ってなかったら、俺たちの荷物が半分になってたかもな」


 このスカベの奴らは、仲間の使っている物を必要な奴が拝借して使っている。

使い終わると返す。そうやって助け合って暮らしている。


 廃墟がここにあったから使っている。近くに臭い腐った沼があるから、もともとは街だったところに、人が住まなくなったんだろう。そこをスカベたちがアジトにしている。


 俺たちは荷物をまとめて、夜のうちに大河バールの岸辺に戻り、急いで水浴びをした。

 月明かりのおかげで、林の中よりも河のそばの方が明るい。

 

「ガルド、私、もう臭くない?」

「ああ、俺も臭くないか?」

「大丈夫です。あのお肉、ちょっと腐ってませんでしたか?」

「だから、奴らはちょっと苦い茶を飲んでいたんだろう」


 ソフィアがカエル嫌いになったのは、スカベたちのアジトに行ったからだ。


 スカベたちは、いろいろな品物を拾ってきたのか、かっぱらってきたのかわからないが、安宿でも金を払って泊まる方が安心できるのは間違いない。


 翌日、俺たちは河沿いをまた北へ進んで旅をすることにした。

 そのあとはしばらく、スカベたちと再会することはなかった。





+++++++++++++++++

サルノコシカケという茸を燃やして、煙を立てると蚊が寄って来ない。

キャンプをする人の知恵ですね。



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