第436話

 俺たちは、河沿いに北上する旅のルートを選択した。


 そこで俺たちは、ユルタの民とはまた異なる奴らと出会うことになった。


 ソフィアは小さな村があると思っていたが、廃墟の遺跡に住んでいるスカベと呼ばれている奴らの集落の独特のすえた臭みに慣れず、ソフィアは何度も喉の奥からせり上がってくる吐き気に耐えかねて、道端でしゃがみ、俺は背中をさすっていた。


 あと辟易したのは血を吸いにくる小さな羽虫で、刺されても痛みはないくせに小さく腫れてあとから痒みがある。

 腕についた羽虫をバチッと俺は叩く。

 ソフィアは顔のそばに飛んできた羽虫をしきりに手で追い払っていた。


 川沿いから少し東に外れるが、林があって、大地は少し緩やかな丘陵になっている地域がある。

 林の中には廃墟があり、血を吸う羽虫が飛び回り、すえた臭みが染みついてしまいそうなスカベたちの集落があった。


 なぜそんなことになっているのかといえば、同じ林の中に腐った水の沼があって、そこで嫌な羽虫がわいている。


 スカベたちは腐れ沼に何でも捨てる。

 自分たちの糞尿もそこに捨てる。

 水にはポコポコポコポと気泡が上がってきていて、それでいて木漏れ日が水面を照すと鮮やかな緑色をしている。

 すえた臭みはこの腐れ沼のせいなのかもしれない。この腐れ沼には俺も頭痛がしてきて、ソフィアなら気絶しかねないと思った。


 スカベたちの廃墟の集落には、木桶もあるし、ターレン王国で見かけるテーブルや椅子もあった。

 井戸はない。大河バールへ、集落を夜明け前から出発して、昼すぎまで往復してスカベたちは水を運んでいる。


 俺たちは河沿いで、ユルタを組み立て寝泊まりしていた。

 俺がガバッと目を覚まして、ユルタの出入り口に目をやると、織物をめくって髭のぼそぼそのびた顔が見える。

 俺と目が合った奴の顔が引きつったのと、俺が裸のまま立ち上がったのは同時だった。


「ソフィア、来るな!」


 俺はユルタをのぞいていた奴を追いかけ、肩をつかんで引いた。

 見下ろすと、ひっくり返った奴の顔がひどく垢じみて肌も荒れているのに気づいた。髪もべっとりして、肩のあたりまでのびきっている。

 こういう奴は、王都トルネリカの貧民窟でたまに見かけた。


「ふひいぃっ!」


 ドボンと派手に水しぶきを上げて、奴は俺に大河バールに投げ込まれた。


 沐浴嫌いのレリオとスカベたちの仲間から呼ばれている奴だった。

 水くみの役目をさぼって、いつもの水場に来ると、見慣れないユルタを見かけて、中をのぞき込んだところだったことがわかった。


 あまり手癖がいい奴ではないのと、沐浴嫌いで不潔で臭いので、俺が河から慌てて上がって来ようとしているレリオの頭を蹴って、また河に落とすと、騒ぎを離れて見ているスカベの連中が、指をさしてゲラゲラと笑っている。


 俺は寝起きで全裸だった。そのままユルタを飛び出したので、俺が全裸なことを笑っている連中がいると思った時、ソフィアが服や長年愛用のブーツを持って小走りで近づいてきた。


「朝から何の騒ぎですか?」

「とりあえず、あいつらも河に投げ込んでくる」


 俺も河で体を洗い流してから、髪はまだ濡れたまま服を着ている間に、ソフィアはずぶ濡れの全員を座らせて、剣を鼻先に突きつけながら、説教していた。

 街道沿いの遠征軍の駐屯地でも、すぐに訓練でへばる連中に、ソフィアがよく説教をかましていたのを、俺はそれを見て思い出した。


 俺を笑っていたわけではなく、沐浴嫌いのレリオを笑っていただけだったことを奴らが言い訳すると、ソフィアがニッコリと作り笑いを浮かべて、スカベの連中はびびりまくっていた。


「ガルド、耳と鼻は切り落としたら、どっちが痛いのかしら?」


 ソフィアも全裸で俺に身を寄せて眠り込んでいたところを、レリオにのぞかれたとわかって、俺が飛び出した時は呆然としていたけど、あとから怒りがわいてきたようだ。


「ソフィア、この岸辺は、奴らの水場だと言っている。そこに俺たちがユルタを勝手に設置したんだ。もう、許してやろう」

「えっ、何で許すんですか?」

「うわああっ、殺されるっ!」

「人が話している時に、なんなの。うるさいわね!」


 悲鳴を上げて、ソフィアに「うるさいわね」と言われたのは無精ひげのレリオで、他の連中は、ああっ、騒ぐなよ、せっかく許してもらえそうなのに、という感じの顔で、レリオをジーッと見つめていた。


 俺が気になったのは、ユルタの民とちがって、この連中は剣が刃物だとわかってびびりまくっていることだった。

 つまり、剣や武器を使っている連中が近くにいるってことだ。


 俺はソフィアに小声で耳打ちして「もしかすると、近くに街ぐらいあるかもしれないから、こいつらから話を聞き出そう」と言った。

 ソフィアがこくりと俺に微笑してうなずいた。


「フェンリルの旦那」

「シームルグの姉御あねご

 とスカベの連中は、俺たちを呼ぶことになった。

 ターレン王国では、俺たちは宮廷議会の重鎮であるモルガン男爵とその手下の執政官ベルマーを討伐した貴族殺しの重罪人扱いで、ガルド、ソフィアという名前が知られているのを警戒して、テンカたちがつけてくれたあだ名を、俺たちは使うことにした。


 十人ほどの水くみ係を捕まえた時、俺はこいつらのアジトが、テンカたちよりも多い人数の集落になっているとは思ってなかった。



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