第434話

 俺たちは、もっと北へ向かって旅に出ることに決めた。


 このまま、テンカの仲間として暮らしてみるのも悪くない。


 もっと南へ行けば、テンカの仲間たちと同じように、ひょわわ羊を連れたユルタの民がいるらしいことも、話を聞いて一緒に酒を飲んでいるうちにわかった。


 やがて、草原が荒れ地になり、気温が下がる北方の地域があるらしい。

 そこはひょわわ羊の草がない。また、ユルタの民の毎日食べている草の実や葉が手に入らない。


 大狼は北から、神鳥は南からやって来て草原で出会ったという伝承を俺たちは聞いた。


 ハルハのように獣の耳やしっぽのある変わった人間がいるとすれば、どっちなのか?


 テンカの仲間たちは北寄りの地域のユルタの民で、このまましばらく誰も子を身に宿さなければ、南の地域の仲間に会いに行ってみるらしい。


 夜に冷え込むということは、これ以上北へ進んで行くと冷え込みは厳しくなるので、ひょわわ羊たちもかわいそうだけど、ユルタに閉じ込められて暮らさせるのはもっとかわいそうだと、テンカたちは言っていた。


 餞別にテンカたちは、ユルタを一つと立て襟のひょわわ羊の毛の糸の服を分けてくれた。夜に冷え込んでも、着て寝れば凍えることはないと。


 テンカたちの祖先は、北と南からやって来たにちがいない。

 とにかく草原は広い。

 はぐれひょわわ羊がいるということはもっと北にも、まだ草原が続いていると考えられる。


 テンカたちのユルタの民はこのあたりから北へは行かないが、似たような人間だけでなく、ハルハみたいな獣と人間がくっついた奴らが暮らしているかもしれない。


「ガルドとソフィアは、オークとフェアリーみたいだね」


 ハルハはそう言っていた。

 テンカたちは、ハルハと同じような仲間を俺たちが見つけたら、ハルハが草原ではぐれて一人でいると伝えてくれと言っていた。


 もしもハルハがひょわわ羊をなつかせるテイマーじゃなくても、テンカたちは仲間として受け入れただろう。


 ひょわわわわ~!


 俺が解体したユルタをまとめて担ぎ、他の荷物を、ソフィアがひょわわ羊の糸で作った背負い袋、腰のあたりにはそれぞれ横長に丸めた毛布をくくりつけて、テンカたちに見送られて出発した朝、ひょわわ羊が朝の光に目を細めながら、一斉に鳴いていた。

 

 ターレン王国のパルタの都に突然、戻ることだってあるかもしれない。

 それは俺たちにはわからないことだ。

 俺の親父のオークや母親のルーシーのいる森と湖と朝や夜には霧深いところに行くことあるかもしれない。


 どこに行ったって同じこと。

 俺は生きて、どこかでくたばる。

 それは変わらない。


「私が気が済むまで貴方について行きますよ。でも、ガルド、気が変われば、一人で生きて行くかもしれません」

「好きにすればいいさ」

「また二人で旅に出られるとは思いませんでした」

「俺がテンカたちの仲間として暮らしていくと思ってたのか?」

「ええ、かなり楽しそうでしたから」


 ソフィアは、そう言いながら歩き続けている。


「ソフィアは、ハルハみたいにテンカたちと暮らしていても良かったんだそ。あの暮らしは王都トルネリカの貧民窟にくらべたら、ずっとましだからな」

「貴方を一人にしておくと、どこか遠くに行ってしまう気がして……今も二人で草原に来てますし」


 土を捏ねて土器で水瓶から鍋から器用に作り、祈りを捧げて水を呼び出すだけでなく、野郎どもを興奮させる不思議な乳を出すおなごたちと暮らしていたら、俺はソフィアではない他のおなごたちに手を出していたかもしれない。

 そうなったら、ソフィアは泣くか、俺が手を出したおなごと大喧嘩になって決闘騒ぎになるか……。

 あまり、楽しいことにはならないのは明らかだったからな。


 美人のソフィアがテンカたちの仲間として残ったとしても、おかしな騒ぎにはならないだろう。


 ユルタの民のおなごたちは、自分のだんなたちの心を、呪術の力なのか、しっかりつかんでやがる。


 ガルドはでかい、というのは体つきだけのことだけじゃないとアジュレは俺たちに言った。

 アジュレは、テンカに惚れられているというだけじゃなく、水を呼び出すことも、土器を作り出すことも、でかい胸をしているだけじゃなく、いろいろ器用にこなす。


 煙の立ち昇り方で、目の前にいる奴にどれだけ隠れた力があるかを、アジュレは占うことができる。

 他のおなごたちには占いができない。

 自分のだんなが元気がないとか、子供の様子がおかしいとか、そういう時は、アジュレに占ってもらうと、良い考えが浮かぶという不思議な話をソフィアが聞いてきた。


 おとぎ話は信じないくせに、ソフィアはアジュレの占いとやらを「ねぇ、やってもらいましょうよ」と俺に言った。

 俺は考えて、断ったらテンカの仲間のおなごたちとソフィアが気まずくなるかもしれないと思ったので、しぶしぶアジュレの占いとやらを二人でしてもらうことにした。


「ガルドは強いだんなだねぇ、どんなおなごもまいっちまうだろうね」


 俺の親父たちは満月の夜には、一晩中ずっと眠らなかったぞ、とアジュレに話してやった。

 親父たちの大興奮にくらべたら、俺なんてかわいいもんだ。


「あたいらの水を呼ぶ力や泥に形をつけて入れ物を作ったり道具を作る力と、ガルドの体に隠れた力は同じものさ。ソフィア、ガルドはすぐに傷とかもきれいに治っちまうんじゃない?」

「はい、あと何日も食事をしなくても、眠らなくても、ガルドはけろりとした顔をしています」

「他の連中の鍛えかたが甘っちょろいだけだ」


 俺は親父たちと殴り合って、負けたり果実を奪われたら食えなかったからな。

 ガキの頃から鍛えられかたがちがう。

 くたばりかけるギリギリのところまで体が追い詰められて、本当にふらふらになると、母親のルーシが自分の果実を俺に分けてくれる。

 親父たちは、その時だけは奪ったり殴ったりしない。

 眠らずに何日も果実のある樹を見張っていて、親父たちの隙をついて急いで木登りしてもいで逃げたりしてたからな。 

 俺の体は頑丈に鍛えられてるんだ。


「鍛えられているかどうかじゃなくて、もともと何かちがう気がするんです」

「アジュレ、俺は卵の殻を殴ってぶっ壊さないと、くたばるところだったのは、なんとなく覚えてるんだ」

「卵で生まれてくる人もいるんだねぇ、まあ、あたいらも、ひょわたちだってはらんだら、おなかがふくらんで、卵みたいに中に子を宿すから、似たようなもんかもねぇ」


 アジュレはそう言って、壺の中に乾燥した草を入れて、煙がゆらゆら立ち昇るのを俺たちに、ただ見つめるように言った。ほんのり甘い匂いの煙だった。


 俺とソフィアはその時に二人で草原に夕日を浴びてユルタを組み立てているのを思い浮かべた。


「あたいらは、そばにいたのかい?」

「いなかったな、ソフィアはいた」

「同じことを思い浮かべるなんて、ちょっと不思議な感じです」


 アジュレは占いの結果をテンカに話して聞かせて、餞別にユルタや織物の服や毛布を分けてくれた。


「あんたたちが旅に出ることが、今、決まったみたいだね。しばらくあたいらと一緒に暮らしても、必ず二人でまた旅に出るってことさ。食いしん坊のガルドが困らないように食べられる草の実を教えてあげるから、また明日もおいで!」


 



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