第431話

 俺たちは、女伯爵に元奴隷商人の牝狐シャンリーが叙任されて来たっていう噂を闇市で聞いた。

 あの牝狐に見つかると顔見知りなのでいろいろ厄介なことにまた巻き込まれそうな気がした。

 あと、モンテサンドやマジャールがうまくやってるらしく、おかしな噂をバーデルの都でも聞かないから、それそろパルタの都に戻ってみることにしたってわけだ。


 モルガン男爵や牝狐シャンリーもかなり一癖ある連中ではあるが、俺を騎士に叙任したランベールが、王になった途端にバーデルの都をバルテット伯爵から没収した時の噂はかなり広まっていた。


 ランベール王が没収しておいて統治者を置かずに放置しっぱなしにしているおかげで、モルガン男爵と執政官ベルマーをぶっ殺した俺たちも、しらばっくれてバーデルの都に潜伏していられた。


 パルタの都までバーデルの都から行くルートは三つあった。

 東側のブラウエル伯爵領へ迂回するルート。

 北へ真っ直ぐ抜ける最短のロンダール領主領を通過するルート。

 北西側のフェルベーク伯爵領を抜けるルートは、闘技場の賭け試合で俺たちは荒稼ぎしたので、悪目立ちしていた。

 俺だけなら気にすることもないが、ソフィアを連れているので避けたい。


 ブラウエル伯爵領に迂回して日数をかけて旅をするほど、俺は図体がでかいので目立つ。ブラウエル伯爵領には、ジャクリーヌという地方貴族派閥の情報通の有力者がいるのが、ちょっと厄介とソフィアが気にしていた。

 モルガン男爵の養女だけあって、宮廷議会の内情は俺なんかより、ソフィアのほうが詳しい。


 そこで俺たちには情報も何もないが、バーデルの都で性悪な牝狐シャンリーに見つかるよりはましだろうと、ロンダール領を通過する最短の北上ルートで旅をしていた。


 ユルタの民のテンカの仲間たちと合流した。同じようなユルタが六つ並んで設営されていた。

 このユルタを、遠征軍の装備品にしたら、かなり便利そうだ。

 たためば、俺が一人で一つ運べる。体力のない連中でも、まあ、三人がかりなら一つ運べて、設営に時間がかからないのはいい。

 村を見つけなくても、野営地がすぐできあがる。


 テンカとちびっこのハルハが、仲間たちに、ターレン王国について知らないかと聞いてまわってくれた。

 知っている者は誰もいなかった。


 テンカの仲間たちも草原でひょわわ羊を飼いながら生活している。だが、いっぺんに三十頭を引き連れて歩けるのは、テイマーのちびっこハルハだけらしい。


 十頭ずつを順番で散歩に連れ出し、一人あたり二十頭を飼っている。

 テンカはちびっこハルハのおかげで、仲間うちでは三十頭を引き連れていて偉いと思われているのと、ハルハが草原で迷子になったひょわわ羊を他の羊たちを使って探すこともあって重宝されているということらしい。


 ハルハはちびっこだが、よく働く。

 俺たちがテンカの仲間たちから情報収集しているあいだに、ひょわわ羊たちの乳しぼりを、女性たちとまざってやっていた。


 ハルハが来た時は、どのひょわわ羊もおとなしく乳しぼりをさせてくれるらしい。普段はどうなのかというと、嫌がって逃げ回ってしまうそうである。


 ひょわわ羊は、ユルタの民が草原で暮らすよりも前からずっと、この地にいた生き物なのだそうだ。

 ユルタの民は、基本的には草の葉や小粒の実をひょわわ羊の乳で煮込んだ粥というスープを食べている。


 乳に酒をまぜて六日ほどすると、ほどよく酸味がある酒ができあがる。

 全部飲んでしまう前に、ちょっと碗ですくって酒にするのをずっと受け継いで作り続けている。


 他にユルタの民の仲間がいるのかをソフィアがたずねてみると、いるはずだけど草原が広すぎて、めったに会わない。


 他の仲間たちと出会った時だけは、ひょわわ羊を数頭をつぶし、肉を煮込んで柔らかくして食べる宴をするらしい。


 獣人族のテイマーという者がいるというのは、ユルタの民の言い伝えだった。


 ユルタの民の大人たちは、ハルハがどこから来たのか、よくわかってない。


「ガルドとソフィアと同じ。草原でひょわたちが見つけた」


 とテンカが、仲間たちに話して聞かせていた。


 ガルドは、父親の片腕オークと母親の人間ルーシーのところから、一人立ちして群れ離れした時に感じたような、めまいと頭がぼんやりする感覚があった。

 そして、気がついたらソフィアも隣で眠り込んだように、ぼーっと立っていて二人とも、ひょわわわ、ひょわわわという鳴き声の大合唱に囲まれていた。


 生まれ育った森と美しい湖の土地が、どこにあるのか、ガルドはよくわからない。めまいとぼんやりした感覚のあとはニアキス丘陵にいた。


 テンカの仲間たちの男性だけが集まったユルタで、ガルドは呼ばれ、酒を酌み交わしながら、土器のお碗をながめ、これはどうやって作るのかとたずねた。


「俺っちたちは知らん。おなごらが作ってくれる。ユルタもそうだ」


 ソフィアは別のユルタに呼ばれ、ガルドと同じ質問を、おなごたちにしてクスクスと笑われていた。


「ソフィアは、ハルハとおんなじだね」


 ソフィアに、獣人族のちびっこハルハはテンカのひょわたちが見つけてきて、水を作ることも、土器の作り方も知らない子だとおなごたちが語った。


 ユルタの民のおなごたちは、あまり食べないが酒はたくさん飲む。

 ソフィアは、ひょわわ羊の乳酒を三杯も飲めばすっかり酔ってしまう。


「ソフィアのだんなは体がでかい。他のあたいらのだんなよりでかい。だから、大変じゃないのかい?」


 ハルハはソフィアの飲みかけだった乳酒をサッと横から手を出して飲んで、にこにこしていた。

 今はすぅすぅ、おだやかな寝息を立てながら、気持ち良さげな寝顔になって、ソフィアの膝枕で寝入っている。


 

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