Change the World 編

第430話

 ひょわわわ~!


 奇妙な鳴き声を上げる生き物に囲まれて、俺たちは困ってしまった。

 というか、ここはどこだ?


 俺とソフィアが真昼の草原で「ひょわわ羊」に囲まれていると、とてとてとたどたどしい足取りの幼女が「あれぇ、集まっちゃって、どーしたの、みんな?」と羊の間からひょいっと顔を出した。


「あっ、ガルド、あの子、頭から垂れ耳が生えてる……か、かわいい」


 俺はこの状況の中で、口を半開きにして、ぱちぱちとまばたきして立ちすくんでいる獣人娘の子供と、やけにテンションが上がっているソフィアが、にこやかに微笑しているのを見て、どうしたものかと腕組みをして、ひょわわわ、ひょわわわ、という体から気の抜けそうな声を聞いていた。


 羊飼いの「お手伝いだぞっ、えらいでしょ?」という垂れ耳の獣人娘の幼女にしか見えないハルハから、これは、ひょわわ羊と教えてもらった。


 ソフィアが「うん、うん、えらいね。このもふもふの動物はひょわわって鳴くから、ひょわわ羊って言うのね」と、ハルハと並んで手をつなぎながら歩いて話していた。


 ひょわわ羊、あと、獣人族というものに、俺たちは初めて遭遇した。


「ターレンってどこか知らんけど、俺っちの仲間で、知っとるもんがいるかも」


 テンカという羊飼いの青年と獣人族の子供のハルハ。

 この草原の草を食べさせながら、三日ほど遊ばせたあと、集落に帰るというのを繰り返しているという。


 ひょわわ羊の三十頭の群れと一緒に夕暮れ時まで、羊飼いの青年テンカに背負われて眠っているハルハの寝顔に、またソフィアがまたうっとりしているのは放っておいた。

 俺はパルタの都に戻るために、バーデルの都から北上して、とりあえずロンダール領の方向へ旅していたのを思い出しながら、ユルタと呼ばれる円形の家代わりにしている大きめの天幕がぽつんと一つあるのが見えるあたりに到着した。


「おーい、ハルハ、起きな、ユルタについたぞぉ!」

「うにゅ~」


 テンカは、背負っていたハルハを地面の草の上にゆっくり降ろす。すると、ひょわわ羊の一匹がハルハの頬をぺろっと舐めてハルハを起こした。


「あじゅ~、ただいま~!」


 ハルハがとてとてとてと、ユルタに向かって小走りに走っていくと、ひょわわ羊たちがついていく。


「あの動物たちは、ハルハによくなついているな」

「そりゃ、そうだ。ハルハはテイマーだからさ」


 動物をなつかせるのが得意な獣人族をテイマーというらしい。

 ソフィアも人間だが、ハルハにすっかりなついてしまったようだ。


「おっ、ハルハ、帰ったのかい。おかえり!」

「むふふふっ」


 ユルタから出てきたちょっと豊満な髪を三つ編みに一本に束ねた黒髪の女に、ハルハが飛びつく。

 しゃがんだ女の胸のふくらみのあたりにハルハの顔が埋っているが、うれしそうに笑っている。


「ハルハ、ひょわたちを水場に連れていっておやり」

「はーい、行くよ、みんな!」


 ぞろぞろとひょわわ羊の群れが、ハルハについて行く。


「あたいはアジュレという名前さ。あんたらは?」

「ガルドだ」

「初めまして、私は、ソフィアと申します。あの、旅の途中で……」

「でかいのが、ガルド。あたいと同じ女がソフィアだね!」


 話の途中で、にっこりと笑ったアジュレに、指さし確認されながら名前を呼ばれ、ソフィアがちょっと困った顔をしている。


「テンカ!」

「おう、アジュレ、帰ったぞぉ!」


 がばっと抱き合う二人に、目のやり場に困ったソフィアが、俺の顔をチラッと見た。

 見ても抱き合ったりしないぞ。


「アジュレ、他の奴らは?」

「ん~、もう少しあっちに行くって言ってたねぇ」


 沈む太陽とは逆だから、東にテンカの仲間は移動したらしい。

 アジュレは、テンカとハルハが羊の散歩に出かけていたかは、一人で残ったらしい。


「ついて行ってもよかったんだぜ」

「あたいが、テンカとハルハを待ってたかっただけだよ」


 テンカによれば、ひょわわ羊はとても耳がいいらしく、他の仲間も連れて歩いているひょわわ羊の群れと、ちゃんと合流するから、アジュレが移動していても見つけられるらしい。


「もう日が暮れかけてっから、俺っちの仲間に、ガルドたちを合わせるのは、明日でいいか?」

「それでいい。テンカ、悪いな」

「気にするなよ、ガルド、アジュレのユルタで、ゆっくり休んでくれ」


 ひょわわ羊の骨や毛織物で作られたユルタという家代わりの天幕テントは広く快適だ。

 俺たちのために、テンカが急いで組み立て、夜になったばかりの頃には、テンカたちのユルタの隣に、もう一つのユルタが並んでいた。


 テンカと飲んだひょわわ羊の乳の酒とやらも、なかなかうまかった。


「このスープは?」

「草の実の粥だよぉ」


 ハルハがそうソフィアに言って、けらけらと笑っていた。


「あたいも、ターレンってとこれは知らないねぇ。ずっと日の昇るほうに行くと海の都があるって聞いたことがあるけども、テンカ、そこかねぇ?」

「俺っちも海の都なんて行ったことねぇし、水がしょっぱくて飲めねぇところなんざ、ひょわたちが困るよ」

「ははっ、そうだねぇ」


 ひょわわ羊のことを、テンカたちはひょわと呼んでいる。


 見たことのない料理で、あまりズシッと腹にたまる感じはしないが、夜になると急にユルタの外の草原は、満天の星空の下で風が冷たくなった。

 テンカのひょわわ羊に俺たちが見つけられてなければ、すっかり冬のような寒さにくたばっていたかもしれない。

 草の実の入ったひょわわ羊の乳のスープは。とても暖かく、酒も体を暖めてくれた。


「ひょわわ羊は外で平気なのですか?」

「あたいらにはない毛がたんまりあっからねぇ。あたいらは、ユルタがなきゃダメだけどさ」


 ユルタの民、ひょわの民、と呼ばれている草原で暮らす連中のテンカとアジュレ、そして頭に犬っころみたいな垂れ耳のあるハルハに、俺たちは拾われた。




+++++++++++++++++

大河バールの東側と、ガルドとソフィアの物語スタートです。



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