第429話

 帝都の大酒場、三日月と黄金の薔薇亭では、冒険者ギルドの受付嬢アーヤと令嬢カレンが女店主の情報屋リーサが、トービス男爵から依頼されて将軍クリフトフと商人シャーロットに同行して、ゼルキス王国へ旅に出ている期間中は、店を二人で仕切って切り盛りしていた。


 受付嬢アーヤと令嬢カレンは、情報屋リーサをめぐって恋敵の、いわゆる恋の三角関係だった。


 三角関係である、ではなく、三角関係だった……なのには理由がある。

 情報屋リーサは歳上のクリフトフと、アーヤとカレンが気づいた時には、すでに交際中だったからである。


 冒険者ギルド長で、ゼルキス王国の全軍指令官の将軍クリフトフが帝都へ訪れる前から、貴族令嬢カレンとの恋の噂があった。

 エルフェン帝国の中原地域の貴族は、結婚と恋愛は別というのも、よくある話なのである。


 農場の村を運営する貴族は、それぞれ伯爵家と名乗っている。

 農園の村は婚姻によって、家のつながりがある。資金などを協力しあって、農場の村を経営しているのである。

 そのため、恋愛関係はまったくない相手と入籍することもある。


 エルフェン帝国は同性婚も認められてはいるが、あまり一般的にそこは知られていない。学院で法律を学んだ一部の者ぐらいだろう。

 これはエルフ族が女性のみの種族てあることに由来している。

 伯爵は世襲制なので、異性婚が一般的なのは、エルフェン帝国成立以前の風習の名残りである。

 長男が受け継ぐという考えはとっくに廃れていて、次男だろうが、次女だろうか関係なく、親が隠居する時に、成人している子に伯爵の地位を継がせる。

 十八歳で成人と考えるか、二十歳で成人と考えるかは、その伯爵家の一族の慣例でちがっている。

 

 エルフェン帝国で女侯爵の地位が与えられているのは、クフサールの都の大神官シン・リーだけである。


 エルヴィスの一族は土地柄から提督の敬称で呼ばれているが、厳密には侯爵のを与えられるはずだった。しかし、軍人としての地位を望み、認められて提督と名乗るのを許されている。


 恋愛関係がある相手と婚姻することもあるが、世襲制の都合から、同性婚の場合は自分の縁者から爵位と農場の村の運営を継ぐ者を選抜することになる。

 伯爵の地位を継がない者で貴族の血統の者には、公務を任ぜられて優秀な場合は男爵、その他は子爵や令嬢と呼ばれるが婚姻前の若い伯爵家の男子を子爵、女子を令嬢と呼ぶ方が一般的である。


 たとえば、A伯爵家のなにがし様、と成人していると、どちらの性別でも呼ばれる。

 伯爵様、女伯爵様と貴族たちから呼ばれるのは、夫婦のどちらも農地を所有している場合である。また村人たちからは領主様と呼ばれることがある。


 令嬢カレンはまだ未婚で、学院ではエリザとは学院でのご学友という間柄であるが、親友という意味ではなく同級生という意味である。

 

 卒業後、主席のエリザが宰相の地位に十九歳の誕生日――エルネスティーヌ女王陛下が、聖女エリザとエルフ族の会議で、娘として人間でも育てますと宣言した日に就任すると、令嬢カレンはエリザに憧れていたがあきらめて、三日月と黄金の薔薇亭でやけ酒を飲み、女店主のリーサに介抱されてから、ずっとなついて惚れている。


 アーヤは冒険者ギルドの受付嬢との副業で、三日月と黄金の薔薇亭のウエイトレス、料理人、さらにリーサから会計まで任されている親友……ぐらいがちょうどいいと思い続けてきて、リーサに恋心を告白することもなく、本心を隠してきたので、恋にまっしぐらな令嬢カレンを羨ましいとさえ思っていた。

 冒険者たちから惚れられている受付嬢だけれど、誰にもなびくことがない。そんな公平さからも、かなりのファンがついている。


 令嬢カレンが「リーサお姉様が、あんな中年男なんかに心奪われるなんて、絶対に許せません!」と言いながら、相手がゼルキス王国の将軍で、冒険者ギルド長だと知ると、伯爵家令嬢よりも社会的な地位は上だとわかり、とても悔しがっていた。


 たしかに、リーサは二十代後半、クリトリフは四十代後半、親子以上の歳の差がある。クリフトフは、逞しい体つきであご髭を生やした、いかにも戦士といった見た目の人物で、熊将軍とゼルキスの兵士からはこっそり呼ばれている。四十代後半には見えない活力がある。

 令嬢カレンは、クリフトフの実年齢よりも五歳以上は若い中年男性だと誤解している。


 受付嬢アーヤは、カレンの酔っぱらって半べそになってこぼしている愚痴を聞いて、ただ優しく頭や肩を撫でてやりながら、アーヤの失恋の悲しみは、カレンと同じかそれ以上なので、悲しげな表情を浮かべていた。


「アーヤさんだって、悔しいでしょう。私、アーヤさんがリーサお姉様のことが好きだって知ってるんだから」

「私は、リーサが幸せだったら……」

「嘘つき、いくじなし……ふぇぇっ、アーヤさん、ごめんなさいっ!」


 営業中は二人とも笑顔を作り、忙しく働いているが、閉店後になると泣きじゃくる酔っぱらいの令嬢カレンをただ許して、アーヤはそっと抱擁すると、泣き止むまで、失恋した乙女の背中を優しくさすっていた。


 


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BGM/悲しみよこんにちは 斉藤由貴


 フランソワーズ・サガンの小説と同じタイトルの一曲を。



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