第426話

 賢者マキシミリアンやセレスティーヌと再会して、ニアキス丘陵のダンジョンか、ゼルキス王国の王都ハーメルンにある瞬間移動ワープの魔法陣で、うまくすればエルフ族の王国まで……ということも、エリザはかなり期待していた。


「エリザ、魔法陣でエルフの王国に行けるなら、帝都の魔法陣でも行けると考えなかったのですか?」


 セレスティーヌはエリザに肩をすくめて、軽くため息をついて言った。


 ターレン王国へ迷子になって来てしまって、魔法陣で陸路ではないルートで瞬間移動ワープできたらいいのに、とエリザは思ったけれど、帝都から出発した時は、ややこしいけれどちゃんと世界樹のあるエルフの王国に到着できると疑ってなかったと、セレスティーヌに叱られたあとなので、気まずそうに、エリザは「でも……」「だって……」と不満気に小声で話した。


 エリザなりにマキシミリアンやセレスティーヌから説明してもらって考えてみると、この世界は、一つの現実だと思っているけれど、何層もレイヤーを重ねられたデジタル画みたいなことになっているみたいなことになっているのを、エリザは想像した。


 一枚のデジタル画の線画のくまちゃんの顔のイラストがあるとする。

 レイヤーとは、透明なシートのような感じを思い浮かべてほしい。

 透明なシートAに下描きの線画が描いてある。

 透明なシートBに目を描いてある。

 透明なシートCに鼻が描いてある。

 透明なシートDに口が描いてある。

 透明なシートEに輪郭が描いてある。

 透明なシートFは輪郭の内側が着色されている。

 これを重ね合わせて、一枚のイラストができている。


 エリザが今、旅をしている場と、世界樹やエルフの王国のある場は、重ねられているけれど、別のレイヤーに描かれているところで、大怪異でつながりかけた冥界も重なりあっている……ということらしい。


 しかし、エリザには大怪異でつながりかけた魔獣の王の蛇神がいる怖い場とは、まったく見えないし感じ取れない。


 下描きのラフ画のレイヤーは隠されて処理される。ベタ塗りのくまちゃんの毛色のレイヤーは、線画の目や鼻や口や輪郭の下に配置しておかないと色が線を覆い隠してしまう場合があるから、重ねる配置の順番を調整しておく必要がある。


 在るように見えていない、無いように見えて在る。

 それを知覚できなくても、覆いかぶせられ重なった着色レイヤーが他の線画レイヤーを隠していたら、その下にある線は無いように見えてしまうので、実際に大樹海にたどりついても、世界樹やエルフの王国は別のレイヤーで、さらに覆い隠されていて見つけられないけれど、存在はしている。


 さらにエリザは、液晶モニターのことを思い出して、世界を認識している感じを自分なりに想像してみた。


 この液晶モニターは、小さな発光しているドットが集まって、画像や動画などを表示している。

 モニターに映されているあらゆるものは、液晶のドットによって表示されている。

 美しい景色、美味しそうな料理、人の姿なども、分け隔てなく加工されない限り、全部映し出される。

 このドットは、あらゆるものになることもできるし、電力が供給されていなければ、発光しないので何にもなれないということ。

 何かになるためには、色のついた発光する必要がある。

 こうしたドットがたくさん集まることで、きれいな景色になったり、可愛い女の子になって映されていると見ている人に感じさせる。

 それに同時に音声や音楽が重ねられることや説明されるフレーズや文章が重ねられていれば、画像や動画を見ている人の感じる印象を変えることもできる。


 ストラウク伯爵からブラーナとチャクラの概念を説明されていて、世界は命の力で満ちていると聞かされて、エリザは液晶モニターの小さなドットがいっぱいあって、見ていても全部、ドットの集まりとは思っていなくて、画像や動画で映し出されているものをまとめて見て、これは景色だとか、食べ物だとか、人が何かしているとか思い浮かべるような感じなんじゃないかと、エリザは思っていた。


 視覚と聴覚だけでなく、他の感覚にも重ねられた情報が感知されていたら、全部、これは現実なんじゃないかと思えるかもしれない。

 

「エリザが、エルフの王国にある世界樹に心と意識を合わせることができなければ、魔法陣でも世界樹のあるエルフの王国に導かれることはできない」


 赤錆び銀貨を手にした元老院の四卿が理想の美青年や美少年に夢で現れるようになった時、自分の老いた現実の肉体や姿ではない、自分の心にある忘れていた自分を懐かしむような気持ちになって、愛したり愛されたいという意識が生まれる。目が覚めた時には、夢の中では、とても全てをはっきりと感じていたのに、すうっと忘れていって、我に返って少し悲しくなる。


 心と意識が夢というレイヤーの中で生きているのに、目が覚めた時には、現実のレイヤーの認識のほうに意識がとらわれて、心には手のとどかないさびしい感じ憧れだけが印象として残る。


 マキシミリアンがエリザに語った心と意識を合わせるということが、自分の記憶だけでなく、それをきっかけにして、もっと大きい他人も感じている共通の世界の感覚から、世界樹やエルフの王国の雰囲気や気配のようなものに意識を飲み込まれずに今の自分を保ったまま重ね合わせなければならないということなのである。


 女神ラーナの心と意識に同調することができなければ、エルフの王国へと帰ることができないということらしい。

 さすがにこれには、エリザも困ってしまった。


「私はどうしたらいいんですか?」


 マキシミリアン公爵夫妻や聖騎士ミレイユ、エルフの王国へ渡ったことのある細工師ロエルや青年セストも、よくわからないとエリザに答えるしかなかった。


 ダンジョンで賢者の石から生成変化してモンスター娘の肉体を得た僧侶リーナと世界樹が呼び合っていた気がするとマキシミリアンとセレスティーヌは言う。


 ロエルとセストがエルフの王国へ渡った時はどうだったのか、エリザはたずねてみたけれど「ルヒャンから帝都に渡る感じとも、ダンジョンからここに来た時の感じともちがう」と、具体的に何がちがうのかロエルは説明できなかった。

 青年セストは、なぜか少し恥ずかしそうに語り始めた。


「すごく誰かを好きで抱きしめたくなるような気持ちになりました。あの、僕の場合はお師匠様と、その仲良くしている時みたいな……あっ、痛いです、お師匠様、脇腹をつねらないで下さい!」


 最後には涙目になって、それ以上、人前で言ったら許さないというロエルの妨害が入ったので、エリザは首をかしげることになった。


「ダンジョンにいるミミックさんに聞いたらわかりませんか?」

「彼女はダンジョンの管理をせずに、エルフの王国で宝箱に戻り、のんびり眠り続けたいと言っているが、エルフの王国に帰れないようだ」


 マキシミリアンからの返答にエリザががっかりしたので、シン・リーはエリザの指先を舐めて慰めていた。


 愛しい誰かと心が一つになってしまったような感覚と快感が、世界樹や愛と豊穣の女神ラーナと心と意識を合わせると呼び覚まされる。

 しかし、エリザはその至福の感覚を知らない。


 ストラウク伯爵の屋敷に集まった中で呪術師シャンリーの亡霊ゴーストも生前に心から誰かを愛したり愛された記憶がなく、また至福の瞬間を知らないので、世界樹とエルフの王国からは呼ばれない。

 シン・リーも、少女だった時に当時の大神官リィーレリアに恋をして失恋も経験しているので、女神ノクティスの力は感じられるが、まだ愛と豊穣の女神ラーナと心と意識を合わせられない。


 神聖騎士団の戦乙女たちは、それぞれの愛する人と仲良しなので、うまく同調できるかもしれない。だが、参謀官マルティナはミレイユに対する片思いを抱えている乙女なので女神ラーナより恋愛の女神ノクティスの心と同調してしまい、やはりエルフの王国へ渡れない。


 アルテリスは、テスティーノ伯爵と結婚してもなお、愛情があふれてしかたないのと、至福の瞬間をよく知っているので、エルフの王国へ渡ることができる。


 これは純粋にして才色兼備の聖女様であるエリザにとって、ある意味では、神聖教団の聖騎士の試練よりも難しい人生の試練といえるだろう。


 誰かと恋をして、恋愛成就のあと、至福の瞬間を迎えて、生きているのは素晴らしいと感じるほどの幸福感が、エルフの王国へ渡る鍵となっている。


 冥界の魔獣の王の蛇神の意識には恋心はあるが、慈しみ愛し合う心は欠落していて、融合して吸収したい欲望を抱いている。

 恋心よりももっと進化したような心が欠落しているので、世界樹が護る世界に侵攻することができない。

 それが世界樹の結界となっている。


 邪神ナーガの創り出した世界の人間たちが油断しているとすぐに絶滅してしまうと悩み、パワーバランスの問題で自分の新世界にはパワーが足りないからだと誤解して、こっそり女神ラーナの世界へ渡ってきて、あれこれとやらかしては失敗して帰らされている。


 邪神ナーガとエリザは、どちらも純粋すぎる。

 そして、それぞれ異なる世界の領域で問題解決のために行動しているが、人間が生きていくためには不可欠な愛については、まだまだ未熟であることに気づく必要があった。




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BGM/「ガンダーラ. GANDHARA」

(ゴダイゴ)1978年の一曲。

 


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