第422話

 エルヴィス号の竜骨に埋め込まれた魔石に宿った邪神ナーガと、元ランベール王の肉体にナーガと交換で憑依合体した女海賊コーネリアは協力して、聖戦シャングリ・ラの世界から、マニプーラワールドオンラインの世界の巨大な球形に見えるエネルギーに突入した。


 女海賊コーネリアが、飛行帆船の中枢にあたる操舵室の船長の椅子で目を覚ました時には、すっかりエステル嬢の容姿から変身メタフォルフォーゼを終えていた。


 女海賊コーネリアがマニプーラの世界から、聖戦シャングリ・ラの世界へ渡ってから、かなりの時代が経過しているはずであった。


 千年王朝の滅亡――魔獣化した宰相にして教祖ヴァルハザードが、アゼルローゼとアデラに吸血され討伐されてから、中原のカナンの地とその周辺の太守が独立を宣言し、群雄割拠の混乱期を迎えた時代に、女海賊コーネリアはカナンの地へ現れた。


 およそ五百年を女海賊コーネリアは、聖戦シャングリ・ラの世界へ渡り過ごしたと考えられる。

 英雄ゼルキスが大陸西域へ渡り王国を建国して、現在のレアンドロ王が十六代目にあたり、カナンの地からゼルキスが難民たちを連れて旅立ち、現在のハーメルンの都の元になっている石造りの建物が残る廃墟を発見するまで十年、それ以前にカナンの地で、コーネリアとゼルキスが過ごした十年間を考えれば、一世代三十年として、およそ五百年ということになる。


 五百年前にマニプーラの世界から、カナンの地へ渡ったように、エルヴィスたちも、シャーアンの都のある東の近海に戻れるのではないか?


 それを狙ってマニプーラの世界のエネルギー体に突入したのである。


 マニプーラの世界も、五百年が経過している……はずなのに、基本的な言語や取引されている貨幣、衣服や建造物などまったく変わっていない。

 それにコーネリアが気づくのは、もう少しあとのことである。


 エルヴィス号は、海上ではなく陸上の空中からゆっくりと高度を下げ、雲の層を抜けて、地上から手のひらより小さな船の形が見えるぐらいの高さで飛行している。


 邪神ナーガは神龍だった時以来の飛行なので、ご機嫌な気分で宙返りしたいぐらいであった。

 宙返りをすると、船内で起きている海賊コーネリアが操舵室に来て、操舵しようとするだろう。

 まだ他の全員は眠り込んでいて、ベッドやハンモックから落ちてしまうし、船内が散らかるのでナーガは、おとなしく飛行を続けている。


 海上しか浮遊できなかったエルヴィス号が、マニプーラの世界で陸上のかなり高い高度を維持しつつ飛行できている。


 海賊コーネリアの亡霊ゴーストと邪神ナーガではエネルギーの力が異なっているだけでなく、マニプーラの世界は大気中の魔素の濃度が、エリザやエルヴィスたちが生活している世界よりも高いために、同じ造りの飛行帆船でも性能が格段に向上したような感じになっているのである。


 ナーガもご機嫌なのだが、船長室で酒を飲んでいる海賊コーネリアも、ほろ酔いで上機嫌である。

 酒が喉を通り、腹に落ちて体を火照らせる感じは、魔石に宿っている時には感じられないものである。

 目覚めて椅子から立ち上がった時には気だるい感じがあった。

 亡霊ゴーストのほうが身軽ではあるが、こうして久しぶりに酒を口にしていると、亡霊ゴーストはどこか頼りない感じがして、魔石に宿っている時よりも、やはり肉体があるのはとても安心感がある。


 さらに高度を下げてゆくと、先方と斜め後方の左右から、エルヴィス号に近づいてくるものがある。


――おい、酔っぱらい、飛んでいて船に近づいてくるやつがいる。ちょっと操舵室に来て確認してくれ。


「うわっ、いきなり思念で話しかけられたらびっくりするでしょうが!」


 ソファーでごろ寝していたコーネリアが、ガバッと身を起こすと、しかたなく操舵室の船長の椅子にしかめっつらで、どかっと腰を下ろして目を閉じた。


(あっ、飛竜ワイバーンだわ!)


►►►


――なんだこれ?

――なんだこれ、鳥かな?

――なんだこれ、喰えるかな?


 エルヴィス号の周囲を旋回しているワイバーンたちの思念を、ナーガはリーディングすることができた。

 本来は神龍シェンロンのナーガである。全てのドラゴン族の神祖といえる神龍シェンロンにとって、人の言語ではないワイバーンたちの竜語の思念を感じ取ることはたやすい。

 ナーガは、ワイバーンの竜語を人間の言語として翻訳して、コーネリアにも伝えてみた。


(ちょっと、飛竜たちは船を食べる気かしら?)

――コーネリア、ちょっと話しかけて聞いてみるか?

(そんなことできるのですか?)

――やってやれないことはない。


 ワイバーンというのは、姿はドラゴンに似た姿をしている。翼の先に三つ指の手がついていて、翼が腕のような形状となっているのと、尾はシュッと細く先端が尖っていて、ドラゴンのように太かったり棘がついているわけではない。


――変な鳥、しゃべった!

――しゃべった、しゃべった!

――嘘だ、聞き間違いだろ?


 ナーガはこの状況を楽しんでいる。

 コーネリアの思念を、ワイバーンの竜語で、それも雌の吠え声に翻訳してやったのである。

 雄のワイバーンよりも、雌のワイバーンの吠え声の方が、少し音域としては高く鋭い。


 ナーガが威嚇すれば、ワイバーンが怯えて逃げていくのはわかっている。

 ナーガは魔獣の王の雰囲気を真似てみてもいい。また神龍シェンロンとして暴れ回り雷を地上やできたての海に落としまくった記憶が、竜族の本能として恐怖として眠っている。


(私はコーネリア、これは鳥ではありません。もう一度言います、これは鳥ではありません。食べられません!)


――鳥じゃないってさ。

――ちょっとかじってみようよ。

――おっきい鳥かもしれない。


 コーネリアの説得をワイバーンたちはちょっと空腹らしく、聞く気配はない。

 コーネリアの思念は、ワイバーンたちにちゃんと吠え声として聞こえているように認識させている。


――しょうがないな~、こらっ、食べちゃうぞっ!


 急に今度は、ワイバーンたちの頭の中にナーガの思念の声が、神龍シェンロンの咆哮として響き渡った。


「ピギャ?!」

「ピッ?!」

「ピィ?!」


 見た目とは裏腹に可愛らしい悲鳴を上げたワイバーンたちが、驚きや頭痛と恐怖で、急速に高度を落としていく。


(ああっ、大変、ワイバーンは群れを作る生き物です。だから、私は攻撃しなかったのに!)


 


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