simulacre(シミュラークル)編3

第420話

 世界の摂理――大いなる混沌カオスから全てが生じ、全ては還る。

 大いなる混沌カオスがエネルギーに満ちていて、世界には空と雄雌一対の神龍シェンロンしか存在しなかった神話の時代には、地上世界は曖昧であった。


 雄の神龍が遥か上空を目指し昇り、エネルギーの球体を視た。雌の神龍がひたすら下降して、地上世界の荒廃を視た。


 男性の快感は昇りつめ炸裂するようにあり、女性の快感は心の中へ深く沈みこんて全身へ拡がる。

 それはこの神龍というエネルギーの上昇と下降ということを受け継いでいる。


 雄雌といってもまだ肉体を持たないエネルギーであり、神聖教団が神話としてカナンの地で伝えられていた伝承から、神龍というキャラクターをアゼルローゼとアデラが、自らの肉体にあるクンダリーニの力とそれを鎮めるチャクラの力を喩えるために作り出した物語であった。


 だから、神聖教団の幹部の二人は肉体に宿っているヴァンピールの血を求める野蛮な渇望を雄の神龍、それを鎮める愛情を雌の神龍として喩えただけで、大いなる混沌カオスや生まれ変わりということを信じてはいなかった。


 ヴァルハザードはアゼルローゼやアデラを魔族へ変えた教祖として、大いなる混沌カオスに関わる世界の摂理から脱却して生まれ変わることや、魔獣や魔族は大いなる混沌カオスに生命の力を還すために存在している滅ぼすものという秘密に気がつき、アゼルローゼとアデラにさらに神話として語り継ぐことを命じた。


 想像した世界は偽りのものではなく、遥か遠い過去や未来の集合的無意識につながっていて、嘘やでたらめではないことを知り「私は死んで肉体が滅びても、再び生まれ変わってくる」とアゼルローゼとアデラに遺言として伝えた。


 ヴァルハザードであった前世の記憶の断片を、悪夢としてランベールはみた。

 そして、前世と同じ世界の命の力を大いなる混沌へ還す者としてヴァンパイアロードとなった。

 皇子ランベールの心が崩壊しかけて、ただの魔獣化しかけていたタイミングに先代の王の亡霊ゴーストローマンが憑依して肉体の主導権を奪い、人の姿の魔族となっていた。

 ランベールの心を救い出した恋人アーニャの亡霊ゴーストはウィル・オ・ウイスプというあやかし、ストラウク伯爵領の巻物スクロールには鬼火として伝えられているものとして、ローマン王の亡霊ゴーストを祓い、冥界と伝えられる領域へ追放したあと、ランベールの心と融合して新たな転生の運命へと旅立った。


 エネルギーが枯渇したままで衰弱していながら、死骸にもならない中途半端な肉体だけが残されて、空蝉うつせみのごとく人の姿の魂の抜け殻だけが残されていた。


 ヴァンピールとなった三人の寵妃たちや法務官レギーネたちと、アゼルローゼとアデラは星詠みの占者たちの力によって出会い、教祖ヴァルハザードは二人と約束したように、転生して生還していたと理解した。


 自分たちが創作した神話が、嘘やでたらめではないことは、人の血と命を奪うことで不老不死となるが、クンダリーニの血の渇望だけに身を任せれば、魔獣化するヴァンピールになって、長い時代を生き抜いているうちに、自分たちの身を持って知ることになった。


 大いなる混沌カオスのための世界から命の力を回収する不死者という特別な強者の存在から、聖女エリザと大神官シン・リーによって、弱者の人間に戻され、さらに再び甘美なる吸血によりヴァンピールに戻してくれると期待していた教祖ヴァルハザードの転生者は、無残な眠り続ける抜け殻と成り果ててしまっている状況に、アゼルローゼとアデラは、ようやく死の恐怖を感じた。


 死んでも、再び人として転生できる者は限られている。

 そう布教してきたのを後悔した。


「女神ラーナのご加護を信じるのです。そして選ばれた者が人として生まれ変わってくるのです!」


 そう信者たちの指導をする神官たちに布教し、修行が足りなければ不老不死となり、人々を導く役目を果たすまで呪われて、真の教祖様が転生するまで生き続けるのだと言い続けた。

 信仰しなければ生まれ変われないと脅かしたほうが、死の恐怖を利用して、人の心をつかみ布教しやすかった。


 その結果、たしかに、教祖ヴァルハザードが転生により復活したのと同じ時期に、神聖教団の幹部アゼルローゼとアデラは人間に戻されてしまった。


 人間に戻されたことを、エルフェン帝国の評議会の会議に参列していた者たちには知られてしまっている。

 これが、最もアゼルローゼとアデラの悩みの種なのである。


 再び教祖となる者が現れたら、役目を終えたアゼルローゼとアデラは不死者の呪縛から解放されると布教し続けていたので、たとえばおしゃべりな小娘エリザが「アゼルローゼさんとアデラさんは、人間に戻りましたよ~」と言いふらせばアゼルローゼとアデラは神聖教団の幹部の地位を剥奪されたりはしないにせよ、新たな指導者――教祖ヴァルハザードと同じ、神聖教団の教祖となる存在は誰なのかと、信者たちが知りたがるのは火をみるより明らかなのだった。


 人間に戻ってしまった以上、エルフェン帝国の評議会の会議に参列していた全員を口封じのために抹殺することは、もう不可能だとアゼルローゼとアデラは判断するしかなかった。


・新たなヴァンピールを神聖教団の幹部として迎え入れたあと、自分たちは人間として寿命を終えるまで引遁して、安全のために身を隠す。

 自分たちが新たな幹部であれば、旧体制の指導者的な立場の人間を生かしておくとは思えない。


・ヴァルハザードの復活を期待して、かろうじて生きている魔獣化しかけている肉体を、聖遺物のひつぎに保存しておく。

 ホムンクルス研究で実験体に心が宿った成功例に賭けて、強い魔力を秘めた魔石を見つけ出し、保存してある肉体へ融合させて復活させたあと、自分たちをヴァンピールに戻させる。


 アゼルローゼとアデラは、ヴァルハザード復活に賭けるアイデアを選択し、時間稼ぎのために、エルフ族のセレスティーヌに自分たちの死後は、エルフ族でランベール王の衰弱した肉体を管理して下さいと頼んだ。


 強い魔力を秘めた魔石に亡霊ゴーストを封じ込め、ランベール王の衰弱した肉体へ融合させる。

 それが可能なら、ホムンクルスの実験体マルティナのようにヴァンパイアロードのランベール王が復活する。

 ランベール王が教祖ヴァルハザードの転生者なので弔いたいという話を、セレスティーヌは、幹部のアゼルローゼとアデラから聞かされていた。


 エルフ族のセレスティーヌは、アゼルローゼとアデラがランベール王の人間に魔石を使い、亡霊ゴーストを融合させ、ヴァンパイアロードを復活するつもりだと、ストラウク伯爵領で話し合っているうちに気づいたのだった。




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