第419話

 神聖騎士団の隊長たちは、集まっている顔ぶれを見て、自分たちの人生とは関係ないような問題を考えている立場の人たちと思い込んで、ストラウク伯爵の屋敷という場から遠慮して離れた。


 また、エリザに対して宰相という立場の印象で流されて判断していた。


 そうした思い込みで判断する癖がある人たちは、自分の思い込みから異なる行動をしている様子を見れば、強い違和感を感じる。

 それでも思い込みだと気づかずに、無理やり思い込みに合わせて解釈して判断しようとし続けることがある。


 踊り子アルバータの考えている自分は吸血されて心にくびきをつけられてしまっているのではないかという不安を、密偵ソラナは想像できない。


 ゴーディエ男爵から踊り子アルバータが自分と同じヴァンピールであることをソラナは聞かされている。

 しかし、どんなきっかけがあって踊り子アルバータがゴーディエ男爵に惚れたのかを、ゴーディエ男爵がわかっていないのでソラナに説明されることなかったせいで想像しずらかったせいでもある。


 他人の人生、それも心の機微については、想像するのが難しい。


 踊り子アルバータが、王都トルネリカの宮廷から来たというだけで、ソラナは警戒した。


 とりわけ王の宮殿の後宮は、宮廷議会の議員や官僚でも立入禁止の場なので、実際どのようになっているのか、どんな者がいるのかは、庶民には知られざるところであり、密偵ソラナには想像することしかできない。


 ゴーディエ男爵を単純に好きでたまらなくて、アルバータが恋の情熱から宮廷から離れて旅立ち、ゴーディエ男爵を探し出した……と密偵ソラナが思えないのは、ソラナが感情のままに行動したことが、フェルベーク伯爵の影武者であるゴーディエ男爵と一緒にフェルベーク伯爵領から逃亡したこと以外は、任務に忠実に行動する密偵だったこともある。


 社会的な地位、職業、見た目など、それらの自分の特徴と決めた部分を誇りのように思って生きている人は、他人に対しても、特徴からどんな人物なのかを判別する癖がついている。


 エリザは、世界樹の洞に出現した人間という説明がつかない特別な出来事を、神聖教団から聖女として宣伝されて、その期待に裏切らないような行動をエルフ族の王国から離れて留学してからは続けてきた。

 さらに、宰相に就任する日の朝に、ゲームのお気に入りのキャラクターであるエリザに自分がなっていると感じ、ステータスオープンで自分の能力値や情報を確認したことで、やはり自分はゲームのキャラクターなんだと自覚した。


 しかし、キャラクターになりきれない自分の心が、たしかに消えずに残っていて、エリザの記憶と自分の記憶が合わさっている。


 ゲームの内容やファンとしての知識、あと自分の好きなお菓子などは覚えているのに、名前や住所などすっかり忘れてしまっている。

 自分と同じように、ゲームのキャラクターに心が宿っている人と出会えれば、転生前のことを鮮明に思い出せるようになるかもと期待していたが、今のところ自分と同じように心が転生して合わさった人には、誰にも出会えずにいる。


 エリザには、呪術師シャンリーが亡くなっていて、亡霊ゴーストになっているということは想定外だった。

 ただ、自分の状況そのものがいろいろと初めから想定外なので、受け入れるのがとても早い。


 呪術師シャンリーも自分と同じ心の転生者なのではないか?

 それもエリザは考えていた。


 呪術師シャンリーが令嬢エステルの姿で帝都に現れて、試作品の媚薬ポーションのせいでくたばりかけているエリザを治療するふりをして、肉体を交換してエリザになりすますエピソードがあった。


 呪術師シャンリーは亡霊ゴーストになっていて、エリザの肉体ではなく、踊り子アルバータによって水神の勾玉に封じられている。

 亡霊ゴーストシャンリーが水神の勾玉に宿ってしまっているのは、自分が転生してきたせいなのか?

 これも、エリザの知る聖戦シャングリ・ラにはなかった展開となっている。


 ゲームのエピソードとして正解な展開を探す余裕がない。とにかく、生き残ることが先決なエリザなのである。


 帝都から旅に出て、平原で出会った村人たちと話したり、ターレン王国に転送されてしまい、村人たちや街の人たちがそれぞれ悩んだり恋をしているのを聞いているうちに、エリザは自分が転生したせいでそうなっていると思わなくなってきた。


 そんなタイミングで、首飾りの勾玉型の飾り石に封じ込められている呪術師シャンリーの亡霊ゴーストを連れた踊り子アルバータを見ていて、やっぱり、自分が転生したせいで、いろんな影響が出ているのかもと再認識させられた気分になってしまった。


 いろいろな影響を与えるのなら、自分も生き残って、少しでもみんなが幸せに生きられるような影響を起こしたいと、エリザは思っている。


 自分があがいても世界は何も変わらないとゴーディエ男爵は絶望していたけれど、エリザは世界は小さな出来事で別の展開に変わってしまうことを知っていて行動している。


 ゴーディエ男爵は、自分を投げ飛ばして地面に叩きつけた獣人娘アルテリスを確実に屈服させてから殺害できるように魔獣化の力を発動したにも関わらず、発勁の一撃を叩き込まれて敗れた。


 自分の想像を越えた存在がいる。

 もしかしたら自分は世界に対して、小さな自分の思い込みだけで考えていたのではないかとゴーディエ男爵は思い知らされた。


 密偵ソラナは恋敵である踊り子アルバータに対して、誤解していることがいろいろとある。

 

 踊り子アルバータと密偵ソラナは、ゴーディエ男爵に対して愛情を抱いているということに対しては同じであり、他の者たちよりも、深く心が通じ合う可能性がある。


 物事はそれぞれが思い通りに生きようとしているので起きてくる出来事であって、一人だけで何かが起きるわけではない。無関係ではないけれど、一人の責任というわけではない。


 ただ、幸せになるということを他人との競争に勝つことを目標の達成、犠牲になることを当然の代償と考えるのか。


 それとも共存して自分も他人も生きることを目標にするのか……その考え方のちがいによって生き方が大きく変わってくるだろう。





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