第418話

 踊り子アルバータは、このストラウク

伯爵の屋敷の大部屋で集まり、あれこれと話し合う時まで、シン・リーをエリザの飼い猫だと思っていた。


 これは、アルバータが水神の勾玉に封した亡霊ゴーストシャンリーを隠すために、エリザたちとは一定の距離を取って、ストラウク伯爵領まで旅をしてきたからである。


 エリザとシン・リーのそばには、聖騎士ミレイユや参謀官マルティナがいる。


 アルテリスは、誰でも変わらない調子で接しているけれど、神聖騎士団の戦乙女たちは、シン・リーを怒らせると巨大なサンドワームの骨を剥き出しにした酸性雨アシッド・レインの術を使われるかもしれず、エリザに恨まれたら、神聖教団の信者たちが敵にまわるかもと考えると、団長と参謀官にエリザとシン・リーは丸投げして、あまり近づかないことに決めていた。

 

 踊り子アルバータは戦乙女たちと行動して、テスティーノ伯爵領のポーレストラの街からストラウク伯爵の屋敷までの道案内のサポートをしていた。

 アルテリスが先導しているので、実際のところ道案内は必要なかった。


 ゴーディエ男爵が潜伏するとしたら、テスティーノ伯爵領のポーレストラの街にもいないとなると、ストラウク伯爵領にいると踊り子アルバータと亡霊ゴーストシャンリーは見当をつけた。

 ちょうどエリザたちもストラウク伯爵領へ向かうらしいとレストランで聞き、アルテリスに誘われたので同行しただけである。


 こうした事情から、シン・リーが猫の姿をした大神官であることや、おしゃべりをすることを踊り子アルバータは知らずにストラウク伯爵の屋敷まで来た。


 アルテリスと神聖騎士団の戦乙女たちは、どうやらややこしい政治の話になりそうだと、理由をつけて大部屋から抜け出した。

 ゴーディエ男爵の事がなければ、踊り子アルバータも大部屋に残らなかっただろう。


 リヒター伯爵領の次期後継者のリーフェンシュタール。

 今は魔獣化の事情からストラウク伯爵領で修行中だけれど、王の右腕と呼ばれる側近のゴーディエ男爵。

 いずれはゼルキス王国の女王という噂がある聖騎士ミレイユ。その側近となるであろう参謀官マルティナ。

 大陸南方のクフサールの女王と呼ばれる大神官シン・リー。

 そして、神聖教団から推薦されてエルフェン帝国の宰相の地位にある聖女エリザ。

 これだけの地位がある人物たちが、この地の伯爵ストラウクの前に顔を並べている上に、世界の秘密の探求者のマキシミリアン公爵夫妻までいるので、私たちは場違いだと、戦乙女たちは退散したのである。


 シン・リーがエリザを弁護して、エリザの行おうとしていることが、どれだけ革新的な事かをチラリと話したあと、すぐに水涸れ井戸の相談に入った。

 踊り子アルバータとしては、水が涸れたら、水の出る井戸のある地域へ移り住めばいいと思っているので大河バールの水の瞬間移動ワープという話題に興味がない。


 水の瞬間移動ワープの話題に興味を持ったのは、亡霊ゴーストのシャンリーである。

 水神の勾玉に封じ込められているが、瞬間移動ワープの技術で勾玉から脱出できるかもしれないと思いついたからである。


 シャンリーは、気づいていないけれど瞬間移動の魔法陣を使えぱ時の番神アティユトートに見つかる。

 亡霊ゴーストのシャンリーは、大いなる混沌カオスに返還するのに最適なターゲットとされてしまうだろう。


 踊り子アルバータと同じように、ブラウエル伯爵領の水涸れ井戸の問題に、移住すればいいと考えているのは密偵ソラナである。


 しかし、騒いでいる亡霊ゴーストシャンリーの相手を思念でしている踊り子アルバータとは別に、密偵ソラナはロンダール伯爵領の術師なので、エリザの占い師の実力が確かならば、踊り子アルバータからゴーディエ男爵を奪えるかもしれないと思いついていた。


 運命は決定されたものではない。

 不確定要素がたくさんある中で、気づいて選択されたことなのである。


 占術の応用で、不確定要素の中から都合の良い運命を選択することで、人の寿命を延ばしたりもできるし、不運を回避することもできることがあると、ソラナは密偵たちの村で聞いたことがある。


 しかし、それは呪術であり、運命を強引に変えることは、必ず犠牲があるもので、禁じ手とされている。


 しかし、ソラナはどんな手を使ってでも、踊り子アルバータにはゴーディエ男爵を渡したくない。


 フェルベーク伯爵領でゴーディエ男爵に、人間を魔族化するのを命じた王の配下のヴァンピールたちから、ゴーディエ男爵を引き離して二人で夫婦だけで暮らしたいとソラナは考えている。


 踊り子アルバータを、密偵ソラナは法務官レギーネの手下だと誤解している。

 首飾りの水神の勾玉に、亡霊ゴーストを封じた術師アルバータの実力はかなり強い。

 いくら今のゴーディエ男爵が、血の渇望を沈静化させ人間らしさを取り戻すために、ソラナを必要として求めているとしても、吸血しながらヴァンピールとして生きる選択だって、ゴーディエ男爵はできるとソラナは警戒している。

 その運命へと誘いに来た敵だと踊り子アルバータのことを認識している。


「聖女様、その占いに使っている道具を拝見することや、私とゴーディエ男爵の運勢を占っていただくことは可能でしょうか?」


 わざと踊り子アルバータに聞かせておく必要がある。占いによって運命を確認すると恋敵に宣言することで、ただ占うよりも不確定要素をしぼりこむことができる。


 ソラナは知っている。

 ロンダール伯爵をふくめて占術を使う術師たちは、運命を変える方法を見つけ出すために、あえて占いを行うことを。

 自分にとって都合の悪い占いの結果であれば、何が原因かを探り出して、たとえどんな犠牲を払うことになっても運命を変える覚悟があれば、できないことはないということを……。


 もしも、エリザがロンダール伯爵が認める実力のある占い師であれば、運命を自分の望むものへ導く機会チャンスだとソラナは考えた。


 ソラナは知らない。

 踊り子アルバータを魔導書グリモワールが導いた結果、ロンダール伯爵領で呪術師シャンリーを封じる試練を越えた術師として、アルバータの護りのように亡霊ゴーストシャンリーの宿った水神の勾玉を身につけていることを。

 彼女はすでに、呪術師シャンリーの亡霊ゴーストを封じる試練を乗り越えて一度、危険な死の運命を脱している。


 アルバータ自身も祓いの巫女であり、もし知らないうちに呪術を仕掛けられ、身に災いが降りかかったとしても、それに気づき呪術師シャンリーの亡霊ゴーストを使役して呪詛返しに挑むことができる。


 この時にもう預言者ヘレーネの協力を要請して、賢者マキシミリアンはホムンクルスの謎を解明しようと考えている。

 預言者ヘレーネは、黒猫の仔猫の姿をした呪物喰いの小さな神獣レチェを連れ歩いている。


 さらに、獣人娘アルテリスがバイコーンのクロをストラウク伯爵領へ連れて来ているのである。


 ソラナが踊り子アルバータに呪術で祟ろうと試みれば、その試みはバイコーンのクロかレチェに妨害される可能性が高い。さらに、ソラナはエリザを巻き込もうとしているが、彼女には契約を結んだ守護者シン・リーがそばにいる。


 摂理に従い、人の命が失われ集合的無意識の大いなる混沌カオスへ還る運命へと導かれる力と、理不尽な摂理に抗う力が常にあり、拮抗している。




+++++++++++++++++


お読みくださりありがとうございます。

「面白かった」

「続きが気になる」

「更新頑張れ!」


と思っていただけましたら、★をつけて評価いただけると励みになります。




 




 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る