第417話
シン・リーは、エリザと一緒に旅をしてわかったことがある。
エリザの考え方にシン・リーは希望を抱いているとセレスティーヌに言った。
「シン・リー様、希望ですか?」
「そうじゃ。エリザはこの世界の森羅万象は、かりそめの世界であって、その全てが同じもの……プログラムとやらで組合わされておって、その組合わせのちがいで、たとえばセレスティーヌとわらわのちがいとして認識されて存在していると、出会った者たちに、何度も根気良く話し続けておるのじゃ」
シン・リーはこの旅に同行して、ずっとエリザのそばにいた。
「そなたらは摂理と呼ぶものを怖がり、ゴーディエは混乱しておる。アルテリスのように、あるがままを受け入れて楽しんでおる者もおる。マキシミリアンのように世界の探求を続けておる者もおる」
シン・リーは踊り子アルバータの水神の勾玉をチラリと見た。
「エリザの考えは荒唐無稽に思えるが、
シン・リーは
――アルバータ、あのネコは何なの?
シン・リーは
「このエリザの考え方を、危険だと思う者もいると思う。どの国の者であれ、どんな立場の者も、みんな同じだと言われてしまえば、身分のちがいもなくなってしまうのだから。全ての森羅万象は同じもの。エリザはそこから、物事を考えておる」
シン・リーは、参謀官マルティナと聖騎士ミレイユと英雄の証の剣ノクティスもチラリと見た。
「全ての始源に還す力もある。それが可能なのは、全ての森羅万象が同じ一つに還るとすれば不思議ではない」
ストラウク伯爵は、シン・リーが話し始めたのを聞きながら、黙ってしっぽがどうなっているか見た。
巻き物にネコが長生きすると
(ふむ、猫又とはこうしたものであったのか……たしかに全ての命にちがいはないという考えは、古くから伝わる教えに似ている考えであるな)
ストラウク伯爵は、クフサールの都の大神官シン・リーを猫又と考えて動揺したりしなかった。
全ての命が一つであると考えるなら、他人の命を尊重するあまり、自分の命を粗末にすることもなく、また自分の命を優先して他人を虐げることも考えたりしないだろう。
シン・リーの話を聞いて、エリザの考え方に希望を抱いているという意味を、ストラウク伯爵はそう考えた。
「セレスティーヌよ、一つ相談がある。ブラウエル伯爵領で水涸れの井戸があるのじゃ。エリザが神聖教団の魔法陣を使って、おもしろいことを思いついておるのだが、うまく交渉してみてくれぬか」
シン・リーはエリザが思いついた大河バールの水を水涸れの井戸に地下水脈として使うアイデアをセレスティーヌに説明した。
「それが可能なら、わらわのように水の法術を使う者が常に滞在して、井戸に水を補充する必要がない」
「なるほど、そのようなことが起きているのですか……マキシミリアン、できると思いますか?」
「できる。それに
辺境地帯の大異変の前兆で、ターレン王国に震災が発生し、王都トルネリカが半壊したことは、ゼルキス王国のレアンドロ王も知っていて、その被害状況を心配していたことを、参謀官マルティナはマキシミリアン公爵夫妻に伝えた。
「問題は神聖教団の神官か僧侶が、ターレン王国に井戸の復旧のために訪れるためとはいえ、入国が可能かどうかだな」
「マキシミリアン殿、伯爵領には自治権がある。ブラウエル伯爵とジャクリーヌ婦人が許可すれば問題ないと思われる」
「スヤブ湖の水ではどうだろう?」
「井戸の飲み水には適していませんな」
マキシミリアンとストラウク伯爵が相談を始めたので、シン・リーはエリザのそばで身を丸めて、寝たふりをして聞き耳だけを立てておくことにした。
エリザはセレスティーヌの説教モード全開から解放されたので、少しほっとしていた。
「ゴーディエ男爵、聖女様やシン・リー様は、住人たちの悩みを聞いて歩き、こうして協力してくれています。その功績を考え、王都トルネリカにお戻りになられたら、ゼルキス王国の大使のみなさんと同じように滞在許可を出していただけませんか?」
「リーフェンシュタール、今は法務官レギーネが宮廷議会を掌握している」
ゴーディエ男爵にリーフェンシュタールは、エリザの滞在許可を要求した。
(占い師……ロンダール様のような力は感じないけれど)
密偵ソラナは踊り子アルバータを気にしていて、この時、やっとエリザのことを意識した。
ゼルキス王国の大使たちの関係者らしいと思っていたけれど、自分とは関係ないと考えて意識していなかった。
「あの、失礼かもしれませんが、エリザ様はどのような占いをなされているのですか?」
密偵ソラナは、エリザに話しかけた。
エリザはせっかく変装までして旅をしてきたのにと思いながら、預言者ヘレーネに教わって占い木札を使ったカード占いをしていることをソラナに話した。
「ロンダール伯爵にも、占って欲しいと頼まれたことがありますよ」
ソラナにとってこのエリザの一言は、かなりの衝撃だった。
ロンダール伯爵は術師の一族の当主であり、一番の実力者だと思っている。
もう一人、その発言にひどく驚いている者がいた。
――そんな、ありえないわ。あの小娘からは、ロンダール伯爵のような力はまったく感じないのに!
亡霊シャンリーは、生前、ロンダール伯爵を呪術師として最大の強敵として警戒していた。
目の前にいるきれいな顔をしているだけの小娘のエリザが、そのロンダール伯爵が認める術師とは、シャンリーにはどうしても信じられない。
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