第416話
水神信仰の御神体である塑像を漁師が引き上げ、旅の商人に魚の干物と一緒に金貨一枚で売った。
その旅の商人がロイドで、上半身は美青年で下半身はとぐろを巻いた蛇の姿の水神の塑像は、バーデルの都で呪術師シャンリーと手下のギレスによって没取されたことを、エリザはゲームのエピソード内容として知っている。
そのあと、漁師が山の村の者と相談して、金貨と干し肉を交換した。
金貨をめずらしいものだと村で自慢したが、これは何かと「領主さん」に聞いてみようと、ストラウク伯爵に村人たちが見せに来た。
これは金貨といって他の伯爵領で、物と交換する道具で、硬貨というものだと村人はストラウク伯爵に説明された。
交換状のようなものらしいと、ストラウク伯爵の説明を自慢していた村人と話を聞いていた村人たちは思った。
たとえば、ある人が干し肉を10日分ほど他の村人から分けてもらった人がいたとする。
干し肉を分けてくれた人へ約束通りに後日、山菜や果実を採取して返すまで、ストラウク伯爵を仲立ちにして、村人たちの間に干し肉と山菜の貸し借りがあることを証明するためにストラウク伯爵に保管してもらう書きつけのことを、交換状という。
ストラウク伯爵に、これと妻の着物を交換したいと村人は言ったので、テスティーノ伯爵領でその村人の妻の着物を十二着ほど作ってもらい、さらにストラウク伯爵が焼いた夫婦で使う湯飲みをおまけにつけて渡され、金貨はテスティーノ伯爵に村人から手渡された。
ストラウク伯爵の湯飲みは、もしも王都トルネリカで貴族たちが取引すれば、美術品として金貨五十枚以上の値段が余裕でつくだろう。
村人は、たまにその湯飲みを出してきては夫婦で茶を飲んで、壊さないように大切に使っているらしい。
ストラウク伯爵領には、市場や商店が無い。だから、通貨はめずらしいものだけれど、実用品ではない。
この土地はターレン王国の
ニアキス丘陵のダンジョンを探索して冒険者たちが集めた硬貨を目当てに、辺境地帯の村者のふりをしたターレン王国の密輸商人はゼルキス王国へ来て、外貨を稼ぎ、依頼してきた貴族たちに分け前をもらってせっせと運んできた。
密輸商人は、長生きできない。
名門貴族の財力の秘密に関わる者は、口封じのために殺害される。
辺境地帯では、果実酒造りの職人たちの村がかなりあった。その村で働かされる下働きの奴隷は、ターレン王国で奴隷商人が騙して連れてくる。
密輸商人や奴隷商人などターレン王国の法律が辺境地帯では通用しないのを良いことに暗躍している商人たちがいた。
ストラウク伯爵領以外の伯爵領では、ゼルキス王国やエルフェン帝国各地と同じように、硬貨が流通している。
ターレン王国には、ダンジョンが存在しない。冒険者ギルドも存在しない。神聖教団も布教に失敗していて、教会が建てられていない。
メイジュ家、マグリード家、ハウルブルス家……名門貴族と呼ばれている名家は、ゼルキス王国への密輸や奴隷の密売に関わって財力を蓄えてきた闇の歴史がある。
それをターレン王国の事業として正式に行うようになれば、利権を失う名門貴族家は多い。
だから、若き官僚のモンテサンドが、ゼルキス王国と国交を結び、魔法技術や宗教などをターレン王国に導入しようと主張するのは阻まれた。
当時、バーデルの都の伯爵であったバルテット伯爵も、この外貨流入のからくりの恩恵を受けていた。
また、ジャクリーヌ婦人の実家は、ハウルブルス家であり、この利権を失うわけにはいかなかった。
バルテット伯爵やジャクリーヌは、宮廷議会の重鎮モルガン男爵と黒薔薇の貴婦人シャンリーに、この利権を横取りされることになる。
ターレン王国に流通している硬貨は、こうした利権絡みの名門貴族家から流出したものばかりではない。
獣人娘アルテリスが、呪術師シャンリーの呪術に祟られ衰弱した神聖教団の
獣人族の商人が幌馬車に乗って、ターレン王国のバーデルの都やストラウク伯爵領以外の地域に、辺境地帯で造られている果実酒や、洋服などを売り歩いていたらしい。
ストラウク伯爵領では、着物を村人たちは着用している。また、ストラウク伯爵の屋敷は障子や畳のようなものが使われている。
しかし、他の伯爵領や王都トルネリカでは洋服を着用している。ゼルキス王国や古都ハユウ、月の雫の花の帝都のような石造りの建物は、元フェルベーク伯爵領の中心地であるルゥラの都に名残があるだけで、ターレン王国最南地域のリヒター伯爵領でさえ、ストラウク伯爵領とは異なる造りの木造建築となっている。
獣人族の商人が訪れて、着物ではない衣服をターレン王国に普及させ、またストラウク伯爵領と異なる、大陸中原の農場の村と同じ木造建築の知識を、ターレン王国の各地に広めたと考えられる。
「大陸の中原から、今の時代にうまく渡れたのは運が良かった」
賢者マキシミリアンは、エリザにエルフ族の王国に里帰りするなら、なぜ、エルネスティーヌ女王陛下に相談して、私たちに連絡を取ってもらい、帝都でおとなしく待つ気はなかったのかと、深くため息をついてから質問した。
辺境地帯で、冥界である蛇神ナーガの世界と生きている者たちの世界をつないでしまう【蛇神の
「再び、同じような大怪異が起きた時の対策として、大樹海にある世界樹の結界が強化されています」
「セレスティーヌ様、強化されているのに、大樹海の奥にあるエルフ族の王国に白い梟のホーはちゃんと行って、月の雫の花の種を持ち帰って来ました。だからホーに案内してもらえば、エルフ族の王国に行けると思ったんです」
「エリザ、貴女が一人でエルネスティーヌの白梟と旅に出て行方不明になれば、エルネスティーヌや執事のトービス男爵だけでなく、貴女を聖女様の宰相と敬愛して応援している神聖教団の信者のみなさんを悲しませることになります」
「……はい、そうです」
「行方不明になるつもりはなかったと言いたげな顔をしてますね。神聖騎士団のミレイユたちでさえ、大怪異では本当に命の危険があったのです。
さらに、貴女はクフサールの都の大神官シン・リー様や、アルテリス伯爵婦人まで旅に同行させて……貴女と一緒にシン・リー様が行方不明になられたら、大砂漠のオアシスが失われ、多くの犠牲者が出るでしょう。また、テスティーノ伯爵やアルテリスを慕う領民の人たちは深く悲しむでしょう」
「……はい、すいませんでした」
「本当にわかっているのですか?」
「……はい」
「本当はわかっていないのですね?」
「はい……あっ、ちがいます、あの、すいませんでした」
妹のエルネスティーヌは、エリザに甘すぎるとセレスティーヌは思っているので、ここはしっかり叱っておかないといけないと説教モード全開である。
「セレスティーヌよ、それを言えば、わらわやアルテリスも思慮が足りない愚か者ということになる。しかし、エリザがやろうとしていることは、硬貨の使用を廃止しようとしているということ以上の意味があることかもしれぬ」
――アルバータ、ちょっと、ネコが話しているわ!
水神の勾玉から
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