第413話

 ホムンクルスのマルティナが、邪竜の魔石と融合しているという偽情報は、幻術師ゲールと蛇神祭祀書という魔導書が記憶の石板の欠片の情報を記録していた研究者の神官の記憶に介入して、捏造された情報である。


 スヤブ湖から発見された水神の勾玉という神器を、細工師ロエルがドワーフ族の錬成術で強化した。

 強化した勾玉に、亡霊ゴーストのシャンリーが封じられているのを確認して、細工師ロエルは満足した。


「……封じたあと、解放する方法まで考えてなかった」


――なんですって?!


 亡霊ゴーストシャンリーは、踊り子アルバータに思考の声で「あの小娘の血を吸って、解放する方法を見つけさせてっ!」と騒いでいた。


「どのくらい放置したら、解放されるのか気になる」


 細工師ロエルが、さらに火に油を注ぐようなことを、ぽつりと言う。


 ホムンクルスのマルティナが融合している魔石に何かが封じられている。何もせずに解放されるまでの期間はどれほどなのか?

 ホムンクルス研究で、魔石と融合した前例がないので、賢者マキシミリアンや細工師ロエルは、そこを調べられそうな水神の勾玉をテスティーノ伯爵に渡して亡霊ゴーストシャンリーを封じ込めてもらったのである。


――そんなこと、私には関係ない。アルバータ、この石を破壊する方法はないのか聞き出して!


「元の小さな勾玉に戻したら、封じ込めた亡霊ゴーストも分裂して弱くなるのか、試してみたい」


 ホムンクルスのマルティナに融合している魔石を細分化して、解放までの期間が延ばせるのかについても、細工師ロエルは、水神の勾玉を元の小さな勾玉に戻して試してみたいようだ。


 マルティナに融合している魔石には邪竜が封じられていて……というのは偽情報ということに細工師ロエルは気づいていない。

 神聖教団の幹部アゼルローゼとアデラの虚報の計によって被害を受けたのは、亡霊ゴーストシャンリーであった。


――ああっ、あの小娘、すごく憎たらしい。私を実験の道具みたいに!


 生前に呪術師シャンリーは、商人のロイドに、試作品の滋養強壮と興奮の効果がある呪物のリングを装着して、どうなるのか実験している。

 亡霊ゴーストになったシャンリーは、その因果からなのか、細工師ロエルによって魔石の調査のためのめずらしい道具のように見られている。


(ゴーディエ男爵みたいに吸血したら、このロエルという子を、シャンリーの言うように言いなりにできるのかしら?)


 踊り子アルバータは、ランベール王に吸血された三人の寵妃たちや法務官レギーネが、王に忠誠を誓っている姿を見たことがある。

 ゴーディエ男爵に毒を盛られた血を吸血してもらい、ヴァンピールとして覚醒したアルバータは、ゴーディエ男爵に心を支配されてしまっているかもしれないと、少し不安になっている。

 貧民窟で修行していた少女の頃に、踊りを褒めてくれた青年ゴーディエに惚れた気持ちと、たとえゴーディエ男爵が他に愛人をつくっていても、抱かれて血を捧げ、また彼に吸血して快感を分かち合いたいと望んでしまっている欲望は同じ愛情だと踊り子アルバータは信じたい。


 踊り子アルバータが、細工師ロエルのほっそりとした首筋を見つめている。

 しかし、ゴーディエ男爵の首筋を見た時のような胸のざわめきは感じない。


(どうしてランベール王は、ゴーディエ男爵から吸血してヴァンピールにしたいと思ったのかしら?)


 亡霊ゴーストシャンリーが、細工師ロエルに怒りながらも文句を言う以外は何もできずにイライラしている時、踊り子アルバータは、ゴーディエ男爵への恋の悩みを抱えている。


 水神の勾玉を物理的に破壊すると、どうなると思うかを、細工師ロエルは弟子のセストに質問してみた。


「勾玉に亡霊ゴーストが融合して封じ込められているとすれば、砕いてしまったら、亡霊ゴーストも砕かれてしまうと思います。もしも、解放されなかったら、人をバラバラにするみたいで、なんか嫌ですよ。だって、亡霊ゴーストは亡くなっているから、バラバラになって、ずっと痛がったりしそうです」


――アルバータ、ちょっと考え事をしてないで、あの二人にこの飾り石を奪われたりしないように守って!


 生前の呪術師シャンリーは、何人もの人たちを蛇神のナイフで切り刻んで、儀式の生贄にしてきた。


 弟子のセストの意見を受け入れて、小さな勾玉に錬成したり、砕いてみることを、細工師ロエルは保留にした。


►►►


 魔石がホムンクルス実験体や亡霊ゴーストと融合するのに、それぞれ適した条件とは何か?


 魔石に宿っているものがマルティナの魔力の供給源だとして、融合後、どれだけの期間、安全に封じられていているのか?


 こうしたことが、スヤブ湖から発見された魔石の勾玉と亡霊ゴーストシャンリー封じを調べることでわかりかけている。


 賢者マキシミリアンは、亡霊ゴーストが憑依する現象と、魔石がホムンクルス実験体と融合する現象には、関連性があるのではないかと考え始めていた。


 マルティナの融合した魔石には、水神の勾玉のように亡霊ゴーストが封じられていて、その亡霊ゴーストが憑依した結果、ホムンクルス実験体の肉体に融合したのではないか?


 もしも邪竜の魔石ほどの強い魔獣が封じられて宿っている魔石が、ホムンクルス実験体の肉体と融合したとすれば、ゴーディエ男爵のように身の内に強い魔力の奔流が起きることでヴァンピール化などの変異が起きる可能性がある。


 しかし、現在のところマルティナの体と密偵ソラナの体を細工師ロエルとが調べて比較してみたところ、そうした魔族化の兆候はみられないことがわかった。


►►►


(マルティナの魔石には、伝説の魔獣ではなく、亡霊ゴーストが封じられていたのではないか?)


 貴公子リーフェンシュタールの伴侶である預言者ヘレーネは、人の前世を感じ取る不思議な力がある。

 リーフェンシュタールとシン・リーから、彼女の前世が火の神の神殿アモスの大神官リィーレリアであることを、賢者マキシミリアンは聞いた。

 

 ストラウク伯爵やテスティーノ伯爵とも会ったことがあるとアルテリスが言うので、ホムンクルス実験体のマルティナの肉体と融合している魔石に魔獣が宿っていたのか、亡霊ゴーストが宿っていたのかの判別に、預言者ヘレーネに協力してもらえるよう頼めないかと、貴公子リーフェンシュタールとアルテリスに相談した。

 

 もしも亡霊ゴーストであれば、マルティナには前世が存在する。

 魔獣であれば、魔獣の王ナーガや神龍シェンロンが預言者ヘレーネには感じ取れるかもしれないと、賢者マキシミリアンは少し興奮して、妻のセレスティーヌに言った。

 

 ホムンクルス研究の情報は、神聖教団の幹部アゼルローゼとアデラの虚報の計である。


 それに気づいたのは、子供の頃から世界の秘密の探求に夢中な賢者マキシミリアンではなく、妻のセレスティーヌであった。





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