第412話
仙人のような風貌、白髪まじりの蓬髪の初老の賢人ストラウク伯爵。
泰然自若の心の広さを他人に感じさせるけれど、威厳があるというよりも慕われる感じの人物である。
神聖騎士団の一番隊の隊長セレーネにとって、ストラウク伯爵のようにどこか
強い魔力を持った術者なのは間違いないのに、マキシミリアン公爵夫妻や聖騎士ミレイユとはどうもちがう緊張感があまりない、ゆるい雰囲気なのが不思議なのである。
セレーネは稽古をつけてもらいたいとストラウク伯爵に申し入れた。
九人の戦乙女たちの中で、剣の腕前は団長ミレイユの大胆にして豪快な剣技とは真逆の精緻にして鋭い剣技を身につけている彼女は、ストラウク伯爵が毎朝、木刀で素振りをしているのを見て、動きに無駄が無く、風を切る音も美しいと感じた。
ゴーディエ男爵には、素振りをしてみないかと言ったストラウク伯爵は、神聖騎士団の祓魔師の女剣士セレーネには、道場に案内して道着と木刀を手渡した。
よく磨かれた板の間の道場に素足で立つと足の裏にひんやりとした感じを感じた。裸足で剣を使ったことはない。
マリカに着替えかたを教わり、道着がとても動きやすいと驚いた。
ストラウク伯爵の普段の服装は作務衣で、セレーネには見慣れない服装なので気になっていた。
神聖騎士団の隊服も動きやすいけれどさらに道着は動きやすい。
「自分の使いやすいと思う木刀をお選び下され」
ストラウク伯爵が丁寧に削り作ったいろいろな木の太さや長さの異なる木刀がある。
「では、マリカが合図で手を一回叩いたら、お好きなようにその木刀で打ち込んで来られよ。手を二回叩いたら、手を止めるように」
ストラウク伯爵は木刀すら持たずに無造作に立っている。
「初めての稽古なれば、こちらはただ避ける。木刀が私の体に触れることがあれば、セレーネの勝ちとする。手加減は無用、骨を砕く気でかかって来られよ」
マリカが二回、パンバンと手を鳴らした時、セレーネは汗だくになっていた。
ストラウク伯爵も汗だくになっているがさほど呼吸は乱れていない。
どれだけ木刀を打ち下ろし、また横に払っても、さらに突き入れてみても、ストラウク伯爵は、セレーネの木刀の連撃を、ぎりぎりでかわしてしまった。
「これを見切りというのです。剣の動きを避ける技です。いやはや、なかなかな腕前、感服致しました」
ストラウク伯爵はその木刀が長すぎると。セレーネに別の木刀を手渡した。
「明日、また道場で手合わせ願いたい。マリカ、足の運びのちがいをセレーネさんに話して、少し素振りを教えてさし上げなさい」
初日は呆然としているヘレーネにストラウク伯爵は一礼すると、すぐに道場から出て行ってしまった。
「すごいですね、いきなり道場にスト様が連れて来るなんて、セレーネさんが初めてなんですよ」
村人たちもストラウク伯爵に剣術を習いに来ることがあるが、いきなり道場に案内されることはない。
足さばきは大きく分けて四つある。
歩み足――歩み足は、遠い距離を移動するときや、刀が交わらない遠い間合いから打突する時に行う足さばき。
歩く時のように右足と左足を交互に前進、後退する足さばきである。
送り足――前後左右の方向に移動するときや一足一刀の間合いから打突するときに行う足さばき。
移動する方向の足を動かした後、すぐにもう片方の足を送り込むようにして引きつける足のさばき方になる。
開き足――体をかわしながら相手に打突したり、防ぐ時の足さばき。近い間合いから打突する場合に行うことが多い。
右に開く場合は、右足を右ななめ前に出し、左足を右足に引きつける。
左に開く場合は、左足を左ななめ前に出し、右足を後方に引きつける。
継ぎ足――継ぎ足は、遠い間合いから打突する場合に行う足さばき。
左足が右足を越えないように引きつけて、すぐに右足から大きく踏み出す。
足さばきには、体のバランスを考えなければならない。
構えた時の足は両足ともバランス良く力が加わっている。
その力が、自分から攻めていくときには右足に重心があったり、打突するときには左足に重心が移る。
この重心のバランスをうまく保つ必要がある。
どちらかの足に重心がある場合には、重心がない足は動く。両足で考えるとスムーズに動くことができない。
自分の足をスムーズに動かすことができる力の入れ方を考えて、両足のバランスを意識しなければならない。
構えた状態から前進するとき、右足を動かしてから左足を動かすことが多い。
この考えを改め直して、右足を動かすときには左足でしっかりと蹴ってから右足を動かす。
「周りから見ると、同じ動きをしているように見えますけど、考え方が変われば動きが変わりますよ」
右足を動かしてから、左足を動かすより、左足で蹴ってから右足と左足を動かすと意識する。それだけで、すり足のスピードと動きのキレが変わってくる。
後退する時には、右足で蹴るつもりで意識する。
「小さな動きですが、構えた状態で立つときに、右足の指に力を入れて曲げてみてください。足の指を曲げるだけで、自然と足全体が前へと進みますから」
セレーネはマリカから足の運びを説明されると、複雑に思えたストラウク伯爵の動きが組み合わせを巧みに状況に合わせたものだとわかった。
もしも、踊り子アルバータがこの稽古を見ていれば、足さばきに気づいて、すぐに真似することができるだろう。
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一理に達すれば万法に通ず
(宮本武蔵)
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