第411話

 法務官レギーネを国王派、ロンダール伯爵を改革派と後世の歴史書では記されている。


 貴公子リーフェンシュタールが奔走して、各地の伯爵とパルタの都の執政官マジャールの署名を集め、ランベール王の廃位の嘆願書が宮廷議会へ提出される。


 宮廷議会が、この嘆願書を無視できず建白書として認めるかの議員投票が行われたのは、ゴーディエ男爵が連判状に署名して、帰還した彼の手から、宮廷議会のルーク男爵へ渡されて提出されたという事情がある。


 この議員投票の結果は僅差で、ランベール王の廃位に宮廷議会は同意するという結果となった。

 法務官レギーネ個人としてはランベール王の廃位を認めたくはなかったとしても、彼女の一存だけで宮廷議会から決議されてきた案件を却下することはできなかった。

 それが可能なのは、十三代目国王ランベール本人のみである。


 王の側近であるゴーディエ男爵と法務官レギーネの二人なら宮廷議会から上がってきた決議を保留にしておくことも可能。しかし、このランベール王廃位の建白書を上奏する案件に、ゴーディエ男爵は同意している。


 法務官レギーネと神聖教団の幹部であるアゼルローゼとアデラとのつながりがあり、ランベール王が現在は瀕死の状況で、遠方の神聖教団本部へ出国している事実をゴーディエ男爵は、ゼルキス王国のマキシミリアン公爵夫妻からの情報でつかんでいることを、この宮廷議会の決議に反対すれば公表すると、ゴーディエ男爵は法務官レギーネと交渉した。

 この交渉については、歴史書には記されていない。


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 王の側近であるゴーディエ男爵の王都トルネリカへの帰還。


 それはゴーディエ男爵が王として君臨するための帰還ではなく、レギーネとゴーディエ、そしてルーク男爵を王都トルネリカの評議会メンバーとして、それぞれ女伯爵レギーネ、ゴーディエ伯爵、ルーク伯爵とすることで、三人を代表とすることにあった。


 ランベール王が病床にて三人を集めてそれぞれに爵位を与えた……ということに、歴史書には記されている。


 余の崩御の後は、宮廷議会の代表をルーク伯爵とし、ゴーディエとレギーネは二人で評議会を結成せよ。

 各地の統治者をメンバーとして国政を行うように。

 後継者については、血統ではなく、それぞれがふさわしい後任者を推薦し、宮廷議会と評議会の合議により任命すること。各地の伯爵と執政官は、自治権を行使して統治せよ。


 これを遺言として三人に伝えて、十日後の八月十四日に、ランベール王は崩御したことに歴史書ではなっている。


 ランベール王の廃位は行われず、王都トルネリカでは、九月ニ日、小雨が降る中で、最後の王ランベールの国葬が宮廷にて行われた。

 この国葬には、執政官ギレスとジャクリーヌ、学者モンテサンドは参列しなかったが、のちの評議会メンバーの伯爵たちや、ゼルキス王国からは、マキシミリアン公爵夫妻、将軍クリトリフ、神聖騎士団の団長ミレイユと参謀官マルティナや隊長の戦乙女たちが、黒衣に全員が統一して参列している。


 エリザについては、ランベール王の国葬に参列していた記録は歴史書に残されていない。

 細工師ロエルや弟子のセストの名前も国葬の参列者として記録されていない。


 アルテリスは、この偽物の葬儀に参列したら、我慢しきれず笑い出しかねないということで、テスティーノ伯爵だけが参列している。

 

 このランベール王の崩御の知らせは、ターレン王国の各地に暮らす村人たちにも伝えられ、パルタの都に潜伏していた遠征軍から逃亡した若者たちには恩赦が公布された。


 ゴーディエ男爵の帰還からランベール王の国葬までのおよそ四ヶ月ほどで、ターレン王国の改革は行われた。


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 ストラウク伯爵は国葬に参列するために自領から重い腰を上げ、旅の途中でパルタの都に滞在して学者モンテサンドと語り合っている。


 学者モンテサンドは、統治者の人徳に何が美徳かを考えていた。

 その考えを弟子のリーフェンシュタールたちには語り聞かせてきた。


 他人に対する思いやりや愛情が失われていったことが、現在の宮廷議会の退廃の原因であり、愛情がランベール王にも欠けていたという自論を、ストラウク伯爵に語った。


 ストラウク伯爵はそれを否定せず、ランベール王には先代のローマン王の亡霊ゴーストが憑依していたことを伝えた上で、子の皇子ランベールに対してローマン王の愛情が欠落していたのは生前からであり、そうした子を自分の分身のように感情移入するだけでなく、親の威厳を誇示して皇子ランベールの心を虐げていたことを指摘した。


――親の心に、しっかりとした人徳があれば、子は親を敬うことが良いことだと教えられる。それはその通り。

 さて、親の心が未熟な時は、子は親に従いながら理不尽な思いを感じ、我慢しながら育つ。

 すると、我慢して自分の心を他人から隠すことを美徳だと考え、大人になると自分の出した条件に対して、他人がどれだけ我慢してくれるかで評価しようとするようになり、利害関係や損得勘定からへりくだる者たちを軽蔑しながら、対等に意見を述べる相手には、敬意がないと怒りを感じ、心を開けなくなる。

 自分が子供の時に心が受けた理不尽さへの怒りや悲しみが当たり前だと思い込んで育っている人に、思いやりや愛情が大切だと語れば、子や他人に理不尽さを我慢することが大切だと教えようとするのではないですかな?


 ストラウク伯爵は、モンテサンドに心おだやかな泰然自若の心でいるためには何も考えずに、我慢していた過去の自分を愛して許すことから始める小さな勇気を持つことが必要だと伝えなければ、他人を虐げることもあると言った。


 ストラウク伯爵と学者モンテサンドはこうした話を七日間ほど、じっくりと語り合っていた。


 これが完璧に正しい答えだと決めつけることはできない。けれど、人生の悩みのほとんどは人間関係の心の悩みだという事は、この二人の賢人の意見が一致した。


 



+++++++++++++++++


すべての問題は対人関係の問題である。


勇気なき者はいつも何かを恐れている。


子供は愛情を感じなければ成長しない。


自己受容は幸福への第一歩である。


目標に到達するためには、自己の変革が必要である。


幸せは他者との関係の中に見出される。


人間は自らの運命の建築家である。


叱られたり、褒められたりして育った人は、叱られたり、褒められたりしないと行動しなくなる。

そして、評価してくれない相手を、敵だと思うようになるのだ。


(アルフレッド・アドラー)


 自分の心の癖に気がつくのは、自分と異なる考え方や感じ方をする人と話したり、そういう人が書いた作品を読むと、ハッと気がつくことがあって楽しい。



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