第406話

(はぁ~っ、いい湯かげんですねぇ)


 肩まで湯につかったエリザの表情は、ほわっと上気してうっとりとしている。

 ちゃぷっと爪先からゆっくりとつかったほっそりとした体つきで、雪のように白い柔肌の小柄な乙女が、そっとエリザの隣に腰を下ろして湯につかる。


 銀髪のショートカットで小顔のかわいらしい顔立ち。ちょっぴり目元の端が上がったこの乙女の目を見ると、吸い込まれそうな琥珀色アンバーの中に縦に糸のような細い瞳孔があると気づく。


 湯につかるなら、猫の姿では深さがあって溺れたら困るとエリザに言って、変身メタフォルフォーゼを解いてもらった。

 これがシン・リーの本来の姿である。


 南方クフサール地方という砂漠地帯で暮らす人たちは、日に焼けた褐色の肌をしている。手のひらはとてもきれいな桜色である。髪色も黒髪である。

 そんな砂漠の民の中で、ゆったりとした神官の衣装を身にまとい、ほっそりとした全身の肌は雪のような白さで、キュッと美しい唇のちょっぴりつり目にも見える目をした小顔――猫顔の乙女は、いつも神殿にいて、あまり人前に姿をあらわすことがない。


 まだ平原地帯のカナンの地に、千年王朝が成立するよりも過去の時代。

 傾国の美女である大神官リィーレリアと狐耳とふさふさのしっぽの赤髪の傭兵の獣人娘アルテリスが大陸各地を旅をしていた時代でも、南方の地の火の神アモスの神殿かある街で、銀髪で雪のような白さの柔肌を持つ少女シン・リーは、とてもめずらしがられた。


 大陸東方のシャーアンや大陸中原の地域では、金髪で白い肌の人たちがほとんどなので、逆に、南方の砂漠の民の容姿の方が、今でもめずらしがられている。


 シン・リーがまだ、クフサールの女王クイーンと呼ばれるようになる前、この容姿のちがいを気にしていた頃があった。


(これで良し、お化粧完了!)


 肌の色を褐色にする魔法を自力で作り出した。ただし、月の光を浴びてしまうと、術が解けてしまい白い肌に戻ってしまうのが欠点だった。


 エリザはエルフの王国で、女王エルネスティーヌをふくめて、全員、大人はスタイルが抜群で、お胸のあたりが、ぽよんぽよん揺れているのを気にしていた。


 それは、まだエリザの体が子供の体だからですよ、とエルネスティーヌからは言われていた。


 「早く大人になりたいです」と眠る前に言っては、エルネスティーヌにひたいにチュッとキスをされてから、頭を撫でられて、やっと眠るのが日課のようになっていた。


 チラッとシン・リーの胸元を見たエリザが、深いため息をついてから、湯に口元のあたりまで沈んでいった。


 エリザとシン・リーは、どちらも小柄で背丈は低い方である。

 聖騎士ミレイユは人間の父親のマキシミリアン、母親はエルフ族の三貴姫の一人セレスティーヌ。彼女はすらりと背が高く、スタイルも抜群である。


(シン・リーさんのほうがお胸があるとは……絶対に私のほうがあると思ったのに……ああっ、メイプル先生、なんでなんですかぁ!)


 帝国評議会の時に変身メタフォルフォーゼした時は、全身が黄金の光に包まれて輝いていたのと、鎧を装着した姿だったので、シン・リーのお胸は、自分と同じくらいか、もっとぺたんこだとエリザは信じていたのである。


 十九歳――エルフェン帝国の宰相の就任式の朝、プレイヤーの記憶と意識がエリザに宿ってからは、お胸が慎ましいのは成長や種族のちがいではなく、キャラクターデザインとして生まれつきで、制作者のメイプルシロップ先生のせいだと思っている。


 見た目で判断されやすいとしても、生まれつきのお胸や身長の部分で、子供っぽい人と思われるのは理不尽だとエリザは思う。


►►►


 聖戦シャングリ・ラのキャラクターデザインは、マンガ家のメイプルシロップこと緒川翠という人で、とても美しく繊細なタッチで大胆な内容を描くことで人気がある。

 百合の純愛マンガを描きたいから、私はマンガ家になったんだっ!

と編集者に言い続けている人である。


 メイプルシロップこと緒川翠が、儚くてふれたら消えてしまいそうな超絶美少女として、こだわり抜いて描かれたキャラクターが実はエリザだった。


 それまでスポンサー会社の宣伝部からは、男子が大好きなセクシー系の美女という注文が多く、そればっかりだと目立ちませんと緒川翠が言ったり、制作担当のゲームプロデューサー岡田昴がファンタジーにはちょっと筋肉があるいかついキャラクターもいないと雰囲気が出ませんと言って、企画会議で抵抗してきた。


 しかしエリザの登場する呪術師シャンリー復活のエピソードや、そのあとのヴァンパイアロード編で聖戦シャングリ・ラは、スポンサー会社がゲーム業界からの撤退を発表して配信終了となる。

 企画会議で「そろそろ先生の好きなキャラクターも登場させてみたらいかがですか?」と緒川翠は言われた。


(あっ、なんかヤバい感じがする)


 それは連載をそろそろ終わらせて、次の新作を……と出版社から言われる前の雰囲気と似ていた。

 岡田昴に会議後、お気に入りの喫茶店ラパンアジルで、緒川翠はぼんやりとした不安を感じると話すと「気のせいじゃないですか」と彼は笑っていた。

 聖戦シャングリ・ラをベースにした別のもっと大きなシステムのオンラインゲームの構想をこの時、岡田昴は胸に抱いていて、今のスポンサー会社以外にも共同で出資を集めることまで考えていた。


 後年、マニプーラワールドオンラインが岡田昴のゲーム会社の制作スタッフによって配信された時、聖戦シャングリ・ラの制作時とは大きく異なっていたことがいくつかある。


 個性の強いこだわりの職人のような緒川翠や岡田昴の情熱に、私たちは本気でついていきます!

……という制作現場のやり方で、限界ギリギリまでがんばるという感じではなくなったこと。

 他のゲーム制作会社からも個人的にフリーで参加したスタッフたちが、それぞれストーリー担当チーム、音響スタッフチーム、宣伝広告チーム……というように、それぞれ分かれていて、じゃあ次はどうする、これはいいねと意見交換して制作されている。


 聖戦シャングリ・ラの制作現場のように最終段階まで制作してみなければ、全体がつかめず、さらにプロデューサーが納得できなければ、タイムリミットのギリギリまでやり直すというやり方より、かなり余裕がある。

 個人の才能に頼らずチーム制になったことで全体的なバランスは良くなった。


 キャラクターデザインにも良くあらわれていることだけれど、バランス重視で制作されているので、特別にすごくかわいい、とてもセクシー、ぎょっとするぐらい怖い、というような部分はチェックされて削除されたり調整されている。


 美は過剰にあり、というけれどマニプーラワールドオンラインは、その過剰さを徹底的にチェックされてバランス調整されている。

 これは無理、運が良くなきゃクリアできないというバランスの悪さを乗り越えて、やってやったぞという達成感が、聖戦シャングリ・ラにはあった。

 それが、マニプーラワールドオンラインにはない。


►►►


 シン・リーは、色気や迫力満点のぽよんぽよんのメロンやスイカみたいなお胸ではない。それでいて、目玉焼きみたいなぺったんこのお胸ではない。

 小ぶりだけれど、身長を考えてみればあまり目立ちすぎず、不自然な感じではないお胸のサイズ感で、お碗型をしている。シン・リーはとてもきれいだとエリザは思った。


 シン・リーは温泉の湯で、すべすべになったと、ほっそりとした上腕のあたりや、自分の頬をエリザにちょっとさわらせてから、こう言った。


「わらわは、この白い肌が、なんとなく病弱のような雰囲気がする気がして嫌でしかたなかったことがある」

「えっ、きめも細かくて、すごくきれいじゃないですか」

「そうか、きれいと言ってくれるのか」


 エリザに、きれいと言われるのはうれしい。エリザはとても美しいとシン・リーは言ってから、露天風呂なので青空に白い雲が流れているのを見上げた。


「たとえば、セレスティーヌやマキシミリアンにきれいと言われても、お世辞にしか思えぬよ」


 エリザにそう言ったのは照れ隠しなので、シン・リーの頬がきれいに上気していた。エリザはお湯につかっているからだと思い、シン・リーの言わない気持ちに気づいていない。


「空も、雲も、あの遠くに見える双子の山という山の樹木の色も美しい。クフサールの都のオアシスや大砂漠も美しいとわらわは思う。エリザにも見せてみたいものよ」


 シン・リーは、エリザと二人っきりだと饒舌じょうぜつになる時がある。

 マキシミリアン公爵夫妻は、シン・リーのエリザのことがお気に入りのその様子を見たら驚くだろう。


 空の色、雲の色、双子の山の色、それぞれちがう美しさで、一緒に合わさっているから、より美しさが引き出されているとシン・リーはエリザに語った。


「だから、エリザとわらわが、同じ姿であったら、つまらないのじゃ」

「はい、ありがとうございます」


 エリザは子供っぽく見られるのを気にしていたり、大人の色っぽさがないと気にしてしまうことがある。

 そんなエリザをシン・リーがなんとなくなぐさめてくれている気がして、ほろりと自然に感謝の言葉がこぼれた。


 シン・リーは、そんなエリザの素直さにやられて胸がどきどきしてしまい、そんな熱い湯ではないのに、のぼせてしまいそうだと思っている。




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