第405話
「生まれ変わり、そして摂理。それは、どちらもある」
学者モンテサンドの弟子たちに、そう言い切ったのは聖騎士ミレイユだった。
ゴーディエ男爵と貴公子リーフェンシュタールは、聖騎士ミレイユと参謀官マルティナを同時に見つめた。
「二人とも半分は合っている。おしい。マルティナ、説明を頼む」
容姿はきわめて端麗にして、豪奢な金髪と
自分以外の者が、死を越えたその先にある世界の秘密を知って、困惑しながら討論しているのを見て、聖騎士ミレイユは女神ノクティスに心の中で、世界の秘密を教えてもかまわないかたずねた。
女神ノクティスの了承があったので、参謀官マルティナは、聖騎士ミレイユの代わりに、女神ラーナの加護の転生と、大いなる
「女神ノクティスのお導きのままに、この場におられるみなさんに、僭越ながらこの神聖教団の神官にして、神聖騎士団の参謀官であるマルティナが、世界の秘密について伝えさせていただきます」
眼鏡のふちをクイッと上げ、紫水晶の色の美しい瞳のマルティナが、この場にいる全員の顔を見渡したあと、とても落ち着いた口調で語り始めた。
人は死を迎えると肉体から心は離れて残留プラーナのわずかな一部が、この世界から離れていく。
その全ては、死の瞬間に、全ての終焉にして始源である大いなる
「しかし、愛と豊穣の女神ラーナの加護の力により、わずかな一部が還るだけで生まれ変わりにより、新たな生命として誕生してきます。
摂理に従いながらも、
ストラウク伯爵は、それを聞いただけで、なるほどそうなっておったのかと納得し、深く一度うなずいた。
肉体は腐敗して大地になり、肉体を離れた心は、世界に散らばる星の数ほどの他の心と結びつき、大いなる
ゴーディエ男爵にとって、この世界の秘密を聞いたことで、自分がヴァンピールとして吸血して殺害してしまった
ヴァンピールは人の姿をした獣として娘たちを吸血して殺めるだけの存在ではなく、世界の命の力を循環させるための役割を与えられ生かされているのだと理解できた。
「ヴァンピールでなくとも、私たちは食事をして体力を維持するために、他のものを殺めて食します。それもまた、命の力の循環という掟の一つでしょう」
世界の秘密についての参謀官マルティナの説明に、
(アルバータ、もし私も生まれ変わったら、次はもう少し気楽に生きられるのかしらね)
「女神ノクティスの加護によりミレイユ様は生まれ変わることや産むことすら、自分では許されない存在となってしまわれているのです。しかし、私は、永久に生きるのも、今、この瞬間を一生懸命に生きるのも、誰もが同じように自分の望むまま生きていると感じています」
参謀官マルティナは、そう言って説明を終えた。
「……それはそれとして、ゴーディエ男爵に言いたいことがあります」
うつむいて話を聞いていたエリザが、ゆっくりと顔を上げて、ゴーディエ男爵に話しかけた。
「アルバータさんとソラナさんの気持ちを、貴方はどうやって受けとめるおつもりなのですか?」
エリザが普段は見せない怒った真顔でゴーディエ男爵に質問した。
「どうでもいいなんて、許しませんよ」
エリザがこの場で答えてもらいたいと思い、キッとにらみつけている。
「聖女エリザ、それは三人でじっくり話し合ってもらうとして、後日、必ずゴーディエ男爵は聖女様にどうするのか、しっかり説明していただきたい。これは私たちゼルキス王国にとっても、大切な決断となることをお忘れにならぬように」
聖騎士ミレイユは、ゴーディエ男爵にあえてエリザのことを聖女エリザと呼んで、この場を仲裁した。
エルフェン帝国の宰相にして聖女様のエリザがターレン王国と敵対すると宣言すれば、ゼルキス王国の聖騎士団や表議会メンバーのシン・リーだけでなく、各地の神聖教団の信者たちがターレン王国と敵対することになる。
エリザは自分の立場をすっかり忘れて個人的に、恋する乙女たちをたぶらかすいいかげんな男性は許せないという思いから発言している。
「聖女様、パルタの都の執政官マジャール氏のように、お二人と婚姻なされることもできるとゴーディエ男爵はご存知ではないでしょうし、ゴーディエ男爵のお立場としては、婚姻には王都トルネリカの宮廷議会に申請なさらなければならないと思われます」
参謀官マルティナも、これは大変だと急いで仲裁に入った。
「お二人は、ゴーディエ男爵をかばうのですか?」
エリザは怒っているので、なかなか、「では、この答えは後日まで待ちます」と、丸く話を収めることができない。
マキシミリアン公爵夫妻が顔を見合せてうなずき合う。
「シン・リー樣、エリザと一緒に温泉に入ってみませんか?」
賢者マキシミリアンとエルフ族のセレスティーヌは、大神官シン・リーにうまくこの場を収めてもらうことにした。
シン・リーは、
「帝都には温泉とやらはあるのか?」
「ないですよ」
「聞いたことはあるのじゃが、クフサールにもない。エリザ、そんなに温泉は良いものなのか?」
エリザは、見上げている黒猫の姿のシン・リーに、にこりと笑いかけた。
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