第404話

 ゴーディエが王になるほうが、呪術師シャンリーが憑依した法務官レギーネが女王となるよりも、絶対にいいとアルバータは思っている。


 水神の勾玉を錬成したドワーフ族の最後の乙女ロエルは、屋敷から焼き物作りのために山小屋に出かけて不在。

 ストラウク伯爵領に到着したら、すぐにいまいましい魔石から解放される。

 そう思って、首飾りの飾り石のふりをして、テスティーノ伯爵領のポーレストラの街ではおとなしくしていた。

 聖騎士ミレイユと魔剣ノクティス。

 それに、アルテリスが連れ歩いているバイコーンのクロ。

 残留プラーナの亡霊ゴーストにとって、祓われたり、喰われたりされかねない怖い存在が、踊り子アルバータとアルテリスが意気投合して、ぞろぞろと一緒にストラウク伯爵領へ行くことになったのである。


 ゴーディエ男爵がストラウク伯爵領で潜伏していて、彼がかなり自暴自棄になりかけているのに、亡霊ゴーストシャンリーすぐに気づいた。


 亡霊シャンリーは、法務官レギーネに魔石から解放されたら憑依して、ターレン王国のヴァンピールの女王として君臨する気なのである。

 その時に余計な動きをする宮廷議会の貴族官僚や、ジャクリーヌを牽制したり懐柔する役目を押しつけるには最適と思っていたゴーディエ男爵が、どうも王都トルネリカに帰るどころか、このまま世捨て人として身を隠して浮浪してしまいそうな雰囲気だったので、どうしたものかと呪術師シャンリーは困った。


 踊り子アルバータが、ゴーディエにターレン王として君臨してもらうつもりなのを、呪術師シャンリーは旅の途中で語り合ったのでわかっていた。


 やさぐれて自暴自棄になったゴーディエ男爵が王になりそうもないと、踊り子アルバータがガッカリしていることや、ゴーディエ男爵がアルバータの知らないうちに自分より若い愛人を見つけていたことにショックを受け、ひどく動揺しているので、一度解放されたら、今度は魔石に封じられずにうまく逃げられそうだと、亡霊ゴーストシャンリーは考えた。


 アルバータには同情はするけれど、名門貴族の男爵で愛人も持たずに一人の女性だけを愛することのほうが常識はずれというものなのだ。生前は女伯爵の地位まで平民の地位から這い上がったシャンリーは死んでからも、そう考えている。


 男なんて信用できるものではない。さらに、女が利用する方法を考えてやらなければ、ろくでもないことしかしない。

 それが呪術師シャンリーの閏房哲学なのだった。


 アルテリスとゴーディエがトラブルを起こしたあとで、首飾りの飾り石に使われている水神の勾玉に気づいたストラウク伯爵と賢者マキシミリアンが、踊り子アルバータに質問した。


「それはテスティーノ伯爵が、ロンダール伯爵に渡したものと同じものとお見受けしたが、どうして貴女がお持ちなのですかな?」

「ああ、何か強い気配がある。その勾玉には、亡霊ゴーストが宿っているようだが、持ち歩いていて危険を感じることはありませんでしたか?」


 ストラウク伯爵とゼルキス王国のマキシミリアン公爵。この二人は、とても直感力が鋭い。


「この飾り石には、シャンリーという女性の亡霊ゴーストが封じ込めてあります」

「……シャンリー?」


 誰よりも最初そうつぶやいて青ざめたのは、ストラウク伯爵やマキシミリアン公爵ではなかった。

 とても鈍感で、見た目がきれいなだけの小娘エリザだった。


 なんでこの小娘が、私のことを知っているのかわからなかった。

 満月の春の夜、私と対決したあのレナードの姉か妹なのか、似た気配の術者の女剣士が、呪術師シャンリーをターレン王国で討伐したと異国で自慢しているのだろうか?


 ゴーディエ男爵と獣人娘アルテリス、そして不気味な黒猫シン・リーが屋敷の大広間に戻ってきた。


(アルバータ、私がこの石から出る方法を知っている人はいないか、ストラウク伯爵かマキシミリアン公爵に聞いてみてくれないかしら?)


 しらばっくれるには、厄介すぎる相手に囲まれたこの状況。

 これは、かなりまずいわね。


 まだ少女だった頃から慕ってきたアルバータから、ゴーディエ男爵を奪った泥棒猫のソラナが、アルバータと同じように私の声を感じ取れる術者だったとは!


 エリザとかいう小心者の鈍感な小娘ぐらい、アルバータの恋敵が鈍ければよかったものを……。


►►►


「私は、ゴーディエ男爵を王都トルネリカに帰らせたくはありません!」


 密偵ソラナは、踊り子アルバータに真っ直ぐ見つめて言った。


「どこでもいいんです。このまま、二人で身分を隠して暮らしていきたい」


 ゴーディエ男爵は、ソラナが今後について相談しても「おまかせします。私は貴方について行きます」としか答えなかったのに、この場で王都トルネリカ行きに反対するとは思っていなかった。


「ゴーディエ男爵、私がストラウク伯爵領へ来たのは、貴方がここに潜伏していると知って訪れたわけではありません」


 ソラナの発言のあと、まるで場の空気が張りつめたように静まり返った状況の中で、発言したのは貴公子リーフェンシュタールであった。


「ゴーディエ男爵、貴方は宮廷議会の議員や官僚たちの中に、ランベール王の不在の隙に、ゼルキス王国へ帰順する考えで勝手に動いた者たちについて、どうお考えになられますか?」

「……帰順?」

「ターレン王国を建国した聖人ファウストという人は、ゼルキス王国から出奔した人物なのです」


 リーフェンシュタールは、前世ではローザという神聖教団の僧侶だったことから説明し始めた。

 ローザは神聖教団の禁欲の戒律を破り聖人ファウストの元から離れ、蛇神を信仰する都で、新たに修行することに決めた。ゼルキス王国には神聖教団の教会があり、また国教として保護していたのでローザはゼルキス王国へ戻ることができなかった。


「前世があると、ゴーディエ男爵は信じられますか?」


 リーフェンシュタールは、貴方が信じようが信じなかろうが、人は生まれ変わるのだとゴーディエに語った。


 ゴーディエ男爵は、クンダリーニの力に心が奪われかけたので、大いなる混沌カオスがあり、あらゆる命は還るのが摂理だと知った。


「その生まれ変わりという考えは、世界の摂理に反している」

「世界の摂理?」

「そうだ、リーフェンシュタール。私は内に潜むクンダリーニの力に取り込まれない限り、心を喪失することなく、人間の血と命を奪い続けて生き続ける。そんな呪われし者となっている。ヴァンピールという人間の天敵のような者たちが存在すると君は信じるか?」


 ゴーディエ男爵に、リーフェンシュタールは「それは、私が信じるかどうかではなく、存在するものなのでしょう?」と答えて、微笑を浮かべた。


►►►


 エリザは、前世や生まれ変わりよりもゴーディエ男爵が、踊り子アルバータと密偵ソラナという二人の若い美人さんたちに手を出して、こそこそ二股をかけていたことを、とりあえず、アルバータとソラナに「ごめんなさい」と謝罪するべきなのではないかと思い、不機嫌になっていた。







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