第403話
ストラウク伯爵領で、ランベール王の右腕と呼ばれる側近ゴーディエ男爵が、獣人娘アルテリスとの戦いに敗れた。
これは、ゴーディエ男爵が人間と魔獣、どちらの運命を生きるかの選択に、人間の心を持ち生きることを選ぶきっかけとなった。
ランベール王の側近は、王の右腕と左腕――賢臣ヴィンデルの血筋のゴーディエ男爵と、ジャクリーヌの実家ハウルブルス家と敵対して衰退した名門メイジュ家の血筋のレギーネである。
ハウルブルス家は、ジャクリーヌが地方の伯爵家に嫁いだことで、地方の伯爵家の出身の貴族たちとのつながりの中心となり、現在はハウルブルス家の縁者であるルーク男爵が、宮廷議会の議員となっている。
メイジュ家の縁者で最も立身出世した人物が法務官レギーネであり、モルガン男爵と同じ名門貴族派閥の後継者と考えられている。
賢臣ヴィンデルは王家の血筋が途絶えかけて、ターレン王国の王政が危機に陥った時代に、ニクラウスが伯爵から、十一代目ターレン国王になる時に一緒に出仕した。
ニクラウス王の死後、ニクラウス王の子のローマン王が戴冠したあとも仕え続けて、宮廷に一生を捧げた人物である。
ニクラウス王とヴィンデルは、現在のリヒター伯爵領である土地の出身でありゴーディエ男爵は、地方貴族派閥の後継者と考えられている。
ランベール王の側近――王の右腕は地方貴族派閥の後継者の男性、王の左腕は名門貴族派閥の後継者の女性。
ヴィンデルが死去したあと、宮廷議会の重鎮と呼ばれたモルガン男爵が頭角をあらわし、同じ名門貴族派閥の議員を
ローマン王とモルガン男爵により、ハウルブルス家の勢力は、宮廷では抑えられ、メイジュ家は没落して消え去ることをかろうじでまぬがれた名家といえる。
メイジュ家の令嬢レギーネとヴィンデルの直系であるゴーディエのどちらも側近としたランベール王――正確には、ランベールに憑依していたローマン王の
(アルバータ、ゴーディエ男爵をランベールがヴァンピールとしたことは、ローマン王の
ローマン王の
(でも、ランベールが憑依されて心を喪失する前に、ローマン王の
呪術師シャンリーは、踊り子アルバータに通訳のような役目を頼んで、ゴーディエ男爵の抱いていた「親友のランベールは、どうして性格や行動が変わってしまったのか?」という疑問に答えた。
霊媒師のイタコやユタが、死者の霊の気持ちを聞き出したり、交渉人のように条件を伝え合ってトラブルを解決するように、踊り子アルバータが、呪術師シャンリーからの情報を、ゴーディエ男爵に伝えた。
これにはちゃんと呪術師シャンリーとしては、損得勘定をふまえた考えがあって行っていることである。
メイジュ家の令嬢の法務官レギーネとゴーディエは、宮廷の権力争いというボードゲームの駒にすぎない。
その権力争いのゲームが、ランベールの心が衰弱する前の最後の抵抗によって終わったことをゴーディエ男爵に教えることで、法務官レギーネをゴーディエ男爵が排斥しても、次はおそらくジャクリーヌがゴーディエ男爵に敵対することになる。
(たとえゴーディエ男爵がランベール王の王位を、アルバータの考えているように奪ったとしたら、名門貴族派閥と伯爵家の血筋の派閥の争いはもっとややこしいものになるわ。ゴーディエ男爵だけでなく、各地の伯爵家の者なら、王位を継ぐことができることになる)
「よくわかりません。私が王都トルネリカに帰れば、法務官レギーネと私でランベール王の後継者の役割を行い続ければよいのでは?」
ヴァンピールであるゴーディエと法務官レギーネは、人間のように寿命を気にする必要がない。
宮廷議会の議員たちが世代交代するタイミングで、名門貴族派閥と地方の伯爵家の血統の貴族派閥の勢力が拮抗するようにしておけば、最後の決定権はゴーディエと法務官レギーネで握り続けられると、ゴーディエは、アルバータの首飾りの水神の勾玉に語った。
ゴーディエ男爵は、学者モンテサンドの弟子で、貴公子リーフェンシュタールの兄弟子にあたる人物である。
(甘いわね、ゴーディエ男爵。私がバーデルの都の女伯爵になった時、ランベール王に対する忠誠心なんて、貴方以外には誰も持ち合わせてはいない状況になっていたのよ。それは、ランベールがいなくなったあとの宮廷議会の議員たちが、ターレン王国をゼルキス王国の属国にして、自分たちは統治者として居座って、ゴーディエや法務官レギーネをまとめて排斥するつもりだったということが、私にはわかるわ)
王は誰でもかまわない。
自分たちが貴族として裕福な暮らしができて安泰であれば。
それがゼルキス王国のレアンドロ王でも、ゴーディエか法務官レギーネであっても、どちらでもかまわない。
(ただし、王の特権や統治者の特権を仲良く分け合う気なんてありはしない。今は、すでにジャクリーヌやロンダール伯爵にターレン王国を滅亡させる陰謀は知られていて、その責任を法務官レギーネか貴方のどちらかを女王か王にすることで押しつけて、自分たちはしらばっくれて伯爵領から食糧や時には奴隷を搾取し続けるでしょう)
「ふむ、ゼルキス王国を巻き込もうとした責任を、どちらの派閥の貴族たちが負うのかを、法務官レギーネかゴーディエのどちらが女王か王になるかで決めさせようとするということだな」
(アルバータ、山奥に隠れてこの国の政治に関与しないってやり方をしてきた一族のくせに、ストラウク伯爵のほうが、ゴーディエよりも話がわかるみたいよ)
踊り子アルバータは、ストラウク伯爵に「シャンリーは、そうだと言っています」と伝えた。
エリザの膝の上で、聞き耳を立てている黒猫の姿の大神宮シン・リーには、
あえて、シン・リーは、エリザと同じように、この議論には口をはさまずに中立の立場で聞き役に徹していた。
大陸南方のクフサールの都の地の統治者シン・リーが深入りして意見を口を出せぱ、立場上、ターレン王国の混乱に対して、何かしら支援を要求される可能性がある。
エリザは、ターレン王国の貴族の名家の関係性――その確執や力関係が、ゲーム内容の知識ではついていけない。
「あー、スト様、あたいは、ちょっと散歩してくる」
「あっ、私たちもアルテリスさんに案内してもらって視察に行きます」
アルテリスや神聖騎士団の戦乙女たちが、議論が始まる気配を察して、団長ミレイユと参謀官マルティナを残して、ぞろぞろと出かけたのについて行かなかったことを、ちょっと後悔していた。
エルフェン帝国宰相。エリザはこの場で、最も発言が重視される肩書きと立場の人物である。
エリザは、しばらく我慢して正座していたけれど、今は、ストラウク伯爵の伴マリカの隣で、しびれた足を崩してぺたりと座り、シン・リーの背中をそっと撫でながらうつむいている。
エリザには
リーフェンシュタールには、呪術師シャンリーの亡霊が発言するたびに、水神の勾玉が、ぽわっぽわっと淡く光を帯びる感じに視えていた。
彼も
「アルバータ、君は私にランベール王の後継者としてターレン王の地位を奪わせるつもりなのか?」
「レギーネが、貴方を始末するつもりなら、そうしなければ、何をされるかわかりません」
(ふふふ……私なら、ゴーディエを地下牢で飼って、たっぶりかわいがることにするわね。死なないなんて素敵だわ!)
呪術師シャンリーが、アルバータに囁くような声の思念を伝えた。
(悪趣味な
シン・リーが目を少し開いて、水神の勾玉をチラリと見た。
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