第395話

 聖戦シャングリ・ラとマニプーラワールドオンライン。

 

 聖戦シャングリ・ラから派生した別のゲームでありながら、全ての世界が大いなる混沌カオスにつながっていて、混沌カオスから必要なエネルギーを奪うことで、それぞれの世界が創世されていることをふまえて考えてみれば、エリザたちが暮らしている世界にも変容をもたらすことは、何も不思議はない。


 生まれ変わりがあると考えると、現在の地球全体の世界の総人口と昔の地球の総人口では、過去の世界の人口のほうが少ないので、生まれ変わりは宗教的な思想で、昔の人が考えた作り話だと語るネット動画配信者がいる。


 地球規模で考えるなら、その意見は、もっともらしい真っ当な意見のように思える。

 だから、生まれ変わりや前世は無いと言って、訪問して宗教団体へ勧誘してくる人に「それとも警察を呼びますか?」と質問をしてみれば、そそくさと「興味を持たれたら、ご連絡下さい。失礼します」と、勧誘に来た中年女性の勧誘員は帰っていく。


 生まれ変わりによって前世の因果を宿業カルマとして、今世の人生では背負っている……と勧誘員は説明するように教えられている。


「だから、今、あなたたちが不幸なのは宿業カルマが影響を与えています。宿業カルマから脱却するためには、祈りを捧げることが必要です」


 まるで宿業カルマという怖い呪いにかかっているから、それを病気を治療するように御布施を献金して、祈りをみんなで捧げることで、私たちは協力しますというわけだ。


 勧誘員は「みんな」とか「私たち」と言うけれど、こちらが話をさえぎらなければ、話し続けていることを聞いているうちに、この人は「みんな」って、誰のことで何人ぐらいの話をしているのかと少しこちらも機嫌が悪くなってくる。


 勧誘に来た宗教団体のこの勧誘員の頭の中をのぞけるとしたら、今月はあと一人か二人ぐらい新規の信者を勧誘してノルマを達成したいわ……と思っている心の声を聞くことができるだろう。


 中年女性のいかにも専業主婦の信者といった雰囲気がわかる勧誘員は、宗教団体の「私たち」と「みなさん」も同じ摂理の中にいることを想像することができずに、幸せになるために何をすればいいかを自分で考えて行動できないように、すっかり丸め込まれているので、仲間はずれにされないようにがんばっている。


 警察を呼ばれたら宗教団体に迷惑がかかるのと、強引な勧誘した人だと「みんな」から軽蔑されちゃうと思い、あたふたと勧誘員は、訪問先から離れた。

 訪問した先の見ず知らずの他人が、コンフォトゾーン――自分がくつろいでいられるテリトリーを侵害されたと感じて本当に嫌がっているとわかっていない。


 地球規模ではなく、全ての創世されている世界から、大いなる混沌カオスで還り、エネルギー変換されて、それぞれの世界へ再分配されている。

 それも人間だけでなく、たとえばウイルスから、生きているとは認識されていない全ての物質まで、それぞれの世界からエネルギーとして大いなる混沌カオスに還して、必要な分だけ奪うという摂理に従って流通している。


 究極のコンフォトゾーン、自分と他者という認識、性別、無機物か生物かの区別すら存在せず、無数の存在に共通するエネルギーを共有しながら、ただ一つのエネルギーである大いなる混沌カオス。一にして多、多にして一の膨大なエネルギー。


 宗教団体の勧誘の「おばさん」と本当は、汎神論という考えかたを、宗教団体の「みんな」の教義や知識ではなく、個人的にどう思うかを、安アパートの自室に訪問を受けたこの一人の青年は、とても残念だと思っていた。


 汎神論とは、一切のものは神であり,神と世界とは一つと考える哲学である。


 汎神論には、二つの型がある。


 絶対的な神のみが実在であり、世界は神の表現または流出の総体にすぎず、それ自体としては実在性をもたないとするもので、無世界論につながる。

 夢をみている人を神として、眠っている人は一人だけれど、夢の中ではいろいろな人や物があらわれる。

 だから、目を覚ましたら、夢だと気づいて、あれは想像した偽物の世界で、あの奇妙だがリアルな世界は実在しているとは言い難い。

 世界は認識できていなければ、個人的には存在しない、という考え方がある。


 世界のみが実在的であって,神は存在しているものの総体にすぎないとする考え方がある。

 これは自然主義的または唯物論的汎神論と呼ばれて、無神論につながる。


 この二つの型がある汎神論を「あなたは神という存在を信じますか?」と、いきなり真夏の午後のひとときに、昼寝をしていたところを訪問によって起こされたこの青年は、勧誘員の「おばさん」のいう神は、さて、二つの型のどちらの神なのだろうと考えてしまった。


 勧誘員の「おばさん」は神様を信じると言う人たちのサークルの人たちが、お友達だと信じていて、仲間はずれにされたくない、一人ぼっちはさびしい、と切実に思っている。

 去年、離婚した伴侶の夫は「おいおいしっかりしてくれよ、神様なんているはずないだろう、どうしちゃったんだ?」と、この勧誘員の「おばさん」に言ってしまった。

 二十四歳で結婚して、一緒に暮らしてきた伴侶の夫が「私たち」の神様から加護されていない信仰心が欠如しているから宿業カルマに苦しむ、わからず屋だと幻滅して、一緒に暮らしていれば、どんな自分に不幸が降りかかるか怖くなり、四十八歳にして「おばさん」は、離婚を決意した。

 

 宗教が共通の趣味のようになり、信仰や哲学ではなくなり、まして日々の仕事や収入とは関係なく、ご利益があればラッキーぐらいに思っていた「おばさん」の二歳年下の夫は困惑した。

 パート先の同僚の未婚女性に、宗教団体の三十歳の勧誘員がいて「友達になって下さい」と「おばさん」になついたふりをしてじわじわと勧誘していた。

 離婚された夫は、妻の「おばさん」の趣味や人間関係に興味を失い、職場のアルバイトのお気に入りの女子大生とデートの予定に胸をふくらませていたので妻の「おばさん」の長年の気まずさが原因となって、ころっと勧誘されたのに、まったく気づかなかった。

 まさに、恋は盲目である。


 「おばさん」と浮気旦那の間には、子供を授かることはなかった。

 それが宿業カルマよ、とお友達の三十代勧誘員に説明された「おばさん」は、かなり気が楽になった。

 自分が歳上だから妊娠しにくいのかしら、それとも、たまに生理不順になるこの体質が悪いのかしら、と夫の両親や自分の両親から「孫の顔をみたいねぇ」と言われるたびに、私だってわかってるわよ、とイライラしながら「おばさん」気まずさを抱えてきた。

 最近はもう夫も若い頃のように興奮してくれなくなったのも、私がきれいじゃなくなったからだと自己嫌悪に陥り、しかし、子供を授かるのをあきらめきれないので、一人で「おばさん」は悩んでいた。それを、宗教団体の勧誘員につけこまれたのである。


 訪問した熟年離婚したバツイチの悩める「おばさん」は、勧誘先で宿業カルマから解放してくれる男性と出会う運命があるかもという、素敵な恋愛ストーリーを思い浮かべて、パートの休日には勧誘をがんばっている。

 宗教団体の信者が恋に落ちて結ばれたケースはたくさんあって、お友達の若い勧誘員も交際中の彼氏は信者だと聞いているので、恋に恋している「おばさん」の気持ちは、すっかり乙女である。

 本当に、恋は盲目である。


(あの人、警察を呼ぶなんて言ってたけど、怒鳴ったり、私を「おばさん」と呼ばなかったわ。またしばらくしたら、訪問してみましょう。たくさん話したら、仲良くなれるかも)


 青年は「おばさん」に気に入られているとは想像すらしないで、マニプーラワールドオンラインにアクセスして、ゲームを始めた。


 大学で宗教学にはまりつつ、株取引や仮想通貨の取引をしていて、儲かった気になって就職したが三年で辞めたけれどリーマンショックで大損して、今は自己破産してフリーターをしている。生活保護を受給して、なんとか趣味のゲームを続けながら、ちょっと性欲はたまにもて余しつつ、この青年は暮らしている。


(勧誘に来るなら、すっごい美人が来ればいいのにな~)


 この青年の想像する「すっごい美人」が、彼の生活や趣味に親しみを感じたり興味を持つかどうかを考えれば、哲学者ニーチェの有名な「神は死んだ」という一節は的確に彼の想像を打ち砕くにちがいない。


 エリザたちの世界で、魔導人形ソーサリー・ドールと呼ばれる存在は、性欲処理もこなす万能アンドロイドとの恋物語となり、小さな一つのジャンルとして愛好家がいる状況である。


 万能アンドロイドだけでなく突然、自宅に隣に引っ越してきた美青年が訪問してきたり、部屋に亡霊ゴーストとして現れたり、道で泥酔して落ちている若い女性を保護したり、拾った子猫が美少年に変身して誘惑してくる……というバージョンが存在する。


 宗教団体の勧誘員を追い返した青年の西田貴文にしだたかふみは、マッチングアプリの趣味のお友達募集の掲示板コーナーにこんな書き込みをしている。


 アイテム交換しませんか?

 欲しいアイテムを教えて下さい


(たっぷり毎日、時間をかけてゲームを続けてきたのは無駄じゃないはず。特技を生かしてアピールあるのみ!)


 勧誘員の「おばさん」が自分のことをお気に入りだと、この青年、西田貴文が気づいて二人が恋に落ちる確率は、マニプーラワールドオンラインで、めずらしいドロップアイテムが出現する確率よりも低いが0%ではない。


 恋には奇跡がいつもある。





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